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冬
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唇が離れた記憶がなく、次に私が意識を取り戻したときは、暗い部屋の中でベッドの上に寝かされていた。
どれくらい眠っていたのだろう。ふと自分の体に触れる。
「何?これは…。」
元々着ていたスーツではなく、白いロングの薄いワンピースを着ていた。まるでネグリジェのような。いつの間にそんなモノに着替えたのだろう。
着替えさせた?ぞっとする。もしかしてあいつが何かしたのだろうか。
とりあえずここを出なければ。体を起こして、床に足を着ける。床のひんやりした感覚が足の裏から伝わってくる。そして薄い明かりに目を凝らし、ドアがある場所を確認した。ドアノブに手をかけると、男の声が聞こえる。
「…そろそろ薬も切れる頃だ。起きたら目を離すな。そのかわり要求はすべて聞け。そのかわりあの男には会わせるな。」
「わかりました。」
「あんな格好で外に出ようとするわけがないが、何をやるかわからない奴だ。全く。世話が焼ける。」
西原嵐社長の声だ。どうやら外出するらしい。
薬を口移しで飲ませるためにキスをしたのだろうか。眠らせるために。その間何をしたのか。律や楓、光は大丈夫なのだろうか。
不安だ。
そのとき私が触れていたドアが開いた。
「…きゃ…。」
それは沖田だった。彼は少し笑っていたように見えた。しかしすぐ無表情に変わる。
「起きてましたか。」
「どれくらい眠ってましたか。」
「現在は昼十二時です。」
「私…そんなにも眠っていたなんて…。」
「薬を飲まされたので仕方ないでしょう。何か欲しいモノはありませんか。」
「…みんなの無事が知りたいです。」
「無事です。田宮さんでは手の回らない編集作業は、こちらで用意した社員が派遣されています。」
「…。」
「あなたがいなくても会社は回るが、編集者としては気になるでしょう。」
「えぇ。クリスマス時期のモノは雑誌が売れるので。来年に繋がりますし。」
「来年にはなくなる雑誌ですよ。」
「…。」
そうだった。あの男が潰すと言ってきたのだ。私たちがどれだけ大切に雑誌を作ってきたかなど何も知らない男が。
そう思っただけで拳に力が入る。
「食事は?」
「…今は欲しくありません。」
「夕べから何も食べていないんではないのですか。」
そうだった。昼も食いっぱぐれたので、一日越えて何も食べていなかった。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。沖田は私の元を離れ、すぐにリビングの方へ向かった。そこは薄いカーテンが引かれていて昼間の日差しが降り注いでいた。昼十二時といったのは真実だったのかもしれない。
そのとき、沖田の慌てた声が聞こえてきた。
「困ります。」
「何か言われたら僕が連れ去ったと言ってくれ。」
廊下からリビングに入ってきたのは、光の姿だった。その後ろには楓の姿がある。
「光!」
「周。無事だったのね。あぁ。良かった。帰りましょう。」
「でも…。」
「いいのよ。周。絵ぐらいくれてやりましょう。命を取られるよりましだわ。」
「…失敗作の絵を世の中に出されるくらいなら死んだ方がいいわ。」
「だからよ。周。」
「…。」
「本当に周がいいと思った絵ではない絵を欲しがる人よ。中途半端な人だわ。そんな人こちらから見切りをつけましょう。」
光らしい。満面の笑顔で見た光。それにつられて私も笑ってしまう。
「そんな格好じゃ出られないわ。とりあえず…。」
部屋を見渡そうとした光。しかしその動きが止まる。そして私を向こうのベッドルームに入れた。
「…不法侵入か?」
まずい。社長が戻ってきたらしい。光は自分だけ罪をかぶろうとしているのだろうか。
「光。ダメよ。」
私の声は届かないのだろう。
「楓を使って、こんなところまで来るとはな。どうせ東野の入れ知恵だろう。」
「そうよ。あたしが楓に言ったのよ。周を連れだそうって。」
「下品な考え方だ。元東野商会のお嬢さんとは思えないな。」
「…。」
「お前も運の悪い奴だ。落ちるところまで落ちたのに、楓に拾って貰ったお陰で人並みの生活が出来ると思ったのにな。」
「…クビにしようってわけ?」
「逆らうような奴はいらん。江口とは違って、お前ではないといけない取材対象はいないのだろう?」
「あたしが東名新聞から出向しているから、私のクビは楓ではなくあなたってわけだから、クビにすると?」
「よくわかっているじゃないか。」
「不当解雇になるわね。」
「…。」
今度は黙ってしまったのは、社長の方だった。
「社員の拉致、監禁。それから脅迫。どれだけの罪になるのかしら。」
「…お前!」
「言っておくけれど、あたしの親は真実をみる能力がないまま社長なんて言う名前に踊らされたのよ。あたしにはあなたが同じように見えるわ。」
そのとき大きな音がした。
思い切って私はそのドアを開いた。そこには倒れ込む光と、手をふるわせている社長がいた。そして遅れて楓と沖田がやってきた。
「光!」
「お前は触るな!楓、こいつを連れて出て行け!」
「社長…。」
楓は何もいわずに光に声をかけ、ゆっくりと立たせた。
「光…。」
すると光はこちらをちらりと見た。そして口から漏れる血を拭いながら笑った。
「今度こそ救い出してあげる。だって競争しているから。」
「え?」
「律と、楓と、あたし。誰が周を助けられるかって。」
