【完結】ツンな猫君の恋愛事情

結城れい

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05 撤退

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 黒い目を大きく見開いて驚いている樹を前に、迅は返事を待つ。握りしめた手は緊張で少し震えていた。迅の背後からは朋也の小さな悲鳴が聞こえた気がしたが無視して、目の前の樹に両耳を向けて集中する。

 樹はきょろきょろと視線を巡らせていたが、暫くして迅へと視線を合わせた。

「うん。お願いします」

 頬を赤らめて頷いた樹のかわいさに、迅の心臓はまるで握りしめられたかのようにギュンと痛んだ。呼吸を正常に行えているかも分からない。

「ああ」

 とにかく返事を返したが、この後どうすればいいのか迅には見当もつかない。朋也から貰った助言の手札は使い果たしている。

「えっと、うんと、とりあえず、連絡先を交換しますか?」

 樹の言葉に迅は頷き、素早く自分のスマホをポケットから取り出した。そして、コミュニケーションアプリ『ANIMALあにまる』を開く。一度自分のホーム画面と名前を確認したが特に問題なさそうだったため、迅は自分のIDを画面に表示した後、樹へと見せた。

「あ、ANIMALですね! ちょっと待ってください」

 迅から差し出された画面を覗き込んだ樹も自分のスマホでアプリを開き、差し出された画面に表示されている迅のIDを入力していく。2人がそれぞれの画面で認証ボタンを押し、お互いのフレンド欄に新しく1人追加された。

「――連絡する」

 そう告げると、迅は立ち上がり樹へと背を向けた。連絡先まで交換出来たのならば十分だろう。とにかくこの場から撤退して作戦を立て直さなければならない。
 樹の返事を待つことなく、迅はこちらを見ながら口をポカリと開けて絶句している朋也の前も素通りしていく。

――そして、そのままバーの扉を開き、外へと出て行った



 友人の奇行に固まっていた朋也は、慌てて会計を済ませて『sakaba』から外へと飛び出した。

「――あ、迅、お前」

 迅はバーの前の路地にたたずんでいた。朋也が近寄ると、スマホの画面を見せてくる。

「彼の連絡先を聞けたぞ」

 嬉しそうに耳を震わせ、来たときは下がっていた尻尾も今はしっかりと立ち上がっている。その様子を見た朋也は大きくため息を吐いた。

「お前、見てたがあれはないぞ。あの子が頷いてくれたのは奇跡だ!」
「は?」
「一体何が良かったんだ? ただの面食いだったのか?」
「お前は何を言ってるんだ? それより、支払いはいくらだった? すべて払う」
「……いや、いいよ。お前のナンパ成功に奢るわ」
「そうか。い、樹の分も払うべきだったか。しかし今から戻るのは――」

 樹の名前を詰まりながらも嬉しそうに呼び、考え込む迅を見て、朋也は頭を抱えた。

「取り合えず、別の店に行こう。お前には話さないといけないことが――」
「いや、今から帰って、送るメッセージの内容と今後の計画を考えないと。じゃあ、またな」

 そう言って颯爽さっそうと路地を歩いていく迅の後姿を、朋也は無言で見送った。
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