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その12
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夏休みはもろく儚く過ぎ去り、二学期になった。基本的には絶望しかない。登校する生徒たちの足並みはゾンビのように鈍重だし、顔色もおおむねゾンビ。
ただまあ教室であーちゃんとだらだら話しているうちに、学校が始まったところでたいして変わらないように思えてきた。違うのは、早起きしたせいで眠いくらいのこと。あーちゃんなんて、左右の眉が繋がりそうなほど顔をしかめ、瞼もほとんど閉じている。部活を辞めたこともあってこの夏すっかり夜行性になってしまい、朝と陽の光に抗いがたい虚脱感をおぼえるのだそう。
しかし、教室に入ってきた女子二人の姿を見て、その目が半分くらいまで開いた。一人は志津木。もう一人は、志津木を腕にびったりくっつけた藤野だ。
「……知ってたか?」
親指で示し、あーちゃん。俺は首を振るが――
「でもそんな気はしてた」
魔女なんて常軌を逸したものの関与がないかぎり、俺が藤野とのやりとりを忘れることなんてありえないのである。今度またこっちで暮らす、と言っていたのだから、そう遠くない話なのだろうとは思っていた。
進学して一学期の間は元の町で暮らし、二学期に転校してくる予定だったのだろう。魔女はその隙間を利用したわけだ。
でもよくよく考えれば、この学校に転校してくるとはかぎらないわけで。魔女はあらかじめ転校先を知っていたのだろうか。藤野のその後については全然把握してないような口ぶりだったが。まあ、魔女の言うことだし、適当な嘘が混ざっていてもおかしくない。
深く考えてもしかたがない。目の前の状況だけを見ることにしようではないか。
そう、つまり藤野凛花のことだ。むしろ藤野だけ見てたい。
藤野は、少し髪が長かった。それもまた良いと俺はしみじみ感じ入る。ただ、明らかに夏休みの間だけで伸びる量ではなく、女子たちの輪の中で話題にされている。藤野としては、そう言われても困ってしまうだろう。
そもそも誰も彼も初対面のはずなのである。いきなり慣れ親しんだように話しかけられ、内心ではとまどうばかりに違いない。普通に会話を成立させているのがもはや驚異的とすら思える。前の学校ではそういう授業があったのかもしれない。
ときどき、ちらりちらりとこちらに目線を投げてくる。ああ、この求められる感じ、震える……!
女子同士のおしゃべりは途切れない。チャイムが鳴って担任が現れて、体育館に移動して始業式があって、教室に戻ってあとはホームルームだけという頃合いに、藤野は俺の肩を叩きに来た。
「コウちゃ……西山、あとでちょっといい?」
呼び方。
ホームルームのあと、藤野に連れられて教室を出た。出ようとしたところで背中越しに志津木の声が聞こえたので、走って逃げた。廊下は教室からあふれ出た生徒でごった返していたので、追ってこられなかったようだった。まあ、追ってきていることを確認したわけではなかったが。
中庭を見下ろす二階渡り廊下の端っこで、藤野は落ち着けそうだと判断したらしかった。俺に向き直って、さっそく話を切り出す。
「変なこと言うかもしれないけど、変に思わないでね?」
「むずかしい注文だな」
「私、今日からこの学校に転校してきたはずなのよ」
「うん」
俺の淡白な反応に、藤野はしばし埴輪みたいに目口を丸くした。
「なのにみんな私のこと知っているし、私の席ももうあるし、なんなら私もみんなのこと知っているし、今朝なんて校門のところでいきなり茜に抱き着かれて、そのまま一緒に教室まで来ちゃって、職員室に行かなきゃいけないはずだったのに行きそびれちゃって、でも何事もなくホームルーム始まるし……」
「さっそくクラスに馴染めてよかったじゃん」
「……なんか、コウちゃんと付き合っているって疑惑あるし」
「えっ……!?」
余裕ぶっていた俺は絶句した。
聞けば、終業式の日に告白し、そのまま長らく二人きりで語らっていたという目撃証言があるのだという。学校裏の貯水池で魔女と話したときのことに違いない。青髪の少女が目に留まらなかったはずはないが、話題性との兼ね合いで割愛されてしまったものと思われる。
