クズな同期と悪いコト

凪澤依花

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14 捨てたものたち

 目が合った衛も気まずそうにしている。
 気づかないふりをしてくれればいいのに、何を思ったのかこちらに近づいてくる。
 逃げ出すタイミングを逃してしまい、仕方なくその場に留まり俯いた。
 
「ひさしぶり、すげぇ、偶然。果帆も来てたんだ」

 手に持っている女性物の鞄とショップの袋を見て、美羽の顔が浮かんだ。
 そういえば、美羽は今やっているイベントのメインキャラが好きでグッズを集めていた。乗り物は乗れないだろうから、目的は果帆と同じだったのかもしれない。
 今日はかなり冷えるけど身体は大丈夫なのかと一瞬思ったが、果帆が心配するのもおかしな話だ。

「じゃあ……」
「待って、果帆」

「……人待たせてるから」
「すぐ終わる。あのさ、美羽のこと、無視しないでやってよ」

「……無視?」

 聞くつもりはなかったけれど、予想外過ぎる言葉を投げられて思わず足を止めてしまった。

「ブロックしてるだろ」
 
 あの後、美羽からは何度もメッセージが送られて来た。でも、一度も返信はしなかった。読んでもいない。

 どうしたって、以前のように美羽と付き合うことはできない。少なくとも、今は絶対に無理だ。メッセージを見てしまえば気になるし、無視すれば罪悪感も生まれて、うっかり返信してしまいそうだった。気になって、他のことを考えられなくなる。それが嫌で、美羽との連絡手段は全てブロックした。
 緊急の用があれば愛佳経由でくるだろうし、衛もいて、美羽が果帆にしか頼れない事態なんて早々起きない。
 ふたりのことは考えないように、思い出すものは目に触れないようにしていた。そうしなければ、とても日常を取り戻せなかった。

「俺は自業自得だし、仕方ないけど。美羽とは親友だったわけじゃん。そんなあっさり切るなよ」

「……意味が分からない」

「これまでずっと、美羽が果帆との関係を大切にしてきたのは分かるだろ。話くらい、聞いてやってもよくない? この切り方は、さすがにどうかと思うわ」

 あっさりとか、大切だとか、言葉の意味を理解して使っているのかと聞きたくなる。
 本当に美羽が果帆との関係を大切にしていたのなら、どうして、今こんな事にはなっているのか。

「あっ」

 声を聞いた途端、頭からさっと血が抜けていく感覚に襲われ、耳の奥にキーンと金属を擦り付けたような不快な音が鳴った。

「果帆……」

 出入口の人混みから抜け出て来た美羽は衛の隣に立って、今にも泣き出しそうな顔をして果帆を呼ぶ。

 記憶に残っている美羽よりも少しふっくらして見えるのは身体の変化のせいか。見たくもないのに、つい美羽の腹部に視線がいってしまう。

 捨てたつもりになっていたものが、また手の中に戻ってきたようで、強い絶望感に襲われた。

ーーそっか、ふたりでいるところを見たのは、初めてなんだ。
 
 今までも、繰り返し夢に出てきた妄想が目の前で無理矢理再現されて、これが現実なのか区別がつかない。

 ショルダーバッグの肩紐を手の感覚が無くなるほどきつく握りしめて、震える唇を噛みしめた。

 絶対に泣きたくない。このふたりの前では。

 もう、ふたりのことなんてどうでもいい、好きじゃない、衛しか知らなかった頃のわたしじゃない。

 衛以外の素敵な男性として、こうして髪だって切って、以前は着なかったような服を着て、しなかったことをして、今、衛のいない生活を楽しんでるところを見せつけたい。

 ふたりから見てどんなに無様で、惨めでも。

(馬鹿みたい……)

 そんなことしたって、見返せるものなんて何もないのに。
 

「果帆、少し話せない……?」

 あ、だめだ。
 胃から込み上げてきた激しい痛みと吐き気に堪えきれず咳き込んだ。
 何も出てこなかったけれど、嘔気はおさまらずうえっと繰り返し濁声を出して嘔吐いた。
 でんぐり返りをしたあとみたいに、目の前が真っ暗になって、ぐわんぐわんと頭が回る。気持ちが悪くて、目が開けられない。
 一刻も早く、走ってふたりから遠ざかりたいのに、立っているのがやっとで動けずにいた。

