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第三章『神々の黄昏』
chapter23「*episode相田麻耶『相田麻耶の事情1』」
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「何それ……全教科満点でも取れっての?」
テーブルを挟んで対峙する父親に向けて私は言い放つ。
「それくらいできるなら、問題ないだろうな」
一方、父親はコーヒーブレイク中の雑談程度の軽さで涼しげに返す。
「ふざけないで!!」
自分でも驚くくらいのヒステリックな声が出る。
自分で自分が嫌になる。
「ふざけてなどいない。第一、女の子がなんだその口の利き方は。はしたない」
一方向こうは冷静にこちらを“正そう”とあくまで静かに諭す。
こんな時期に遊んでないで、勉強に集中しろ。
そこまでならわかる。でも――。
「いいか、麻耶。私はお前のためを思って言っているんだ。今は大事な時期なんだ。しばらく、その……リョウ君だったか? その彼と会うのはやめなさい。今は勉学に集中して、良い大学に入って、より良い職に付いて、男なんてそれから……」
「やめてよ!」
頭が真っ白になるくらいに塗り込められた感情をぶちまける瞬間。
私は女に生まれてきた事が嫌になる。
「もうほっといてよ!!」
「待ちなさい、麻耶……!!」
「うるさい!」
気がつくと私はリビングを飛び出していた。
階段を上がって、二階にある自室に閉じこもる。
40坪4LDの二階建て一軒屋。
それだけでも両親がどれだけがんばったのかが理解できる。
でも、我がままだと言われようとも私は、“それ”を許容する事なんてできなかった。
事の始まりは、帰りが遅いと父親に叱られた事が発端だった。
父はいつだって決して怒鳴り散らしたりはしない。優しく諭すように言い聞かす。
良い父親だと思う。私を心から心配してくれている。それも理解してる。
けど……いくらなんでも今時門限18時じゃあ部活さえろくにできない。
そんな現状に嫌気がさす私の気持ちも少しは理解して欲しい。
勉強に集中しろまではわかる。
でも、リョウと別れろ、までは絶対に認められない。
そんなの、絶対に許せない。
最悪でも、大学に合格するまでは一切合うな、なんて……。
そんなの無理に決まってる。
勉強に集中して確実に合格できるようにしろっていうのはわかる。
けど、彼と会えないなんてむしろ逆に集中できるはずがない。
そんなの、生きてる意味も理由もわからない。
私は今、最高に幸せなんだ。
だから、その幸せを奪わないで欲しい。
私には彼しかいない。
その事は私が一番理解している。
他の誰にだって理解できるはずがないんだ。
……不安で心配でたまらない。
いつだってそうだ。彼に会えない時は。
元気にしてるだろうか。
病気してないだろうか。
私の知らないところで事故になんてあってないだろうか。
生きてるだろうか。
私の知らないところで死んじゃってたりしないだろうか。
他の誰かに誘惑されてないか。
その誘惑に乗っちゃったりしないだろうか。
浮気なんて絶対に許せないから……。
いつだって、目の前に彼がいないと不安になる。
私は多分、彼に依存してる。
彼がいない世界なんて生きて行けない。
だって、私にはもう、彼以外ありえないから……。
ベッドの中で悶々と寝返りを打つ。
ほらね。勉強なんて集中できるはずがない。
私が父に抗議して閉じこもった先。それは二階にある私の部屋。
6畳の洋室。それだけでも十分立派なものだ。
……つまり、結局は親が親の金で買った家の中で、私が勝手に閉じこもっているだけという事だ。
本当に嫌ならば出て行けばいいのに……。
甘えてるな、とは自分でも思う。
けど、何の力も無い私には、それくらいしか出来ない事も理解していた。
私は無力だ。
静かな部屋の中。階段を上ってくる足音が聞こえる。
やがて足音は私の部屋の扉の前で止まった。
「ご飯。ここに置いとくから」
優しい母の声だった。
いかにも良家の出を思わせるおしとやかな口調。
テレビでよく見るお強い女性様と違い、決して叫んだり怒鳴ったりはしない。
まるで昭和の時代の亭主関白なドラマの世界から抜け出してきたかのようだ。
私も、そんな母を見習うように育てられた。
一時期は口調まで強制されていた。
時折口を飛び出す、今時珍しい女口調はそのせいだ、
「私は何も悪いことしてない」
高校3年。受験の時期。遊んでる暇なんて無い。そんな事はわかってる。けど……。
「そうね。けど、今は大事な時期だから」
受験のために別れろ。これが普通なのだろうか?