その後、藤野はのっぴきならない事情でこの町を離れ、連絡もままならない状態だったことになっていたらしい。目撃報告は、心を通じ合わせた相手との最後の逢瀬だったのだというセンセーショナルな触れ込みとともに広まっていたのだとか。なにそのロマンチックなやつ…………最高かよ。
そういえば、夏休み中に志津木から、藤野の所在を問う連絡があった。何の説明もする間もなく、ものの数秒で切られてしまったが。
ともあれ、藤野にとってみれば何から何までわけのわからない話だろう。
「そんなことあるわけないのに、おかしいのよ、いろいろと」
…………。そんなこと……
「ほらでも、俺としてはぜひともお願いしたい所存。これを機に一度検討してみては――」
「そんなことよりも、コウちゃん、何か知ってるんじゃない?」
二回言った。ぬーん………
はっ、いやいや、落ち込むなかれ。今のはどう考えても無理筋ですよ。どんまいどんまい。
「違った? なんとなく、そう思って声かけたんだけど……」
「ああ、うん、まあ一応」
「やっぱり。教えて」
「端的に言うと、全部魔女の仕業」
「! ちょっと待って、今、話が全部つながったかも」
手のひらを押し出して遮る藤野。
「夢なのかと思っていたけど、私、一学期の間この学校に通っていた記憶があるのよ。かなり鮮明に。茜やみんなとも仲良くなって、シルちゃんが校舎におっこちてきて、それでコウちゃんたちとお師匠さまだっていう魔女を探しにジャコスンにも行った。それでそれで――」
藤野は興奮してまくしたてる。ちょっとずつ顔が近づいてきて、俺はつい、ちょっとずつ離れていってしまう。どうしてじっとしていられないのか。
「つまり、私がその魔女だった、ってことなのね……?」
「わぁ、話がはやーい」
魔女なりに後始末をしたつもりなのか。
どうやら、元の世界に帰る前に、藤野のフリをしていた間の記憶を藤野本人に渡したらしい。気を遣ったつもりなのだろうが、相変わらず説明を省いてしまうので新たな混乱を招いてしまっている。
聞くかぎり、藤野に姿を見せることもなかったようだ。会って話せば説明しなければいけなくなるから、それが億劫だったのだろう。最大限好意的に解釈すれば、好き勝手にふるまった手前、顔を合わせづらかった、とも受け取れる。
すると藤野は、呆れたような感心したような、複雑な表情をした。
「でも、あんまり違和感ないのよね。もし自分がその場に居合わせたとしても、似たようなことをしていた気がするわ」
「部活めぐりも?」
「うーん、それはちょっと……」
はっきりと苦笑する藤野。あれはきっとアトラクション感覚だったんだろうな。貴重な高校生活を楽しんだようでなにより。
「本当は、入学からこっちに来たかったのよ。二学期からなんて半端だし。近くに親戚がいるから、一学期の間はそこにご厄介になれればと思っていたんだけど、両親が許してくれなかったのよね。うち、昔から過保護っていうか心配性っていうか、とにかく一人になんてさせられないっていうのよ」
「そりゃあ、夜中によその子を連れ出して家出なんてしたら、心配性にもなるんじゃない?」
藤野はいたずらっぽい笑みになって、俺をのぞき込む。
「あ、思い出したんだ――じゃなくて、魔女に見せてもらったのよね。こないだ会ったときは全然だったから、薄情な奴、信じられないって思っていたのに」
「あのときは絶望的な気分だったよ」
「でもさ、それにしたって、いつの話よって思わない? もう高校生なんだから、少しは信用してほしいものだわ」
「いやぁ、俺の知るかぎりでいえば、けっこう危なっかしい気がするけど」
「なによそれ、失礼ね。てゆうかそれって、私じゃなくて、私のフリをした魔女のことでしょう?」
「でも、違和感ないんでしょ?」
「……そうだけど」
すねたようにそっぽを向く。とがらせた唇が、花の蕾のようでかわいらしい。
「あのときのことね、誰に話しても信じてもらえなくて。当たり前よね、魔女とか魔法とか、信じるほうがおかしいもの。でも私は絶対魔女に会ったし、何度も何度も思い返していたんだけど、やっぱり、だんだんと本当にあった出来事だったのかわからなくなっちゃっていたの。だからね、コウちゃんに会って、確かめたかったのよ」
「…………」
魔女の記憶の中では、藤野は魔女に懐いていたみたいだった。良い思い出だったのだと思う。右も左もおぼつかない子供の時分に、夜という未知の世界にこっそり抜け出した先で出会ったのである。絵本の物語そのものみたいな体験だったろう。
「ひょっとして、口調を真似してたりする?」
