おばけ育成ゲーム

ことは

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4 見えないおばけ

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 月曜日。帰りがけに先生から絵日記の宿題が返された。

「高山さん」

 名前を呼ばれて前に取りに行くと、担任の中田先生がにっこり笑った。30代の優しい女の先生だ。

「この日記、すごく面白かったわ」

 里奈は胸の中が温かくなった。

 おばけ育成ゲームのことを、中田先生にもっと教えてあげたかった。

 短い絵日記には、まだまだ書ききれないことがたくさんあった。言いたいことがいくつも、胸の中でシャボン玉みたいにどんどんふくらんでいく。

「先生、モモちゃ……」

 里奈が言いかけたが、ちょうど先生の次の言葉と重なってしまった。

「高山さんは、お話を作るのが上手ね」

「えっ」

 シャボン玉が、ぱちんとはじけた。

「ごめん、ごめん。今、なにか言おうとした? どうぞ。話して」

 順番を待っていた言葉たちは、のどにつまって出てこない。

「なんでもありません」

 里奈は首を横に振った。

「高山さん、もしかしたら、頑張れば作家になれちゃうかもしれないわ」

(違う、お話を作ったんじゃない!)

 言いたいけど言えない。

(先生、信じてくれたんじゃなかったんだ)

 みるみるうちに、里奈の心は冷え切っていく。

 きっとどんなに説明したって、先生は信じてくれない。

「でも、これから絵日記には本当にあったことを書いてね」

 中田先生がにっこり笑う。

 中田先生はとても優しい。このことだって、意地悪で言っているのではない。

 里奈はわかっている。わかっているから、先生の笑顔を壊すようなことを言いたくない。

 里奈は黙ってうなずいた。

 本当にあったことなんです、本当はそう言いたかった。

 モモちゃんを先生に見せることができれば、信じてもらえるかもしれない。

 でも、それは無理だ。

 昨日、モモちゃんをお父さんとお母さんに見せようとしたけど、できなかった。

 モモちゃんは、おばけ育成ゲームのプレイヤーにしか見えないのだと、モモちゃんが教えてくれた。

「秋山さん」

 先生はもう、次の児童の名前を呼んでいる。

 里奈は絵日記を胸に抱えて席に戻った。

 信じてもらえないことは悲しい。里奈の胸の中に、苦い気持ちが広がる。

 里奈は机の上に、絵日記をそっと置いて席に座った。

 紺色のパーカーのポケットに、右手をつっこむ。モモちゃんを連れてくるために、今日はわざわざポケットのある服を選んだ。

 指先を、モモちゃんのふわふわした毛がくすぐる。

 里奈は、ちゃんとこうしてモモちゃんにさわることもできる。

 しかし、ゲームのプレイヤー以外の人は見ることもさわることもできないのだ。

「わぁ、かわいいね」

 隣の席の本田アリサが、里奈の絵日記をのぞきこんでいる。

 ポニーテイルにした頭には、キラキラした大きな赤いリボンが目立っている。アリサは、かわいいものとおしゃべりが大好きな女の子。今日は、人気ブランドのロゴが入った、黒いロングTシャツを着ている。

「おばけの絵、上手だね」

 アリサが、モモちゃんの絵を指さした。

 ほめられて、里奈は頬が熱くなった。

「ありがとう」

 ありがとう、いただきまぁす、とポケットからモモちゃんの小さな声が聞こえてくる。

 里奈は、はっとポケットを押さえた。

「なにか変な声、聞こえなかった?」

 里奈が言ったが、「そう?」とアリサは首をかしげただけだった。

 里奈が絵日記をランドセルにしまおうとすると、アリサがその手を押さえた。

「今、読んでるの」

「でも、これは……」

 里奈はしかたなく、アリサが読み終わるのを待った。

「起立」

 当番の号令がかかる。

 みんなが一斉に立ち上がる。

 アリサが立ち上がる時「なにこの日記」とつぶやいたように聞こえた。

 帰りのあいさつが終わると、クラスのみんながわっと教室を出て行く。アリサも先に行ってしまう。

(待っていてくれたっていいのに)

