悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第44話 お説教タイム

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 "レヂ公国に来てからの中佐はなんだか優しいですね"


 唯舞いぶに言われた言葉が脳裏に蘇る。
 そんなつもりは一切無かったし、そんな風に思われているなど夢にも思わなかった。
 つい先ほどの、まるで気まぐれな猫でも見るような唯舞の生暖かい眼差しは思い出しても居心地が悪い。
 
 残ったコーヒーを飲み切ってソーサーに戻し、無意識に唯舞を盗み見れば彼女の意識は実にあっさりとスマートフォンとやらに向かっている。
 ――動揺するアヤセの心中などまるでお構いなしだ。

 ふと、何か操作をしようとした唯舞の指が止まり、顔を上げた唯舞は宙に向かって使い魔の名を呼んだ。


 「あ、そういえば。……ねぇ、ノア」
 『なぁに? イブ』


 ぽん、と現れた真っ黒な仔猫は、パタパタと小さい翼で宙を浮きながらも愛らしく答えた。
 

 「さっき言ってた、"今度はちゃんと守るから"って何のことだったの?」
 『!?』

 
 あからさまに動揺したノアの毛がぶわっと広がって、咄嗟に現れたもう一匹の使い魔・白猫のブランがその小さな両前足で器用にノアの口を封じこむ。
 その様子を見ていたアヤセの眉間に不機嫌そうな皺がぐっと寄って、絶対零度の声と眼差しが小さな子猫達を射抜いた。
 

 「……何の話だ?」
 『ふにゃぁぁぁマスターがおこってる! ねぇブラン、マスターが怒ってるぅ……!』
 『にゃ、にゃんでも……なんでもな』
 「三秒で答えろ。三、二、一」
 『『イブが白服にさらわれたんですぅぅぅ!』』
 

 アヤセから逃げるように疾風のごとく唯舞の肩に逃げ込んだ二匹は、びくびくと顔だけ出しながら、もうやけっぱちだと言わんばかりにアヤセに向かって叫んだ。


 『ま、前にイブがお使いに出た時に外回廊で白服に襲われたんです……! ぼ……ぼくらも一瞬で破壊されちゃってっ!』
 『僕達はマスターに報告しようとしたけど、でも大佐が俺が助けるからマスターやイブには内緒にしてって!』
 「……エドヴァルトが?」


 アヤセの怒りの矛先をエドヴァルトに向けようと二匹の仔猫達はうんうんと何度も激しく首を縦に振った。
 創造主アヤセが怒っているのが理力リイスを通してバシバシ伝わって怖くて毛玉ごと吐いてしまいそうになる。


 『け、結果的には大佐が一人で白服の塔に行って、なんかすごく大暴れしたみたいだけど30分くらいでイブを連れ戻してくれて……!』
 「……あ、もしかして前に私が倒れた時? あの時のこと?」
 『う、うん……大佐に内緒にしてって言われてたから。だから言えなかったの、ごめんねイブ』
 「そうか。俺への報告が無かったことへの謝罪はないわけか」
 『ふにゃぁぁぁ! ご、ご、ごめんなさいぃぃぃ!』
 『本当にごめんなさいマスター! でも大佐が言っちゃ駄目だって……ひっ! 理力リイスが痛いぃぃぃ!』
 

 ガタガタと子猫達は真ん丸な目を潤ませながら唯舞の首にしがみつくように震えていた。
 あらあらと、唯舞は両手で子猫達をそれぞれアヤセの視線から隠すよう手で覆ってやる。


 「中佐、いじめちゃダメですよ」
 「……何故そうなる。どちらかといえばいじめられたのは俺のほうだ」
 「じゃあ拗ねないで下さい。とりあえず、よく分からないですけど私は無事ですし」
 「そういう問題じゃない。内部で攫われかけたんだぞ? 敵は外だけじゃなくて軍にもいるということだ」


 そろーりと唯舞の手の隙間から覗き見るノアとブランにアヤセがギッと睨みつければ、二匹は脱兎の速さで唯舞の手の平に顔を隠した。


 「もう、だからこれ以上怒っちゃダメですよ中佐。二匹ふたりが可哀想です。事情を知ってる大佐に聞いたほうが絶対早いですよ」
 「…………何故、俺が諭されているんだ」


 一際大きなため息をついたアヤセが唯舞達から視線を外し、もういい、とばかりにソファーに沈みこむ。
 もう平気? 大丈夫? と恐る恐る顔を出す使い魔達に、唯舞は大丈夫よと微笑んでからその柔らかな綿毛を撫でてやった。


 「…………あ」
 「……今度はなんだ」


 何か思い出したように声をあげる唯舞に、アヤセが若干疲れたような声で返事をする。
 唯舞は小首を傾げてそんなアヤセを見上げ――


 「そういえば中佐。私の名前、ご存じだったんですね。今日、初めて呼ばれました」
 「ッ!?」


 思わずソファーからずり落ちるかと思った。
 そんなエドヴァルトみたいな無様は晒したくないが、それくらいの衝撃だったのだ。いつもより目を見開くアヤセに気付かないのか、同意するように使い魔達も口を揃える。


 『そういえばそうだね~。マスターってば、ずっとイブのことを"おい"とか"お前"とか呼んでたもんー』
 「うん。興味がないものには全く興味がないタイプの人かと」
 『えぇぇイブはそれで良かったの?」
 「え? うん、別に。仕事上は問題なかったから」
 「…………」


 それもそれでどうなんだ……と、アヤセは頭を抱えた。
 やはりこの水原唯舞という異界人。
 アヤセが知るどの女とも違って、"普通"ではないようだ。

 
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