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第145話 滅びゆく世界の理(3)
しおりを挟む『――ねぇ、何してんの?』
「ひゃぁぁ!?」
突然聞こえた第三者の声に唯舞の悲鳴がひっくり返る。
咄嗟に後ろを振り向けば、片手を腰に当てたままの深紅が呆れたようにアヤセを見ていた。
「邪魔するな。今、子供はお呼びじゃない」
『なにそれ腹立つ~! 大体、仮にも敵国でなに唯舞に盛ってんのよ!』
「このドレスが不要だからだろ。……お前だって、着ただろう? 聖女お披露目の儀で」
アヤセのその言葉に声を荒げた深紅が一度言葉を飲み込んだ。
聖女お披露目と聞かされて、何故唯舞が純白のドレス姿なのかに気付いたのだ。
ガシガシと髪の毛をかきながら、深紅はしょうがないとばかりに唯舞に近寄る。
『だからって襲うなってのーもう。……唯舞、大丈夫? 生きてる?』
「だ、だいじょう、ぶ」
『全く。やっと起きれたと思ったらこれなんだから。はいはい、アヤセさんはあっち向いてて。唯舞、とっとと着替えないとマジで食われるよ』
「く、食わ……」
シッシと深紅が不機嫌そうなアヤセを片手で追い払う。
甘い空気を邪魔されたアヤセは大きく溜息をついたが、一度唯舞の頭を撫でてからベッドを降りれば背中に深紅の追撃が刺さった。
『絶対覗かないでよね!』
「覗く必要はないだろう、堂々と見れば」
『ぎゃー変態ー! 唯舞、絶対人選間違えてるってー!』
(さすがは深紅ちゃん。大佐とノリが近い……)
アヤセと深紅の間に流れる空気感は、エドヴァルトとじゃれている時のそれと同じだ。
きっとこんなやりとりが、エドヴァルトも心地よかったんだろうと唯舞にも分かった。
だからこそ、すれ違ったままのエドヴァルトと深紅を何とかしてあげたくて。
(……天照大神)
胸の内でそっと遠き地の女神の名を呼べば、ほんのりと力が湧いてくる気がする。
かの女神の名前こそが、唯舞達の最初で最後の切り札なのだ。
そこにどれだけの代償があろうとも、命を懸けている今なら失うものもそうは多くない。
唯舞は一度目を閉じて、魂に刻むよう強い願いを心に懸けた。
*
「……えぇっと?」
着替え終わった唯舞がソファに向かえば、何故か満身創痍の深紅がうなだれている。
どうやら口ではアヤセに敵わなかったらしい。
『唯舞、ほっんとうにこんな変態な暴君でいいの?!』
「語弊があるだろう。絡んできたのは深紅だ」
『絡んでないよ! 事実を言っただけじゃん!』
「俺だって事実を返しただろう。大体さっきから人のことを変態呼ばわりするな」
『いやだこの人変態の自覚ない――!』
実体化できていたなら、そのまま唯舞に抱きついてきただろうが、残念ながら半透明の深紅は見事に唯舞をすり抜ける。
『あーそうだった! 実体化……もう!』
「理力なのにな」
『だからうっさいってば!』
(本当に仲いいなぁ)
ほんの少し妬いてしまいそうになるが、そう思った瞬間、ちらりとアヤセの視線が唯舞に向いた。
「心配しなくても、お前にしか興味ない」
「!?」
そう言われてボン、と顔に熱が集まる。さすがに人前で言われると刺激のレベルが違いすぎた。
そんなアヤセに深紅もげんなりした様子で唯舞に向き直り、申し訳なさそうに謝ってくる。
『あー……ごめんね唯舞。私もアヤセさんはタイプじゃない。顔はいいけど性格がマジでムリ』
「初めて気が合ったな。俺もだ」
『きぃぃぃ! なんかそれをアヤセさんに言われるとムカつく――!』
「どんな我が儘だ。全くエドヴァルトの気が知れない」
『エドなら私の我が儘聞いてくれるし! アヤセさんだって唯舞の我が儘なら聞くんでしょ?!』
「………………お前は何当然のこと言ってるんだ?」
『あ――! 一言一句が腹立つぅ――!』
どうしよう。アヤセと深紅が仲良しすぎて話が全然進まない。このままでは夜になってしまいそうだ。
「えっと、ふたりが仲良しなのはよく分かったので」
『よくない!』
「よくはないだろう……」
ふふ、と、自然に笑いが込みあげる。
唯舞が仲裁に入ると同時に否定するあたり、ふたりはかなり仲がいいのだが、それを今言ったらきっとヒートアップしてしまう。
だから唯舞はそれ以上は何も言わずに、ただアヤセに小さく微笑んだ。
唯舞に残された猶予は、あまり、ない。
「――……聖女の繭で、ブランがエドヴァルトの母君に会ったと言っていた」
不意に、真剣な声色でアヤセが深紅に視線を向ければ、その言葉に深紅は一拍驚いたあとに少し切なげに微笑む。
『そっか、キーラさん起きてたんだ……私が繭に行ってからは……ずっと優しくしてくれて、可愛がってくれたの』
「そこでファインツ・リドミンゲルの話を聞いた。――あの男も聖女を愛し、その聖女の為だけに世界を守ろうとしているのだと」
『……うん、ケイコさんとは直接話したことはないんだけどね。でも理力が教えてくれるから――どれだけファインツ様がケイコさんを大事にしてたかは知ってる』
「理力が……教えてくれる?」
唯舞の問いかけに、深紅はうん、と小さく頷いた。
――最後になるかもしれない夕暮れが、今、ゆっくりと世界を飲み込もうとしている。
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