それとも私の家が古臭いだけだろうか。
両親共にお堅い公務員だから、相手の素性を選びたいとかもあるのかもしれない。
だとしたら許せない。
「知らない……私の進路を勝手に決めないで」
父は一家そろっての警察エリート。
母は政治家の娘で元小学校の教師。
夫婦仲も良くて、収入も安定している。
実に幸福な家庭だと思う。
けれど――。
「ちゃんと勉強もしてるじゃない」
だからこそ、実の娘がどこの馬の骨ともわからない男に奪われるとなったら、引きとめようと考えるのが親のエゴなのだろう。
実質、その彼が信頼に足ると認められない限り、理由をつけて別れるよう言われている。そうとしか思えない。
私の家は実際、他よりちょっとだけ位が高い。
富豪とまでは言わないけど、両祖父母の家も立派だし、今時引っ越し先にまでこの大きさの家を新築でポンと買う余裕があるような家はそうそう無いはずだ。
給料が高い良い暮らしのお嬢様。
だから当然、習い事もたくさんやらされてきた。
今まではきちんと、言いなりになってきたんだ。
だけど――。
「……私の成績、下がったことある?」
成績は当然の如く、常にトップクラス。
最上位、とまではいかないけど、学年10位以内はなるべくキープする努力はしてる。
たまに調子が悪かったり相性が悪いときは10位以下になる事もあった。
けど、それでも20位以下にはなった事が無い。
これ以上、何を望んでるんだろう。
常に1位じゃないといけないのだろうか。
そうすれば、彼との付き合いも認めてくれるのだろうか。
……まぁ、あの二人にとっては、それくらい当たり前なのかもしれない。
けど、私まで同じ枠にはめようとするのは勘弁して欲しい。
大事な時期だってのはわかるけど、私はもっと今しかできない事をしておきたいんだ。
いろいろなこと。
遊びとか。
彼と、幸せな時間を過ごしたい。
養ってもらってる立場なのはわかってる。
優しい両親であることも理解してる。
だから――。
「お願い。もう、ほっといて……」
我がままなのはわかっている。
それでも私は彼と一緒にいたいのだ。
彼と一緒がいい。
彼以外考えられないのだ。
扉の外で、溜息の漏れる音を聞いた。
「わかりました。けど、お父さんの言うこともわかってあげてくださいね」
優しい声だった。
「……うん」
今日、二人で別々に部へと顔を出したのには理由がある。
それは、いつかくる終わりを恐れて、倦怠期を恐れたのもちょっとあるけど、たまには少しだけ離れてみようという目論見と……。
この、一時的におつきあいをやめた状態を意識して、耐えられるかどうかの確認も兼ねたものだった。
だから、あえて少しだけ距離をとってみた。
ぶっちゃけ、何とか表向きは平然を貫き通せたものの、内心はかなり厳しいものがあった。
あと少しで会える、という希望があったから耐えられたのだ。
もし、それが無かったら……。
さみしかった。
後悔した。
ほんの少しでも離れるのは辛かった。
こんなんで、一生お別れなんて今の私には耐えられない。
「ただね。その部活……だっけ? 男の子、彼だっていたんでしょう?」
「?」
「この年齢の男の子だとねぇ……ほら、いろいろと心配なのよ」
その冒涜的とも言える下衆な発想に吐き気がした。
「変な想像しないで……!! リョウをそんな目で見ないで! 汚らわしい!!」
ただ遊んできただけなのに……!!
