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第71話 異文化交流(8)
しおりを挟む翌日、唯舞は早朝に目覚めた。
時は12月31日、ヤーレスエンデは今日と明日が本番である。
今年最後の太陽と来年最初の太陽を見ると縁起がいい、と女将に聞かされていた唯舞は、ぬくもりの残る布団から何とか身を起こした。
一年の締めくくりだし、カイリやエドヴァルトと一緒に初日の出を見に行こうと約束していたのだ。
もっとも、見に行くと言ってもこの旅館は高台にあり、一歩外に出れば目の前で太陽は拝むことができる。
ベッドから起き上がれば、目の前にあるのは日本を懐かしむような畳敷きの空間。
安らぎにほのかな笑みを浮かべながら、唯舞は身支度を整えるために浴衣の帯紐をするりと解いた。
*
「おはよう、イブちゃん」
「おはようございます、カイリさん」
支度を終えて部屋を出れば、迎えに来てくれたカイリが唯舞に微笑む。
珍しく髪を完全に下ろしているカイリの微笑は、男だと理解してるはずなのにどきりとするくらい女性的だ。
「……あれ? 大佐は?」
「あぁ、アイツったらさっき起きたの。後で来るから先に行きましょう?」
そう言ってカイリが自然な手つきで唯舞の手を取ると、指先から感じた唯舞の体温に美しい柳眉を少し寄せる。
「あら……もしかしてイブちゃんって冷え性?」
「え? あ、はい。ごめんなさい、冷たかったですよね」
離そうとする唯舞の手をカイリは微笑んだまま両手で握って、そっと緩やかな理力を込めた。
じんわりと広がり、全身を巡るよう体を温める熱は以前レヂ公国でアヤセにしてもらったものとよく似ている。
「はい。ひとまずはこれで大丈夫でしょう。寒くなったらまた言ってね?」
「ありがとうございます。……ふふ、この前レヂ公国に行った時も、体調が悪くなった時に中佐に理力を流してもらったことがあって、それを思い出しちゃいました」
「……あの子が?」
少し意外そうな顔でカイリは聞き返した。
昨日のことがあったから心配していたが、唯舞の様子からアヤセに特別不信感を持ったようには思えない。
「はい。あの時は体調というか、なんだかすごく嫌な感じがして……そしたら中佐がリラックス効果もあるからって」
「…………そう。……ねぇイブちゃん」
「はい?」
さらりと唯舞の髪を撫でたカイリはちょっとだけ申し訳なさそうに笑った。
「あーちゃんを……アヤセのことを嫌わないであげてちょうだいね」
「……? はい」
素直に返事をする唯舞に、アヤセの想い人がこの子で本当に良かったとカイリは心から思った。
不器用で、まわりくどくて、かなり重めの愛情を持つアヤセの拗れた想いを受け止めてくれるような女の子は、世界広しといえど、唯舞以外にいるとは思えなかったから。
「行きましょうか」
再度繋がれた手が、じんわりとあったかい。
冷たい朝風に身をすくめるが、その分、冬特有の澄んだ空気のお陰で遠くまで良く見えた。冷たい空気の中に温かな匂いを感じて視線を向ければ、最後の太陽を拝もうと集まった人目当ての露店が立ち並んでいる。
海を臨むひらけた一角には、すでに湯気立つ飲み物やスープ片手の人が多く集まっており、年の瀬らしい活気が辺り一面に広がっていた。
「……あ、の!」
ふいに声を掛けられ、唯舞が振り返れば、あっ、と小さく声が漏れる。――ロウだ。
寒空の下だからか、それとも唯舞の前だからか、ほんのり上気した顔の彼はガシガシと髪をかきながらごめん、と謝ってきた。
「昨日はいきなり過ぎた。ほんとごめん」
「いいえ、こちらこそごめんなさい。えと、お気持ちは嬉しかったけど、私、明日にはザールムガンドに帰らなきゃいけないから」
「そっか。こっちの生活、けっこう馴染んでるって思ったんだけど」
「そう、ですね。正直に言えばご飯も文化も……こっちのほうが馴染みがあって、落ち着きます。でも、帰らなきゃ駄目なので」
一瞬空気が静かになる。そんな中、ロウがぽつりと口にした。
「……そういえば昨日の奴がいないみたいだけど。あいつってイブさんの彼氏?」
ロウの言葉に一拍分、唯舞は言葉に詰まる。
だけど、彼の好意には嘘をついてはいけないような気がして、いえ、と小さく頭を振った。
「……昨日はすみません。職場の、上司なんです」
「上司? それにしてはあの時めちゃくちゃ……」
そこまで言葉にしてロウはあぁと腑に落ちた。どうやらあの時のいけ好かない男も唯舞に対して恋をしていると気付いたから。
そしてその思いは、残念なことに唯舞には届いてないのだと。
「……ロウさん?」
「いや、なんでもない。いないんなら好都合だし」
首を傾げ、自分を見上げてくる唯舞に、ロウは笑いながら緩く頭を振った。
年最後のヤーレスエンデの朝、アヤセはおらず、唯舞に会えて。
唯舞が、まっすぐ自分だけを見て、言葉を返してくれる。
そんなありふれた会話に、まるで一年分の幸せを手に入れたような、そんな気がして――。
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