世界を救った後は悪役令息の君と

めろめろす

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勇者と悪役令息

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「さぁ、勇者よ。褒美として何でも願いを叶えよう」

 魔王を打ち倒し、この世に平和をもたらした勇者、グェンダル・ミクシルが下げていた頭を上げる。この世のものとは思えない程に美しい顔面と艶のある黒髪、高い身長に男が惚れ惚れするような体格。グェンダルを見て、玉座の間に集まった貴族たちは男女問わす「ほぉ」とため息を吐く。それは王の隣にいる王女もまた一緒だった。

「グェンダル…、あなたが真に望むものをおっしゃってください。きっと全てが叶えられます」
「…」
「グェンダル…♡」

 ジッと自分を見つめてくる勇者に、王女が今にも駆け寄りたそうな顔を見せる。

「さぁ、勇者グェンダル!望みを!」

 誰もがその言葉を待っていた。
 皆が勇者はその一言を口にするだろうと思っていた。


「では──

旅行を」

「…ん?旅行?今、旅行と言ったか?」
「はい」
「あ…えっと…新婚旅行、ということか?」
「いやですわお父様ったら!まずは結婚式です♡」
「…と言ってるが?」
「…?いえ、結婚式ではありません。旅行をしたいのです」
「あ…あぁ!療養したいということだな!なるほど、確かに魔王討伐の任務からまだ数日。疲れもたまっているだろう。そうだ!王家が持つ避暑地の城を準備しよう」
「それならわたくしも一緒に!グェンダル様を癒してさしあげたいのです…♡」
「いえ、場所は決めております」
「ほぉ…どこだ?」
「アガサンドス子爵領です」
「…アガサンドス?」
「はい」
「…あっはっは!お前も冗談を言うようになったか!」
「いえ、冗談ではありません」

 玉座の間が静まり返る。


「いやだぁぁ!誰が戻るか!僕は王都で一花咲かすんだぞ!くっそぉぉ!」


 汚い声が聞こえてくる。


「…あれの領地だが?」
「心得ております」
「…不正を働き領地に送り返すところだが?」
「ともに参ります」
「…なぜ?」
「旅行です」
「だが…」
「願いは何でも叶えてくださると」
「ぐっ…!」

 グェンダルのまっすぐな視線を受け、王がため息を吐く。

「…分かった。ともに行くがよい。…帰りを待っている」
「ありがとうございます」

 スクっと立ち上がり、玉座の間を速足で出て行く勇者グェンダルを、貴族たちはあっけに取られて見守っていた。




「…」
「…」
「…」
「…」

 やけに豪華な馬車の中で、アガサンドス子爵令息であるミルフェミルは苛立しげに指をトントンと打ちながら外を見ていた。救国の勇者であるグェンダルもまた無表情で外の景色を眺めている。

「おい!」
「ん?」

 ミルフェミルに呼ばれたグェンダルがゆっくりと視線を向けてくる。その顔面の良さに、ミルフェミルは盛大に舌打ちした。

「忌々しいな!勇者に美貌など必要ないだろう!」
「うん…それは、そうだな」

 顎に手を当ててグェンダルが考え込む。そんなおっとりとしたグェンダルの様子に、ミルフェミルは「あ゙~~!」と絶叫して髪を掻きむしった。

「くっそぉぉ!あと少しで王家の血筋の令嬢との婚約がまとまるはずだったのにぃ!ちょっと身分を騙ったり、金を借りたり、邪魔な元婚約者を監禁暴行したくらいでなんて心が狭いんだ!」
「それは…全て犯罪だな」
「くそくそ!5年間頑張って来たのに!僕に残ったのは世界を救い終わった役立たずの勇者だけだ!」
「ふふ…役立たずか」

 グェンダルがふわりとほほ笑む。

「そんなことはない。こう見えて結構器用なんだぞ?」
「うるさい!この役立たず!」

 ぎゃあぎゃあと喚くミルフェミルからグェンダルは視線を外さない。

「ふふ…はは」
「何を笑っている!あぁぁ、もう!くっそぉぉ!」


──3日後。

「ここが…アガサンドス子爵領だ」
「ほぉ…」

 森に囲まれた、よく言えば牧歌的、悪く言えばド田舎の小さな領地を、グェンダルは馬車の中からしげしげと眺めている。

「…王都生まれ王都育ちには珍しいか?」
「あぁ…珍しい」
「…皮肉も通じないとは」

 ミルフェミルがふんっと鼻を鳴らして足を組む。

「それで、どこで降ろしてくれるんだ?」

 グェンダルがミルフェミルに向き直り尋ねる。すると、目の前のふわふわの金髪に小さな目、少し上がった鼻が特徴的な、あと少しで美青年になれたであろう平凡な子爵令息は顔を歪めて口を開いた。

「お前の滞在先は子爵家だ」
「は?いや、宿にでも…」
「宿などない」
「え?」
「小さな村だ。観光客も来ない。たまに来る商人は知り合いの家に泊っている」
「えっと…すまない。そこまでとは…」
「全く。勇者もただの人だな」
「…そう、だな。ただの…人だ」

