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水銀の槍
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――水銀?
そして、それは魔法による動力を得ているのであろう、コップ半分ほどの量の液体は散った小さな液滴を回収しながら動き、ひとつにまとまって床の上を流れるようにバルコニーへと動いた。
アラミオの背後には二人の男が立っていた。
「え?」
ルイザは驚いた。いつの間にか足元が水浸しになっている。
転々と変化する事態に意識が向いている者に気づかせるほどに真夏の水は冷たくはなかった。
水はすでに床一面に広がっていた。広間の両端を流れる人工の川からあふれ出しているのである。その水は壁さえも登り、天井に達してなお流れ、ときおり水滴を垂らしていた。異常な光景であった。
水の魔法を使っているのだ。
新たな敵の出現に攻撃態勢に入ろうとしたルイザは絶望せざるを得なかった。
――雷撃が使えない!
電解質を含む水は電気を通しやすい。この水は淡水ではあるがそれなりの量の電解質を含む。今ここで敵を討ちとるほどの威力の雷撃を使えば、濡れた床面で全体に拡散し、味方や無関係の者まで巻き込んでしまう。
雷撃だけではない。火の魔法で攻撃しても、このような水の魔法を使うことのできる者の近くに水があれば、簡単に水の盾をつくって火を消してしまうことだろう。
火の魔法は酸素による燃焼ではないが、水の比熱の大きさを考えればかなり巨大な炎の玉であったとしても簡単に耐えられてしまう。
風の魔法は何とか使えるだろうが、この狭い空間で有効な攻撃は可能だろうか。
むしろ、水の魔法使いにとってあまりに有利な状況になっていた。しかし、幹部候補生くらいの年齢で水の魔法を実戦レベルで使える者などなかなかいない。
気づけば彼らは魔法による攻撃手段を奪われてしまっていたのだ。
いや、状況以上に驚かせたのは、新たに現れた二人だった。
「デンギス、これだけやれば十分じゃないのか?」
「そうだな。だが、もうちょっとだけ遊ばせてくれよ」
筋骨隆々の男たち。一方はまだしなやかな体系だが、もう一方は筋肉がつきすぎて肉の塊が動いているようだ。
デンギスとビダーゼ。
剣闘会で卓人たちと戦った男たちだ。
ビダーゼは魔法を使っているらしく、右手を少し前に差し出している。つまり、この水浸しの状況はビダーゼがつくったということか。
ルイザは、ビダーゼのことを一つ上の学年に筋肉の塊のような奇怪な男という程度にしか知らなかった。
これだけの魔法が使えるような者だとは露ほどにも思ったことはなかった。
デンギスは有能だが性格に難があるとしてかなり嫌われていた。
その彼に至っては目つきが尋常ではなかった。
「あぁ~、うらやましいなあ!」
デンギスがそう言うと、足元にあった水銀は走るように床の上をものすごい速さで動き始め、生き物のように飛び跳ね、一人の幹部候補生に鋭い槍のような形状になって襲い掛かった。
反射的に手を出して腕の籠手で受け止めたが、鋼の籠手が衝撃で大きくへこみ、腕を潰す結果となった。絶叫が広間にこだまする。
「うるさいよっと」
デンギスがそう言うと、水銀はまたしても槍のようになって、負傷した幹部候補生の額を突き抜けた。水のたまった床に倒れこんでびしゃっと音がすると、今度は静寂が支配した。
「うひひひひひ、幹部候補生の皆さぁん。随分と静かになったねぇ」
逆光の効果もあるせいだろうか、狂気に憑りつかれたような笑顔だった。
「あれは、水銀か?」
「水銀だとして、どうやって魔法で動かしているんだ?」
「あれは、水の魔法です」
断言したのはヴァザリア魔法研究所付設学校校長のマリア・ベルンシュタインだった。
「水と同じように水銀も水の魔法で動かすことができます。ただし、あれは水の十四倍くらい密度が大きいですから、それ以上の魔法の力が必要だとされています。
数百年前に、これを暗殺に使っていた集団がいたと記録に残っています。難度が極めて高かったため、今では忘れ去られた魔法だといえます」
「そんな魔法を、デンギスは使えるの……?」
「『水銀の槍』と呼ばれる魔法です。とても危険な魔法です!」
マリアはさっと手を差し出して魔法を使う態勢に入った。水銀をこちらが支配してしまえば危険は消える。
彼女は水銀を操る魔法など使ったことなどなかったが、魔法学校の校長にもなれるほどの魔法の力はもっている。なんとかできる自信はあった。
「おっと、これはやらないよ」
水銀は彼女が狙った座標から素早く逃げてしまった。追いかけっこになると、軍人でない彼女にはお手上げだった。
「デンギス、やりすぎは面倒だ。さっさとやって退こう」
「うるせぇ! 俺に指図すんじゃねえ!」
理不尽な反応をされたビダーゼはちょっと不愉快な顔になった。
「あ、あははは、あはははは。冗談だってばよぉ、ビダーゼェ」
その表情に一瞬怯えたかのような反応を見せると、デンギスは急に態度を変えた。
「だけどさ、むかつくよなぁ。こんな立派な格好して任命式だってよ! 俺は悔しいんだ……俺だって本当はここに立っていたはずなんだ。わかってくれよ、俺の気持ち」
そのほんの少しの言葉を言い終えるまでに声色が、なだめ、怒り、悲しみ、親し気に同意を得ようとするなど、ころころと変化した。
その様子は明らかに異常だった。
そして、それは魔法による動力を得ているのであろう、コップ半分ほどの量の液体は散った小さな液滴を回収しながら動き、ひとつにまとまって床の上を流れるようにバルコニーへと動いた。
アラミオの背後には二人の男が立っていた。
「え?」
ルイザは驚いた。いつの間にか足元が水浸しになっている。
転々と変化する事態に意識が向いている者に気づかせるほどに真夏の水は冷たくはなかった。
水はすでに床一面に広がっていた。広間の両端を流れる人工の川からあふれ出しているのである。その水は壁さえも登り、天井に達してなお流れ、ときおり水滴を垂らしていた。異常な光景であった。
水の魔法を使っているのだ。
新たな敵の出現に攻撃態勢に入ろうとしたルイザは絶望せざるを得なかった。
――雷撃が使えない!
