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アッチェル
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初めて見る王都は、思っていたよりきらびやかでとってもわくわくした。ゲームでは真珠塔に篭りきりで、攻略対象とのデートも庭とか敷地内の屋台とかばかりだったからこの世界の王都を初めて見る。
ゲームやアニメでよく見る中性ヨーロッパの町そのもので、魔法がある世界ならではの魔道具屋みたいなお店や鍛冶屋の大きな建物が至るところにあった。もう見ているだけで楽しい。
もちろん、孤児院がある町にもそれらのお店はあったけれど、私がルルーシュになる前はあまり外に出ていなかったし、孤児院に来てからは本当に引きこもりだったからこんなにじっくり町の様子をみることなんてなかった。
遠くに7つの背の高い建物が見える。あれがきっと、『塔』なのだろう。ゲームには他の塔はあまり出てこなかったけれど、塔そのものが国の大きな機関であることは把握している。こうしてみるとかなり目立つ。どれが真珠塔だろう。
少し身を乗り出した私に、モートリさんが微笑んだ。
「王都は初めてですか?」
「はい!」
「ふふ、今のうちに目に焼き付けておいてくださいね。塔の中に入ってしまうとなかなかみられませんから」
やっぱりそうなんだ。
というか、まあ当たり前か。精霊憑きを管理するための塔だもんね。
「買い物などはどうするのですか」
ジルはいつのまにか起きていた。
「塔の中に専属の店舗がありますよ。ただし、決まったお店しか入ってないので多少の制約があります。そこはご了承下さい。もし、必要物品などで行きつけのお店などありましたら、取り寄せることはできますよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
そう言って、ジルは眼鏡の縁を触った。
ジルの眼鏡は、精霊が憑いてから新たに作り直した。元々視力が弱かったそうだけど、左目にチェルが憑いたからか左目だけ視力が上がったのだ。それにプラスして、町の人たちに馴染むためにとオッドアイを誤魔化すための認識遮断効果をつけたガラスを嵌め込んでいる。
その眼鏡をかけていると左目だけなんだかぼやっとしてオッドアイが気にならなくなる。魔法の世界っぽいアイテムだ。
そういえば、あれはあの街の鍛冶屋さんにしか作れないという特注品って言ってたっけ。
取り寄せができてよかった。
そんなことを考えていたらがたりと馬車が止まった。
「到着ですよ。足元に気をつけてくださいね」
そう言われながらモートリさんにエスコートされ、馬車を出る。
大きな門の後ろにそびえる巨大な白い塔。
これが、真珠塔。
近くで見たらあまりの大きさに、私は荷物を受け取るのも忘れてしまった。
『大きい建物ですね……!』
『ふーん、少し見ない間に人間も大したものを作るようになったのね……』
ルルーシュとピィがそれぞれ感想を述べる。
ジルも驚いているらしく、少し口を開けて眩しそうに塔を見上げている。背の高いジルが見上げる姿がなんだか珍しくて、吹き出した私をジルが不思議そうに見つめた。
そんな時に、正面からコツコツという音がした。とってもゲームで見覚えのあるお揃いの格好をした男女がこちらに近づいていた。
茶色に近い金髪に緑の瞳の女の子はアッチェル・リト・シリディア。所謂ゲームのお助けキャラで、確かルルーシュと同室だったはずだ。男爵家の生まれだけど、年の近い女の子の仲間としてルルーシュを支え応援してくれていたのだ。その姿勢は健気で超可愛くて推し寸前だったんだけどいかんせんアリス様に対して令嬢らしい辛辣な悪口を吐くので好きになれなかった。
……ここでは、仲良くなれるといいな。
