2 / 7
レイラさん、降臨2
しおりを挟む”男姉ちゃん”というジャンルを知っているだろうか。おねえちゃんと読む。
顔や体つきが女の子にしか見えない男の子、所謂”男の娘”が成長して大人っぽくなり、女性にしか見えない男のことを指す。
初代『セクト・ストーリー』にてレイラというキャラを作った当時、何を思ったのか俺はそのジャンルにドハマりしていた。元々可愛いものが好きで、「男の子なのに可愛い女の子にしか見えないっていいな」的な思いから男の娘にハマり、派生して男姉ちゃんへ…。といった経緯だ。
…改めて説明すると中々恥ずかしいな。性癖暴露みたいなもんだろこれ。
まぁそんな趣向があり、レイラにはその趣味をこれでもかと詰め込んだ。出来上がったのがウェーブがかった金髪で、エメラルド色の瞳を持ってツリ目かつジト目で目の下に隈という、美人だが業が深い女装悪魔キャラ。我ながらいい出来だと思っているし、長年使い続けてきたから思い入れも深い。
選んだ種族は悪魔族。闇魔法による搦め手やトリッキーな戦法を得意とする種族だ。
とはいっても、俺はレイラを戦闘があまり得意ではない後方支援系キャラとして育成した。戦闘が得意なキャラはゲームを進めていけばいくらでも仲間になるし、レイラの造形が完成した時、医療系や研究者系の役職が似合うと思ったのだ。白衣を着せてみれば案の定似合っていて胸にキュンときたものだ。
そういうわけでレイラは闇魔法と独自の植物魔法を使い、敵の妨害や味方の守護・救護、あとは後方にて薬品などの研究開発を行うキャラになった。物語の主人公としては少々地味な役割かもしれないが、こういう風に魔王軍の中で好きなポジションに就けるのも『セクト・ストーリー』の醍醐味だ。
「…魔法は問題なく使える」
色々振り返っている間に転生してしまったレイラのスペックを調べた。身体能力は人間より明らかに高い悪魔族のものだったし、ゲームで使える闇魔法、植物魔法が問題なく使えることを確認した。どんな危険があるか分からない異世界で、ゲーム内とはいえ使い慣れた対抗手段があるのは心強い。
リアルで魔法を使うのは初めてなのに、まるで呼吸をするようにごく自然と使えたこともありがたかった。これならいざという時に魔法を失敗してピンチに陥るという心配もなさそうだ。
「…ははっ、完全にオレはレイラってわけか」
白衣の胸ポケットから手のひらサイズの箱を取り出し、その箱から薄いピンク色のタバコを取り出して口にくわえた。右手の人差し指をタバコの先に持ってきて念じれば、ボッと指先に火が灯ってタバコに点火する。炎属性に適性がなかったレイラが唯一使える炎魔法でこれが限界の火力。ちょうどタバコに火を付けるのにぴったりで、有効活用している。
タバコを吸いながら、転生したという事実に乾いた笑みがこぼれる。あまり動揺していないのは本当に俺がレイラになってしまったからか。全シリーズの隠し要素を網羅する程やり込んで育成したレイラは、”精神力強化”のスキルも持っていた。そのおかげだろう。
素のままの俺なら不安と恐怖と孤独から泣き叫んでいたっておかしくない。
ふーっと煙を吐きながらこれからのことを考える。差し当たってまず人を探すべきだろう。この異世界でレイラとして生きていくことがほぼ確定したわけだから、情報がないことには始まらない。
「運のいいことに近くに”匂い”を感じる」
悪魔族は人間の魂や精気も食糧にする。その関係で人間の気配を匂いとして察知することができるのだ。
森の方からその匂いを4つ感じられた。清くて何とも美味しそうな匂いが1つに、えぐみが多くてあまり美味しくなさそうな匂いが3つだ。
「…行ってみるか」
匂いの方へ駆け出してみると、凄まじい速度が出た。研究職のインドア派であまり運動が得意じゃなくても悪魔族、それも『セクト・ストーリー』全シリーズに渡ってレベルカンストまで育て上げたレイラだ。世界陸上の選手どころか新幹線すらも越えるスピードで匂いまでの距離をぐんぐん詰めていく。
「ちょっと速度落とした方がいいな」
このスピードで突っ込んだら勢いとか風圧とかでえらい被害を与えそうだ。小走り程度に速度を大分落とし、目的地に到着する。
そこでは、緑色の髪の糸目の女の子が、いかにも山賊ですと言わんばかりの格好の男達3人から逃げ回っていた。必死に走る女の子は道の石につまづいて転んでしまい、男達に囲まれる。
何となく、その女の子がVのエンディングの女の子に見えた。湧き上がってきた助けたいという衝動に従って行動を起こす。
「”樹生成”」
俺が魔力を地面に這わせると、女の子の前に樹木の枝が生えて、女の子を殴ろうとしていた男の拳を防いだ。
「なっ!? なんじゃこりゃあ!?」
驚いている男達を眺めながら、俺は悠然と歩いて近づく。
「…白昼堂々こんなところで何やってんだ? お前ら」
戦闘時にレイラが見せる、気だるげながら少し苛ついた声が出る。相手は武器を持った屈強な男達3人だというのに、まったく恐怖心というものが湧いてこない。身も心もレイラになっている気がする。
「あまり気分悪いもの見せんじゃねぇよ」
「うるせぇっ! なんだてめぇ!」
「お、おい待て! こいつ……!?」
女の子を殴ろうとしていた男が威嚇してくる。その男を隣にいたもう一人が止めた。そいつは俺の頭に生えている角や尻の尻尾に注目している。
「あ、悪魔だっ!?」
「嘘だろっ!? 何で悪魔がこんなところに!?」
俺の正体に気づいた男達は先程の威勢はどこへやら。急に怯えだした。
それにしても”悪魔”か…。ちょっと期待していたけど、ここが『セクト・ストーリー』の世界だという線は消えた。この世界ではどうか知らないが、悪魔族がきちんと一種族として認められていた『セクト・ストーリー』の人間なら、俺を見て”悪魔”とは呼ばないだろう。呼んだとしても一応共存していた過去があるからここまで怯えられたりしないはずだ。
俺は男達をギンと睨みつけて威圧する。
「……失せろ」
「ひぃっ!?」
「逃げろっ!」
男達は転がるように逃げていった。
女の子の方へ振り返ると、彼女はへたり込んだまま俺に恐怖を孕んだ目を向け、後ずさりしていた。俺が一歩近寄るとそれだけでビクッと怯えて必死にもがく。
「ひっ!? こ、来ないで!」
…これもエンディングと同じだな。
俺はフッと笑ってしゃがみこんだ。
「騒ぐな。治療するだけだ」
「え……?」
女の子は転んだ時に膝をすりむいていた。白衣のポケットから消毒液とガーゼを取り出して治療していく。
この白衣のポケットは様々なアイテムが収納されている便利ポケットだ。決して無限というわけではないが大容量で、この白衣一つで数多くのものを仕舞うことができる。
「…あ、あの。助けていただいてありがとうございます…」
「気にするな。一応これでも医療部隊の隊長だからな」
まぁ、裏切られて追放されちゃったから元が付くけど。元魔王軍幹部で女装男子の悪魔族、レイラさんです。
「さっきは怖がってしまってごめんなさい…」
「そっちも別にいい。これほど過剰ではないがよくあることだ」
俺は闇魔法の一つ、”幻影魔法”を使った。俺の感覚は変わらないが、女の子には俺の角と尻尾が消え、耳が尖ったエルフになった俺が見えるはずだ。
「!? 姿が…!」
「これで怖くないだろ」
姿を変える魔法は主に『セクト・ストーリー2』で使用した。情報収集のために人間側の勢力に入り込む場面があったからな。
幻影魔法の効果はあったようで、びくびくしていた女の子の雰囲気が和らいだ。
「はい、ありがとうございます」
「お前こんなところで何やってたんだ?」
「街へ行くところだったんです。もう大人になったので村から出て街でお仕事を探そうと思って。弟も養いたいですし」
「それで、道中にあの連中に襲われたと」
「はい、そうです…」
女の子はしょぼんと落ち込んだ。こうしてじっくり見ると結構可愛い女の子だ。
頭にカチューシャを付けた緑色の髪は背中の中程まである長髪。糸目ではあるけど表情がころころ変わるから感情が分かりやすい。美人というより可愛い系の顔立ちの小柄な子で、素朴な村娘の服がよく似合っている。何とも庇護欲がそそられる子だ。
「じゃあその街にオレが送っていこうか」
「え? でも、いいんですか…?」
「ああ。オレももとより街に用があったんだ。旅は道連れだ」
「あ、ありがとうございます。私はルネスといいます。よろしくお願いします」
「オレはレイラだ。好きに呼んでくれ。よろしくな」
こうしてルネスと一緒に街を目指すことになった。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる