7 / 43
第一章 ドラゴンハンター01 戸井圭吾
1-7
しおりを挟む
圭吾が家に帰ると、玄関でお母さんが仁王立ちしていた。片手に掃除機を持ち、片手にポテトチップスの空袋を持っていた。
お母さんの後ろで、結衣がクスクス忍び笑いをしている。
「どういうこと?」
お母さんが、低くうなるように言った。
「か、片づけます」
圭吾は恐る恐る言った。
真っ直ぐ掃除機を突き出される。圭吾は黙ってそれを受け取った。お母さんの怒りは頂点に達している。ここは大人しく言うことを聞くに限る。
お母さんは背中を向け、リビングに戻っていく。
2階に行く前に、嬉しそうな結衣の顔に、思い切りアカンベーをした。
「うわーん、お兄ちゃんが意地悪してきた~」
結衣が泣きまねをする。
「クソッ」
思わず声が出てしまった。
リビングの扉を開けようとしていたお母さんが、静かに振り返った。逆光でお母さんの顔は陰になり、表情が見えない。
「なにか今、汚い言葉を使いませんでしたか?」
真っ黒い影がしゃべる。やたらと丁寧な物言いに、圭吾は身震いした。
「な、なにも言ってません」
圭吾は掃除機と虫かごを抱え、逃げるように階段を駆け上がった。
「ママ~、お腹空いたー。お菓子食べてもいい?」
結衣の甘えた声が、1階から聞こえて来る。
「もう、結衣のヤツうるさいなぁ」
圭吾は部屋のドアを力任せに閉めた。部屋を眺めて呆然とする。
「どうしたんだ、この部屋は。空き巣でも入ったのか?」
部屋の中は、お菓子の空箱や食べかすがこれでもかというほど散乱していた。さっきはドラゴンに夢中で、ここまでひどいとは気がつかなかった。
「ここは巨大なゴキブリホイホイか?」
大量のスナック菓子の欠片は、まるで甘い罠のようだ。そして圭吾は、罠にはまったゴキブリのような気分だった。
「おまえも罠か?」
圭吾は虫かごのドラゴンに話しかけた。
ドラゴンは圭吾の気持ちなどまるで知らん顔で、そっぽを向いていた。
この部屋を今から片づけなければならないかと思うとうんざりする。
お母さんには怒られるし、友だちには変なヤツだと思われたかもしれない。それもこれも、すべてドラゴンのせいのような気がして、圭吾は腹が立ってきた。
「チェッ。なんでおまえはぼくにしか見えないんだよ」
圭吾は手にしていた虫かごを、乱暴に机に投げた。
虫かごが机の上で飛び跳ねた。そのまま床に転がり落ちる。
「あっ」
圭吾が声をあげた時にはもう遅かった。床に落ちた衝撃で、虫かごの蓋がはずれた。
その瞬間を待っていたかのように、ドラゴンが翼を広げた。ドラゴンが宙に浮き上がる。すぐに床に着地したのを見て、ホッとしたのもつかの間だった。
ドラゴンが猛スピードで床の上を走り出した。
「待てっ」
圭吾は膝を床についた。ドラゴンに手を伸ばす。ドラゴンはスルリと圭吾の手から逃げてしまう。圭吾は床に這いつくばるようにして、必死で手を伸ばした。圭吾の指先が、わずかにドラゴンのしっぽに触れる。
しかし、つかむことはできなかった。
ドラゴンは一直線に走っていく。素早い動きでドラゴンは、机の下に消えていく。
圭吾は机の下をのぞきこんだ。足元にマンガが積んである。それらをすべてどけてみる。
だが、マンガの下から現れたのは大きな綿ぼこりだけだった。
圭吾は机の脚をひっぱった。机をズルズルと手前に引き、後ろにドラゴンが隠れていないか見た。
ドラゴンはいない。本棚の後ろもベッドの下も見た。
しかし、ドラゴンはどこにもいなかった。
圭吾はあせった。ちょっと借りるだけのつもりだった。ドラゴンを連れて来た女の人を見つけて、すぐに返すつもりだった。
絶対に盗んだわけではない。だけど返せないなら、そんな言い訳が通じるだろうか。
もしあの女の人が、ドラゴンを探していたらどうしよう。今ごろ、警察に届け出ていたらどうしよう。
冷たい汗が、背中を伝った。グンと体温が下がっていく気がした。
「どこに行っちゃったんだ?」
圭吾は首をひねった。
そもそもドラゴンなんて、最初からいなかったのかもしれない。圭吾はそう考えることの方が正しい気がした。
そうだ、その通り。だってドラゴンは、誰にも見えなかったじゃないか。圭吾は自分の都合のいいように考えをねじまげていった。
しかし、ドラゴンが目の前から消えた今でも、リアルに思い出すことができた。
黒に近い、濃い緑色の体。金色に輝くタテガミと、ゴツゴツとした翼。サファイアのように、青くきらめく瞳が、じっと圭吾を見つめている。その視線を振り払うように、圭吾は頭をブンブンと振った。
「ドラゴンなんて、最初からいなかったんだ」
圭吾は自分に言い聞かせた。
「さぁ、掃除を始めよう」
コンセントをさし、掃除機のスイッチを入れた。パワーを強にして、すべてのゴミを吸い上げる。
掃除機は便利なものだ。いらないものをなんでも吸ってくれる。こびりついて離れないドラゴンの記憶も、きれいさっぱり吸ってしまうんだ。
圭吾は掃除機を持つ手を必死で動かした。
お母さんの後ろで、結衣がクスクス忍び笑いをしている。