電解質を含む水は電気を通しやすい。この水は淡水ではあるがそれなりの量の電解質を含む。今ここで敵を討ちとるほどの威力の雷撃を使えば、濡れた床面で全体に拡散し、味方や無関係の者まで巻き込んでしまう。
雷撃だけではない。火の魔法で攻撃しても、このような水の魔法を使うことのできる者の近くに水があれば、簡単に水の盾をつくって火を消してしまうことだろう。
火の魔法は酸素による燃焼ではないが、水の比熱の大きさを考えればかなり巨大な炎の玉であったとしても簡単に耐えられてしまう。
風の魔法は何とか使えるだろうが、この狭い空間で有効な攻撃は可能だろうか。
むしろ、水の魔法使いにとってあまりに有利な状況になっていた。しかし、幹部候補生くらいの年齢で水の魔法を実戦レベルで使える者などなかなかいない。
気づけば彼らは魔法による攻撃手段を奪われてしまっていたのだ。
いや、状況以上に驚かせたのは、新たに現れた二人だった。
「デンギス、これだけやれば十分じゃないのか?」
「そうだな。だが、もうちょっとだけ遊ばせてくれよ」
筋骨隆々の男たち。一方はまだしなやかな体系だが、もう一方は筋肉がつきすぎて肉の塊が動いているようだ。
デンギスとビダーゼ。
剣闘会で卓人たちと戦った男たちだ。
ビダーゼは魔法を使っているらしく、右手を少し前に差し出している。つまり、この水浸しの状況はビダーゼがつくったということか。
ルイザは、ビダーゼのことを一つ上の学年に筋肉の塊のような奇怪な男という程度にしか知らなかった。
これだけの魔法が使えるような者だとは露ほどにも思ったことはなかった。
デンギスは有能だが性格に難があるとしてかなり嫌われていた。
その彼に至っては目つきが尋常ではなかった。
「あぁ~、うらやましいなあ!」
デンギスがそう言うと、足元にあった水銀は走るように床の上をものすごい速さで動き始め、生き物のように飛び跳ね、一人の幹部候補生に鋭い槍のような形状になって襲い掛かった。
反射的に手を出して腕の籠手で受け止めたが、鋼の籠手が衝撃で大きくへこみ、腕を潰す結果となった。絶叫が広間にこだまする。
「うるさいよっと」
デンギスがそう言うと、水銀はまたしても槍のようになって、負傷した幹部候補生の額を突き抜けた。水のたまった床に倒れこんでびしゃっと音がすると、今度は静寂が支配した。
「うひひひひひ、幹部候補生の皆さぁん。随分と静かになったねぇ」
逆光の効果もあるせいだろうか、狂気に憑りつかれたような笑顔だった。
「あれは、水銀か?」
「水銀だとして、どうやって魔法で動かしているんだ?」
「あれは、水の魔法です」
断言したのはヴァザリア魔法研究所付設学校校長のマリア・ベルンシュタインだった。
「水と同じように水銀も水の魔法で動かすことができます。ただし、あれは水の十四倍くらい密度が大きいですから、それ以上の魔法の力が必要だとされています。
数百年前に、これを暗殺に使っていた集団がいたと記録に残っています。難度が極めて高かったため、今では忘れ去られた魔法だといえます」
「そんな魔法を、デンギスは使えるの……?」
「『水銀の槍』と呼ばれる魔法です。とても危険な魔法です!」
マリアはさっと手を差し出して魔法を使う態勢に入った。水銀をこちらが支配してしまえば危険は消える。
彼女は水銀を操る魔法など使ったことなどなかったが、魔法学校の校長にもなれるほどの魔法の力はもっている。なんとかできる自信はあった。
「おっと、これはやらないよ」
水銀は彼女が狙った座標から素早く逃げてしまった。追いかけっこになると、軍人でない彼女にはお手上げだった。
「デンギス、やりすぎは面倒だ。さっさとやって退こう」
「うるせぇ! 俺に指図すんじゃねえ!」
理不尽な反応をされたビダーゼはちょっと不愉快な顔になった。
「あ、あははは、あはははは。冗談だってばよぉ、ビダーゼェ」
その表情に一瞬怯えたかのような反応を見せると、デンギスは急に態度を変えた。
「だけどさ、むかつくよなぁ。こんな立派な格好して任命式だってよ! 俺は悔しいんだ……俺だって本当はここに立っていたはずなんだ。わかってくれよ、俺の気持ち」
そのほんの少しの言葉を言い終えるまでに声色が、なだめ、怒り、悲しみ、親し気に同意を得ようとするなど、ころころと変化した。
その様子は明らかに異常だった。
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