悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第46話 また来る日まで

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 予想通り、報告を済ませたあとはアーサーから泊まっていけばいいと提案されたが、唯舞の願い通りにアヤセはそれを丁寧に辞退する。
 見送りに外まで出て来てくれたアーサーは思い出したようにアヤセに礼を述べた。

 
 「そうだ。さすがはアヤセ君だったよ。地面に氷が届かないように溶かしてくれていたんだね、お陰で公園はほぼ被害がなかったそうだ、本当にありがとう。もしもこれがカイリだったらと思うと、あの一帯が焼け野原になっていただろうから考えるだけでゾッとする」
 「……否定出来ないのが痛いですね」
 「だろう? あの子は昔から戦闘特化型だから……顔だけなら母親に似て美人なんだけど。あの顔で狂喜乱舞しながら戦闘しているかと思うといつも複雑な気分になるよ」


 苦く笑ったアーサーの顔に、そういえばアルプトラオムのカイリ・テナン少佐の母親は彼の従姉妹だったなと唯舞は思い出した。
 話を聞く限り、他国に嫁いだという従妹の子供ともかなり親交が深かったようで、それはアーサーの話しぶりからもよく伝わってくる。
 
 
 (母親似の美人さんで戦闘特化の炎の理力リイスを持ってて、アルプトラオムの花と呼ばれて? ……なんだか情報だけですごい人だなぁ、少佐って)

 
 唯舞の中でまだ見ぬ謎の少佐像がぼんやりと作られていく。
 一度考えたら止まらなかったのか、アーサーは続けざまに話しだした。

 
 「しかもそのカイリにランドルフ君の風の力が乗っかったらただの超大型火災旋風じゃないか。しかもオーウェン君まで合わさったらこの一帯なんて間違いなく焦土になるよ。なんであんな戦闘型が集まってるのにリドミンゲル皇国は心が折れないのかね」
 「あちらにも聖女加護とやらがありますから。しかも、戦闘員一人一人にその加護が乗っているのでこちらとしては無効化ないし威力が半減して非常に厄介です」

 (――聖女)


 手元の純白な本によれば、アイザワミクが自分は聖女だったと記していた。つまり、唯舞も本来ならそう呼ばれていたかもしれないのだ。
 ふいに思考を遮るようにアヤセの手が唯舞の頭に軽く触れる。

 
 「……?」
 「お前は気にしなくていい。関係のないことだ」
 「…………。はい」


 今日襲撃を受けたことや以前軍内部で攫われかけたことを知った以上、気にしなくてもいいと言われても大変困るのだが、多分、アヤセなりの気遣いなんだろうと唯舞は返事を返した。
 昔、リアムに"中佐は配慮とか気遣いとかそういうのを生まれた時にお母さんのお腹に置いてきたみたいで"と言われていたことを思えば大変な進歩であり進化かもしれない。

 
 (これは多分、ミーアさんの言う身内には甘いってやつなんだろうなぁ)


 前を歩く見慣れた背中を眺めるように唯舞は思う。
 緊急事態だったからか、アーサーと一緒にいる今もアヤセの髪色は淡青色ペールブルーのままだ。
 この三日間はほぼ一緒に行動していたから見慣れた髪色ではあるが、やはりアヤセは夜空に浮かぶ月のような白銀の髪が一番似合うとどこかぼんやりと考える。
 ふと、アヤセに少し強めに名前を呼ばれた気がした。

 
 「……え? あ、はい?」
 「何をぼんやりしている。明日帰国するぞ」
 「へ? そう……なんですか? まだ三日目ですが」

 
 思いのほか意識が飛んでいたみたいでアヤセとアーサーの会話を全く聞いていなかった。
 アヤセの柳眉が僅かに寄ったが、まぁまぁと宥める様にアーサーが口を開く。


 「今日は色々あってイブさんも疲れたんだろう。本当は土曜日に帰国予定だったみたいだが、今回の事もあったしレヂ公国うちに残っているより帝国、というよりアルプトラオムのそばにいたほうがいい。そのほうが安全だろう」
 「あ、なるほど。そういう事ですね」


 確かに今日のような襲撃がまたあったら、と考えれば帰国するのは最もだろう。
 完全中立国でもあるレヂ公国にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、アヤセひとりを危険に晒すのも嫌だ。
 同じ危険というなら、まだザールムガンド帝国内でエドヴァルトやリアムが一緒のほうが何かと心強い。

 
 「せっかくレヂ公国に来てくれたのに大した観光も出来なかったね。また今度、落ち着いたらアヤセ君達と一緒においで」


 車に乗り込む前にそう言ってくれたアーサーに、唯舞は今回の謝罪と礼を告げてから頭を下げた。
 また来ます、と唯舞が小さく笑えばアーサーも鷹揚に微笑んでくれ、アヤセも別れの挨拶を済ませてから唯舞と共に車に乗り込む。

 市街に消えゆく車に夜風を浴びて見送りながらアーサーは心の中で願った。
 どうか、彼女の行く先が幸多からんものになりますように。

 それは遠い昔――願っても叶えられることの無かった、誰かが小さな願いなのだ。

 
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