ふと口に出すと、藤野は途端に顔を真っ赤にした。うお、なんだどうした、めっちゃかわいいけども。
「やめて恥ずかしいから。その……意識していたつもりはないんだけど、自然とね。でも、ときどきお嬢様っぽいとか言われて、悪い気はしないからいいかな、って」
「ああ、うん、いいと思うよ。すごくいい、かわいい」
「やめてって……」
藤野は顔を隠すように、渡り廊下の手すりに寄りかかって中庭を眺める。風は中庭のほうから吹く向きで、以前より長めになった髪をなびかせる。そのせいで、せっかく隠したのに紅潮した頬があらわになる。俺も手すりに近づいたが、中庭なんぞに興味はない。照れる藤野をまじまじと見るためである。
しばらくの間、藤野は手すりの上に組んだ腕に顔を伏せていたが、やがてくるりとこちらを向いた。顔にかかる髪を手で押さえる。
「ところで、私、これから何て呼んだらいい? やっぱり『西山』のほうがいいわよね? 急に変えたら勘ぐられるし」
「そんなもん『コウちゃん』に決まってるでしょ。特別感が段違いだし」
「うーん……やっぱり『西山』にしておくことにする」
「えー……ケチだなあ」
俺の非難をさらりと受け流し、藤野は話を変える。手すりから離れて、後ろで手を組む。
「それにしても、本当に見違えたよね、コウちゃん。病は気からっていうくらいだし、身体が丈夫になると心も丈夫になるのね。性格も図々しくなったし」
「それ悪口じゃない?」
「ふふ、そうかも。でもあのコウちゃんが、そこそこ立派にお兄ちゃんしていて、感慨深かったわ」
「なにそれ。お姉ちゃん目線?」
「そう。後任のお姉ちゃんもしっかり者だったんでしょうね、きっと」
「適当な母親と違ってな」
「それは……私にはなんだか他人事じゃない感じがしちゃって悪く言えないんだけど……あ、そうだ!」
藤野は良い思いつきを得たとばかりに胸の前で手を合わせた。こちらをうかがうように、少し首を傾げる。
「ねえ、私、シルちゃんに会いたい。今のままだと嫌われているみたいな印象しかないし、挽回しなきゃ」
「いいよ、いつでも」
と、俺は軽く請け合うが、これは記念的慶事といっても過言ではなかった。外面は澄ましてみせていても、内心ではくす玉が割れている。高らかに鐘も鳴っている。
とはいえ当初の計画どおりなのである。シルシュをダシに藤野との約束を取り付ける算段は、夏休み前から企てていたことだ。
ただまあ教室であーちゃんとだらだら話しているうちに、学校が始まったところでたいして変わらないように思えてきた。違うのは、早起きしたせいで眠いくらいのこと。あーちゃんなんて、左右の眉が繋がりそうなほど顔をしかめ、瞼もほとんど閉じている。部活を辞めたこともあってこの夏すっかり夜行性になってしまい、朝と陽の光に抗いがたい虚脱感をおぼえるのだそう。
しかし、教室に入ってきた女子二人の姿を見て、その目が半分くらいまで開いた。一人は志津木。もう一人は、志津木を腕にびったりくっつけた藤野だ。
「……知ってたか?」
親指で示し、あーちゃん。俺は首を振るが――
「でもそんな気はしてた」
魔女なんて常軌を逸したものの関与がないかぎり、俺が藤野とのやりとりを忘れることなんてありえないのである。今度またこっちで暮らす、と言っていたのだから、そう遠くない話なのだろうとは思っていた。
進学して一学期の間は元の町で暮らし、二学期に転校してくる予定だったのだろう。魔女はその隙間を利用したわけだ。
でもよくよく考えれば、この学校に転校してくるとはかぎらないわけで。魔女はあらかじめ転校先を知っていたのだろうか。藤野のその後については全然把握してないような口ぶりだったが。まあ、魔女の言うことだし、適当な嘘が混ざっていてもおかしくない。
深く考えてもしかたがない。目の前の状況だけを見ることにしようではないか。
そう、つまり藤野凛花のことだ。むしろ藤野だけ見てたい。
藤野は、少し髪が長かった。それもまた良いと俺はしみじみ感じ入る。ただ、明らかに夏休みの間だけで伸びる量ではなく、女子たちの輪の中で話題にされている。藤野としては、そう言われても困ってしまうだろう。
そもそも誰も彼も初対面のはずなのである。いきなり慣れ親しんだように話しかけられ、内心ではとまどうばかりに違いない。普通に会話を成立させているのがもはや驚異的とすら思える。前の学校ではそういう授業があったのかもしれない。
ときどき、ちらりちらりとこちらに目線を投げてくる。ああ、この求められる感じ、震える……!
