56 / 57
第七章「蒼天の地、ヘスカラント」
chapter56「村での日々(後編)」
しおりを挟む畑近くにある大きな樹。
その下、日陰になっている場所へと座り込む。
草と土の匂い。
のどかで平和な一時だ。
僕は両手を前にかざし、その言葉を口にした。
「水よ偉大なる精霊よ♪ 我らに恵みを与えたまえ♪ えいや、そーれ、はー♪」
リズムを刻み、音を奏で。
それは歌のように、小さく周囲に響き渡る。
そう、それは呪文。
僕が覚えた魔法だった。
やがて、虚空に人の頭大の水が生成される。
空中に固定されている内に口を付け、ジュルジュルと飲み干す。
発動から三十秒ほどすると水がバシャンと落下する。
飲みきれない分は、両手ですくうような形にして受け止める。
手が汚れている事を忘れていた。
まだまだ飲み足りなかったけど、水が汚れてしまった。
しょうがないので手を洗う。
生活魔法。水生成。
こちらの言語では「水を生み出す」と言うらしい。
この世界には、よくあるなろう小説みたいなスキルシステムなんて便利なものはない。
当然、ステータスオープンみたいな奴も無い。
何かを急にピコーンと閃いて使用可能になったり、「スキル大魔導士を獲得しました」みたいに世界の声とやらが聞こえていきなりなんかできるようになるとか、そういうものは無いっぽい。多分だけど。
この生活魔法は気合で暗記して覚えたのだ。
まだこの世界の言葉もろくに理解していなかった時に。
そう、あれはピネに拾われて目覚めてからしばらくした後。
トイレで用を足した後に、とある事情でどうしようもない危機的状況に襲われたのだ。
それはつまり……なんていうか。
小ならともかくさ。大をした後にお尻を拭く紙が無かったんだよね。
え? え!? どうすればいいの!? ってオロオロしている時にピネがやって来て……。
「もしかして生活魔法、使えないの?」
みたいな事を言って、この魔法を使ってくれたのだ。
その後、再度水魔法と浄化の魔法で手を綺麗にしてくれた後、熱乾燥の魔法で手を乾かしてくれたピネが、「明日、教会に行こうね」みたいな事を言ってくれて、村の中央にある教会に連れて行ってくれたのだ。
みたいな事とは言うものの、今ではそれなりに言語がわかってるので、ほぼ合っている事が判明している。
それはともかく。
そこの教会で、生活魔法を授与してくれたのだ。
この村では、生まれた子供が3歳くらいになった頃にはこの儀式を受けるしきたりになっているそうで、それ以降は親が呪文を忘れないように学ばせていく流れになり、遅くとも4~5歳までには生活魔法を使えるようになっているのが当たり前なのだそうな。
だから当然、生活魔法の登録もろくになされていない僕を教会の人はかなりいぶかしんだ。
けどピネが、
「きっと異世界から来た勇者様なんです!」
という強力な謎プッシュを行った結果、神官の人は折れた。
「まぁ、本物ならば祭りの時期にわかるでしょう」
という謎の言葉と共に。
祭りって何? と聞くたびに、ピネは「そのうちわかるよ」といい笑顔で返してくれるのだった。
最近では「そのうち」ではなく「もうすぐわかるよ」になっているのでちょっと期待してたりする。
ちなみに何の祭りなのかについては村人に聞いて見ると、かつて村に勇者がやってきて森の魔女を退治してくれた記念の祭りなのだそうな。
それでなぜ本物かどうかがわかるのか。なぜかそれについては教えてくれないのだが……。
なんか村人だけの秘密とか掟みたいなものがあるのだろうか。
それはともかく。
生活魔法。これはとても便利だ。
呪文を唱え、少しの体力消耗と共に使用できるのだが、水は作れる、風は起こせる、体を綺麗にできるし、ドライヤーみたいな乾燥熱風も生み出せる。他にも様々な便利魔法がセットで身に付く。
これは素晴らしい。
今も水を頭からかぶって全身を塗らしつつ、風を生んで涼んでいる所だ。
ちなみに今着てる衣服も借り物だ。
麻とか綿みたいな、なんか天然素材チックなものでできているようで、肌触りとかも凄くいい感じ。
ちなみに学ランは家に飾ってある。
