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世界樹の天使4

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空気すらガラリと変わった景色
そこはどこか、雲の上の神殿だった
空には満点の星空で
だが不思議と寒さを感じない

そこに立っているエミリオは妙に絵になっている

彼は両手を広げてこう言った

「ようこそエデンへ。歓迎するぞ!」

少年は屈託ない笑顔で自ら連れて来たカンザキとアリアを迎え入れる

「あの、カンザキさんこの方は?」

あっという間にエミリオの家という、先ほどの世界樹からかなり上空の雲の上に連れてこられた二人
気が付けば家?の中に通されていた

だが家というよりはやはり神殿なのかもしれない

広い空間に大きな石の柱がいくつも並び天井ではなくまるで星空を支えているように建っている

「エミリオはまぁ、よくわからんがこの世界の管理者のような一族だったらしい、見ての通り有翼人種だ」

「まるで、そう、天使のようですね」

アリアが少年の美しい二枚の羽に見とれていると

「ウルグインにも、有翼人種は居たはずだ。だが我とは産まれた世界が違うのだ!」

そうエミリオは言った

「だから私の血統は、私でお終いだし、それでいいと思っているよ!」

アリアには話は理解できないが、彼が一人だと言うことは分かった

「また今度、土産でも持ってくるよエミリオ」

そう言って早々に帰ろうとするカンザキに異を唱える

「なんだもう帰るのか!早すぎるぞカンザキ!」

「そうですよカンザキさん。私にも、もうすこしエミリオさんの事教えてくれてもいいじゃないですか」

「おお!アリアは分かっておるな!そうだカンザキ私の事をアリアに説明するのだ!」

カンザキは、はぁ、とため息をつくとアリアに説明を始めた


エミリオはこの世界最後の生き残りと言った理由からだ

まず、エミリオの一族は旅をする一族だったと、
その証拠に世界樹の周りには多数の遺跡がある
長命な寿命がある彼らは「世界」を旅をする一族で
さらには旅した先で数世代その場に留まると再び全員で移動を始める

その移動の理由は食事だった

必要とする食事とは「魔素」と呼ばれるものでその含有量は「世界」単位で限られている
そしてたどり着いたここは、かつてなく魔素にあふれ、枯渇することがなく世界樹が生み出していた

彼らの一族にとってついに見つけた安住の地と思われたのだが、世界を渡ることを辞めていった途端に彼らは次々と死んでいった

まだ一族の中でも若かったエミリオを残して

これがカンザキが遺跡を調査して判明した理由で、エミリオだけが居る理由

「なんで・・ですの」

アリアは泣いている
両親も友人もみな、死んでしまっているだなんて

「それは我々が、本当に欲していたのは魔素などではなく探求だったからだ!」

「探求?」

「そう、探求、気づいた時には手遅れだったが私は運良くカンザキに出会えて気づけた!だからこうして1人だが生き延びている!」

「寂しく、ないんですか?」

「寂しい?何だそれは?」

「誰も居ない場所で、一人生きていくなど!」

「アリアは変な事を言うな?カンザキやアリアが今居るではないか!」

エミリオはまた、幸せそうな笑顔を浮かべる
そこでカンザキは言った

「こいつは時間感覚が俺らとは違うんだ、だからこそ寂しいなんて概念もないのかもな」

アリアには意味がわからなかった
だが、エミリオが無理をしているわけではないと言うことはよく分かった






エミリオが飲めと出してきた飲み物はとても甘く、だがスッキリとした味わいだった

何かと尋ねれば世界樹の葉に付いた露だと言う

それは確か、家にあった文献によればわずか一滴でも長命の霊薬になるとあったものでは無かったか?
たった今アリアがゴクゴクと、コップ1杯を飲み干したそれだ

とんでもないと目を回しているとカンザキが魔法の袋よりバーベキューセットを取り出し、先程の洞窟ーいや、世界樹の中で仕留めたモンスターの肉を焼き始めており、エミリオと楽しそうに食べている

きっとアレもとんでもない物だと今ならわかる

自ら倒したそれを、ありがたく頂けとカンザキに諭されて食べると不思議と涙が出た


そんな、夢のような楽しい時間だった



「じゃあエミリオ、またそのうちな」

カンザキはそう言うと振り返らずに歩を帰り道に進める

アリアもそれに習い、エミリオに礼を言って帰る

土産にと、世界樹の葉や新芽を沢山貰った

出自がわかればなんのことは無い、本物だったと今なら確信できるし、誰も信じないとも思った




ダンジョンの奥でー天使と出会い、世界樹の葉を貰うなんてまるで、そうまるでお伽噺だ
それはこの世界で生きてきたからこそわかる

だが、アリアが経験したそれは確かに事実だ



ハッと、間違って居たのはアリアだったと思い出す

帰ったら謝ろう
そう胸に秘めたその時だ


「ああ、カンザキ!そう言えばミナリだったかあの人間!お前の名前を呼んでいたぞぉ」


エミリオが後ろから大きな声でそう叫んで消えた
おそらくそのまま自分の家に入ったのだろう


アリアはカンザキを見ると、今まで見たことの無いほど青い顔をしていて

「ミナリ?お知り合いですか?」

「あ、ああ・・・同じ日本人だ。この世界に来ていたが、そういえば一月ほど前に日本に帰って行ったんだが・・・」

ミナリはユキと一緒に、ちょっと用事を済ませて来ると言って日本に帰った

ヨルムンガンドを訪ねて、そのまま日本帰ったところまでは把握しているのだが、確かやり残した事があるからと言っていた

そしてそれにはカンザキも心当たりがある

ミナリの家ー


妖怪退治の専門家

ミナリの実家である神裂家に関わる事

カンザキは分家に当たるが、本家のミナリは後継だったはずだ。弟が産まれるまでは

考え始めると不安な事柄しかない



「むーたん、居るか?」



カンザキがそう言うと


「なんじゃ、主殿」


長い黒髪の童女が、どこからとも無く現れた

「悪いんだが、彼女をウルグインまで頼めるか?」

「分かっておるよ。送り届けたら今度はあそこまで行くのだろう?」

契約している神獣であるむーたんには、カンザキの考え望んだ事が言葉を交わさなくても分かっている

「え?」

アリアは突然現れた童女とカンザキが交わす言葉を聞いた瞬間


ウルグイン、ダンジョンの外に居た



まるで夢でも見ていたように、ダンジョンの外に、街の中にアリアは居た

一瞬、本当に夢を見ていたかと思ったが手土産に持たされた物が夢ではないと語っている


「はぁ、凄いな。私もあんな風になれるかな」

ため息と共にでたその言葉にアリアは驚く

なんとも素直になれたものだなと

だからか、アリアは成長できると確信を持つ


「久しぶりに実家に帰ってみるかな」


このウルグインに彼女の家はあるのだと、今のアリアは思い出す

冒険者となりしばらく帰っていなかったから

世界の全てを見たような気になっていた彼女は、本当に世界と言うものはまだまだ知らないのだと思い知った

だからこそ


「次は自分でーエミリオに会いに行こう」


そう思ったのだ

そして彼女にはその力を得るだけの、希望もある


その日、たまたま入った焼肉屋の名前は

焼肉ゴッド

そこには世界を知る入口があったと、いつしか彼女は語った

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