73 / 160
第73話 異文化文化(10) [挿絵有]
しおりを挟む滲むように水平線の向こうから今年最後の太陽がゆっくりと顔を出す。
「おー……間に合ったなー」
「あら、オーウェンにあーちゃん。起きたの?」
カイリ達の背後からアヤセとオーウェンが姿を現した。
本来なら今日の午前と午後に分かれて再契約に行くつもりだったが、昨夜はアヤセと唯舞のちょっとした諍いがあったので、彼らは先発隊として夜のうちにそれぞれの再契約に向かったのだ。
「無事終わった?」
「おぅ、今回はアヤ坊が送ってくれたからな。12時過ぎには戻ってこれたぜ」
北の氷河地帯が契約地のアヤセと南の大樹林が契約地のオーウェンでは本当なら向かう場所が真逆なのだが、今回は昨夜のことでオーウェンに借りがある以上、アヤセも不満を言うことなく彼を契約地まで送り届けたらしい。
精霊との契約というのは、基本的にはその属性が強い地に赴いて行うのが一般的で、妖精の位が高くなるほど契約期間も短くなる。
高位以上の精霊契約を結ぶアルプトラオムの面々は常に短い期間での契約を余儀なくされたが、それを逆手にとって、いつしか仲間と小旅行をすることがヤーレスエンデの恒例行事にもなっていた。
以前、レヂ公国に行った際、アヤセが大公アーサーから二年ぶりだとと言われたのは、前回の契約はレヂ公国でおこなったからである。
「アヤちゃん。理力の回復はどう?」
北から南の移動となれば、そこそこ理力も消費するだろうとエドヴァルトが声を掛けるが、問題ない、とアヤセはそっけなく答える。
瞬時移動は取り扱いも理力の消費も激しい高難易度のものだ。特に他者を連れての移動など、カイリやオーウェンでさえ精々市街地内でしか移動はできない。
それなのに理力が潤沢にあるアヤセやエドヴァルトならば複数人連れてでも国中を移動することが出来るのだから、誰が何と言おうとも、二人はやはり化け物の中の化け物だった。
12時に戻ってきて休息が6時間あったからか、今のアヤセの意識はロウと楽しげに話す唯舞に向いている。
オーウェンに諭されたからか、僅かな不機嫌さを見せても、アヤセが唯舞に対してもロウに対しても何かを言うことはなかった。
ふいにどこからか複数の弦が奏でる音楽が聞こえ、異世界にはありえない聞き馴染みのあるメロディーにロウと楽しげに話していた唯舞の表情がぴたりと固まる。
「イブさん?」
「……イブちゃん?」
不審に思ったロウとカイリが唯舞に声を掛けるが、唯舞は心ここにあらずといったように震えがちに呟いた。
「こ、の曲……」
柔らかい弦の音色。それがゆっくりと合わさると魂が震えた。
唯舞の問いに対して答えたのはロウだ。
「あぁ、これはヤーレスエンデの名物曲なんだ。なんでも奏者がリドミンゲル旅行中に一度しか聴けなかった歌らしいんだけど。10年以上前の皇都で、歌われてたって」
「――!」
その瞬間、唯舞の手にしたカップがカタカタと揺れ、思わずカイリが唯舞の手からカップを取りあげる。
「イブちゃん? ……イブちゃん?!」
どこかカイリの声が遠い。はっきりと名前を呼ばれているのは分かるのに応えることが出来ない。
(……10年以上前に……リドミンゲル皇国の、皇都で……歌われていた……?)
震える手が、コートのポケット越しに一台のスマホに触れる。
封本に入れられた10年以上前のピンク色のスマホを、唯舞はどうしても手放せずにずっと持ち歩いていたのだ。
異変に気付いたアヤセ達がそばに寄ってきても、唯舞は流れてくる音楽にしか反応することが出来ない。
その懐かしい旋律に、唯舞は取り出したスマホをぎゅっと胸の前で抱きしめた。
知らず知らずにこぼれる涙にロウがぎょっとするのが分かる。
でも、止められない。止められないのだ。
この曲を――この曲を歌ったのは、間違いなく深紅だから。
人前で歌うのは苦手だったのに。それなのに、気が付いたら旋律に歌が乗っていた。
まさかこんなところで聞くとは思わなかったのだ。
こんな異世界で、100年以上も地球で愛され、歌い継がれてきたこの曲が生きているなんて。
涙が溢れて、止まらなくなる。
この曲を、――組曲「惑星」より木星――を、また聴ける日が来るなんて。
※イメージです※
0
あなたにおすすめの小説
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!
皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
