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悪癖

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及川由美にはあまり褒められたものではない趣味があった。
心を開かないタイプの人間に近寄り、心を開かせること。
あまり表情を動かさなかったり、自分のことを口にしない人間に、寄り添って話して頼って頼られて、他の人には見せないような笑顔や話がきけたときに、私はたまらなく優越感を感じ、満たされるのだ。
その趣味は後々色々な人間関係を拗らせるので古い友人にはいつもやめとけって言われ続けていた。
そういえば、りょーこちゃんやなっちゃんに近付いたのもその「趣味」があったからなんだよなー、と目の前で跪くジルを見つめながら前世の友人たちを思い返していた。
一種の現実逃避だ。

「ルー。君を最後まで守りきれず申し訳なかった。そんな俺を救ってくれたこと、その恩を俺は返しても返しきれない。それでも、君が許してくれるなら、俺はこれからさらに精進し、君の騎士として恩を返したいと思う」

跪きながら淡々と、私はジルに請われていた。長い前髪から、レンズ越しにターコイズと真紅の瞳が私をじっと見つめている。ジルの精霊は左目に宿ったらしく、そのせいで瞳の色が赤に変わり綺麗なオッドアイになった。
台詞からは若干の格好良さが伺えるが、なんせ無表情だ。ジルの意図が全く読めない。
ついでに頭の中でルルーシュが『騎士の礼ね?ジルってば騎士見習いだったのね!』と他人事のようにきゃっきゃしてる。
騎士ってなんぞや。どうしてこうなった。
私は戸惑いながら、ジルを見返した。
正直、由美としては彼はとんでもなく興味を惹かれる存在だ。何を考えているか全然わからない。ちなみに目が覚めてから丸一日経ったここまで一度たりとも笑わない。あの可愛らしい子供たちが寄ってたかって笑わせようとしてもだ。表情が変わっているのを見たのは、あの怪我で苦しんでいる眉間のシワだけ。

この人の笑顔が見たい。

私は笑って答えた。

「許すも許さないも、ジルがいなければ私も生きてない。ジルさえ良ければ、私もジルの友達になりたい。きっと【真珠塔】に行くのも、2人で一緒にでしょ?【真珠塔】には貴族も多いって言うし、私、友達がいたら心強いなって思うの」

ジルは驚いたように目を少し大きくした。
表情一つ、獲得。

「友達……」

「そう、友達!今まであんなに近くで過ごしていたのに、私たち、あんまり話してこなかったでしょ?でもこれからはきっとずっと一緒だもん。仲良くしてね、ジル!」

「……っ、ああ」

少し息を飲んだあと、ジルは無表情で頷いた。
そのあと、私とジルは色んなことを話した。まずはジルの精霊について。
炎属性のチェルという男の子の精霊らしい。何故かピィを崇拝していて、先程の騎士の礼はチェルの影響が強いらしい。
崇拝すべき精霊であるチェルが崇拝するピィを惹き寄せたルーにも、敬意を示さなければとかなんとか。なんか途中から難しくてよくわからなかった。
そして、ジルは今まで騎士訓練学校にも通っており、それなりに鍛えていたんだとか。
道理でがっしりしているわけだ。
ベットから出たジルの背がでかくてびっくりした。15歳にしてはめちゃくちゃ高いし筋肉もそこそこついてる。身長はまだ伸びているらしい。既に170後半はあるよ?
それでも、剣技を中心に練習していたのもあり、まだ見習いのジルは刃物を持たず肉弾戦となったあの夜、組織にボロボロにされてしまった。
でも、あの日、ジルがいなかったら私は今生きてすらいなかっただろう。
私たちはお互いに、何度も感謝を伝えあった。そしてジルはあまり変わらないが真剣であろう顔で言った。

「ルーは許すと言ってくれたが、俺はもう二度とあんな思いはしたくない。これからは更に鍛錬に励もうと思う」

そして、早速ジュリさんに近所で格闘技を教えてもらえる場所を聞き出していた。
【真珠塔】に行けるのは、塔から招待状が届いてから。招待状っていうのもなんだか変だけど。招待状が届くその日まで、私も何か出来ることがあれば、したい。将来のアリス様のためにも、今力をつけておきたい。
ジルと話してすぐに、ジュリさんに私も何か出来ないか聞いてみた。

