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第154話 神の降臨(1)
しおりを挟むキーラの決意は固い。
それはまるで自分を見ているようで、やはり血は争えないとどこか思った。
エドヴァルトもキーラも、ファインツも。
リドミンゲル皇族は自分が一度決めたことを曲げられない。
だからこそ、ファインツは失われていく命の流れを止めるようこぶしを握る。
ハッとしたようにキーラが目を見開くが、もう遅い。
「太陽の女神は、誕生させる……私の命と、引き換えにしてでもな……」
ファインツの体には、予め理力によって最後の術式が刻みこまれているのだ。ファインツの生命が脅かされる予期せぬ状況になった場合にのみ発動する術式が。
『いけない……!』
キーラの叫びに咄嗟に動いたのは深紅だ。太陽の化身である聖女でさえ発動するまで気付けなかった。
だがそれと同時にオーウェンの障壁が砕け散り、唯舞のそばにいたリアムとランドルフが体ごと吹っ飛ばされ壁にめり込む。
ぼたりぼたり、と唯舞の鼻から血が流れ落ち、乾いた咳と共に鉄臭い血の味がした。
それと同時に、重力に圧し潰されんばかりの勢いで体が床に叩きつけられる。
『唯舞!』
深紅の絶叫と共に目の前がぐにゃりと歪み、まともな呼吸はすでに叶わない。
ファインツがおこなったのは、精霊契約を伴わない強制的な理力行使なのだということは誰から見ても明らかだった。
――己の命と引き換えに、唯舞を星に還す――
本来ならば星を傷付ける行為だが、唯舞が最後の化身となれば太陽の女神が誕生し、ボロボロになったこの世界も癒され救われる。
それを知ってるファインツだからこその、最後の手段。
「深紅!」
エドヴァルトの制止を振り切るように深紅は自身の力を唯舞の中に注ぎ込む。
だが、世界を終焉へ近づけた理を破壊するほどに暴力的な力は、太陽の化身である深紅をもってしても止められない。
自身の力が根こそぎ奪われるのを耐えながらも深紅は叫んだ。
『唯舞、聞こえるよね?! もう一度喚んで! 私も一緒に喚ぶから! ……戻ってきて!』
唯舞に触れられない自分がもどかしい。
それでも深紅は唯舞の手に自分の手を重ねて言葉をぶつけた。
時間の猶予はない。
唯舞の命も深紅の力も、もう、尽き果てる。
深紅の声は水の向こう側のように遠かったが、それでも確かに届いた声に唯舞はかろうじて意識を保った。
(世界を救えても……アヤセさんが救われない……)
"俺を置いていくな"と言ったアヤセを、唯舞は忘れていない。
不器用な彼は、せっかく世界を再生させたとしても、唯舞のいない世界は不要だと破壊してしまうような気がして。
ぐぐっと鉛よりも重い意識を持ちあげ、これが最期だというのなら、全力で運命に抗ってやると瞳に生気が戻る。
(願、う……!)
強き願いには、強き言葉には言霊が宿る。
今の唯舞ならば、全てを懸けて願えた。この世界と、アヤセを救うために。
女神譲りの強い自己犠牲は、他人に対して一番力を発揮するのだ。
無理矢理喉を開き、声にならない呼吸に唯舞は己を奮い立たせる。
――気付けばいいんだ、自分が取り残した世界のことを……!
この世界は、太陽神さえ忘れなければこんな混沌に飲み込まれずに済んだのに。
何度も何度も還りたがったこの世界を忘れて、今の今まで放置して。
そう思ったらなんだか太陽神に怒りさえ感じてきた。
そしてその想いは、唯舞の強い生への渇望と運命に抗う原動力へと変わり、深紅の手を握るように唯舞は空を睨みつける。
(全ての原因は貴女……! ならちゃんと責任を取ってなんとかして! そうでしょう?!)
「"天照大神"!」
『"天照大神"!』
唯舞と深紅の声がぴたりと重なる。
先ほどよりも強く唯舞の中で波紋が広がり、震えた水は溢れんばかりに大きく揺らめいた。
揺らめきは次第に光に向かってうねり、やがて水を押しのけ蒸発させ道を切り開く。
太陽神、天照大神に繋がるその光へと。
唯舞が光に向かって手を伸ばした瞬間、ふいに肺に清涼な酸素が流れ込み一気に呼吸が楽になった。呼吸だけではない。重かった体も、止まらなかった鼻血も綺麗に消えている。
目の前がぐらりとしたが、それが眼鏡のせいだと気付いた唯舞がゆっくりと眼鏡を外せば、視力さえも昔のように元に戻っていた。
「唯舞!」
瞬時移動でやってきたアヤセに体を抱き起こされると、思わず脱力したように安堵の息が漏れる。
その瞬間、眩いばかりの閃光と熱が宙に現れ、聖堂内を焼き尽くさんばかりに照らし出した。
「ぐ……!」
全員が全員、直視できずに顔を覆う。あまりにも強い光はやがて収縮するように大気中に集まり、人型を形成したころにようやく目を開けることが許された。
強い光を纏っているせいか輪郭は溶け、姿はあまり分からない。
それでも、どこか本能が確信した。
恐らく、かの者こそが――
―― さて。大層な物言いでわらわを喚んだのは……おや、小さき子らか。
唯舞と深紅をゆるりと見下ろすように。
最古の女神の一柱、太陽神・天照大神は、ただ、悠然とそこに降臨していた。
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