終わる世界と、花乙女。

まえ。

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第一章 終わる世界

ジェニファーの憂鬱

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「私」という人間を表現する時、「普通」という言葉よりふさわしい言葉はないと思う。
「ジェニファー」という、普通の名前。
どこにでもいる女の子。
赤毛の髪の毛。背の高さも普通。体型も普通。
学校の成績も普通で、走るのも泳ぐのも、速くはないけど遅くもない。
もし映画を作るとしたら、絶対主人公にはなれない。どちらかと言うと主人公の地味な友人。じゃなきゃエキストラ。そういう、どこにでもいるキャラ。

パパが野球好きだったから小さい頃から野球をさせられてたけど、リトルリーグでは投げるのも走るのも打つのも普通の選手で、試合の時は大体ベンチにいた。
唯一、「顔に当たりそうな悪球を打ち返す」という、どうでもいい特技を持っていた。

私が珍しく物語の主役になりそうになったのは、中学二年のとき。
相手チームの先発投手、ミランダはコントロール抜群で、体に当たりそうなインハイとコースいっぱいのアウトローを使い分けて、うちのチームから三振をいっぱい取った。
そうして2-2の同点で迎えた五回裏、私はデッドボールに近いインハイを見事ホームランして、チームメイトの皆にハイタッチの祝福を受けた。
その瞬間、私は紛れもなく主人公だった。

でも、次の打席からミランダはすぐに私の癖を見抜いて、普通のストライクに切り替えた。
私は凡退して、チームはそのまま3-4で負けた。試合終了後、あの時私が主役だったことを覚えている人は誰もいなかった。

それから四年後、もう一度だけ私が物語の主人公になりかけたことがあった。

高校のプロム(卒業パーティー)の数日前。
同級生のショーンにプロムに誘われた。
ショーンはアメフトの花形、瞬足のランニングバック。明るくてハンサムで背も高くて、皆に愛されてる男の子。

そんな、物語の主人公みたいな男の子に誘われて有頂天になったけど、ショーンにプロム前夜に明日のことを話しに行ったら、彼は目をそらしながら答えた。
「ごめん。君とは行けなくなったんだ。その、つまり・・・わかるだろ?」
「え? 何? どういうこと?」

その時、私はまだ理解していなかった。
私は、ってことを。

ショーンがプロムに連れて来たのは、プラチナブロンドのモニカ。背が高くって胸が大きくてチアリーダーをしていて、映画のヒロインみたいな、素敵な女の子。
悔しいけど、ショーンと並んだ姿は、思わず見とれるほど似合っていた。
後で聞いたのは、2人がプロム前日にヨリを戻したということ。つまり私は、ショーンにとって、プロムに独りで行かないための保険だったらしい。

結局、私は幼なじみのトムと一緒にプロムに行った。
トムは背が低くてスポーツが苦手で基礎解析で赤点を取ってる気のいい男の子。
映画なら主人公に憧れている、目立たない同級生かエキストラ。
つまり、私と同じ。

私が地元の短大に入る頃、地球に侵略のためにやってきた異星人「ケダモノ」。
世界中の大都市に現れて人間の虐殺を始めたけど、地球の兵器はどれも歯が立たなくて、急遽、超能力者集団の「花乙女」が組織され、「ケダモノ」に対抗したらしい。

らしいって言うのは、ここカンザスの片田舎で大都市のニュースは、何一つ現実味がないニュースなので、他人事にしか聞こえなったから。

「ケダモノ」と「花乙女」は一進一退の攻防を続け、毎日のように花乙女の殉職やケダモノの殲滅を伝えていて。

そうしているうちに私は短大を卒業し、叔父の経営するダイナーに就職し、端末セールスマンのトムと週末にデートを重ね、彼との成り行きの結婚と普通の家庭を「幸せ」として受け入れるつもりだった。
だって、物語の中で私たちエキストラの役割って、大体そういうものだから。

なのに。
なぜか。いやまさか。

そんな平凡な私は今、超能力集団「花乙女」の中でも「最強」の称号を持つ、フアニータと対峙してる。
なんなんだ。この状況は。

しかも、これに負けたら私の大事な人たちは皆、死んでしまうかもしれない。
つまり、

どうする?
一体どうするの、私!?
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