手錠から始まった

神崎

文字の大きさ
17 / 34
エメラルド

焚き火の炎

しおりを挟む
 チリチリになってしまった髪が、床に落ちていく。ハンの髪を切っているのはアイネスだった。素人にしては上手で気持ちよく鋏の開閉する音が聞こえる。
「慣れてんな。」
 それを見ていたのは、ミケルだった。
「うちは弟とか妹が多かったからね。」
「そっか。そうだったな。」
 髪を切り終わり、ハンは椅子から立ち上がる。するとふと森の方に目をやった。
「どうしたの?ハン。」
「いや…。」
「すぐ帰って来るって言ったんだろ?」
 髪を切っている途中に、急にユーリが建物から出てきて「出かけてくる」とだけ言って森の方へ行ってしまったのだ。
「本当に戻ってくるのかしらね。」
「さぁな。あいつは「Crow」のメンバーでもないし、どこへ行ってもいいと思うんだけどな。」
「あら。ミケルは結構冷たいのね。」
「別に。冷たい訳じゃない。ただ、あいつが来てからボスが情緒不安定になっている気がするんだよ。」
「…「昔」のことを思い出しているでしょ?」
「…。」

 そのころ、ユーリは狭い小川の川岸に腰掛けて、焚き火をしていた。パチパチと音を立てて小枝が、はじけていく。
 赤い目をした彼女は、その声に耳を澄ませる。
「そう…。ありがとう。調べてみるわ。」
 精霊たちが、ざわついている。20年前と同じように。
「反逆者がいるってコトね。」
 水の精霊だけではない。もしかしたら、もっと他にいるのかもしれない。
「小さい芽を放っておいた私が悪いのかしらね。それとも神も悪魔も気がついて、私に指示を出さなかったのかしら。」
 もしかしたら神も悪魔も再び「人間」に愛想を尽かしているのかもしれない。
「…それでも守らないといけないわね。」
 情が移ってしまったとは認めたくはない。でも今は死んでは困る人間がいるのだ。
 そして彼女の目がふっと正常になった。精霊との通信を終えたのだ。
 彼女は伸びをして、その火を消そうとした。すると後ろから草をかき分ける音が聞こえる。振り返るとそこにはノアの姿があった。
「ノア。」
「飲まないか。」
 そう言って彼は手に持っているワインを彼女に見せる。
「昔はよく飲みあったわね。」
 グラスに赤い液体が注がれて、二人はそのグラスを合わせる。
「でもお酒は久しぶりだわ。」
「最近は忙しいみたいだな。」
「氾濫してくる精霊が多いのよ。人間が賢くなり過ぎたせいかしらね。」
 出来れば守りたい。しかしこのままではまた人間は神と悪魔に愛想尽かされ、悪魔の一撃、神の鉄槌を受けることになるだろう。
「お前に最初に会ったときも同じようなことを言っていたな。」
「…そうだったかしら。」
「人身売買など、人道に外れている。即刻やめなさい。と俺に言っていたよ。」
「フフ。そうね。あのころのあなたは「ちょっとしたもの」だったものね。」
 「ノアにかかれば、血の一滴、骨のかけらすら残らず売られる。」と言われていた若い頃。彼は血気盛んだった。
「これを覚えているか。」
 そう言って彼はポケットからある宝石を取り出した。純度の低いエメラルド。きっと売ってもそんなに価値はないだろう。
「えぇ。ジェイクの遺品ね。」
 ジェイクはノアの下で使いっぱしりをしていた男だった。しかし彼は、忠告をしてきたユーリに一目で恋をし、彼女にこの宝石のついた指輪を差し出してきたのだ。
「残ったのはこれだけだった。お前の力でジェイクが消えたのだからな。」
 火の精霊が反乱を起こし、森を焼いたことがあった。ユーリはそれを止めるため、森へ一人足を踏み入れた。
 一人で大丈夫。そう思っていたのに。
 予想外の事が起きた。
 ユーリの力を見たいと好奇心で覗き見ていたノアとジェイクが、彼女の後を追っていたのだ。
 そして火の精霊を黙らせるために使ったのは氷の精霊だった。
 火の精霊は反撃するまもなく、凍っていく。まるで氷のオブジェのように固まってしまった。
 芸術品のようなそれを作るユーリ。それに魅せられるように近づいてきたのがジェイクだった。
「やめろーーー!」
 ノアの叫びが空しく響いた。
 ジェイクはおそらく脳にまで彼女の力の影響があったのだろう。ノアの叫び声が耳に届いていなかったようだった。
 そして彼が彼女に触れたその時、風化するように体がバラバラになってしまったのだ。服すら残ることはない。
 唯一残っていたのは、指輪にしていたエメラルドの宝石。それが風化して氷の粒になってしまったジェイクの跡から発見された。それはユーリが無事に森から戻ってきたら、ジェイクが彼女に渡そうと思っていたものだった。
 初めてその時ノアはユーリの恐ろしさと共に、強さと美しさに魅せられたのだ。ジェイクを殺した憎しみと共に。
「殺したのは、私。なぜあなたが私を恨まないのか。それが不思議だったわ。」
「言っただろう?」
 ノアがユーリの手に触れる。
「ずっと前から俺はお前に惚れていたんだ。」
「ノア。」
 すると彼女はすっとその手を離す。
「嘘ね。」
「嘘じゃ…。」
「私はあなたを良く知っている。女に何を言えば喜ぶかなんてコトも良く知っているわね。」
「…。」
「私はそんな女じゃない。それに女でもないのよ。」
「ジェイクの前では女になっていたのに?」
「…。」
「ジェイクに惚れていたから、お前は俺らのところにいたんだろう?」
 グラスに残っている酒を飲み干して、彼女はまたため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...