悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第141話 理性の臨界

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 震えを耐える唯舞いぶの首筋を、アヤセは何食わぬ顔で撫でる。

 
 「んっ……」

 
 少し触れただけでピクリと反応し、思わずアヤセの手が止まった。
 手は出さない、と言ったその言葉に嘘偽りはないが、この状態の唯舞を放っておけるかといったらそれは不可能だ。


(いやむしろ、これはもう手を出している状況なんじゃないか? ……今さらか?)


 欲望が理性に叩きつけられる。
 敵国に幽閉されてる身の上だが、監視の目は氷帝が防いでくれているだろう。
 分かっていたことでもあるが、アヤセの口づけに翻弄される唯舞はあまりにも可愛らしく、がんがんとアヤセの理性を削っていく。
 はぁとため息をついてアヤセは唯舞の頭をぐしゃりと撫でた。

 
 「な、なんですか」
 「襲いたくなるからその顔はやめてくれ」
 「お、襲……?!」
 

 目を白黒させる唯舞に再度ため息が漏れる。
 愛らしすぎるのも困ったものだ。
 とはいってもこの部屋にはベッドはひとつしかない。
 ただ欲を発散させるだけの関係ならともかく、唯舞は違う。
 さっさと休めとベッドのほうに視線を向ければおずおずと唯舞がアヤセを見上げてきた。


 「え、っと……アヤセさんは?」
 「俺はソファでいい」
 「……それじゃ体が休まりませんよ?」
 「別に地面だろうがどこだろうが寝れるから気にするな」
 「それは、そう……かもしれませんけど」

 
 むしろ雨風がしのげる状況ならなんの問題もない。野外戦闘でもないし、ひとまずは安全地帯だ。
 唯舞に何かあっても同じ室内ならすぐに対応できるし、むしろ今の状況下で一緒に寝るほうが色々とまずい。男として。
 そんな思案にふけるアヤセの服を、唯舞が遠慮がちに掴んだ。


 「一緒に、寝ませんか?」
 「……………………お前は俺を殺す気か?」


 さっき襲うと言ったアヤセの言葉を忘れたのだろうか。それとも冗談と捉えられたのだろうか。
 赤く染まった唯舞の顔を見る限り、理解はしているようだが、それよりもアヤセの体を案じてるように見えた。
 こうなってくるとため息しか出ない。理性を何重にもしないと夜は越せないようだ。

 
 「…………はぁ、分かった。寝るぞ」
 「は、はいっ」


 立ち上がったアヤセの後を唯舞が追いかけベッドに向かう。キングサイズのベッドは大人二人が寝ても余裕があるほどに広く、逃げ場があることだけが幸いだ。
 理性を総動員しつつも横になれば、唯舞の気配を感じて堪らなく落ち着かない。
 まだ始まったばかりの恋人関係なのにすでに末期症状が出ている気がする。

 欲をため息で逃し、唯舞のほうを向いた時だった。

 
 「――唯舞?」


 様子がおかしい。目を見開いたまま、隣にいる唯舞が動かない。
 ゆるりと唯舞の周囲だけが変化して、アヤセは咄嗟に体を起こした。

 通常の理力リイスは白いもやのように見える。力が強い人間ほどくっきりと見えて体を覆う範囲も広く、アヤセ達はそれを視認して相手の力量を量っているのだ。
 もちろん普段の唯舞にはそんな靄は存在しない。だがしかし、この時だけは僅かに黄金色を帯びた靄が揺らめいたのが分かった。
 
 
 (今か!)


 引き攣るような唯舞の呼吸に大地と繋がったことを知る。
 強張る唯舞に触れて口づければ、ずるりと内臓ごと持っていかれるような嫌な感覚がした。
 今まで渡してきた理力リイスとはあまりにも違う、暴力的なまでの吸収だ。


 「ふっ……っぅ」


 恐らく、間接的では間に合わなかった。直接譲渡でもギリギリだ。
 組み敷いた唯舞の震えが止まらず、抜かれる感覚と与えられる感覚にも耐えられず、ぎりっとアヤセの腕に爪が食い込む。

 ガタガタと震える体を抱きしめ、理力リイス譲渡をしてどれくらい経っただろう。
 実質的な時間は、恐らく一分もなかったはずだ。
 それでも深紅みくが言ったように聖女を星に還す術式は段違いの効力を発揮した。
 カクンと、唯舞の意識が揺れ、全身から力が抜ける。それと同時に生命力の吸収は途絶え、黄金の靄もすぅっと唯舞の中に溶けていった。
 
 シンとした静寂が部屋に戻り、ゆっくりと唇を離せば意識のない唯舞の目尻が涙に濡れている。
 アヤセはそっとそれを拭って唯舞の乱れた髪を撫でてやった。
 あの時のエドヴァルトは間接譲渡で理力リイスを半分を失ったと言っていたから少々楽観視しすぎていたかもしれない。
 まさかとは思っていなかった。
 気持ち悪さに耐えきれず、ごろりと体を横たえる。
 
 
 「……さすがにこれは……キツイな……」


 だが、それでもアヤセより唯舞のほうがもっと辛かったはずだ。
 生命力を抜かれては与えられて。
 それこそ意識が飛んでしまうほどに。

 小さく呼吸をする唯舞の頬にアヤセはそっと触れた。
 やはり悠長にはしてられない。この塔は唯舞を死に導く棺桶でしかないのだ。

 怠さにアヤセの意識も薄れ、いつの間にか寄り添うように二人は眠っていた。
 翌日、ファインツが唯舞を迎えに来る――その時まで。
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