そう言って二人は出て行ってしまった。
競争なんて…嘘だ。きっと…光は、嘘をついて…私を救おうとしたのだ。
どれくらい眠っていたのだろう。ふと自分の体に触れる。
「何?これは…。」
元々着ていたスーツではなく、白いロングの薄いワンピースを着ていた。まるでネグリジェのような。いつの間にそんなモノに着替えたのだろう。
着替えさせた?ぞっとする。もしかしてあいつが何かしたのだろうか。
とりあえずここを出なければ。体を起こして、床に足を着ける。床のひんやりした感覚が足の裏から伝わってくる。そして薄い明かりに目を凝らし、ドアがある場所を確認した。ドアノブに手をかけると、男の声が聞こえる。
「…そろそろ薬も切れる頃だ。起きたら目を離すな。そのかわり要求はすべて聞け。そのかわりあの男には会わせるな。」
「わかりました。」
「あんな格好で外に出ようとするわけがないが、何をやるかわからない奴だ。全く。世話が焼ける。」
西原嵐社長の声だ。どうやら外出するらしい。
薬を口移しで飲ませるためにキスをしたのだろうか。眠らせるために。その間何をしたのか。律や楓、光は大丈夫なのだろうか。
不安だ。
そのとき私が触れていたドアが開いた。
「…きゃ…。」
それは沖田だった。彼は少し笑っていたように見えた。しかしすぐ無表情に変わる。
「起きてましたか。」
「どれくらい眠ってましたか。」
「現在は昼十二時です。」
「私…そんなにも眠っていたなんて…。」
「薬を飲まされたので仕方ないでしょう。何か欲しいモノはありませんか。」
「…みんなの無事が知りたいです。」
「無事です。田宮さんでは手の回らない編集作業は、こちらで用意した社員が派遣されています。」
「…。」
「あなたがいなくても会社は回るが、編集者としては気になるでしょう。」
「えぇ。クリスマス時期のモノは雑誌が売れるので。来年に繋がりますし。」
「来年にはなくなる雑誌ですよ。」
「…。」
そうだった。あの男が潰すと言ってきたのだ。私たちがどれだけ大切に雑誌を作ってきたかなど何も知らない男が。
そう思っただけで拳に力が入る。
「食事は?」
「…今は欲しくありません。」
「夕べから何も食べていないんではないのですか。」
そうだった。昼も食いっぱぐれたので、一日越えて何も食べていなかった。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。沖田は私の元を離れ、すぐにリビングの方へ向かった。そこは薄いカーテンが引かれていて昼間の日差しが降り注いでいた。昼十二時といったのは真実だったのかもしれない。
そのとき、沖田の慌てた声が聞こえてきた。
「困ります。」
「何か言われたら僕が連れ去ったと言ってくれ。」
廊下からリビングに入ってきたのは、光の姿だった。その後ろには楓の姿がある。
「光!」
「周。無事だったのね。あぁ。良かった。帰りましょう。」
「でも…。」
「いいのよ。周。絵ぐらいくれてやりましょう。命を取られるよりましだわ。」
「…失敗作の絵を世の中に出されるくらいなら死んだ方がいいわ。」
「だからよ。周。」
「…。」
「本当に周がいいと思った絵ではない絵を欲しがる人よ。中途半端な人だわ。そんな人こちらから見切りをつけましょう。」
光らしい。満面の笑顔で見た光。それにつられて私も笑ってしまう。
「そんな格好じゃ出られないわ。とりあえず…。」
部屋を見渡そうとした光。しかしその動きが止まる。そして私を向こうのベッドルームに入れた。
「…不法侵入か?」
まずい。社長が戻ってきたらしい。光は自分だけ罪をかぶろうとしているのだろうか。
「光。ダメよ。」
私の声は届かないのだろう。
「楓を使って、こんなところまで来るとはな。どうせ東野の入れ知恵だろう。」
「そうよ。あたしが楓に言ったのよ。周を連れだそうって。」
「下品な考え方だ。元東野商会のお嬢さんとは思えないな。」
「…。」
「お前も運の悪い奴だ。落ちるところまで落ちたのに、楓に拾って貰ったお陰で人並みの生活が出来ると思ったのにな。」
「…クビにしようってわけ?」
「逆らうような奴はいらん。江口とは違って、お前ではないといけない取材対象はいないのだろう?」
「あたしが東名新聞から出向しているから、私のクビは楓ではなくあなたってわけだから、クビにすると?」
「よくわかっているじゃないか。」
「不当解雇になるわね。」
「…。」
今度は黙ってしまったのは、社長の方だった。
「社員の拉致、監禁。それから脅迫。どれだけの罪になるのかしら。」
「…お前!」
「言っておくけれど、あたしの親は真実をみる能力がないまま社長なんて言う名前に踊らされたのよ。あたしにはあなたが同じように見えるわ。」
そのとき大きな音がした。
思い切って私はそのドアを開いた。そこには倒れ込む光と、手をふるわせている社長がいた。そして遅れて楓と沖田がやってきた。
「光!」
「お前は触るな!楓、こいつを連れて出て行け!」
「社長…。」
楓は何もいわずに光に声をかけ、ゆっくりと立たせた。
「光…。」
すると光はこちらをちらりと見た。そして口から漏れる血を拭いながら笑った。
「今度こそ救い出してあげる。だって競争しているから。」
「え?」
「律と、楓と、あたし。誰が周を助けられるかって。」
そう言って二人は出て行ってしまった。
競争なんて…嘘だ。きっと…光は、嘘をついて…私を救おうとしたのだ。
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