女子同士のおしゃべりは途切れない。チャイムが鳴って担任が現れて、体育館に移動して始業式があって、教室に戻ってあとはホームルームだけという頃合いに、藤野は俺の肩を叩きに来た。
「コウちゃ……西山、あとでちょっといい?」
呼び方。
ホームルームのあと、藤野に連れられて教室を出た。出ようとしたところで背中越しに志津木の声が聞こえたので、走って逃げた。廊下は教室からあふれ出た生徒でごった返していたので、追ってこられなかったようだった。まあ、追ってきていることを確認したわけではなかったが。
中庭を見下ろす二階渡り廊下の端っこで、藤野は落ち着けそうだと判断したらしかった。俺に向き直って、さっそく話を切り出す。
「変なこと言うかもしれないけど、変に思わないでね?」
「むずかしい注文だな」
「私、今日からこの学校に転校してきたはずなのよ」
「うん」
俺の淡白な反応に、藤野はしばし埴輪みたいに目口を丸くした。
「なのにみんな私のこと知っているし、私の席ももうあるし、なんなら私もみんなのこと知っているし、今朝なんて校門のところでいきなり茜に抱き着かれて、そのまま一緒に教室まで来ちゃって、職員室に行かなきゃいけないはずだったのに行きそびれちゃって、でも何事もなくホームルーム始まるし……」
「さっそくクラスに馴染めてよかったじゃん」
「……なんか、コウちゃんと付き合っているって疑惑あるし」
「えっ……!?」
余裕ぶっていた俺は絶句した。
聞けば、終業式の日に告白し、そのまま長らく二人きりで語らっていたという目撃証言があるのだという。学校裏の貯水池で魔女と話したときのことに違いない。青髪の少女が目に留まらなかったはずはないが、話題性との兼ね合いで割愛されてしまったものと思われる。
その後、藤野はのっぴきならない事情でこの町を離れ、連絡もままならない状態だったことになっていたらしい。目撃報告は、心を通じ合わせた相手との最後の逢瀬だったのだというセンセーショナルな触れ込みとともに広まっていたのだとか。なにそのロマンチックなやつ…………最高かよ。
そういえば、夏休み中に志津木から、藤野の所在を問う連絡があった。何の説明もする間もなく、ものの数秒で切られてしまったが。
ともあれ、藤野にとってみれば何から何までわけのわからない話だろう。
「そんなことあるわけないのに、おかしいのよ、いろいろと」
…………。そんなこと……
「ほらでも、俺としてはぜひともお願いしたい所存。これを機に一度検討してみては――」
「そんなことよりも、コウちゃん、何か知ってるんじゃない?」
二回言った。ぬーん………
はっ、いやいや、落ち込むなかれ。今のはどう考えても無理筋ですよ。どんまいどんまい。
「違った? なんとなく、そう思って声かけたんだけど……」
「ああ、うん、まあ一応」
「やっぱり。教えて」
「端的に言うと、全部魔女の仕業」
「! ちょっと待って、今、話が全部つながったかも」
手のひらを押し出して遮る藤野。
「夢なのかと思っていたけど、私、一学期の間この学校に通っていた記憶があるのよ。かなり鮮明に。茜やみんなとも仲良くなって、シルちゃんが校舎におっこちてきて、それでコウちゃんたちとお師匠さまだっていう魔女を探しにジャコスンにも行った。それでそれで――」
藤野は興奮してまくしたてる。ちょっとずつ顔が近づいてきて、俺はつい、ちょっとずつ離れていってしまう。どうしてじっとしていられないのか。
「つまり、私がその魔女だった、ってことなのね……?」
「わぁ、話がはやーい」
魔女なりに後始末をしたつもりなのか。
どうやら、元の世界に帰る前に、藤野のフリをしていた間の記憶を藤野本人に渡したらしい。気を遣ったつもりなのだろうが、相変わらず説明を省いてしまうので新たな混乱を招いてしまっている。
聞くかぎり、藤野に姿を見せることもなかったようだ。会って話せば説明しなければいけなくなるから、それが億劫だったのだろう。最大限好意的に解釈すれば、好き勝手にふるまった手前、顔を合わせづらかった、とも受け取れる。
すると藤野は、呆れたような感心したような、複雑な表情をした。
「でも、あんまり違和感ないのよね。もし自分がその場に居合わせたとしても、似たようなことをしていた気がするわ」
「部活めぐりも?」
「うーん、それはちょっと……」
はっきりと苦笑する藤野。あれはきっとアトラクション感覚だったんだろうな。貴重な高校生活を楽しんだようでなにより。