男の子の方はリッツ・ヴァン・フォンド。子爵家の三男……だったはずだ。ジルとは対称的な、線の細い長身。艶のあるグレーの髪と黒い吸い込まれるような大きな瞳が目を引く。1番日本人に近いキャラデザだと思う。だけどやっぱりというか、こういう世界によくある設定の「黒は忌色」という設定がこの世界でも発動している。そのため、貴族であるのにもかかわらず彼は長い間不遇な生活だったとゲームで明かされていた。
攻略対象ではなかったのだけれど、実はアッチェルの恋人になるのだ。アッチェルの親友として、2人の恋を応援することで手に入れられるアイテムがあり、そこでリッツの解像度も上がっていた。公式NLカップルなのにクレシェは攻略対象の男子とのCPの二次創作も多かったなぁ、なんてことを思い出す。
そんなことを考えていたら、2人はすぐ目の前に来ていた。
「アッチェル、クレシェ。お迎えありがとう。こちらは新人の2人。ジル・フラウロスくんとルルーシュ・ラダナトスさんだよ。2人の後輩になるから、いろいろみてあげてね」
「はい。もちろんです。お二人とも、はじめまして。私はアッチェル・リト・シリディア。あなた方の先輩になる……みたいですわね。でも私もここに来たばかりですし、年も近いですから、気負わず接してくださいね」
「……リッツ・ヴァン・フォンド。基本的にはフラウロスくんと一緒に過ごすことになると思う。先輩なんて柄じゃないけど……ここにいる時間だけは長いから答えられそうなことがあれば頑張って答えるよ。アッチェル同様、気負わず接して。あんまり気負わなすぎるとびっくりするけど……。うん。まあ、よろしく」
モートリさんの紹介で2人が挨拶をした。
本当はリッツさんはこの場面ではまだ出ていなかったかと思うのだけど、記憶が曖昧なのとジルがいるおかげで変わったのだと思う。
私たちも軽く挨拶を返し、それぞれの部屋へと案内してもらうことになった。
ゲームのホーム画面でもあっためちゃくちゃ見覚えのあるホールをすぎ、古めかしさのある巨大なエレベーターに乗る。ボタンの数はざっと40ほど。
「独身男性寮は4階、独身女性寮は5階。婚約者や夫婦のための家族寮は8階よ。間違って入らないようにね」
アッチェルさんがボタンを押しながら説明してくれる。
彼女がボタンの横のレバーを押すと不安になる程うるさい金属音が響きエレベーターが動きはじめた。
王都に来るまでこの塔ほど大きな建物を見かけなかった。きっとこのエレベーターは塔だけのオリジナルの技術なのだろう。
こっそり、ジルが私の服の端を掴んできた。少しだけ不安そうな表情を浮かべている。
これからのここでの生活を憂いているのか。それとも初めて乗るエレベーターに驚いているのか。
私なんかよりよっぽど強いジルのそんな顔をみて、私は少しだけ可愛い、なんて思った。
コーンとベルが鳴り、4の表記が出窓に現れた。ドアが開く。
ジルの手がパッと離れる。
「フラウロスさん、僕らはここで降りますよ」
「はい」
リッツさんに連れられてジルはエレベーターを降りていった。背はまだ伸びてるからこのままいくといつかエレベーターのドアの上にぶつかるだろうなぁ、なんてぼんやりと思った。
「フラウロスさんとは仲が良いのですか?」
なんとなく閉まるドアをぼうっと見つめていたらアッチェルさんに話しかけられた。
「幼馴染みで……命の恩人なんです。仲が良いかは彼がどう思ってるかによりますけれど、私は、仲良くしたいなって思ってます」
「まあ、素敵な関係ですね。ふふ、落ち着いたら詳しく聞いてもいいですか?」
「え、ええ。つまらないかもしれませんけど……」
コーンとまたベルが響く。
アッチェルさんに促されるまま、エレベーターを降りた。ゲームでよく見た、塔の廊下だ。紺と白で模様が描かれた綺麗な絨毯が敷かれた、とても綺麗な白壁の廊下。
「つまらないなんてそんなことないですよ。ここはあまり変化がないから、外の世界や面白い話はみんな大歓迎です」
「そう、なんですね……」
綺麗だけど、どこか物寂しい感じのする廊下を進みながら気まずい気持ちになって相槌を打つ。
そういえば、ゲームでも序盤は色々な人に話を聞かれていたっけ。どこを探索してもイベントに当たるから面白いといえば面白かった。