「あー……いや、ジルに話しかけられてからまあ来るんじゃないかとは思ってはいたんだけどなぁ。まぁいい、ルーには、力を高めるとか鍛えるとか、そういうのよりまず、話さないといけないことがあるんだ」

ジュリさんはローブに覆われた頭をポリポリとかいた。

「話さないといけないこと、ですか」

「あぁ。まずルー。あんたはなんか常識に疎いところがあるから言っておくが、精霊憑きは希少だ。今回みたいに2人同時に発現すること自体、史上初なレベルで、だ」

それはわかっている。シナリオでもその説明はあった。だからこそ主人公ルルーシュは平民でありながら王太子の妃候補に選出されるような特別視をされるのだ。

「加えて、光の精霊憑きは1000年ぶりだ。戦乱時代の有名な将軍以来じゃないか?」

なんてこった。それは初耳だ。
特別も特別じゃないか。流石主人公。
あれ?でも本来の精霊のトルバ?って何属性なんだろう。

『あいつは草よ。草もね、光には劣るけれど薬草の力を使って軽い治癒ができるの。トルバはそれを使ってルルーシュを救おうとしたのよ』

なるほど。

「だからこそ、あんたは迂闊に町に出るな。あんたら2人を襲ったヤツらもまだ町にいる可能性がある。それに強い治癒の力を持つ人間が現れたって世間に知られてみろ。ルーは必ず力づくにでもその力を欲しがられる」

ジュリさんは真っ直ぐ私をみた。
ジュリさんの言う通りだ。ピィの力は強い。本来死んでしまうはずのジルを助けてしまうほど。そんな力があると広まってしまえば、その力に縋りたい人などたくさん出てくるだろう。
それは確かに、困る。

『ジュリエッタの言う通りよ。ルーもルルーシュもお人好しの中のお人好しだし、そんなことのためにあたしの力を使われるのはごめんだわ』
ピィの声が響いた。
私は2人の言葉をしっかり受け止めて、重く頷いた。

「わかりました。気をつけます」

「ああ。頼む。こんなことを言った後でなんだが、ここにはルーたちみたいな傷ついた子供が結構な頻度で運ばれてくる。その子たちをできる限りでいいから治してくれないか?」

「もちろんです。孤児院のお手伝いもさせてください!」

それから半年の間、私は孤児院の手伝いをして、ジルは町の傭兵団で修行を積んでいたら、遂に【真珠塔】から招待状が届いた。

「ルルーシュ・ラダナトス、ジル・フラウロス、両者を3日後に塔に受け入れる。馬車が向かうため、準備をしておくこと」

招待状には、綺麗な文字でそう書いてあった。
私の手にある招待状を後ろから覗き込んで、ジルは呟いた。右肩が少し触れる。

「遂にここから離れるのか……」

どうやら寂しいと思っているようだ。まゆが少し下がっている。
ジルはこの半年で立派なゴリラに成長した。腹筋は綺麗に割れているし、服の邪魔をしない程度に筋肉が付いている。鍛錬帰りに見る大胸筋とか太ももとかなんかもうすごい。ボディビルの大会に出れると思う。
ジュリさんも「ジルがいればルーが外に出ても安全かもしれないな!」と笑い飛ばすほど。ゴリラ化したけど、ジルがどれくらい強いのかは、私にはわからない。でも多分強いんだと思う。傭兵の人たちにも頼られてる感じだったから。
そんなゴリラの困り顔は中々レアだと思った。

「ルー?」

少し見すぎていたようだ。つやつやの黒髪から覗くオッドアイが私の顔を覗き込んだ。

「あぁ、ごめん。ちょっと感動でぼーっとしてた」

そうだそうだ。あと少しで、アリス様に会えるんだ。
私だって半年間何もしてなかったわけではない。ピィの力を使うのにも大分慣れてきた。治癒以外にも疲労回復やリラックスさせる効果、ちょっと危ないけどマインドコントロール的な何かも使えるみたいだった。ピィにめちゃくちゃ止められたけど。
これで遂にアリス様に会える。アリス様をこの手で救うことができるかもしれない。いや、救う。絶対生かすんだ。

今世でも推しを推して推して、推しまくるぞ。

3日後。馬車が迎えにきた。

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