クズな同期と悪いコト

凪澤依花

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9 悪いコト

 入社一年目の忘年会の帰りだった。
 毎年、仕事納めの日に本社のホールでお酒やケータリング料理が振る舞われる簡単な忘年会が開催される。
 役員の挨拶が終わればあとは自由参加となるので、果帆は咲とどこかで飲んで帰ろうと早々に抜けて帰った。
 同じように抜けた人は多かったようで、駅に向かって歩く人の波の中には、見覚えのある社員の集団がいくつかあった。
 果帆たちの前を歩いているのも、唯野と島崎という同期の男女ふたりだった。
 島崎は同期の中でも飛び抜けて可愛らしい人で、先輩社員からもお誘いが絶えないという話をよく聞いていた。
 島崎の心を射止めたのは、唯野だったのか。
 お似合いすぎる美男美女カップルだ。

「付き合ってたんだね、島崎さんたち」

 前のふたりに会話が届く距離ではなかったけれど、声を潜めて話した。
 これだけ堂々とふたりで抜けて帰るくらいだから、果帆が社内の恋愛事情に疎いだけで、みんな周知の事実なのかもしれない。

「違う違う。島崎さんが飲みに行こって誘ったんだよ。さっき、会場出たとこで見ちゃった」

「そうなの?」

 どう見てもただの同期という雰囲気ではない。
 さっきまでは正しく同期としての距離があったふたりの身体の隙間は、いつの間にかほとんどなくなっていた。寄り添っているというよりは、彼女の方が唯野に身体をぴったりと密着させている。
 それを、唯野の方も何の戸惑いもなく受け入れているように見えた。
 ただそれだけで、妙にいけないものを見ている気持ちになり顔が火照る。

「付き合ってて、ふたりで飲みに行くんじゃない?」

 それか、付き合うのも秒読みといったところか。
 
「ないよ、唯野は。絶対ない。やれるけど付き合えないことで有名だもん」

 ふたりは信号待ちの輪から抜けて、タクシーに乗った。徒歩圏内にいくらでもお店が立ち並ぶ場所からわざわざタクシーに乗って離れる理由を想像して、さらに気まずさが増す。
 目の前で繰り広げられたお持ち帰りの流れを、果帆たちは無言になって見ていた。

「さすが。イエスマン唯野」

 ふぅと息をつき、咲は呆れた声を出した。

「イエスマン?」

 人当たりがよく、人に好かれる。果帆の唯野に対する印象は、上司や先輩から気に入られるタイプの人だった。かといって、なんでもかんでもハイハイと言いなりになるような人にも思えなかった。

「本来の意味とはちょっと違うかな。来る者拒まずで、女の子のお願いは断らないからイエスマン」

「なるほど」

「まぁ、とにかく顔がいいもんね。一夜の夢じゃないけど、付き合えなくても抱かれてみたいって子は結構いるみたいよ」

「へぇ……」

 すごい世界だ。

「果帆、ああいう人種苦手そう」

「かっこいい人だとは思うけど」

 苦手といえば、そうかもしれない。
 あまりに生き方や価値観が違いすぎて、ああいう人は何を考えて、どういう人生を辿ってきたのか全く想像がつかなかった。
 付き合ってみたいかと聞かれれば、きっと縁がないと答える。それはきっとお互いに。向こうも果帆のことを、自分とは違う世界の人間だと思っているはずだ。

 自分とは縁のない人だと思った。この時は。
 それが、まさかこんな状況になるとは。

 果帆は今日までただの同期だった男に組み敷かれながら、そんなことを思い出していた。

「大丈夫?」

 唯野の声ではっと現実に引き戻された。

 大丈夫かどうかなんて、自分でもよく分かっていなくて、答えの代わりに曖昧に微笑みを返す。

 やけになっているつもりはない。投げやりな気持ちでもないけれど、迷いを振り切れるほど割り切れてはいなかった。
 自分で決めたくせに、本当にこんな事をしていいのかと、この状態でまだ自問自答している小心者だ。思い切り雰囲気に酔えない自分の理性が憎たらしい。
 恋人もいない。誰に罪悪感を感じる必要もない。なのに、うしろめたさが消えない。