 ミルフェミルが馬車の窓を開ける。

「お~~い!あとで野菜と肉を屋敷に届けてくれ!」
「ん?お~、ミルフェミル様だ。王都から帰って来たってことは、ダメだったなぁ?」
「うるさーーい!」
「あっはっは!」

 道沿いの畑にいる村人に声を掛けるミルフェミルを、グェンダルはじっと見つめる。

「お前、人をそんなに見つめるな。不快だ」
「あ…すまない」
「はぁ…まるでひな鳥だな。王女やら聖女やら騎士やら魔法使いに人とのかかわり方を教わらなかったのか?」
「教わったんだが…な」
「…ふん」


「お!ミルフェミル帰ったか!さてはダメだったな?」
「ダメだったではありません!また行きますよ!」
「あっはっは!…して、その後ろにいるのは…」
「勇者グェンダルです」
「お…お…おぉぉぉ!勇者と!勇者と知り合いだったのかお前はぁ!」
「うぐぅ!」

 屋敷に到着し、居間にいる父に挨拶したミルフェミルは顔を輝かせて自分をぎゅうぎゅうと抱きしめる父を何とか引きはがした。

「やっと我が家にも運が向いてきたなぁ!勇者のコネを使えば我々一族がまた王都で実権を握れるようになる!そうか!それを報告に来たか!」

 ニコニコ笑う父の顔に、ミルフェミルが書状を叩きつける。

「不正がバレて3年間の王都出禁処分となりました」
「……やっぱりそうだよなぁ」

 ソファに沈み込んだ父が読みかけの本に手を伸ばす。

「全く、悪いことを堂々として何が悪いんだろうなぁ」
「その…」

 グェンダルが声を掛けると、ミルフェミルの父がニコリと笑う。

「勇者のコネでどうにかならんのか?」
「掛け合いましたが無理でした」
「そうか。利用価値がないなら、その辺の村人と一緒だな。ようこそ子爵領へ~」

 大あくびをしながら去っていくミルフェミルの父にグェンダルは律儀に頭を下げた。

「ありがとうございます…」


「ほら、ここを使え」
「ありがとう…」

 華美ではないが、素朴なベッドとテーブルなど最低限生活ができる家具がそろった部屋に案内されたグェンダルは、出て行こうとするミルフェミルを引き留める。

「本当にありがとう…。君は…、その、いい人だな」
「やめろ、でくの坊」

 ミルフェミルがうげぇっと舌を出した。

「僕がお前に優しくするのは、王家からお前を世話するようにと金を貰ったからだ。それが尽きれば叩き出す」
「そうか…。ありがとう」
「…何がありがとうだ。夕食の時間になったらメイドが呼びに来る。それまで好きにしろ。屋敷から出るなら一声かけろ。最初だけ案内してやる」
「ありがとう」
「やかましい」

 扉を荒々しく閉められたグェンダルが少しだけ口角を上げた。


「ここの人たちは…、なんだか変だな」
「あぁ、ほとんどが王都から逃げ出した犯罪者だ」
「そうなのか…」
「というかなんでついてくる?」
「することがない」
「旅行に来たんじゃなかったのか…」

 勇者グェンダルが子爵領にやって来たと村人たちが騒いでいたのも3日で落ち着いた。村人たちが何かのおこぼれにあずかろうと媚を売ってもグェンダルから何も引き出せなかったからだ。

「…お前、王都ではもっとシャキッとしてなかったか?」
「勇者だったからな」
「…ここでは?」
「君の父君に勇者ではなく村人扱いと言われた」
「ちっ!」

 盛大に舌打ちをしたミルフェミルは、屋敷の庭にある納屋に入ると、土で汚れた農機具を手に取り、グェンダルに投げつけた。

「村人なら働け、でくの坊!」


「いつまでいるんだ?」
「ん?」

 ミルフェミルは、テーブルを挟んだ対面の席で、もぐもぐと野菜スープやら肉やらを食べまくるグェンダルに呆れ顔で尋ねた。

「いつまでとは?」
「旅行だ。いつまでここにいる?」
「決めていない」
「決めろ」
「……10日前に植えた野菜の実がなったら」
「どれだけいるつもりだ…」
「…もう貰った金が尽きそうか?」
「そうだな。半分は切ってる」
「分かった」

 コクリと頷いてまた食事に集中し始めたグェンダルを、ミルフェミルは行儀悪く頬杖をついて眺めていた。


「おい!お前、数日どこにいた!」
「山ごもりを」
「聖女やら騎士やら魔法使いやらが来て大変だったんだが?」
「そうか。すまない」
「知っていだろう!」
「いや、知らなかった。悪かったな。迷惑料は貰った金から引いてくれ」
「早く帰ってこいと言っていたぞ」
「そうか」
「皆が勇者グェンダルを待っていると」
「そうか」
「まぁどうでもいい。山籠もりしていた間の農作業が溜まってる。さっさとやれよ、でくの坊」
「っ…あぁ、ちゃんとする」