そっか、あれはみんな新人のルルーシュに外の世界を聞きたがっていたんだ。
「さて、この4号室が私達の部屋です。両隣は空室です。といっても、この階ほとんど空室なんですけどね」
金の装飾で4と書かれたドアプレートが提げられている。確かエレベーターの前にあった案内の看板には100近くの部屋があったはずだ。
「鍵の開け方は簡単です。このドアプレートに精霊の魔力を通してください」
「精霊の魔力を?」
「はい。このように」
ドアにかざしたアッチェルさんの手から黄色のエフェクトのようなものがドアプレートに吸い込まれていく。すると、かちゃりと音がして開いた。
「凄い……」
「凄いですよね。さぁ、ラダナトスさんも」
私もドアプレートに左手をかざす。
ピィの宿る精霊痕を意識すると、ピンク色のエフェクトがドアに吸い込まれていく。体の中の力が強制的に少しだけ奪われたみたいな感覚。
ほどなくしてかちゃりと音がした。
「開きました!」
ファンタジーなアイテムに喜ぶ私の頭にピィの不機嫌そうな声が響く。
『へえ、なかなか胸糞の悪い道具が残ってるものなのね』
(胸糞の悪い?)
『こっちの話。精霊の魔力を無理やり奪って動かす道具なんて、あたしたちからしたら胸糞悪い以外の何者でもないわ』
なるほど。たしかに魔力を通そうとしたのは私だけど、引き出したのはこの道具だった。
喜んだポーズのまま固まってしまった私に、アッチェルさんが不思議そうな顔をしていたので慌てて部屋の中に入った。
白で整えられた少し広めのに、白っぽい木製の二段ベッドと机が2つ。お洒落なホテルの一室みたいだ。
「ラダナトスさんの荷物はここに。こちらの棚は私との共有スペースです。これからお勤めなどでも共にすることが多くなるでしょうから。それと、ベッドは上と下、どちらが好みとかはありますか?」
「ありがとうございます。ベッドは……今までアッチェ……シリディアさんはどちらで?」
「ふふ、同室ですもの。アッチェルで構いませんわ。そのかわり、私もルーと呼んでいいですか?事前資料で、そう呼ばれてるってきいたので」
「ありがとうございます!もちろん、私もその方が嬉しいです。よろしくお願いします、アッチェルさん!」
「ええ、ルー。それで……ベッドは私もこれからこの部屋に移動するから、どちらでも良いですよ。前は3人部屋で、私は1番若いからとソファーに寝ていましたから」
「えっ?ソファー?」
「はい。だからルーが来てくれてとても嬉しいんです」
「なら尚更、アッチェルの好きな方を選んでください」
「いいの?」
「もちろん!」
結局、上が私で下がアッチェルになった。
荷物をあらかた片付けた後、改めて自己紹介をすることにした。共に暮らす上で、お互いの精霊のこととか、最初から知っておいた方がいいから。
頭の中の2人も、近い年のアッチェルに興味津々のようだった。
「では、まずは私から。アッチェル・シルディア。ミドルネームはあって無いようなものだから公式の場以外では名乗ってないの。真珠塔にいて、家も貴族らしい貴族ではないから、わざわざ名乗るのも馬鹿馬鹿しくて。だからルーも気軽に接してくださいね」
軽く微笑んだ彼女は、おろしていた髪を上げ、私にうなじを見せた。茶色の精霊痕がうなじに埋まっている。あんなところにあって痛くはないのだろうか。
「私の精霊は土の属性なの。ラリネって言うのだけど、獅子の獣霊でほとんど話せないんです。けど、人懐っこくて私とは仲がいいから、ルーとも仲良くなれると思います」
精霊と仲が良いことはいいことだ。
私とピィもうまくやれそうだけど、ゲームの中では精霊との不仲がトラブルになるイベントも多くあった。特に先程のリッツは顕著だ。
『多くある、んじゃなくてほとんどは不仲よ。精霊は悪戯好きだし、人間に取り憑く大抵の精霊は言葉も通じないしね。あたしが優秀で賢くて完璧な精霊であることに感謝しなさい』
『わ、わたしもピィさんとは仲良くしたいです!』
もちろん。私も仲良くしたい。
なんならアリス様さえ解決するなら、この世界で出会う全員と仲良くしたいからね!
