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第29話 二人旅
しおりを挟む無人の車内は四人乗り。
何となく前の席には乗りたくなかったのに、アヤセが乗れと言わんばかりに前方席のドアを開けているのでぐっと覚悟を決めて中に乗り込む。
座席に座れば、景観を楽しむためか予想以上にガラスで半透明な部分も多く、唯舞の顔が若干引きつった。地球から来た唯舞にとっては、まさに新種のアトラクションに今から乗るのだ。
(落ち、ない……はず!)
無人飛行というだけですでに恐怖である。
そしてこの本物の空飛ぶタクシーにはアトラクションと違ってレールというものがない。
確かにこの世界に転移したあの日、軍の基地で空飛ぶバイクを見かけはしたが、いざ自分が乗るとなるとまた話は別なのだ。
反対側に乗り込んだアヤセが手馴れたようにホログラムモニターに目的地を入力すれば、ふわぁんと車体に理力が流れ、車体が浮き上がった。
隣のアヤセの顔は涼しいものだが唯舞の内心は穏やかではない。
しかも安全第一のシートベルトは存在しないようで絶望に輪がかかり、膝に置いた両手を握りしめたところで、若干の浮遊感と共にタクシーは水平のまま空へと飛び出していく。
「……っ!」
それこそブランコを大きく漕いだ時のような揺れが一瞬体に加わって唯舞は思わず目を瞑った。
子供の頃はあんなに楽しかったものさえ、大人になると若干の怖さを覚えるのは一体何故だろう。
「――心配しなくても落ちはしない。お前のいた世界にはこういったものはなかったのか?」
強張った体でそろりと片目を開ければ、肩肘を窓枠に乗せるようにして視線だけで唯舞を見てくるアヤセと目が合った。
髪色が変わっただけなのに、なんだか少しだけ雰囲気が優しく思うのは今感じている恐怖のせいかもしれない。
無意識に詰めてしまった呼吸をゆっくりと吐きだしてから、ようやく唯舞は両目を開けた。
もっと強い重力加速を感じるかと思ったが、タクシーは安定したように飛行している。
これならまだ景色も楽しめるような気がしてきて、そろりそろりと唯舞は体の力を抜いた。
「ない……ですね。構想自体は昔からありましたが、魔法のない私達の世界での実用化にはまだ時間が掛かったと思います」
「そうか。理力……魔法や精霊の類がない世界だったか」
「はい。私の知る限り、そういったものはお伽話の中のものでしたから」
「それなら俺達の出番はなさそうだな」
「ふふ、そうですね。でも私の国には軍隊はありませんが自国の防衛組織はあるので、もし中佐達が来たら理力がなくてもきっと即戦力ですよ」
そう言って軽口で話せるこの空間は、狭いのにとても心地いい。
エドヴァルトやリアムとは違う、アヤセと二人だけでいる時の空気感はいつも以上に穏やかだ。
ふいに何かを思ったのかアヤセの視線が唯舞から前方に離れ、静かな口調で問われる。
「――……帰りたいか?」
「……ぁ……」
そう聞かれれば、唯舞は伏せるように自分の膝に視線を向けた。
ミーアにも言われたことだ。例え帰れないと分かっていても、そう言っていいのだと。
「そう……ですね。やっぱり家族の元には帰りたいです。ただ帰れないと言われても、自分の中で納得できていない部分もあって」
「そうだろうな」
「だから、今回のこのレヂ公国で何か手がかりになるようなものがないかなって。この世界の文化的な記録も沢山残ってるんですよね?」
「あぁ、レヂ公国はザールムガンド帝国を含めた世界各地の文明文化に明るい。それに今は公都ヴァシリアスでは大規模な古本市が開催されているはずだ。……気になるなら覘いて見るか?」
「え?……いいんですか?」
――付き合ってくれるというのだろうか。
意外そうに唯舞がアヤセを見れば、彼は寝の体制に入りながらもあぁ、と、返事をしてくれた。
「せっかく公国まで来たからな。世界最大級の古本市には俺も興味があったから構わない」
そう言って、着くまで寝ると言ったアヤセは静かに目を閉じてしまう。
彼らしからぬ気遣いに一瞬驚いた唯舞だったが、眠りに入ってしまった横顔にふわりと表情を和らげ小さく礼を添えれば、何となくアヤセの寝顔が少しだけ穏やかに見えた。
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