そりゃあ、男と女だもの。そう言う風に考えるのも無理はない。
けど……。
彼をそう言う風には見て欲しくない。
彼だけは違うと……。
……。
私は……。
「あのね、麻耶ちゃん。貴方はそう思っていても相手は男の子。貴方は女の子なのよ?」
たまに使ってくる女言葉に反吐がでる。
親の言葉を学んで子供は育つ。
……学ぶように育てられた。
今時そんな言葉遣いする奴はもういないって言うのに……。
「人を好きになると周りが見えなくなる気持ちもわからない訳じゃないの。けどね? この広い世界だもの。男なんて星の数ほどいるのよ? けどね、受験は今しかないの」
昔のこともあるから、心配なのだろう。それはわかってる。けど。だからこそ――。
「一と零じゃ大きな差があるの。相田の家にいる以上、浪人なんて許されません。ましてや高卒なんて……」
私には、彼でなければならないのだ。
「今の彼がダメだって言ってる訳じゃないの。でもね、この程度の試練で終わりになるくらいなら……。それは遠からずいつか終わる事。そうでしょ? それに今後、もっと他の子といい関係になれるかもしれないじゃない」
――理由がある。
「それに、お見合い結婚だってね。案外悪くないものだったりするのよ?」
母さんだってわかってるでしょう?
「だって私は今、あの人と結ばれて幸せだもの」
長い沈黙。その果てに私は口を開く。
「私の事は、私が一番わかってるから」
他の男じゃ無理。
「母さんも、父さんだって。わかってるでしょ? “私の事”」
彼じゃなきゃ無理なんだ
「受験のことはわかったよ。がんばるよ。でも……」
私のことだから私が一番理解している
「私には、彼しかいないの……“わかる”でしょ?」
“彼だから”大丈夫なんだから。
再度、長い沈黙が流れる。
その果てに帰ってきたのは、それは諦めたような声。
「……そうね、わかりました」
私が“禁じ手”を使ったがゆえの反応だった。
「じゃあ、あと少しだけね。好きにしてみなさい……。お父さんには、私が何とか言っておいてあげるから」
「ありがとう。ごめん」
足音と気配が静かに去っていく。
その音がやがて階段を降りていく音に変わった時。私はゆっくりと扉を開いた。
その先には、綺麗な漆塗りのトレイ。
その上には、同じく品の良いデザインのお椀に小皿。
並べられているのは一汁三菜と栄養を考慮したメニュー。
ぶりの照り焼き、高野豆腐の煮物、ほうれん草のおひたし。
沢庵漬けが少しと、あさりの味噌汁、白米のご飯。
全部国産の良い奴を使っているはずだ。
外国産ではない。安いどこのものともわからない食材を母は絶対に使わない。
たまに惣菜屋の物を買ってくるにしても、高級デパートのお高い、ちゃんとした品を使う。
器も凝ったものを好んで使う。
お菓子の時なんかは特に、ティーカップや小皿として普通にブランド物の陶器が出てくるし。
本当、贅沢なんだろうなって思う。
どこの家でもこうなはずがない。
かなり満たされた、良い環境だと自分でも思う。
それは理解している。
――だけど。
こんな気分で食べても美味しくないに決まってる。
味なんて正直わからない。
ハンバーガー食べたい。
安い奴で良い。
チェーン店のやっすいボソボソしたお肉の、たいして美味しくない奴でも構わない。
リョウと一緒にご飯が食べたい。
「……」
嫌だよ……。
こんな理由で別れるなんてできないよ。
胸元を飾る首飾り。そのペンダントトップに触れる。
他者からは安物と馬鹿にされるかもしれないけど、彼、リョウからもらった始めてのプレゼントだ。
ハートのリング両端に可愛らしい翼をかたどったデザイン。
翼の先端にはチェーンがつなげられていて、ハートの中央には大きめなピンクのラインストーンが飾られている。
大手ブランドメーカーのラインストーンを使ったハンドメイドの作品らしい。
某大手手作り品通販サイトで一番良いデザインを探して買ってくれたのだそうだ。
その気持ちだけでもうれしかった。
食事をすませ、ベッドに横たわる。
静かな部屋が、余計に寂しさを際立てた。
さっきまで会っていたのに。もう寂しい。
会いたい。
ずっと一緒が良い。
別れるなんて絶対に嫌だ。
私にはこだわらなければならない理由がある。
彼でなければならない理由があるんだ。
