悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第36話 古本市(1)

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 やってきたストリートは人だかりもさることながら、埋め尽くさんばかりの本棚が圧巻だった。
 
 道の中央部分に100を越える小さめな露店がずらりと並び、両サイドにはすぐに本を読めるよう長イスやソファ、軽食用のカウンターテーブルまでもが準備されている。
 どの店も木箱のような本棚が縦にも横にも積まれており、中にはぎっしりと本が詰められていた。
 
 幼い子供と一緒に児童書を選ぶ家族連れや、仲睦まじい夫婦がゆっくりと露店を巡るその姿は、強制的に故郷から離された今の唯舞いぶには少しだけ切ない。
 

 「――行くぞ」


 ぐいっと足元がつっかかりそうになって、慌てて体勢を戻して顔を上げる。
 物思いにふけっていた唯舞の手首をアヤセが掴んで歩き出したのだ。
 
 専門書エリアを抜け、異国書が並ぶエリアまで来るとアヤセは掴んでいた唯舞の手を放した。
 唯舞の様子を訝しんだのか、はたまた迷子になるとでも思われたのかは不明だが、とりあえず放っておけなかったのだろう。

 そんなアヤセの背中を眺めながらも、唯舞は一呼吸置いて気持ちを切り替え、本に視線を向ける。
 異国書とあって、装丁にこだわりを感じるものが多い。民俗学や古代史、民話や料理本までとジャンルは様々だ。
 
 気になった一冊を手に取ろうとしたところで、ふと、隣の露店の本棚にあった何も書かれていない真っ白い背表紙が目に入って思わずその手を止めた。
 
 
 (……なんだろう……ちょっと、気になる)


 吸い込まれるように隣の露店に足を向けてその本を本棚から取り出す。

 
 「おや、お姉さんお目が高いねぇそれは封本だよ!」
 「ふうぼん?」
 「…………特殊な封印が施された書物の事だ」

 
 本を手にした唯舞に店主らしき男が話しかけてきた。
 いつの間にか隣にいたアヤセが封本とやらの説明をしてくれ、唯舞はなるほどと表紙を眺める。


 「そうそう、封本自体もレアなんだけど、そいつは特に手ごわくてまだ誰も中を見たことが無いって代物なんだ」
 「そんなものも扱っているのか」
 「あぁ、面白いだろう? それにもしかしたら誰かが開けられるかもしれないからね」


 店主とアヤセの会話を聞きながら、唯舞はどうしようかと本を両手で持ったまま頭を悩ませた。


 「……どうした?」
 「え、と……あの、この表紙にある文字の意味って、分かりますか?」


 唯舞はそろりと表紙をアヤセに見せる。少し眉を顰めたアヤセがしばらく表紙を見ていたが、いいやと首を振った。

 
 「書いてある言葉自体は分かるが、意味は理解できない」
 「あぁ……やっぱり」
 「んん? ……まさか姉さん、それが分かるのかい?!」


 カウンターから乗り出す勢いの店主に少々押されつつも唯舞は表紙に目線を落とした。
 背表紙こそ題名も著者も書いてなかったが、真っ白な表紙には真っ赤な丸い太陽と大きな山と、そして薄桃色の木がえがかれている。

 
 (…………あぁ)


 思わず本を持つ唯舞の手に力が入った。
 こんなの、この異世界の一体誰が分かるだろうか。
 こんなのきっと、分からないじゃないか。
 
 思わずぎゅっと本を握った唯舞を見て、アヤセが直ぐに購入の意思を店主に伝えれば慌てたように彼は両手を振る。


 「い、いや、代金はいい! ただ本当にその封本を開けれるってなら開けてくれないか?! そうしたら姉さんにその本はプレゼントする!」
 「…………だそうだが」


 アヤセの伺う声に唯舞は本をそっと持ち直し、表紙を見つめた。
 日の丸も、富士山も、風にそよぐ桜の木も、そんなの自分達には馴染みが深すぎて愛おしむように言葉を目でなぞる。
 
 
 "日いずる国、黄金の国ジパング。その名は?"

 
 タイトルの代わりに書かれているのはそんな一文。
 日本語で書けばこの世界の言葉に見えてしまう不思議な現象を持ってしても、この問いはこの世界の人にとっては難解なものだろう。
 
 自身を落ち着かせるように一度だけ深呼吸して、確認するようにアヤセを見ればやってみろとばかりに彼は頷く。
 唯舞は本に向かって静かに口を開いた。
 

 「――"日本"」


 途端にパァァァンと表紙がはじけ飛ぶように本から光が散り、一瞬だけ風が吹く。
 反射的に唯舞が目を閉じ、数秒後恐る恐る目を開けてみれば。


 「……ぁ」


 表紙全体にキラキラと光の残滓を残した純白の本が、唯舞の手元にはしっかりと残されていた。
 
 
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