「どういうこと?」
お母さんが、低くうなるように言った。
「か、片づけます」
圭吾は恐る恐る言った。
真っ直ぐ掃除機を突き出される。圭吾は黙ってそれを受け取った。お母さんの怒りは頂点に達している。ここは大人しく言うことを聞くに限る。
お母さんは背中を向け、リビングに戻っていく。
2階に行く前に、嬉しそうな結衣の顔に、思い切りアカンベーをした。
「うわーん、お兄ちゃんが意地悪してきた~」
結衣が泣きまねをする。
「クソッ」
思わず声が出てしまった。
リビングの扉を開けようとしていたお母さんが、静かに振り返った。逆光でお母さんの顔は陰になり、表情が見えない。
「なにか今、汚い言葉を使いませんでしたか?」
真っ黒い影がしゃべる。やたらと丁寧な物言いに、圭吾は身震いした。
「な、なにも言ってません」
圭吾は掃除機と虫かごを抱え、逃げるように階段を駆け上がった。
「ママ~、お腹空いたー。お菓子食べてもいい?」
結衣の甘えた声が、1階から聞こえて来る。
「もう、結衣のヤツうるさいなぁ」
圭吾は部屋のドアを力任せに閉めた。部屋を眺めて呆然とする。
「どうしたんだ、この部屋は。空き巣でも入ったのか?」
部屋の中は、お菓子の空箱や食べかすがこれでもかというほど散乱していた。さっきはドラゴンに夢中で、ここまでひどいとは気がつかなかった。
「ここは巨大なゴキブリホイホイか?」
大量のスナック菓子の欠片は、まるで甘い罠のようだ。そして圭吾は、罠にはまったゴキブリのような気分だった。
「おまえも罠か?」
圭吾は虫かごのドラゴンに話しかけた。
ドラゴンは圭吾の気持ちなどまるで知らん顔で、そっぽを向いていた。
この部屋を今から片づけなければならないかと思うとうんざりする。
お母さんには怒られるし、友だちには変なヤツだと思われたかもしれない。それもこれも、すべてドラゴンのせいのような気がして、圭吾は腹が立ってきた。
「チェッ。なんでおまえはぼくにしか見えないんだよ」
圭吾は手にしていた虫かごを、乱暴に机に投げた。
虫かごが机の上で飛び跳ねた。そのまま床に転がり落ちる。
「あっ」
圭吾が声をあげた時にはもう遅かった。床に落ちた衝撃で、虫かごの蓋がはずれた。
その瞬間を待っていたかのように、ドラゴンが翼を広げた。ドラゴンが宙に浮き上がる。すぐに床に着地したのを見て、ホッとしたのもつかの間だった。
ドラゴンが猛スピードで床の上を走り出した。
「待てっ」
圭吾は膝を床についた。ドラゴンに手を伸ばす。ドラゴンはスルリと圭吾の手から逃げてしまう。圭吾は床に這いつくばるようにして、必死で手を伸ばした。圭吾の指先が、わずかにドラゴンのしっぽに触れる。
しかし、つかむことはできなかった。
ドラゴンは一直線に走っていく。素早い動きでドラゴンは、机の下に消えていく。
圭吾は机の下をのぞきこんだ。足元にマンガが積んである。それらをすべてどけてみる。
だが、マンガの下から現れたのは大きな綿ぼこりだけだった。
圭吾は机の脚をひっぱった。机をズルズルと手前に引き、後ろにドラゴンが隠れていないか見た。
ドラゴンはいない。本棚の後ろもベッドの下も見た。
しかし、ドラゴンはどこにもいなかった。
圭吾はあせった。ちょっと借りるだけのつもりだった。ドラゴンを連れて来た女の人を見つけて、すぐに返すつもりだった。
絶対に盗んだわけではない。だけど返せないなら、そんな言い訳が通じるだろうか。
もしあの女の人が、ドラゴンを探していたらどうしよう。今ごろ、警察に届け出ていたらどうしよう。
冷たい汗が、背中を伝った。グンと体温が下がっていく気がした。
「どこに行っちゃったんだ?」
圭吾は首をひねった。
そもそもドラゴンなんて、最初からいなかったのかもしれない。圭吾はそう考えることの方が正しい気がした。
そうだ、その通り。だってドラゴンは、誰にも見えなかったじゃないか。圭吾は自分の都合のいいように考えをねじまげていった。
しかし、ドラゴンが目の前から消えた今でも、リアルに思い出すことができた。
黒に近い、濃い緑色の体。金色に輝くタテガミと、ゴツゴツとした翼。サファイアのように、青くきらめく瞳が、じっと圭吾を見つめている。その視線を振り払うように、圭吾は頭をブンブンと振った。
「ドラゴンなんて、最初からいなかったんだ」
圭吾は自分に言い聞かせた。
「さぁ、掃除を始めよう」
コンセントをさし、掃除機のスイッチを入れた。パワーを強にして、すべてのゴミを吸い上げる。
掃除機は便利なものだ。いらないものをなんでも吸ってくれる。こびりついて離れないドラゴンの記憶も、きれいさっぱり吸ってしまうんだ。
圭吾は掃除機を持つ手を必死で動かした。
0
あなたにおすすめの小説
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
マジカル・ミッション
碧月あめり
児童書・童話
小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる