竜のアギト

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 _ゆらゆらと身体が揺れる。ひんやりとした心地よい温度の何かに包まれ、コポコポという空気音が規則正しいリズムを奏でる。

 とても居心地がいい。俺は今どこにいるのだろう。確か昨日は大学の研究室に顔を出したはずだ。ゼミの仲間と、研究を進めなければいけないという焦燥感に駆られながらゲームに勤しむという背徳感に浸っていた。その後友人の一人の家にいき、夜遅くまで酒盛りをして盛り上がり、フラフラになって家に帰った記憶がある。
 となると、俺が今いるのは自宅のベッドの上だろうか。この心地よい感覚は微睡みに浸っているということか。起き抜けの何だかやたら働いてしまう頭を回しながらゆっくりと目を開ける。目の前には見慣れた自室の天井が広がるだろうと思っていた。

「………(あれ?)」

 ところがそうはならなかった。まず目についたのは自らの身体を包む黄緑色の液体。ゆらゆら揺れる感覚が気持ちいいなぁと思っていたあれは微睡みでも何でもなく、ガチで身体がよく分からん水に沈められていた。
 さらに俺は容器か何かに入れられているようで、液体の先にはガラス、そしてその先には性能の良さそうなPCや薬品の入ったビーカーとフラスコが並べられている、白くて清潔な部屋。
 また自分の口先には呼吸器のようなマスクが付けられ、管が容器の底側から伸びている。

「………!(いやどういうことっ!?)」

 困惑した俺は目の前のガラスを両腕で叩いた。するとガッシャーンッと盛大な音を立ててガラスは割れ、容器から黄緑の液体が流れだす。ガラスが脆かったのか俺の力が思ったより強かったのか、よく分からないが脱出できたらしい。呼吸器を外し、口の中に残った液体をべっと吐き出す。

「なっ!?」

 その過程で自分の身体を見下ろすことになった俺はそれを見て驚愕する。
 あの容器に入っていたからなのか何も着ておらず全裸、しかし論点はそこではない。毛の一本も生えていない透き通るような白い肌、母性しか感じない胸部の大きなふくらみ、もはや芸術的とすら思う腰の見事なくびれ。
 間違いなく女の身体になっていた。

「え……? え……?」

 床にはさっき俺が割った容器のガラスの破片が散らばっている。その破片はうまいこと光を反射して鏡のように天井を映し出していた。恐る恐る覗き込むと、ポカンと何とも呆けた顔をした女性がこちらを覗き込む。
 紫がかった黒色、紫黒色とでもいうのだろうか、そんな色をした肩ぐらいまでのボブカットの髪は毛先の所が若干ウェーブがかっている。目の色は…これはピンクか? 桜よりも少しだけ赤みが強い、そんな特徴的な色だ。
 瞳がくりくりと大きく、顔のパーツが整っている。歳は見た感じ俺と同じくらいの二十歳程、そんな可愛らしい女性がそこにいた。

「…はぁ~~」

 心の奥底からでっかいため息が漏れる。完全にキャパオーバーだ。色んな事が起こりすぎて、情報量が多すぎて脳が処理しきれない。追いつかない。自分でも驚くほどの、これまでで一番大きいため息が出てきた。4万字のレポートを1週間で作ってこいとのたまった情報学のアホ教授に対して吐いたため息を軽々と超えた。

「とりあえず服着るか。ちょうどここに畳んであるし」

 恐らく何かの研究室であろう部屋の机の上に、灰色の布が畳んであった。広げてみるとそれはえらく簡素なワンピース。病衣のような、大きな布に穴を開けて袖を付けてみました的な本当に簡素な服だ。スカートに抵抗があったものの、ないよりはマシだと着てみるとちょっと大きめだが、無事に着ることができた。

「やっぱ研究室だよな、ここ。似た感じの実験室を実習で使ったことあるし、薬品やら何やらあちこちにあるし」

 とりあえず部屋の中をウロウロしてみる。仮にここを研究室だとするなら、誰もいないというのはどういうことだ。状況的に見て十中八九俺を素体に人体実験をしていたのだろうが、その対象をほっぽり出しているとはどういう了見か。研究者の風上にも置けないな。いや、人体実験している時点で倫理的にアウトか。

「お、動いてるPCが一台だけあるな」

 俺が入っていた容器の影に、一台だけ画面がついているPCがあった。近づいてみるとその画面には様々な数字と『Complete!』の文字が表示されている。とりあえず戻るボタンをクリックしてその表示を消し、起動されていたソフトをあちこちいじってみる。

 この状況下でえらく冷静だなと思うだろうか。俺自身そう思う。
 暇な時間に読み漁っていた異世界転生ものの小説、あれに出てくる主人公はある日突然見知らぬ世界に来たというのにいやに冷静なのがお約束だった。読みながら何でこんなに落ち着いてるんだよと突っ込んだものだが、似たような状況に陥って彼らの気持ちがよく分かる。

 あれは冷静だったんじゃない。単純にキャパオーバーしていただけだ。
 これが例えば、女の身体になることなく、薄暗い部屋に両手両足を縛られて放置されていたなら自分は誘拐されたのだと判断出来てパニックになることができただろう。しかし今の状況は訳の分からないこと、常識の範疇を飛び出していることが起こりすぎている。そのせいで受け止められる容量を軽く超え、一周回って落ち着いているのだ。
 全異世界転生ものの主人公よ、難癖付けてすまん。実際に経験してみて君達の気持ちがようやく理解できたよ。

「おっ、これは…」

 そんなことを考えながらカチャカチャキーボードを操作している内に、ソフト内にテキスト形式のファイルが記録されているのを見つけた。日記のような書き口でつらつらと記録されているそれ、ざっと目を通してみたが素体である俺を観察し、研究成果を記録してきた日誌と見て間違いないだろう。一先ずをそれをソフト内から引っ張り出し、机の上に落ちていたUSBにコピーする。後から何かの情報源になるかもしれない。

「ん? 桜?」

 PCからUSBを引っこ抜く時、それに気づいた。USBやPC本体、それに俺が入っていた容器やビーカーなど、この部屋にあるものに同じマークが刻まれている。花弁が5枚くっついた桜の花ような、それでいててっぺんの花びらが真っ赤で、それ以外の花びらが真っ白という変わったマークだ。この研究室のスポンサーか何かだろうか。

「ま、今はいいか。」

 USBをポケットに突っ込み、研究室から出る。廊下にも、というかこの建物から人の気配が全くしない。なんだ? もしかして俺の研究はとうの昔に凍結されちまったのか? いやだとしたら中途半端に放っておくなよ。実験体をちゃんと処分してからいけ。いやもしそうしていたら俺はこの場にいなかったから困るのだけど。

 建物内を散々うろつき、やっと玄関を見つけて外に出る。靴は下駄箱に残っていたシューズを適当に拝借した。
 外に出ると、辺りは真っ暗だった。空を見るとちらほら星が見えるので今は夜のようだ。研究所は林の中にあったようで木々に囲まれていたが、遠くにビルの明かりっぽいものが見える。街へはそう遠くないようだ。行く当てもないので人に会おうとそちらの方へ歩き出す。

「…あ~、今まで散々寝ていただろうに、また眠くなってきたなぁ」

 こうして俺の、”私”としての長い人生が幕を開けた。

 

 

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