悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第21話 五分間という時間

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 「んじゃ、あたしはこっちだから! またねイブちゃん! またショッピング行きましょ! あと、あーちゃんもありがと!」


 宿舎棟の分かれ道で、ミーアはアヤセから自分の荷物を受け取ってブンブンと唯舞いぶに向かって手を振ると嵐のような速さで去っていった。
 その後ろ姿に唯舞が手を振れば、アヤセは何も言わずにアルプトラオムの宿舎の方に向かって歩き出す。
 
 軍の正門を通る時にも、ご機嫌なミーアの後ろをアヤセが黙って大量のショッピングバッグを持って歩く異様な光景に、まるでノアの洪水のようにザザ――ッと道が開いたものだ。

 
 (うーん、どうしようかな……)

 
 ここからアルプトラオムの宿舎までは約五分ほどかかる。
 さすがにそろそろ荷物を持った方がよくないだろうかと唯舞は思ったが、どう言葉にしようかと考えて更に頭を悩ませた。

 ここまで持ってもらってあれだが、アヤセの性格を考えれば今から持つといっても渡してくれそうにないし、その気ならとっくの昔に荷物を押し返されている気もする。
 ふと淡々と歩く彼の後ろ姿を眺めればいつもの彼より大分歩調が緩やかなことに気付いて、唯舞の脳裏に先ほどミーアから言われた言葉がよぎった。

 
 『意外とあの子、懐に入れた人間には甘いのよ』

 
 「――ふふ」
 「……なんだ?」
 「いえ、すみません。ちょっとミーアさんの事を思い出して」


 小さく笑いながら唯舞がそう言えば、振り返るように彼女を見ていたアヤセの顔が若干嫌そうな表情をする。

 
 「あの人はエドヴァルト並みにうるさい。……よく一日中付き合えたな」
 「ふふふ、とても楽しかったですよ。展望塔にも行きましたし、食べ歩きとか色んなお店を紹介してもらいました」
 「それはこの買い物の量で分かる。――病み上がりの人間をよくそこまで連れ回す気になるな」


 若干呆れたような声色で歩き出したアヤセに、そうだったと唯舞は思い出した。
 テンションが上がって忘れていたが、一昨日と昨日は体調不良で休ませてもらっていたのだ。
 アヤセの一歩後ろを歩くようにして唯舞は声を掛けた。

 
 「あの、中佐。すみません、一昨日と昨日は休ませて頂いて」
 

 ちらりとアヤセの目線が唯舞に向くが、視線はすぐ前方に戻される。
 お互いにこうやってゆっくりと話すのは何だかんだで初めてのことで、歩調は変えずにアヤセは問題ないと言葉を続けた。
 
 
 「ミーア先輩からあの日の夜に散々文句は言われたからな。……明日は問題ないな?」
 「はい、すみません。大丈夫です」
 
 「――――それは口癖か?」


 歩みを止めたアヤセが唯舞を振り返る。
 何のことか分からず唯舞も足を止め、アヤセの問いに首を傾げた。


 「お前はすぐに謝る」
 「…………あ」

 
 そう問われて唯舞は自分の言葉から彼の言わんとすることを悟った。
 
 "すみません"という言葉は日本人にとって"おはよう"や"ありがとう"に並ぶ日常会話の一つだ。
 軽い謝罪として使う場合もあるが、人を呼ぶ時や人に声を掛ける時、なんなら感謝を伝える時にも全部"すみません"で解決してしまう。
 だが、よくよく考えてみれば単語としては謝罪の言葉なので、日本ではないこの地では変に思われたのだろう。


 「あーすみませ……えっと、あー……癖、ですね。私の国の。謝罪、以外にも日常使いしていたので」


 すいませんを封じられると急に会話がたどたどしくなる。
 謝ってばかりの国民、と思われていたのなら全日本人に申し訳ない。だが、この感覚は日本人特有のものだから説明するのはちょっと難しい気がした。

 そんな唯舞の様子を眺めていたアヤセだったが、しばらくして、そうかと言ってまた歩き出す。
 まだ足を止め、悩む唯舞にアヤセは声を掛けた。


 「何してる。これ以上外にいたらまた体調を崩すぞ」
 「…………!」

 
 そう言い残して何事もなかったようにさっさと行ってしまうアヤセの背中をぽかんとした顔で唯舞は見つめた。
 
 
 (……今の……もしかして……)
 
 
 彼に気を遣われるなんて初めてのことだ。
 体調管理をしろとメッセージ越しで言われたことはあったが、あれはまだ、業務上のやりとりのほうが意味合い的には強かった気がする。
 
 気難しい彼との距離がほんの少しだけ縮まったような驚きに、唯舞は遠ざかる彼の後ろ姿を小走りで追いかけた。

 
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