「変な顔してる?」

 心配そうな顔で、探るように見てくる唯野に問う。

「不安しかないって顔してる」

「不安、てよりかは、緊張してる」

「俺も」

「うそ」

 即座に切り返すと、ははっと小さく笑われた。
 噂通りの人なら、唯野にとってこんな状況は珍しくはないだろう。

(一夜の夢か……)

 思い出した昔の記憶を辿って、ふっと自嘲する。
 まさか、自分がそれを体験することになるなんて、夢にも思わなかった。あの時の自分が知ったら腰を抜かしそうだ。
 
 人生何があるのか分からないという状況を、この数ヶ月でもう二度も経験している。

「好きでもない男とするのに、緊張するのはおかしくないよ。まとも」

 優しく真面目な声で言われて、胸がきゅっと詰まった。

「俺のことは考えないでいいから、やめたくなったら言って」

 頷いて腕を伸ばした。屈んで受け入れてくれた唯野の首のうしろに両腕を回して、身体を抱き寄せる。髪の毛か身体からか、ふわりと香った清潔感のある匂いがいいなと思った。

 唯野の手がブラウスの裾を捲り上げて、果帆の素肌に触れた。触れた感触で指の長さを実感する。そういえば綺麗な手をしていたなぁと意外に冷静な自分の感想がおかしかった。

 下着を外して、胸の先端を優しく指で擦る。すぐに硬くなったそこを弱い力で摘み、くにくにと押しつぶす。
 そこそこボリュームのある胸は仰向けになってもどうにか形を留めて上向きに存在を主張していた。
 大きな手で膨らみを上に持ち上げるようにして揉みしだき、片方の乳房に舌が触れると、心地良くてすぐに声が上がった。じんっと甘く痺れる感覚に酔う。
 
 いつのまにかお互いに上半身を纏うものがなくなり、唯野の身体が目に映った。
 細身だけど筋肉質で逞しく、服を着ている時よりも男性的だ。なのに、とても綺麗だった。

 確認はしなかったけれど、暗黙の了解のように唇は避けているようだった。
 目元や頬、首筋にキスをしながらも、唇には触れない。
 
 髪を梳きながら頭を優しく撫でられるのが気持ちよくてうっとりした心地になっていると、左手がつっとスカートの裾を払い、太ももをなぞった。

 下着の上から中心を指で引っ掻かれて、脚の内側に力が入る。
 すでに濡れているその場所を見られる恥ずかしさと、少しの恐れ。抵抗するつもりがなくても、身体が一瞬拒んだ。

 果帆の戸惑いを見逃さず、大丈夫かと視線を寄越す。

「あの、私がやる」

「これは嫌い?」

「あっ、ううん、嫌とかは、ない。でも、して貰ってばっかで、何もしないのも……」
 
 自分からお願いしておいて、がちがちになっていたら相手にも失礼だ。
 むしろ、付き合わせているのはこちらなのだから、果帆から積極的に気持ち良くなってもらえるように頑張らないといけないくらいなのに。