――どうしても“リョウ”でなければいけない理由が。
テーブルを挟んで対峙する父親に向けて私は言い放つ。
「それくらいできるなら、問題ないだろうな」
一方、父親はコーヒーブレイク中の雑談程度の軽さで涼しげに返す。
「ふざけないで!!」
自分でも驚くくらいのヒステリックな声が出る。
自分で自分が嫌になる。
「ふざけてなどいない。第一、女の子がなんだその口の利き方は。はしたない」
一方向こうは冷静にこちらを“正そう”とあくまで静かに諭す。
こんな時期に遊んでないで、勉強に集中しろ。
そこまでならわかる。でも――。
「いいか、麻耶。私はお前のためを思って言っているんだ。今は大事な時期なんだ。しばらく、その……リョウ君だったか? その彼と会うのはやめなさい。今は勉学に集中して、良い大学に入って、より良い職に付いて、男なんてそれから……」
「やめてよ!」
頭が真っ白になるくらいに塗り込められた感情をぶちまける瞬間。
私は女に生まれてきた事が嫌になる。
「もうほっといてよ!!」
「待ちなさい、麻耶……!!」
「うるさい!」
気がつくと私はリビングを飛び出していた。
階段を上がって、二階にある自室に閉じこもる。
40坪4LDの二階建て一軒屋。
それだけでも両親がどれだけがんばったのかが理解できる。
でも、我がままだと言われようとも私は、“それ”を許容する事なんてできなかった。
事の始まりは、帰りが遅いと父親に叱られた事が発端だった。
父はいつだって決して怒鳴り散らしたりはしない。優しく諭すように言い聞かす。
良い父親だと思う。私を心から心配してくれている。それも理解してる。
けど……いくらなんでも今時門限18時じゃあ部活さえろくにできない。
そんな現状に嫌気がさす私の気持ちも少しは理解して欲しい。
勉強に集中しろまではわかる。
でも、リョウと別れろ、までは絶対に認められない。
そんなの、絶対に許せない。
最悪でも、大学に合格するまでは一切合うな、なんて……。
そんなの無理に決まってる。
勉強に集中して確実に合格できるようにしろっていうのはわかる。
けど、彼と会えないなんてむしろ逆に集中できるはずがない。
そんなの、生きてる意味も理由もわからない。
私は今、最高に幸せなんだ。
だから、その幸せを奪わないで欲しい。
私には彼しかいない。
その事は私が一番理解している。
他の誰にだって理解できるはずがないんだ。
……不安で心配でたまらない。
いつだってそうだ。彼に会えない時は。
元気にしてるだろうか。
病気してないだろうか。
私の知らないところで事故になんてあってないだろうか。
生きてるだろうか。
私の知らないところで死んじゃってたりしないだろうか。
他の誰かに誘惑されてないか。
その誘惑に乗っちゃったりしないだろうか。
浮気なんて絶対に許せないから……。
いつだって、目の前に彼がいないと不安になる。
私は多分、彼に依存してる。
彼がいない世界なんて生きて行けない。
だって、私にはもう、彼以外ありえないから……。
ベッドの中で悶々と寝返りを打つ。
ほらね。勉強なんて集中できるはずがない。
私が父に抗議して閉じこもった先。それは二階にある私の部屋。
6畳の洋室。それだけでも十分立派なものだ。
……つまり、結局は親が親の金で買った家の中で、私が勝手に閉じこもっているだけという事だ。
本当に嫌ならば出て行けばいいのに……。
甘えてるな、とは自分でも思う。
けど、何の力も無い私には、それくらいしか出来ない事も理解していた。
私は無力だ。
静かな部屋の中。階段を上ってくる足音が聞こえる。
やがて足音は私の部屋の扉の前で止まった。
「ご飯。ここに置いとくから」
優しい母の声だった。
いかにも良家の出を思わせるおしとやかな口調。
テレビでよく見るお強い女性様と違い、決して叫んだり怒鳴ったりはしない。
まるで昭和の時代の亭主関白なドラマの世界から抜け出してきたかのようだ。
私も、そんな母を見習うように育てられた。
一時期は口調まで強制されていた。
時折口を飛び出す、今時珍しい女口調はそのせいだ、
「私は何も悪いことしてない」
高校3年。受験の時期。遊んでる暇なんて無い。そんな事はわかってる。けど……。
「そうね。けど、今は大事な時期だから」
受験のために別れろ。これが普通なのだろうか?
