夏から始まる

神崎

文字の大きさ
上 下
102 / 265
血の繋がり

102

しおりを挟む
 キスをしている最中もせわしく電話が鳴る。それだけ忙しい人なのだろう。お盆だろうと正月だろうと、きっと信次には関係ないようだ。
 だがさすがに一人の男が部屋をノックしたら、その行為をやめてくれた。
「専務。連絡くらい出てくれなければ困りますよ。」
 おそらく普通の企業であれば、とっくに定年退職しているような男だった。つるりとした頭が特徴的で、濃いグレーのスーツをこの暑いのに着込んでいる。
「悪かったな。」
 男はちらりと菊子を見て、信次に資料を手渡す。
「それからタブレットの方にも資料が……。」
「あぁ。実績だろう。」
「専務。ホテルや小売業は割と実績を上げれていますが、出版業はどうでしょうね。」
「……うん。今は紙の時代ではないし……やはりデジタルに移行するか。」
「それはレコード会社もそうですか。」
 すると信次は菊子の方をみる。もし菊子が世に出れば、売り方次第で金の卵を生む鶏にもなれるだろう。だが菊子は音楽ではなく、調理師になりたいのだと言うが、本当なのだろうか。
「そうだな。考えておこう。」
 奥にある机もよく磨き上げられているマホガニーで作られていた机で立派だった。その上にはパソコンと、タブレットがある。
「牧村。これが終わったら、今日はもう来なくて良い。あとはメールと共用チャットで何とかなるから。」
「チェックしてくださいよ。出来れば早めに。」
「わかっている。」
 牧村と呼ばれた男は、そう言ってちらりと菊子の方を見て部屋を出て行こうとした。その視線は小娘に何の用事があるのかと言わんばかりだった。
「……。」
 ドアが閉まる音がして、菊子はちらりと信次をみる。これ以上のことをするのだろうか。蓮にしか触れられていないところを触れられるのだろうか。
 きっと体は正直だ。信次はきっと経験豊富で菊子を簡単によがらせられるだろう。それが怖い。
「菊子。そこで興味のあるものを読んでおけばいい。」
 信次はこちらを見ないまま、そう言うとパソコンの電源を入れた。そして手元にはタブレットがある。仕事を始めるのだろう。ほっとして本棚の本を見渡す。音楽には拘りがあるようだが、本には拘りはないらしい。ジャンルはバラバラで、猟奇殺人の話や恋愛小説、ネグレクトの子供の話もある。
「……。」
「あぁ。菊子。」
 本を一冊手にした時、菊子に信次は声をかけた。
「はい。」
「手を出さないのは日が暮れていないからだ。隣の部屋には何があるか、お前にもわかるだろうし。」
「蓮は来ますから。」
「蓮がお前のためにこの家に来るんだったら、お前をこの家に縛り付けたいものだ。」
「イヤです。私にもやりたいことはありますから。」
 笑い声が聞こえたあと、あとは電話を始めたようだ。英語ではない言葉で電話の向こうの人と話をしている。その様子にもう菊子のことが見えていないように感じて、手にした本をいすに座るとその本を開いた。

 数時間がたつ。本を一冊読み終わり、菊子は外を見る。日が陰ろうとしていた。夕日が射し込み、信次は立ち上がると菊子のそばにやってきた。
 少し警戒して信次の行動をみる菊子。だが信次は菊子のそばにある電気スタンドの電気をつけただけだった。
「心配するな。日が落ちるまでは何もしない。」
「日が落ちれば何かするようですね。」
「もちろん。蓮のことを考えられないくらいのことをすることも出来る。」
「経験豊富なんですね。」
 すると信次は少しため息をついた。
「言い寄る女は多いものだ。だがそのほとんどは「戸崎」の名前に惹かれる女ばかりでな。」
「……。」
「手に入れられなかったのは、あの女だけだ。」
「あの女?」
「お前に良く似ている。外見ではないが……気の強さとかだな。」
 こんなに完璧に見える男でも手に入れられなかった女がいるのだろう。少し意外だった。
「意外です。」
「お前が俺になびかないのも意外だと思うが、そんなに蓮がいいのか?まさか、蓮が全て初めてだとでも言うのか?」
「……興味がありませんでしたから。それに私を想う人はいないと思ってました。」
「それはどうしてだ。」
「私はごらんの容姿ですから。」
 背が高くひょろりとしていている菊子は、いつも男性から遠巻きに見られていた。隣に並べば、大抵菊子の方が大きく威圧感があるのだろう。
「そんな男にしか縁がなかったとは、不幸なことだ。」
「その程度ですよ。買いかぶりすぎです。」
「だが、俺の方が背は高い。蓮ほどではないが、俺も背は高い方でな。」
 立ち上がっても見下ろされるほどだ。確かに背は高い。だからといって菊子が信次を蓮と重ねてみることはない。
「……そうですね。」
 そろそろ夕日が沈む。光が射し込んでくる強さが弱まってきた。それを信次は嬉しそうに見ている。
「蓮はどんな風にお前を抱くんだ。」
「……もったいないくらいです。二度、そういうこともありましたが、幸せだと感じました。」
「気持ちが通じ合っていると、さらに感じるんだろう。だが残念ながら気持ちはなくても感じることは出来るし、体から入って抜けられないこともある。」
「……。」
「お前もそうしてやる。」
 二の腕を引かれると、無理矢理立ち上がらせた。そしておびえているような菊子を棚に押しつけると、ぐっと唇を重ねる。
 音を立てて、舌を絡ませる。そしてそのまま耳に、首筋に舌を這わせた。
「……ん……。」
 苦痛でしかないその行為だが唇が襟刳りまで降りてきて、そこを軽く吸ったとき思わず声が漏れる。それを合図に嬉しそうに信次は笑いながら、菊子の胸に手を這わせる。張りがあって、思った以上に大きい。
「これも好きにしていたのか。」
「……あの……。まだ時間が……。」
「時間の問題だろう。隣の部屋へ行くか?それともここでするか?選ばせてやる。」
 その間にも服越しに胸に触れられる。大きな手が器用に胸の先をつかみ、ぱっと離される度に声が出そうになる。
「……隣?」
「ベッドがある。ベッドですれば長くなるだろうな。ここですれば仕事の電話には出ないといけないだろう。早めにすませてやる。だがお前次第で隣になだれ込むこともあるだろうし。」
 シャツの下から、手を入れられる。そしてそこに手を這わせようとしたときだった。
 バン!
 ドアが開いた。そちらを見ると、そこには蓮の姿があった。
「蓮……。」
 その姿を見た瞬間、菊子の目から涙が溢れた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

社内で秘め事はお断り!?【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:269

隣人は秘密をもつ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:47

あなたの愛に囚われて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:228

私の意地悪な旦那様

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:136

処理中です...