 呼吸がうまくできないせいか、酸欠のように苦しくなってくる。
 ふらっと身体がよろけそうになると、後ろから腕を掴まれて引き寄せられた。

 記憶の奥に閉じ込めていた手の感触と優しい清潔感のある香りで、顔を見なくても誰だか分かった。

「大丈夫?」

 唯野が支えてくれたので、転ぶことはなかった。
 ほっとしたとたん脚から力が抜け落ちて、頭の重さで前に倒れそうになる。

 唯野に身体を支えられながら、ゆっくりと地べたに膝をついた。

「大丈夫、ゆっくり、息してみて」
 
 前屈みになった果帆の背中をゆっくりとさすってくれる。

「吐きそうなら、吐いて大丈夫だよ」

「果帆、大丈夫……?」

 遠慮がちな美羽の声が近くに聞こえて、身体がびくっと大きく跳ねた。

「貧血かな、横になった方がーー」
「触んな」

 冷たい声が果帆を守るように遮る。

「とりあえず、あんたたちはどっか行って貰えます?」

「は? こんな状態の果帆残していけるわけ……」
「わたし、誰か呼んでくる。救護室とかあるよね」

「自分たちのせいだって、分かんねぇの? あんたらがいるからこんなんなってんだよ。とっととどっか行け」

 怒りを抑えつけたような低い声も、初めて聞く乱暴な言葉遣いも、不思議と怖くはなかった。

 これほど言っても一向にいなくなる気配のないふたりに、唯野は呆れ果てた声で「いいわ」と吐き捨てた。

「ごめんね、移動するからちょっと抱えさせて。体重全部預けちゃって大丈夫だから、力抜いてて」

 子供を抱っこするみたいに背中と頭を支えて、果帆を抱えた。

「あの、動かさない方が……」
「ちょっと、待てって」

 衛や美羽がまだ何か言っているのが聞こえたけれど、無視して唯野はその場を離れた。

 声が聞こえなくなって、やっと耳鳴りが止んだ。

 呼吸も落ち着いてきて、吐き気もだんだんと収まってきたので、救護室にはいかずに外のベンチに座って休んだ。
 
 冷え固まっていた手の指に温度はまだ戻らないけれど、膝に掛けてくれた唯野のコートから伝わる温もりで身体から徐々に力が抜けていく。

 唯野は何も言わずに、隣でずっと見守ってくれている。

「ありがとう、もう大丈夫。これも」

 膝に掛けていたコートを返して、もう一度お礼を言った。

「食べ過ぎたかな……あのプレート、けっこうボリュームあったもんね」

 ちゃんと笑えないと、分かっていても笑った。下手くそな誤魔化しは余計に同情を誘うだけだとしても、笑っていないと寄りかかってしまいそうになる。
 
「……かっこわる」

 前屈みになって、両手で顔を覆った。今は顔を見られたくない。

「もし、会うことがあったら、絶対、言うつもりだったのに……」

 頭の中で何度も何度も想像した。
 衛と美羽に会ったら、言ってやろうと意気込んでいた言葉がたくさんあった。
 でも、実際会っても、自分は言えないだろうとも思っていた。想像の中で言って満足していたところもある。

(ほんと、小心者)

「……何のために、してもらったか分からないね」

 顔を両手で隠して俯いたまま、唯野には聞こえないくらいの声で呟いた。唯野に言ったわけでなく、自身に向けた皮肉だった。
 せっかく、果帆のために、あの夜唯野も協力してくれたのに。

「もう、出ようか」
「え、でも……」
「一応、目的は果たしたし。乗り物もたくさん乗れたし。ね」

「……そうだね」

 広い園内で人もたくさんいるけれど、また鉢合わせしてしまう可能性はある。どこにいってもふたりを気にしながらでは楽しめないし、こんな状態の果帆といても唯野だってきっとつまらないだろう。
 
「汐見さん、観覧車好き?」
「えっ」

「俺、結構好きなんだけど。良かったら、ちょっと付き合って欲しい」

 呆然としたまま頷くと、優しく笑って「行こ」と果帆の荷物を持って立ち上がった。
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