それとも私の家が古臭いだけだろうか。
両親共にお堅い公務員だから、相手の素性を選びたいとかもあるのかもしれない。
だとしたら許せない。
「知らない……私の進路を勝手に決めないで」
父は一家そろっての警察エリート。
母は政治家の娘で元小学校の教師。
夫婦仲も良くて、収入も安定している。
実に幸福な家庭だと思う。
けれど――。
「ちゃんと勉強もしてるじゃない」
だからこそ、実の娘がどこの馬の骨ともわからない男に奪われるとなったら、引きとめようと考えるのが親のエゴなのだろう。
実質、その彼が信頼に足ると認められない限り、理由をつけて別れるよう言われている。そうとしか思えない。
私の家は実際、他よりちょっとだけ位が高い。
富豪とまでは言わないけど、両祖父母の家も立派だし、今時引っ越し先にまでこの大きさの家を新築でポンと買う余裕があるような家はそうそう無いはずだ。
給料が高い良い暮らしのお嬢様。
だから当然、習い事もたくさんやらされてきた。
今まではきちんと、言いなりになってきたんだ。
だけど――。
「……私の成績、下がったことある?」
成績は当然の如く、常にトップクラス。
最上位、とまではいかないけど、学年10位以内はなるべくキープする努力はしてる。
たまに調子が悪かったり相性が悪いときは10位以下になる事もあった。
けど、それでも20位以下にはなった事が無い。
これ以上、何を望んでるんだろう。
常に1位じゃないといけないのだろうか。
そうすれば、彼との付き合いも認めてくれるのだろうか。
……まぁ、あの二人にとっては、それくらい当たり前なのかもしれない。
けど、私まで同じ枠にはめようとするのは勘弁して欲しい。
大事な時期だってのはわかるけど、私はもっと今しかできない事をしておきたいんだ。
いろいろなこと。
遊びとか。
彼と、幸せな時間を過ごしたい。
養ってもらってる立場なのはわかってる。
優しい両親であることも理解してる。
だから――。
「お願い。もう、ほっといて……」
我がままなのはわかっている。
それでも私は彼と一緒にいたいのだ。
彼と一緒がいい。
彼以外考えられないのだ。
扉の外で、溜息の漏れる音を聞いた。
「わかりました。けど、お父さんの言うこともわかってあげてくださいね」
優しい声だった。
「……うん」
今日、二人で別々に部へと顔を出したのには理由がある。
それは、いつかくる終わりを恐れて、倦怠期を恐れたのもちょっとあるけど、たまには少しだけ離れてみようという目論見と……。
この、一時的におつきあいをやめた状態を意識して、耐えられるかどうかの確認も兼ねたものだった。
だから、あえて少しだけ距離をとってみた。
ぶっちゃけ、何とか表向きは平然を貫き通せたものの、内心はかなり厳しいものがあった。
あと少しで会える、という希望があったから耐えられたのだ。
もし、それが無かったら……。
さみしかった。
後悔した。
ほんの少しでも離れるのは辛かった。
こんなんで、一生お別れなんて今の私には耐えられない。
「ただね。その部活……だっけ? 男の子、彼だっていたんでしょう?」
「?」
「この年齢の男の子だとねぇ……ほら、いろいろと心配なのよ」
その冒涜的とも言える下衆な発想に吐き気がした。
「変な想像しないで……!! リョウをそんな目で見ないで! 汚らわしい!!」
ただ遊んできただけなのに……!!
