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最終章
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私の足が治りきる前に、サキュアは修道院をあとにした。
「アングチュア」
それはこれまでに聞いたことのない言葉だった。けれど私にはそれが「バイバイ」を意味する言葉だとはっきりとわかった。
彼は定期的に食料や日用品などを届けにやってくるのだろう。だからこそ告げられた「バイバイ」がつらく刺さった。
熊との対峙後、少年たちは私に近づいてこなくなった。老婦は変わらず食事を届けに来てくれたが、それ以外には何もなかった。
足が治るまでここに置いてくれることが最大限、私に向けられた優しさだということはわかっていた。
本当はもう、歩き出せる。けれど、どこにも行けそうになかった。
化け物の鳴き方もわからないまま、私はただ静かに涙を零し、丸まって目を閉じる。
夜も更けた頃、きぃと扉が開いた。不自然な時間の来訪者に私は(遂に始末されてしまうのだろうか)と考えながら視線を向けると、灯りに照らされてキラキラと輝く、オレンジの髪が見えた。
彼は私を見つけると走り寄ってきて、いつも手に持っている図鑑の一ページを見せてきた。
そこには、私のような生き物のイラストが描かれており、風に乗って空を飛んでいる姿が描かれていた。
彼は興奮気味に何かをまくしたてる。また頬までオレンジに染まっていた。ケージの扉を開け、私に向かって手を差し出す。あの日よりも力強いその手に、今度は私からも手を伸ばした。
◆
外は風もなく、星が夜空を埋め尽くしていた。
図鑑のうさぎは後ろ足に風をまとわせていた。足に意識を集中するが、何も起きない。そもそも魔法は、頑張ればできるようなことなのだろうか。
環境が変われば人は変わる、と簡単に言われることもあった。そんなことはわかっている。けれど、環境を変えることそのものが簡単ではなかった。
私にとって父はいつまでも父だ。変えられるのならばとっくに変えている。そして私も、変われるのならとっくに変わっている。
徐々に苛立ちがわいて、私は集中することをやめた。代わりに目いっぱい、もう痛くない後ろ足で地面を蹴りつけた。
体が宙を舞う。けれど、それはあくまでジャンプに過ぎない。落ちていく浮遊感に、階段から落ちた時の不快感が蘇る。
その瞬間、背中に優しく触れる温もりがあった。
オレンジの少年が、私の背にぴったりと手のひらをつけ、勢いをつけるように私を押してくれた。
私は風に飛ばされるように空へと放り出された。振り返ると、もう少年の姿も、修道院もかなり小さくなっている。彼は手を振りながら「アングチュアー!」と叫んでくれていた。後ろ足の包帯が、まとった風に千切られて落ちていく。
無計画に空を舞いながら私は、何をしようかと考える。まずやりたいことは二つだ。
「ありがとう」を覚えること。それを私の恩人二人に真っ先に伝えること。
遠くに見える唯一の街灯りに私を助けてくれた異世界の魔法使いがいることを信じ、私はまっすぐ光へ向かって進んだ。
「アングチュア」
それはこれまでに聞いたことのない言葉だった。けれど私にはそれが「バイバイ」を意味する言葉だとはっきりとわかった。
彼は定期的に食料や日用品などを届けにやってくるのだろう。だからこそ告げられた「バイバイ」がつらく刺さった。
熊との対峙後、少年たちは私に近づいてこなくなった。老婦は変わらず食事を届けに来てくれたが、それ以外には何もなかった。
足が治るまでここに置いてくれることが最大限、私に向けられた優しさだということはわかっていた。
本当はもう、歩き出せる。けれど、どこにも行けそうになかった。
化け物の鳴き方もわからないまま、私はただ静かに涙を零し、丸まって目を閉じる。
夜も更けた頃、きぃと扉が開いた。不自然な時間の来訪者に私は(遂に始末されてしまうのだろうか)と考えながら視線を向けると、灯りに照らされてキラキラと輝く、オレンジの髪が見えた。
彼は私を見つけると走り寄ってきて、いつも手に持っている図鑑の一ページを見せてきた。
そこには、私のような生き物のイラストが描かれており、風に乗って空を飛んでいる姿が描かれていた。
彼は興奮気味に何かをまくしたてる。また頬までオレンジに染まっていた。ケージの扉を開け、私に向かって手を差し出す。あの日よりも力強いその手に、今度は私からも手を伸ばした。
◆
外は風もなく、星が夜空を埋め尽くしていた。
図鑑のうさぎは後ろ足に風をまとわせていた。足に意識を集中するが、何も起きない。そもそも魔法は、頑張ればできるようなことなのだろうか。
環境が変われば人は変わる、と簡単に言われることもあった。そんなことはわかっている。けれど、環境を変えることそのものが簡単ではなかった。
私にとって父はいつまでも父だ。変えられるのならばとっくに変えている。そして私も、変われるのならとっくに変わっている。
徐々に苛立ちがわいて、私は集中することをやめた。代わりに目いっぱい、もう痛くない後ろ足で地面を蹴りつけた。
体が宙を舞う。けれど、それはあくまでジャンプに過ぎない。落ちていく浮遊感に、階段から落ちた時の不快感が蘇る。
その瞬間、背中に優しく触れる温もりがあった。
オレンジの少年が、私の背にぴったりと手のひらをつけ、勢いをつけるように私を押してくれた。
私は風に飛ばされるように空へと放り出された。振り返ると、もう少年の姿も、修道院もかなり小さくなっている。彼は手を振りながら「アングチュアー!」と叫んでくれていた。後ろ足の包帯が、まとった風に千切られて落ちていく。
無計画に空を舞いながら私は、何をしようかと考える。まずやりたいことは二つだ。
「ありがとう」を覚えること。それを私の恩人二人に真っ先に伝えること。
遠くに見える唯一の街灯りに私を助けてくれた異世界の魔法使いがいることを信じ、私はまっすぐ光へ向かって進んだ。
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