「これはこれは、王子殿。よくもまぁこんなド田舎の子爵領までおいでくださいました」
「…グェンダルは?」

 子爵邸の客間のソファに腕を組んで座る美丈夫の王太子に、ミルフェミルは媚びた笑顔を向ける。

「あぁ、勇者様ですか。本日は体調が悪いようで」
「いい加減にしろ。グェンダルを人質にとっても王都出禁は解かない。っ…お前ら一族は、ほんとにチョロチョロと目障りだ!」
「そのようなつもりはございません」

 ミルフェミルは悲しそうに眼を伏せるが、王太子の態度は変わらなかった。

「実力もないのに野心ばかり抱えた無能なアガサンドス子爵…!数代前に王妃を輩出しただけの田舎貴族が、いつまでも調子に乗るなよ!」
「私たちはまた王都に戻りたいだけです!戻してくれさえすれば大人しくいたします!」
「同じようなことを言って女を騙し、私腹を肥やし、他国に通じようとしたのはお前の父だが?」
「ははは!」

 カラリと笑うミルフェミルの胸倉を王太子が掴む。

「グェンダルを返せ。あれはここで腐らせるような男ではない。世界を救ったんだ。最高のねぎらいをせなばならん!」
「本人に聞けばいいのでは?」
「お前が監禁しているんだろう!」
「庭で畑を耕していますが?」
「は?」


「グェンダル!」
「…王太子様」

 土にまみれ汗をぬぐうグェンダルが地面に膝を付く。

「やめてくれ。それにどうしてお前がこんなことを!何か弱みでも握られているんだな!こんのクソ子爵令息が!」
「いえ、そんなことはありません」

 いつものダラダラとした雰囲気とは真逆のハキハキとした口調に、ミルフェミルがうげぇと舌を出す。

「グェンダル。皆が待っている。戻ってきてくれ。それに、魔族の残党がいたんだ。…また剣を振るってくれるな?」
「…分かりました」

 グェンダルが農機具から手を離した時。

「おい、何を言ってる。さっさっと仕事しろ」

 ミルフェミルがグェンダルの頭に先日実った野菜の実をスコーンッと投げつけた。

「村の酒場で飲みすぎた時の支払い代わりだろう。数日は畑仕事をしてもらう約束だ」
「…何を言ってるんだ、お前は」

 王太子がわなわなと震えてミルフェミルの胸倉を掴む。

「世界の危機なんだぞ!勇者だけが、勇者こそが希望なんだ!それはをこんな仕事をさせて!」

 激高する王太子を見てミルフェミルは鼻を鳴らした。

「魔王を倒すのが勇者の仕事でしょう。あとは騎士たちの仕事では?」
「減らず口を!」

 王太子がミルフェミルを殴りつける。地面に倒れ込んだミルフェミルはゆっくりと立ち上がった。グェンダルは少しだけ瞳を揺らしていた。

「私欲に走る愚か者め!勇者グェンダルをどれだけ愚弄すれば気が済むのだ!世界を救った誇り高き男は王都にこそ必要だ!」


「おーーい!撮れたか?」
「撮れましたよ、ミルフェミル様!」
「でかした!」
「は…?」

 ミルフェミルが喜色満面で草むらに隠れていた村人たちのもとへ駆け寄る。村人たちの手には最新の記録水晶があった。

「あ…!」
「さぁ、王太子殿!うっぷん晴らしで子爵令息を暴行と王都の新聞に出されたいですか!」
「こぉんのぉ!悪知恵ばかり回りおってぇ!」
「お褒めに預かり光栄です!さぁ!早くわたくしの王都出禁を解くとおっしゃってください!」
「くっそぉぉ!仕方ない!グェンダルはもうしばらく預ける!」
「え…?いや、違います!こいつはどうでもいい!僕は王都に!あ、ちょ…!くっそぉぉぉ~~~!」
「…ふはは」


「まだいていいのか?」
「王太子から追加の金が送られてきた。すごい金額だからな。ただのでくの坊が金の生る木になった。しばらくは王都にも入れないから金を貯めるのもいいかもしれん。お前は好きにしろ」
「うん…ありがとう」







──死ぬつもりだった。

 魔族とは言えたくさんの生き物を殺した。毎日吐き気がしていた。話せる魔族もいて、殺す間際に母を呼ぶものもいた。

 王も王女も聖女も騎士も魔法使いも。みな、勇者を褒める。勇者はもうこんなにも汚くて、醜くて、壊れる寸前なのに。

 罪を「人類を守るため」という大義で覆い隠してみな笑っている。

 俺は勇者という罪の象徴から一生逃げられない。
 もうただのグェンダルには戻れない。



 「…ここは心地いいな」

──罪深いものしかいないこの場所は、王都よりずっと息がしやすい。

「うるさい、でくの坊。さっさと仕事しろ」



──ただの村人として、いつまでここにいられるだろうか。
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