「本当は、入学からこっちに来たかったのよ。二学期からなんて半端だし。近くに親戚がいるから、一学期の間はそこにご厄介になれればと思っていたんだけど、両親が許してくれなかったのよね。うち、昔から過保護っていうか心配性っていうか、とにかく一人になんてさせられないっていうのよ」
「そりゃあ、夜中によその子を連れ出して家出なんてしたら、心配性にもなるんじゃない?」
藤野はいたずらっぽい笑みになって、俺をのぞき込む。
「あ、思い出したんだ――じゃなくて、魔女に見せてもらったのよね。こないだ会ったときは全然だったから、薄情な奴、信じられないって思っていたのに」
「あのときは絶望的な気分だったよ」
「でもさ、それにしたって、いつの話よって思わない? もう高校生なんだから、少しは信用してほしいものだわ」
「いやぁ、俺の知るかぎりでいえば、けっこう危なっかしい気がするけど」
「なによそれ、失礼ね。てゆうかそれって、私じゃなくて、私のフリをした魔女のことでしょう?」
「でも、違和感ないんでしょ?」
「……そうだけど」
すねたようにそっぽを向く。とがらせた唇が、花の蕾のようでかわいらしい。
「あのときのことね、誰に話しても信じてもらえなくて。当たり前よね、魔女とか魔法とか、信じるほうがおかしいもの。でも私は絶対魔女に会ったし、何度も何度も思い返していたんだけど、やっぱり、だんだんと本当にあった出来事だったのかわからなくなっちゃっていたの。だからね、コウちゃんに会って、確かめたかったのよ」
「…………」
魔女の記憶の中では、藤野は魔女に懐いていたみたいだった。良い思い出だったのだと思う。右も左もおぼつかない子供の時分に、夜という未知の世界にこっそり抜け出した先で出会ったのである。絵本の物語そのものみたいな体験だったろう。
「ひょっとして、口調を真似してたりする?」
ふと口に出すと、藤野は途端に顔を真っ赤にした。うお、なんだどうした、めっちゃかわいいけども。
「やめて恥ずかしいから。その……意識していたつもりはないんだけど、自然とね。でも、ときどきお嬢様っぽいとか言われて、悪い気はしないからいいかな、って」
「ああ、うん、いいと思うよ。すごくいい、かわいい」
「やめてって……」
藤野は顔を隠すように、渡り廊下の手すりに寄りかかって中庭を眺める。風は中庭のほうから吹く向きで、以前より長めになった髪をなびかせる。そのせいで、せっかく隠したのに紅潮した頬があらわになる。俺も手すりに近づいたが、中庭なんぞに興味はない。照れる藤野をまじまじと見るためである。
しばらくの間、藤野は手すりの上に組んだ腕に顔を伏せていたが、やがてくるりとこちらを向いた。顔にかかる髪を手で押さえる。
「ところで、私、これから何て呼んだらいい? やっぱり『西山』のほうがいいわよね? 急に変えたら勘ぐられるし」
「そんなもん『コウちゃん』に決まってるでしょ。特別感が段違いだし」
「うーん……やっぱり『西山』にしておくことにする」
「えー……ケチだなあ」
俺の非難をさらりと受け流し、藤野は話を変える。手すりから離れて、後ろで手を組む。
「それにしても、本当に見違えたよね、コウちゃん。病は気からっていうくらいだし、身体が丈夫になると心も丈夫になるのね。性格も図々しくなったし」
「それ悪口じゃない?」
「ふふ、そうかも。でもあのコウちゃんが、そこそこ立派にお兄ちゃんしていて、感慨深かったわ」
「なにそれ。お姉ちゃん目線?」
「そう。後任のお姉ちゃんもしっかり者だったんでしょうね、きっと」
「適当な母親と違ってな」
「それは……私にはなんだか他人事じゃない感じがしちゃって悪く言えないんだけど……あ、そうだ!」
藤野は良い思いつきを得たとばかりに胸の前で手を合わせた。こちらをうかがうように、少し首を傾げる。
「ねえ、私、シルちゃんに会いたい。今のままだと嫌われているみたいな印象しかないし、挽回しなきゃ」
「いいよ、いつでも」
と、俺は軽く請け合うが、これは記念的慶事といっても過言ではなかった。外面は澄ましてみせていても、内心ではくす玉が割れている。高らかに鐘も鳴っている。
とはいえ当初の計画どおりなのである。シルシュをダシに藤野との約束を取り付ける算段は、夏休み前から企てていたことだ。
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