 里奈もあわてて絵日記をランドセルにしまった。

「里奈ちゃん、もしかして怒ってる?」

 モモちゃんが、里奈の目の前に飛んできた。

 里奈はあわてて、モモちゃんを両手でつかまえた。

「ちょっとちょっと。誰かに見つかったらどうするのよ。学校にペットなんか連れてきちゃダメなんだからね」

 里奈は小声で話しかけた。

「モモちゃんは誰にも見えないから大丈夫だよ。それにペットじゃないし。おばけだし」

 モモちゃんが口をとがらせる。

「それより里奈ちゃん、怒ってない? アリサちゃんが、絵日記読んでたせいで、帰りが遅くなったとか思ってない?」

 里奈は、胸がズキンとした。

「そんなこと、思ってないよ。アリサちゃんはいい子だし」

「ふ~ん」

 モモちゃんが、里奈の手の平から飛び立ち、廊下の方へ飛んで行く。

 里奈はランドセルをしょって、モモちゃんを追いかけて廊下を歩いて行った。

「それよりモモちゃん、ちょっと大きくなったんじゃない?」

「まぁ、ちょっとはね~」

 モモちゃんが先を行く。

「ちょっと待ってよ」

 里奈は小走りになった。

 後ろからバタバタと足音が近づいてきた。男の子が一人、通り過ぎていく。

 と思ったら、クルリとこっちを振り返った。

 里奈は驚いて立ち止まる。

 男の子は背が高くて、里奈を見下ろしている。こっちを見る目は切れ長で、涼し気だ。

「おまえ、誰としゃべってんの?」

 初めて話す子なのに、全く遠慮がない。

 里奈は、カーッと全身が熱くなった。さっきまでの里奈は、一人で話しているおかしな女の子に見えたかもしれない。

 里奈は唇をかんだ。

「おれ、質問してるんだけど」

 なにも答えない里奈に、男の子はイライラしているみたいだ。

「さっきまで大声でしゃべってたくせに、変なやつ」

 吐き捨てるように言うと、男の子は走り去っていった。

「誰、今の子?」

 モモちゃんが聞く。

「隣のクラスの男の子だと思うけど……名前は知らない」

 里奈はささやくように言った。もう、他の誰かにモモちゃんとの会話を聞かれるわけにはいかない。トラブルはごめんだ。

「アリサちゃんだ」

 昇降口を出て帰ろうとすると、アリサが運動場にいた。ランドセルを運動場の片隅に置き、同じクラスの秋山マキと一緒に鉄棒で遊んでいる。

 マキは鉄棒に足をかけ、逆立ちしている。顎のラインのボブヘアが地面につきそうだ。ショートパンツから伸びる足は、健康的に日焼けしている。

 アリサが笑いながら、マキになにかを話しかけている。

 里奈はアリサともマキとも4年生からクラスが一緒で、クラスの中でも特に仲がいい。

(なんの話してるのかな?)

 里奈は二人の元に駈け寄った。

 里奈はアリサに、絵日記を読んだ感想を聞いてみたかった。

 モモちゃんのことを話したい。大人は信じてくれないけど、もしかしたらアリサなら信じてくれるかもしれない。

「里奈ちゃん、アリサちゃんから聞いたよー」

 マキが、前回りからぴょんと地面に着地した。

「嘘、書いちゃいけないんだよ」

「うそ? なんのこと?」

 嫌な予感がして、里奈は胃の辺りがゾワゾワした。

 アリサは腕を伸ばして鉄棒にぶら下がり、縮めた足をブラブラさせている。

「絵日記だよ、絵日記」

 マキが腕を立てて、鉄棒に飛び乗る。

「嘘書いて先生にほめられるなんて、ずるいよね?」

 マキが、アリサに同意を求める。

 アリサは足を地面につけてまっすぐ立つと、小さくうなずいた。

 アリサが鉄棒を引き寄せ、地面を蹴り上げた。砂ぼこりが舞い上がる。

「でも、ほめられたんじゃなくて、怒られたんじゃない? 先生も本当のこと書いてねって言ってたもん」

 アリサが、逆上がりをしながら言った。

「あ、そっか。怒られたのか」

「みんなちゃんと、宿題やってるんだからさぁ。嘘はまずいでしょ、嘘は」

 アリサがマキの方を見て言った。

「そうだね。嘘はよくないよねぇ」

 二人とも、里奈の方を見ない。ただ二人で会話しているだけだとでも言いたげに、顔を見合わせてクスクス笑っている。

 里奈は話を作ったわけでも、嘘をついたわけでもない。

 でも、ここでなにか言えば、二人に何倍にもして言い返されるだけだ。里奈は二人とけんかをしたいわけではない。

 里奈は、クルリと二人に背を向けて歩きだした。

「明日、学校終わったら公園行こうよ」

「いいねー。お菓子持ってく?」

 二人はもう、別の話で盛り上がっている。

 きっともう、里奈に言ったことなんか忘れている。里奈がただ、この場をやり過ごせばいいのだ。二人は里奈ほど、このことを気にかけてはいないのだから。

 夕陽が正面から照り付けていて、まぶしい。光がまぶしすぎて、まっすぐ前を向いて歩けない。里奈はつま先を見ながら歩いた。

「言い返さなくていいの?」

 モモちゃんが、後をついてくる。

 里奈はうなずいた。

「どうして? 悲しくないの? くやしくないの?」

 里奈は首を横に振った。

 なにか言えば、涙が出そうだった。

(わたしはかわいそうなんかじゃない。いつも明るく楽しくしていれば、きっと二人ともまたすぐに仲良くなれるもん)

「ねぇ、里奈ちゃん?」

 里奈は、おしゃべりなモモちゃんを右手でつかんでポケットに入れた。
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