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第3話 「子猫ちゃんはぼくとのこと、遊びだったのかな?」
しおりを挟む莉央と電車で1時間ほどゆられてやってきたのは、いままで聞いたこともない駅だった。
なんでも、莉央の好きなバーチャルアイドルグループのグッズ展示イベントがあるというので連れてこられたのだった。
本当は池袋あたりの一等地で大々的にやりたかったらしいが、そんなに有名なグループじゃないため、ここのマイナーな駅で開催するにいたったのだとか。
「でもいまはね、目指せ武道館での単独ライブ! ってグループとファンが一丸になって盛りあがってるんだよ。あっ、あれが私の推しのエカくんです」
莉央のかわいらしい指の先を目でたどると、あわい緑の髪でスラッとした体型のイケメンのパネルがあった。
「ああ、まえに見せてくれてたよね」
「エカくんの声がまたよくってねぇ……。ねっ、ちょっと写真撮って」
パネルとならんで笑う莉央を、あずかったスマホのカメラにおさめる。
私に写真の腕がないせいでなかなか莉央の可憐さ、そしてそれと相反しながらも共存する凛々しさの表現がうまくできず、納得いかなくていろいろな角度から撮っていると、「さすがにもういいよ」と莉央に笑ってとめられてしまった。
「ありがとね! なんかひとりじゃちょっと来にくくってさぁ、助かった。調べたら、このあたりに夕陽が好きそうな純喫茶あったよ。そこでお昼食べない? お礼におごるよ」
ふたりで連れ立ってそとに出る。
グループのよさはあんまり私にはわからないけれど、莉央が笑ってくれるなら、それでいいんだと思えた。
――莉央といっしょにいられるなら、私は、どんなところだっていい。
都心からは少しはなれたところにある駅なためか、少しあるくとすぐにビルはなくなり、おだやかな住宅街にはいった。
たくさんの街路樹も植えられているし、一軒家が多いから庭の木々もあって目にはいる緑がとても多い。
「いいところだね」
私は風でなびく髪をおさえながら、少し笑って言う。
「ね。あたしもはじめてだけど、雰囲気いい。けっこう、好きだな。あ、あそこみたい」
立ちどまってスマホで地図を確認した莉央は、少し先にある看板を指さした。
たしかに、すごしてきた年月を感じさせる、私ごのみのいかにも「純喫茶」という外観のお店だ。さすが莉央。よくわかっている。
さすがいいお店じゃんと言おうとした瞬間、莉央が先に
「あれっ、あそこにいるの星野くんじゃない? おーいひさしぶり!」
と大きな声をあげて手を振った。
中学のとき同級生だった星野くんは、ひどく幸福そうな顔をしてとなりにいる人とくっつきながら、話しながら、ちょうど前方からあるいてきていた。
星野くんは私たちに気づくとはっとこわばった顔をして、いっしょにいる人とかたくつないでいた手をはなす。
となりにいた人、恋人のように見えた人は――男の人だった。
「あ、はは……成田さん。ひさしぶり。どうして、こんなところに……」
「いや、ちょっと好きなグループのイベントがあってさ。そちらは、彼氏さん?」
表情や調子をまったく変えずに、莉央が「彼氏さん」と訊くので私は内心おどろく。
星野くんは、線が細く中性的な顔立ちをしているとはいえ男の子で、となりの比較的体格のいい、知らない男の人が恋人であろうという現実に、私の胸はひっそりとどきどきしはじめていた。
「え、ああ、ええと……」
星野くんは、手をつないでいたところも見られているためか、観念したように間をおいたあとこたえた。
「はい、あの、そうです……」
「はじめまして、成田莉央です。こっちは真城屋夕陽。星野くんとは中学がいっしょだったんです。ね、あたしたち、これからあそこでお昼食べるんだけど、いっしょにどう?」
彼氏さんが頭を下げ自己紹介をしている横で、私はびっくりして莉央を見てしまった。
私は人見知りがはげしく、知らない人のまえではうまくしゃべれない(言ってから思ったが、知っている人のまえでも特段うまくはしゃべれない)ので、社交的でさらりとさそえてしまう莉央への感嘆と、とまどいとが混じる。
せっかくふたりきりだったのに、という気もちと、星野くんの話を聞いてみたいなという気もちのあいだで揺れていた。
莉央のいきおいに押されたのか、一度顔を見合わせたふたりは「じゃあ……」とうなずき、カランコロンと鈴の音をひびかせて4人で喫茶店にはいっていく。
ξ ξ ξ ξ
喫茶店にはいると、お客さんは私たちしかいなかった。
それでも莉央は、ほがらかに笑いながらも、大きくなりすぎないようにと抑えめの声で話す。
高校はどうだという近況の話をしたり訊いたり、いつぐらいからつきあっているのかや、彼氏さんの年齢を訊いたり(1つ上らしい)、自分の失敗話をして場を笑わせたり、踏みこみすぎないよう気をつけつつしゃべっているように見えた。
「あたしも恋人ほしいんだけど、出会いがないんだよねぇぇぇ」
と、テーブルに伏してなげいたあと、「や、これリアクションにこまるやつか」と即座に引いたので、「エカくんいるじゃん」と私がやぶをつつく。
「推しは推し、彼氏は彼氏でしょうが!」
「そんなものかね」
「まーあたしの場合、推しっていっても、ふわっと好きな程度っていうか、ほかのファンの子の熱量見ると同じレベルではのめりこめない自分を感じちゃうんだよねぇ……。キャラでそれなんだからさ、リアルの人を好きでいつづけるっていうこともすごいし、ましてやカップルが成立するっていうのはほんとに奇跡的なことだなーって、見てて思うよ」
「あー、ね。それはわかる。どっちかが告白とか、わかんないけどアプローチとかはして、それをのりこえてるってのもすごいよね。なんか、自分とは世界がちがいすぎるような感じはするかも」
自分が莉央に告白するようなことは、想像ですらもうまくできない。
失敗したあとのことばかり考える。動悸でうずくまってしまう。ひとりで、泣いたことさえある。
莉央がどういうタイプの男の子が好きなのかも知っている。
実際に、中学のとき好きだった男の子のことも知っている。
その彼に告白して、失恋したとき、私が莉央をなぐさめながらどんなにみにくい感情をいだいたかも、よく知っている。
あのときの気もちを黒く思い出しかけたところで、向かいに座ったふたりが私たちの会話に少々気恥ずかしそうに沈黙してしまったことに気づくと、あわてた私はなぜかとなりの莉央の肩に手をまわし密着した。
ごほんと咳ばらいをしてのどをいい感じの低音に調整する。
「……ところで、子猫ちゃんはぼくとのこと、遊びだったのかな?」
莉央は釣られた直後の魚のようにびくんびくんと活きのいい反応を見せる。
「ゆ、ゆ、夕陽しゃまぁぁぁおたわむれをぉぉぉ」
恍惚と天井を見つめて絶叫したところでわれにかえり、「ちょっと、条件反射で出ちゃうんだからやめてよ!」と莉央がおこったような、でも奥には笑みを秘めたような顔で私の肩を軽くなぐる。
そのやりとりを見た星野くんが、めずらしく「あはははは」と大きな声を出して笑った。
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