そりゃあ、男と女だもの。そう言う風に考えるのも無理はない。
けど……。
彼をそう言う風には見て欲しくない。
彼だけは違うと……。
……。
私は……。
「あのね、麻耶ちゃん。貴方はそう思っていても相手は男の子。貴方は女の子なのよ?」
たまに使ってくる女言葉に反吐がでる。
親の言葉を学んで子供は育つ。
……学ぶように育てられた。
今時そんな言葉遣いする奴はもういないって言うのに……。
「人を好きになると周りが見えなくなる気持ちもわからない訳じゃないの。けどね? この広い世界だもの。男なんて星の数ほどいるのよ? けどね、受験は今しかないの」
昔のこともあるから、心配なのだろう。それはわかってる。けど。だからこそ――。
「一と零じゃ大きな差があるの。相田の家にいる以上、浪人なんて許されません。ましてや高卒なんて……」
私には、彼でなければならないのだ。
「今の彼がダメだって言ってる訳じゃないの。でもね、この程度の試練で終わりになるくらいなら……。それは遠からずいつか終わる事。そうでしょ? それに今後、もっと他の子といい関係になれるかもしれないじゃない」
――理由がある。
「それに、お見合い結婚だってね。案外悪くないものだったりするのよ?」
母さんだってわかってるでしょう?
「だって私は今、あの人と結ばれて幸せだもの」
長い沈黙。その果てに私は口を開く。
「私の事は、私が一番わかってるから」
他の男じゃ無理。
「母さんも、父さんだって。わかってるでしょ? “私の事”」
彼じゃなきゃ無理なんだ
「受験のことはわかったよ。がんばるよ。でも……」
私のことだから私が一番理解している
「私には、彼しかいないの……“わかる”でしょ?」
“彼だから”大丈夫なんだから。
再度、長い沈黙が流れる。
その果てに帰ってきたのは、それは諦めたような声。
「……そうね、わかりました」
私が“禁じ手”を使ったがゆえの反応だった。
「じゃあ、あと少しだけね。好きにしてみなさい……。お父さんには、私が何とか言っておいてあげるから」
「ありがとう。ごめん」
足音と気配が静かに去っていく。
その音がやがて階段を降りていく音に変わった時。私はゆっくりと扉を開いた。
その先には、綺麗な漆塗りのトレイ。
その上には、同じく品の良いデザインのお椀に小皿。
並べられているのは一汁三菜と栄養を考慮したメニュー。
ぶりの照り焼き、高野豆腐の煮物、ほうれん草のおひたし。
沢庵漬けが少しと、あさりの味噌汁、白米のご飯。
全部国産の良い奴を使っているはずだ。
外国産ではない。安いどこのものともわからない食材を母は絶対に使わない。
たまに惣菜屋の物を買ってくるにしても、高級デパートのお高い、ちゃんとした品を使う。
器も凝ったものを好んで使う。
お菓子の時なんかは特に、ティーカップや小皿として普通にブランド物の陶器が出てくるし。
本当、贅沢なんだろうなって思う。
どこの家でもこうなはずがない。
かなり満たされた、良い環境だと自分でも思う。
それは理解している。
――だけど。
こんな気分で食べても美味しくないに決まってる。
味なんて正直わからない。
ハンバーガー食べたい。
安い奴で良い。
チェーン店のやっすいボソボソしたお肉の、たいして美味しくない奴でも構わない。
リョウと一緒にご飯が食べたい。
「……」
嫌だよ……。
こんな理由で別れるなんてできないよ。
胸元を飾る首飾り。そのペンダントトップに触れる。
他者からは安物と馬鹿にされるかもしれないけど、彼、リョウからもらった始めてのプレゼントだ。
ハートのリング両端に可愛らしい翼をかたどったデザイン。
翼の先端にはチェーンがつなげられていて、ハートの中央には大きめなピンクのラインストーンが飾られている。
大手ブランドメーカーのラインストーンを使ったハンドメイドの作品らしい。
某大手手作り品通販サイトで一番良いデザインを探して買ってくれたのだそうだ。
その気持ちだけでもうれしかった。
食事をすませ、ベッドに横たわる。
静かな部屋が、余計に寂しさを際立てた。
さっきまで会っていたのに。もう寂しい。
会いたい。
ずっと一緒が良い。
別れるなんて絶対に嫌だ。
私にはこだわらなければならない理由がある。
彼でなければならない理由があるんだ。
――どうしても“リョウ”でなければいけない理由が。
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本当に、ありがとうございます。
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どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
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40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
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おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
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