僕の番

結城れい

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僕の番

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 白石湊は洗濯かごの前でたたずんでいた。

 どうしようもない欲と、それを押しとどめる理性、相反するものが湊の頭の中で戦っている。右を見て、左を見て、脱衣所の扉の鍵が締まっていることを確認した後、そっと洗濯かごの中に手を入れた。

 目当てのものを探し当てた後、急いで自分の服の中に隠した湊は、そのまま自分の部屋まで駆け足で戻る。

「よしっ!」

 部屋まで戻り、鍵までしっかりと閉めた。その後、服の中に隠した彼のシャツをそっと出し、鼻の前まで持ってくる。鼻から大きく息を吸い込むと、頭まで痺れるようなとても良い香りがする。そうしてしばらく匂いを嗅いだ後、シャツを握りしめたまま、そっと自分のクローゼットを開けた。

 クローゼット内に設置している引き出しの一番上を開け、シャツを大切にたたんで入れる。その引き出しの中には、今入れたシャツのほかに、ハンカチやネクタイなども入っている。もちろん、すべて持ち主は同じ人。湊の幼馴染であり、番である森颯真のものだ。

 湊はΩであり、颯真はαだ。この世界では、男女の性別のほかにα、β、Ωという3つのバース性がある。優秀であるα、一般的な性別で最も人口の多いβ、発情期があり男性でも妊娠が可能なΩだ。αとΩは番になることができる。

 両親がどちらともβだったため、自分ももちろんβだと思っていた湊だったが、中学1年の時に行われたバース性検査の際にΩだと判明した。混乱していた湊の相談にのってくれたのが、幼馴染で当時高校3年生だった颯真だった。

 発情期の重い症状に苦しんでいた湊を見かねて、「特に恋人もいないから」と颯真が番にしてくれたのが1年前。そんな簡単に番になってもいいのかよと湊は戸惑ったが、一緒に発情期を過ごしてしまうとお互いに止められるわけもなく、気づいたら番になっていた。

 半年前、湊が20歳になったのをきっかけに同居を始め、比較的良好な関係を表面上は築けているはずである……

 もちろん、発情期に性行為は行っているが、湊には発情期中の記憶はぜんぜんない。そのため、いまだに颯真に恋人として接されることを恥ずかしく思っており、何かと冷たく返してしまっていた。そんな中、最近気づいたのだ。彼が好きかもしれないと。

 颯真に優しくされると、ドキドキするし、近くにいるととても安心する。できるならずっと一緒にいたいけど、いままでの颯真に対する態度を考えると、急にそんなこと言えるはずもない。過去にベッドは別々がいいといった自分の口をふさいでしまいたいと湊は何度も後悔した。

 颯真を好きになったと気づいた後から、颯真の身に着けていたものを少しずつ集めるようになった。颯真は優しいから、欲しいと言えば渡してくれるのではないかと思うが、如何せん恥ずかしい。そのため、颯真が出勤した後にこそこそと集めているのだ。気づかれないくらいのものを少しずつ収集し、匂いを嗅ぐだけで幸福感に包まれる。


***


「ただいま」

 湊が大学から帰ってきて、キッチンで夜ご飯を作っていると、颯真が帰ってきた。慌ててコンロの火を止めて玄関に向かう。

「おかえり。夜ご飯ちょうどできた」

「ありがとう。湊に作ってもらえるなんて本当に嬉しいよ」

「まあ、別に、簡単なものだし」

 リビングに向かう颯真を追いかけながら、そっけなく返事を返す。

 あまり料理は得意ではないが、家賃や光熱費をすべて颯真に負担してもらっているため、大学生で比較的時間のある湊が家事を行うようにしているのだ。好きな人が笑顔で食べてくれるのが嬉しくもある。

 ご飯を食べながら話をしていると、突然颯真が問いかけてきた。

「もしかして、発情期が近いの? 少し香りがするね。周期的にはもう少し先だと思うけど」

「え、ほんとに?」

 二の腕あたりを嗅いでみたが、湊にはよくわからない。顔を戻そうとした時、隣に颯真が来ていることに気づいた。うなじの辺りに顔を寄せ匂いを嗅いできた颯真に、湊は顔が赤くなるのを止められない。

「もしかしたら、環境の変化で周期がずれてしまったのかも。何か異変があったらすぐに連絡してね」

 気遣ってくれる颯真の言葉に、「うん」と頷き返すだけで精一杯だった。


***


 今日も、お気に入りの匂いコレクションの入った引き出しを開ける。ハンカチを取り出し匂いを嗅ぐが、匂いが薄くなっていることに気づき肩を落とす。

 別のハンカチと交換しないとな、と思いながら、湊は昨日の夕食の際に颯真とした話を思い出す。もしかしたら、匂いのするものを集めていることが、発情期の周期がずれる原因なのかもしれない。もし直接、颯真から嗅ぐことができたら、抱きついてあの香りに包まれることができたら、その瞬間に発情期が始まってしまうかもしれない。もちろん、そんなことは恥ずかしくてできないが。

 過去に何度か発情期以外で誘われたことはあるが、もともと兄のように慕っていた颯真と致す決心がつかずに、ずっと断ってきた。

 颯真が気を使い誘わなくなったのと同時期くらいに、自分の恋心に気づいたが、今さらこちらから誘うことなどできるはずもなく今に至る。

 今さらどうすればいいのか。番になった後なのに告白をするものなのか。そもそも、颯真は自分のことをどう思っているのか。好きでもない相手と番になり、同居までするのだろうか、など湊は頭の中でぐるぐると悩みつづけている。

 そもそも颯真はモテる。高身長、高収入、αの上にイケメンときたもんだ。おまけに物腰が柔らかく、人当たりがよい。ただ、昔から特定の恋人を見たことはないが、いろんな人からアプローチされているのは飽きるほど見てきた。


***


 土曜日の朝。休日なのでゆっくり起きようと思い、目覚ましをかけることなんてしなかった。気持ちよく寝ているところに、朝一で携帯から着信音が鳴り響く。画面に表示されている名前を確認すると友人の晃からだ。休日の朝早くからいったい何だと、若干不機嫌になりながら出てみる。

「……なに」

『あー、その感じ。まだ寝てたな』

「……なに」

『今日1限に授業あるよ』

「……えっ、あ!」

 ケラケラ笑いながら話す晃の声を耳に入れながら、湊は思い出す。そうだ、先週、休講になった分の授業が、今日の1時限目に振替になっていたのだ。すっかり忘れていた。

「ありがとう。ごめん、切る」

 湊は慌てて通話を切り、ベッドから飛び起きる。今から急いでも授業開始には間に合わないが、途中からでも参加しようと電車の時間を調べながら、部屋の扉を急いで開け洗面所に向かう。

 リビングには颯真がおり、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいるところだった。リビングの扉を急いで開けた湊にびっくりしている。

「おはよう、湊。そんなに急いでどうしたの?」

「おはよ。今日授業があったこと忘れてて」

 洗面所に駆け込みながら返事を返す。そのまま、バタバタと駆け回りながら必要最低限の準備を行い、玄関へ向かう。その背中に颯真が声をかけた。

「あ、まって湊。今日は気温が低くなるらしいから、半袖だと少し寒いかも。羽織るものをクローゼットから持ってきてあげるから、先に靴を履いていな」

「うん。ありがとう」

 颯真に返事をしながら、湊は玄関で靴を履く。そこでふと、颯真に言われた内容を思い返す。クローゼットから、羽織るものを持ってくる――クローゼットから――血の気が一気に引く思いだった。

「待って。自分で取りに行くから!」

 湊は叫びながら、靴を脱ぎ捨て慌てて自分の部屋まで戻る。クローゼットのポールにそのままかけているのは、冬物のコートだけだ。残りの服は引き出しの中にしまっている。ただし服が入っているのは上から2段目。

 頼む間に合ってくれと祈りながら、湊は少し開いたままになっていた自分の部屋へ勢いよく駆け込む。

 部屋へ入った湊の目に映ったのは、引き出しの1段目を開き、今まで集めてきたコレクションの中でもお気に入りのシャツを片手に持ちたたずむ颯真の姿だった。

「湊。これって僕のシャツだよね」

「……」

「集めてくれていたの?」

「いや、たまたま拾って」

「ふふっ、こんなにたくさん拾ってくれたの?」

 ばれた。どうしよう。湊は頭の中が真っ白になり、よくわからない言い訳しか口から出てこない。颯真を見ていられなくて、湊は目線を床に落とした。

 そのまま固まっている湊のそばに颯真が近づいてきて、そっと抱きしめた。

「嬉しいよ。僕のものをたくさん集めてくれたみたいで」

「……うん」

「Ωは番の匂いのついたものを集めて、安心するんだよね」

 固まっている湊の背中をそっとなでながら、颯真が耳元でささやく。

 抱きしめられ、颯真の匂いに包まれながら、湊はふわふわとした幸福感を味わっていた。先ほどまでの焦りは、どこかに飛んで行ってしまったようだ。今まで集めたどんなものよりも深いさわやかな匂いに暖かな体温。深い深い安心感に包まれ、耳元で何を言われているのか理解できないほどに脳が痺れて溶けてゆく。

「待っていたよ、湊」

 そっとうなじの傷跡を指先でなでられ、脊髄に電流が走ったような衝撃が湊を襲う。呼吸も速く浅くなる。耐え切れずに目の前の身体にしがみついた。

「はぁ、はぁ、うっ」

「発情期が来ちゃったかな? 今日は大学に行けなくなっちゃったね。ベッドに行こうか」

 浮遊感を感じた後、そっとベッドの上に下ろされる。下ろされたベッドからも番の匂いが漂ってくる。

「んっ。はぁ、そうま、はやく」

 湊は素早く服を脱がされ、生まれたままの姿に戻る。恥ずかしさはまったく感じず、ただただ目の前の彼が欲しかった。

 ベッドで横になっている湊の上に膝たちになり、上から見下ろしてくる颯真。そのまま、ゆっくりと服をぬいでいく姿を見ながら湊は自分の後孔が濡れていくのを感じた。

 はやく。はやく。ほしい。いいにおい。

 脱ぎ捨てられた服を、必死に腕を伸ばしてとる。抱き締めながら鼻先へもってきて、匂いを吸いこむ。

「かわいいね。そうやって僕のいないところで、僕の匂いを嗅いでいたの? でも、今日は本人が目の前にいるんだから、これはかたづけようか」

 湊の持っていた下着が急に奪い取られた。返してと文句を言う暇もなく、もっといいものが腕の中に入ってきた。

「ううっ」

 必死に暖かくていい匂いのするものにしがみつく。

 次の瞬間、後孔に指が入ってくる。

「もうドロドロだね。すぐにでも入れられるかな」

 入ってくる指が増やされ、中を探られる。内側をグイっと押され、湊の悲鳴が口から漏れる。

「あっ。うぁ、んん」

 そのまま、息を整える暇もなくすべての指が抜かれ、熱い大きいものが湊の後孔に押し当てられる。

「僕ももう我慢できない。入れるよ。力を抜いてね」

 次の瞬間、湊の中に大きくて熱いものが入ってくる。容赦なく突き入れられる熱棒に、身体をそらしながら耐える。

「うぁ。ひぃ」

 奥深くまで入ってきたものが、湊の中をゆっくりと味わい、突き始める。突かれるタイミングで意味をなさない言葉が口から零れ落ちた。

「ん、ん、あ」

「湊、好きだよ」

 顔に落ちてくる雫に、湊が閉じていた目をそっと開くと、好きな人の色っぽい顔が見えて思わず、後孔を締め付ける。

「うっ」

 颯真の口から出てきた言葉にさらに興奮した湊は、そのままペニスから白いものを吐き出した。

「うぁぁ。はっ、はっ」

「もうでちゃったのか。早かったね」

 そのままそっと敏感になったペニスを触られながら、更に突きあげられる。

「ま、まって」

「大丈夫。まだイケるよ」

 容赦なく揺さぶられ、苦しいほどの快楽に飲み込まれていく。


***


 太陽が天辺に到達し、あたりを真上から照らすころ、カーテンを閉め切り薄暗い寝室に携帯のバイブ音が響く。

「もしもし」

『もしもしじゃねえよ。お前、どういうことだ』

「龍。さっきメールで送った通りだよ」

『いきなり酷いぞ! 今日、仕事手伝ってくれるって言ってただろ』

「うるさい。大声ださないでよ。湊が起きちゃうでしょ」

 電話ごしに怒鳴ってくる龍に注意をしながら、颯真は隣でぐっすりと眠っている湊の柔らかい髪の毛を手で優しくすく。

『湊? お前の番の子か』

「ねぇ。勝手に名前を呼び捨てで呼ばないでくれない?」

『はいはい。お前が長い期間かけて落とした、愛する湊君ですね』

「そうだよ。ようやく僕のことを好きだって自覚したみたいでね。ここまで、長かったよ。最近、僕の物を集めてくれていたんだ。洗濯かごに準備したものを拾ってコレクションしてくれたみたいでね」

 湊を起こさないように、声を抑えて返事を返す。ソファにかけた颯真の服をちらちらと見たり、近くに座ったりしていたので、湊が欲しがっているのには気づいていた。ただ、直接渡してしまうと恥ずかしがってしまうと思ったため、朝に洗濯機を回さずに残しておいたのだ。

『準備って……相手は準備されたものとは思ってねえんだろ。さすがα様だな』

「僕の番はとても恥ずかしがり屋さんなんだよ。もう電話切ってもいいかな。今日一日は湊とゆっくり過ごしたいんだけど」

『はいはい。番様には勝てねぇな』

 電話を切った後、もう一度ベッドに横になる。隣に寝ている湊をそっと抱きしめ、颯真はそっとささやいた。


「ようやく身体だけじゃなくて、心も手に入ったよ」


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