「汐見さんて、こんな時も変わんないんだね」

 ふはっと楽しげに目を細める。

「俺、されるよりする方が好きだから、嫌じゃないなら、させて欲しい」

「じゃ、あ……、よろしくお願いします」

 今度は顔を背けて笑った。

「ごめん、馬鹿にしてるんじゃなくて。この状況でも揺るぎなく汐見さんで、なんか和んだ」

 この状況で和むというのもどうなのか。
 まぁ、色っぽい雰囲気になるような間柄ではないからいいのか。
 でも、笑ってくれたおかげで、こっちも力が抜けた。

 大丈夫だと伝えると、さっきよりも慎重な手つきで再び果帆に触れた。

 露わになった素足を高く持ち上げてふくらはぎの内側にキスを落とし、そこから足の付け根まで太ももの内側をゆっくりと愛撫していく。

 唇が疼く中心に近づいてくるほどに、びくびく身体が揺れて腰がくねる。

 時間を掛けて両足を愛撫し終え、唯野の唇はやっとその場所にたどり着いた。

 指が濡れそぼった場所の表面を丁寧に撫で、かき分け、開いていく。すっかりと潤んだ中は、待ち構えていたようにくぷっと音を立てて指を飲み込んだ。

 触れている人が違うからか、何もかもが初めての感覚だと感じる。
 ほとんど、果帆が知っている事と同じようなことをしているのに、まったく知らない事をされている気分だった。

「痛くない?」

「ん……」

 唇を噛み締めて堪えている表情が痛がっているように見えたのか、中を探っていた手を止めた。

 痛いどころか、頭がおかしくなりそうなほど気持ち良くて、気を抜けばいやらしく貪欲にもっと欲しいとねだってしまいそうだった。
 
「いれていい?」

 ぐずぐずに溶かされた身体を見ても、最後までちゃんと果帆の気持ちを確認するところが唯野らしい。

「いれて」

 頷きかけた動きを止めて、はっきりと言葉にして伝えた。
 唯野にも自分にも、ちゃんと自分が望んだことなのだと示しておきたかった。

 ゆっくりと唯野のものが中に入ってくる。
 
 入ってきた瞬間感じた違和感はすぐに馴染んで消えた。
 知っているのに知らない感覚。なのに、しっくりくる。身体はあっさりと唯野を受け入れていた。呆れるくらい、簡単に。

「あ、あたま……痺れちゃって、へん…」

「っ……」

 うわ言のように吐き出して、ぼんやりした瞳で唯野を見つめる。
 頭の中にモヤがかかったように思考もはっきりしない。視界もぼやけているのに、唯野が息を飲んだのは分かった。
 
「あ、あっ……んん」

 言葉がないせいか、より相手の表情や動きに意識が集中する。身体の全神経で唯野がくれる快楽を拾っていた。

 お互いの口から漏れるのは熱い吐息と微かな喘ぎ声だけ。このセックスに愛の言葉は不要だ。ふたりの関係で、好きだとか気持ちを伝える必要も、名前を呼び合うこともない。
 でも、甘い言葉が一言もなくても、果帆の身体を大事に扱ってくれている唯野の優しさで、充分に満たされる。
 同情が、こんなにも優しいものだとは知らなかった。

「んんっ、ああんっ……やぁっ」

 果帆の反応を確かめながら、打ち付ける腰の動きが早くなっていく。

 切ない気持ちが膨れ上がって、もどかしくてどうにかして欲しくて堪らなくなる。
 腰を浮かせて擦り付ける動きをしていることにも、気づいていなかった。
 
「んんんっ、あっ……んっ、んくっ……」

 手の甲で口を覆っても、扇情的な声は部屋中に漏れ響く。
 強い快楽から逃れたくて、ぎゅっと目を瞑って視界を塞いだ。
 唯野の顔を見ていると、我慢できなくなりそうだった。
 何かに縋りたくて名前を呼びたくなったけれど、両手でシーツを強く握りしめて堪える。

 名前を呼ぶことが、こんなにも特別なことだったなんて、思わなかった。
 
 唯野の名前を呼べないことが、呼んでもらえる関係ではないことが、寂しいと錯覚してしまいそうになる。
 
 今、もの凄く、誰かに名前を呼んで貰いたかった。
 
「ただのくっ……」
 
 無意識に名前を口にしてしまった気がするけれど、最後の記憶が夢なのか現実なのかは分からなくなっていた。

 真っ白になった頭の中、一瞬だけ浮かんだ衛の顔は、すぐに甘い快楽に掻き消された。僅かに残っていた罪悪感と一緒に。
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