『それは多分無理……』
ピィの苦々しい呟きをスルーして、私は自分の自己紹介をした。
「では、私も改めて。ルルーシュ・ラダナトスです。祖母の実家は貴族の家だったみたいなのだけど、私は生まれも育ちも平民で。もし粗相があったらごめんなさい」
「そんなことないわ。さっきも似たようなことを言ったけど、この塔では身分はあまり関係ないですし、ルーの所作も言葉もとても丁寧ですもの。気にしないで」
「ありがとう。もう聞いているかもしれないけど、私の精霊の属性は光で、名前はピィ。しっかり話せるから、多分中級以上だと思います。……姿はまだみたことないんですけどね」
「みたことないの?」
アッチェルが意外そうに目を丸くする。
「ええ……というか、全然見えるイメージがしないんですけど、皆さん精霊の姿をどうやって認識しているんですか」
「えっと……ラリネ、出てこれる?」
アッチェルさんは目を瞑って精霊に呼びかけた。すると、アッチェルさんのうなじからすぅっと茶色の光が揺らめいたかと思うと、小さなライオンがぽわぽわと光って浮いていた。
『……がぅ』
超可愛い。
じゃなかった。ふわふわの猫みたいな子ライオンは私の方を恐る恐る見上げると挨拶のように一鳴きした。
超可愛い。
「精霊を見るのが初めて?」
「たぶん……私はともかく、ジルの精霊にも会ったことがありませんし」
『あたしは1番初めにあんたと会ったときに姿は見せてるけどね』
そうだっけ?
「ピィ曰く、初めにあった時にピィのことを見ているらしいですけど、あんまり覚えてなくて」
「あ……それはピィさんが憑いた時、ですよね。それは仕方ないです。だいたい、精霊に憑かれた瞬間なんて誰も覚えていられませんから」
アッチェルは悲しそうな目をして言った。
「私も覚えてないですしね」
ゲームやアニメでよく見る中性ヨーロッパの町そのもので、魔法がある世界ならではの魔道具屋みたいなお店や鍛冶屋の大きな建物が至るところにあった。もう見ているだけで楽しい。
もちろん、孤児院がある町にもそれらのお店はあったけれど、私がルルーシュになる前はあまり外に出ていなかったし、孤児院に来てからは本当に引きこもりだったからこんなにじっくり町の様子をみることなんてなかった。
遠くに7つの背の高い建物が見える。あれがきっと、『塔』なのだろう。ゲームには他の塔はあまり出てこなかったけれど、塔そのものが国の大きな機関であることは把握している。こうしてみるとかなり目立つ。どれが真珠塔だろう。
少し身を乗り出した私に、モートリさんが微笑んだ。
「王都は初めてですか?」
「はい!」
「ふふ、今のうちに目に焼き付けておいてくださいね。塔の中に入ってしまうとなかなかみられませんから」
やっぱりそうなんだ。
というか、まあ当たり前か。精霊憑きを管理するための塔だもんね。
「買い物などはどうするのですか」
ジルはいつのまにか起きていた。
「塔の中に専属の店舗がありますよ。ただし、決まったお店しか入ってないので多少の制約があります。そこはご了承下さい。もし、必要物品などで行きつけのお店などありましたら、取り寄せることはできますよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
そう言って、ジルは眼鏡の縁を触った。
ジルの眼鏡は、精霊が憑いてから新たに作り直した。元々視力が弱かったそうだけど、左目にチェルが憑いたからか左目だけ視力が上がったのだ。それにプラスして、町の人たちに馴染むためにとオッドアイを誤魔化すための認識遮断効果をつけたガラスを嵌め込んでいる。
その眼鏡をかけていると左目だけなんだかぼやっとしてオッドアイが気にならなくなる。魔法の世界っぽいアイテムだ。
そういえば、あれはあの街の鍛冶屋さんにしか作れないという特注品って言ってたっけ。
取り寄せができてよかった。
そんなことを考えていたらがたりと馬車が止まった。
「到着ですよ。足元に気をつけてくださいね」
そう言われながらモートリさんにエスコートされ、馬車を出る。
大きな門の後ろにそびえる巨大な白い塔。
これが、真珠塔。
近くで見たらあまりの大きさに、私は荷物を受け取るのも忘れてしまった。
『大きい建物ですね……!』
『ふーん、少し見ない間に人間も大したものを作るようになったのね……』
ルルーシュとピィがそれぞれ感想を述べる。
ジルも驚いているらしく、少し口を開けて眩しそうに塔を見上げている。背の高いジルが見上げる姿がなんだか珍しくて、吹き出した私をジルが不思議そうに見つめた。
そんな時に、正面からコツコツという音がした。とってもゲームで見覚えのあるお揃いの格好をした男女がこちらに近づいていた。
茶色に近い金髪に緑の瞳の女の子はアッチェル・リト・シリディア。所謂ゲームのお助けキャラで、確かルルーシュと同室だったはずだ。男爵家の生まれだけど、年の近い女の子の仲間としてルルーシュを支え応援してくれていたのだ。その姿勢は健気で超可愛くて推し寸前だったんだけどいかんせんアリス様に対して令嬢らしい辛辣な悪口を吐くので好きになれなかった。
……ここでは、仲良くなれるといいな。
男の子の方はリッツ・ヴァン・フォンド。子爵家の三男……だったはずだ。ジルとは対称的な、線の細い長身。艶のあるグレーの髪と黒い吸い込まれるような大きな瞳が目を引く。1番日本人に近いキャラデザだと思う。だけどやっぱりというか、こういう世界によくある設定の「黒は忌色」という設定がこの世界でも発動している。そのため、貴族であるのにもかかわらず彼は長い間不遇な生活だったとゲームで明かされていた。
攻略対象ではなかったのだけれど、実はアッチェルの恋人になるのだ。アッチェルの親友として、2人の恋を応援することで手に入れられるアイテムがあり、そこでリッツの解像度も上がっていた。公式NLカップルなのにクレシェは攻略対象の男子とのCPの二次創作も多かったなぁ、なんてことを思い出す。
そんなことを考えていたら、2人はすぐ目の前に来ていた。
「アッチェル、クレシェ。お迎えありがとう。こちらは新人の2人。ジル・フラウロスくんとルルーシュ・ラダナトスさんだよ。2人の後輩になるから、いろいろみてあげてね」
「はい。もちろんです。お二人とも、はじめまして。私はアッチェル・リト・シリディア。あなた方の先輩になる……みたいですわね。でも私もここに来たばかりですし、年も近いですから、気負わず接してくださいね」
「……リッツ・ヴァン・フォンド。基本的にはフラウロスくんと一緒に過ごすことになると思う。先輩なんて柄じゃないけど……ここにいる時間だけは長いから答えられそうなことがあれば頑張って答えるよ。アッチェル同様、気負わず接して。あんまり気負わなすぎるとびっくりするけど……。うん。まあ、よろしく」
モートリさんの紹介で2人が挨拶をした。
本当はリッツさんはこの場面ではまだ出ていなかったかと思うのだけど、記憶が曖昧なのとジルがいるおかげで変わったのだと思う。
私たちも軽く挨拶を返し、それぞれの部屋へと案内してもらうことになった。
ゲームのホーム画面でもあっためちゃくちゃ見覚えのあるホールをすぎ、古めかしさのある巨大なエレベーターに乗る。ボタンの数はざっと40ほど。
「独身男性寮は4階、独身女性寮は5階。婚約者や夫婦のための家族寮は8階よ。間違って入らないようにね」
アッチェルさんがボタンを押しながら説明してくれる。
彼女がボタンの横のレバーを押すと不安になる程うるさい金属音が響きエレベーターが動きはじめた。
王都に来るまでこの塔ほど大きな建物を見かけなかった。きっとこのエレベーターは塔だけのオリジナルの技術なのだろう。
こっそり、ジルが私の服の端を掴んできた。少しだけ不安そうな表情を浮かべている。
これからのここでの生活を憂いているのか。それとも初めて乗るエレベーターに驚いているのか。
私なんかよりよっぽど強いジルのそんな顔をみて、私は少しだけ可愛い、なんて思った。
コーンとベルが鳴り、4の表記が出窓に現れた。ドアが開く。
ジルの手がパッと離れる。
「フラウロスさん、僕らはここで降りますよ」
「はい」
リッツさんに連れられてジルはエレベーターを降りていった。背はまだ伸びてるからこのままいくといつかエレベーターのドアの上にぶつかるだろうなぁ、なんてぼんやりと思った。
「フラウロスさんとは仲が良いのですか?」
なんとなく閉まるドアをぼうっと見つめていたらアッチェルさんに話しかけられた。
「幼馴染みで……命の恩人なんです。仲が良いかは彼がどう思ってるかによりますけれど、私は、仲良くしたいなって思ってます」
「まあ、素敵な関係ですね。ふふ、落ち着いたら詳しく聞いてもいいですか?」
「え、ええ。つまらないかもしれませんけど……」
コーンとまたベルが響く。
アッチェルさんに促されるまま、エレベーターを降りた。ゲームでよく見た、塔の廊下だ。紺と白で模様が描かれた綺麗な絨毯が敷かれた、とても綺麗な白壁の廊下。
「つまらないなんてそんなことないですよ。ここはあまり変化がないから、外の世界や面白い話はみんな大歓迎です」
「そう、なんですね……」
綺麗だけど、どこか物寂しい感じのする廊下を進みながら気まずい気持ちになって相槌を打つ。
そういえば、ゲームでも序盤は色々な人に話を聞かれていたっけ。どこを探索してもイベントに当たるから面白いといえば面白かった。
そっか、あれはみんな新人のルルーシュに外の世界を聞きたがっていたんだ。
「さて、この4号室が私達の部屋です。両隣は空室です。といっても、この階ほとんど空室なんですけどね」
金の装飾で4と書かれたドアプレートが提げられている。確かエレベーターの前にあった案内の看板には100近くの部屋があったはずだ。
「鍵の開け方は簡単です。このドアプレートに精霊の魔力を通してください」
「精霊の魔力を?」
「はい。このように」
ドアにかざしたアッチェルさんの手から黄色のエフェクトのようなものがドアプレートに吸い込まれていく。すると、かちゃりと音がして開いた。
「凄い……」
「凄いですよね。さぁ、ラダナトスさんも」
私もドアプレートに左手をかざす。
ピィの宿る精霊痕を意識すると、ピンク色のエフェクトがドアに吸い込まれていく。体の中の力が強制的に少しだけ奪われたみたいな感覚。
ほどなくしてかちゃりと音がした。
「開きました!」
ファンタジーなアイテムに喜ぶ私の頭にピィの不機嫌そうな声が響く。
『へえ、なかなか胸糞の悪い道具が残ってるものなのね』
(胸糞の悪い?)
『こっちの話。精霊の魔力を無理やり奪って動かす道具なんて、あたしたちからしたら胸糞悪い以外の何者でもないわ』
なるほど。たしかに魔力を通そうとしたのは私だけど、引き出したのはこの道具だった。
喜んだポーズのまま固まってしまった私に、アッチェルさんが不思議そうな顔をしていたので慌てて部屋の中に入った。
白で整えられた少し広めのに、白っぽい木製の二段ベッドと机が2つ。お洒落なホテルの一室みたいだ。
「ラダナトスさんの荷物はここに。こちらの棚は私との共有スペースです。これからお勤めなどでも共にすることが多くなるでしょうから。それと、ベッドは上と下、どちらが好みとかはありますか?」
「ありがとうございます。ベッドは……今までアッチェ……シリディアさんはどちらで?」
「ふふ、同室ですもの。アッチェルで構いませんわ。そのかわり、私もルーと呼んでいいですか?事前資料で、そう呼ばれてるってきいたので」
「ありがとうございます!もちろん、私もその方が嬉しいです。よろしくお願いします、アッチェルさん!」
「ええ、ルー。それで……ベッドは私もこれからこの部屋に移動するから、どちらでも良いですよ。前は3人部屋で、私は1番若いからとソファーに寝ていましたから」
「えっ?ソファー?」
「はい。だからルーが来てくれてとても嬉しいんです」
「なら尚更、アッチェルの好きな方を選んでください」
「いいの?」
「もちろん!」
結局、上が私で下がアッチェルになった。
荷物をあらかた片付けた後、改めて自己紹介をすることにした。共に暮らす上で、お互いの精霊のこととか、最初から知っておいた方がいいから。
頭の中の2人も、近い年のアッチェルに興味津々のようだった。
「では、まずは私から。アッチェル・シルディア。ミドルネームはあって無いようなものだから公式の場以外では名乗ってないの。真珠塔にいて、家も貴族らしい貴族ではないから、わざわざ名乗るのも馬鹿馬鹿しくて。だからルーも気軽に接してくださいね」
軽く微笑んだ彼女は、おろしていた髪を上げ、私にうなじを見せた。茶色の精霊痕がうなじに埋まっている。あんなところにあって痛くはないのだろうか。
「私の精霊は土の属性なの。ラリネって言うのだけど、獅子の獣霊でほとんど話せないんです。けど、人懐っこくて私とは仲がいいから、ルーとも仲良くなれると思います」
精霊と仲が良いことはいいことだ。
私とピィもうまくやれそうだけど、ゲームの中では精霊との不仲がトラブルになるイベントも多くあった。特に先程のリッツは顕著だ。
『多くある、んじゃなくてほとんどは不仲よ。精霊は悪戯好きだし、人間に取り憑く大抵の精霊は言葉も通じないしね。あたしが優秀で賢くて完璧な精霊であることに感謝しなさい』
『わ、わたしもピィさんとは仲良くしたいです!』
もちろん。私も仲良くしたい。
なんならアリス様さえ解決するなら、この世界で出会う全員と仲良くしたいからね!
『それは多分無理……』
ピィの苦々しい呟きをスルーして、私は自分の自己紹介をした。
「では、私も改めて。ルルーシュ・ラダナトスです。祖母の実家は貴族の家だったみたいなのだけど、私は生まれも育ちも平民で。もし粗相があったらごめんなさい」
「そんなことないわ。さっきも似たようなことを言ったけど、この塔では身分はあまり関係ないですし、ルーの所作も言葉もとても丁寧ですもの。気にしないで」
「ありがとう。もう聞いているかもしれないけど、私の精霊の属性は光で、名前はピィ。しっかり話せるから、多分中級以上だと思います。……姿はまだみたことないんですけどね」
「みたことないの?」
アッチェルが意外そうに目を丸くする。
「ええ……というか、全然見えるイメージがしないんですけど、皆さん精霊の姿をどうやって認識しているんですか」
「えっと……ラリネ、出てこれる?」
アッチェルさんは目を瞑って精霊に呼びかけた。すると、アッチェルさんのうなじからすぅっと茶色の光が揺らめいたかと思うと、小さなライオンがぽわぽわと光って浮いていた。
『……がぅ』
超可愛い。
じゃなかった。ふわふわの猫みたいな子ライオンは私の方を恐る恐る見上げると挨拶のように一鳴きした。
超可愛い。
「精霊を見るのが初めて?」
「たぶん……私はともかく、ジルの精霊にも会ったことがありませんし」
『あたしは1番初めにあんたと会ったときに姿は見せてるけどね』
そうだっけ?
「ピィ曰く、初めにあった時にピィのことを見ているらしいですけど、あんまり覚えてなくて」
「あ……それはピィさんが憑いた時、ですよね。それは仕方ないです。だいたい、精霊に憑かれた瞬間なんて誰も覚えていられませんから」
アッチェルは悲しそうな目をして言った。
「私も覚えてないですしね」
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