あんなもの暑くて着ていられないからね。
そう、家の壁に飾ってあるのだ。
デ~ン! って感じに。
ピネはなぜかあの学ランをとても気に入っている。
まぁこっちの世界では珍しいだろうし、しょうがないんだろうけど。
そもそも、彼女が目覚めた僕に対して口にした言葉を覚えているだろうか。
「あなたは何者ですか? 私、こんな服見たことない! あなたが伝説の勇者さま!?」
である。
彼女は僕の衣服を見て、僕の事を「かつて異世界からやってきたという御伽噺の勇者様」と重ね合わせてしまったようなのだ。
まぁ、異世界から来た、って所までは合ってるんだけどね。
けど、僕はだんじて勇者さまなどではない。
勇気は無いし、世界を救う力だって、特別なものなど何も持ってない。
異世界から来ただけの、ただの普通の人だ。
むしろ、この世界では、村人よりも非力なくらいの……凡人以下の存在だ。
それなのに。
ピネは僕に優しい。
村長さんいわく、ピネは異世界から勇者様がやってきて、自分をさらってくれると夢想しているきらいがあるのだとか。
現実逃避。
わからないでもない。
だって僕もそうだったから。
退屈で辛い日常から、非現実がやってきて僕を連れ去ってくれる。
そんな夢想を、僕も――僕達もしていたのだから。
重たくなってしまった気分を吹き払うように、再度水の魔法を唱え、頭からかぶる。
風の魔法と併用するととても気持ちがいい。
ちなみに、この魔法を使うための呪文についてだけど。
最初は当然だけど苦労した。
だって、言葉さえわからない状況で使わざるを得なかったのだから。
それでも、呪文だけは気合で覚えた。
もう本当、気合で暗記せざるをえなかった。
けど、ピネの歌うようなやりかたがよかった。
音とリズムに合わせて覚えるのだ。
なんでも、ピネが子供の頃に母親が教えてくれたやり方らしい。
とても覚えやすかった。
子供だったピネに、呪文だけでも覚えられるようにと、歌にしてくれたのだそうな。
ちなみに、えいや、そーれ、はーの部分は、本当はいらない。
けど、覚えやすくするために、リズムをよくするために付け加えたっぽい、とピネは話していた。
……ぽい。そう、理由はもう誰にもわからないのだ。
だって、ピネの御両親はすでに亡くなっているのだから。
ピネは今、村長さんや村の人に支えられながら独りで生きている。
それなのに、ただでさえ大変なはずなのに。
僕なんかを拾ってくれたのだ。
その恩に報いるためにも、がんばらなければ。
「そろそろ休憩終わり。いけるか?」
呼ばれ、作業に戻る。
今度は収穫した野菜を籠に乗せるといった単純労働系の力仕事だ。
大量の野菜をかかえて、荷台に乗せる。
村の一員として生きる以上、最低限働かなければならない。
ニートなんてとんでもない。
人員はいくらあっても足りないくらいなのだ。
あの世界の……都会とはまるで違う。
生きるために。
本当に純粋に、生きるために。
ただ生きるために、働かなければならない環境。
あの生ぬるい現代社会とは本当にまるで違う。
僕はあんなにもぬるま湯のような世界で生意気にも悩み苦しんでいたのだ。
そして、そんな世界に甘えながら、生意気にも異を唱えていたのだ。
恥の多い人生でした。
今、その恥に気付いた気分で一杯だ。
無知の知。
恥は知らなければ恥では無い。
気付いた時に、恥になるのだ。
夕日の赤に照らされて。
巨大な太陽と広大な空の下。
自分の小ささが身に染みる。
自分の小ささ。ここではそんなことを考える暇さえない。
今日生きるために働くだけで精一杯。
「よし、今日はこれまで。お疲れさん」
思い出したかのようにどっと湧き出る疲労感。体中が悲鳴をあげていた。
今日もがんばった。
明日もがんばろう。
僕は家へと――。
ピネが待っている家へと帰路に着くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月中旬出棺です!!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる