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第三章
センシティブな俺
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俺は努めて冗談っぽく言ったつもりだった。
正直エメルが俺に魔法をかけたせいでこんなことになってんだから恨みがないと言えば噓になるが、終わったことだ。いまさらこいつを責める気はない。
エメルは俺の方を見てはいなかった。壁にもたれ掛かったままずるずる座り込むと呆けたように天を仰ぐ。
「僕の家は先祖代々ぱっとしなくって、笑えるぐらい貧乏だった。両親も兄弟も悪党ってわけじゃないけど、自堕落で向上心のない……、諦めてたんだろうね。三人の兄にはよくストレス発散にいじめられた」
(お前、末っ子なのか)
「そうだよ。毎日毎日ろくな日々じゃなかった。パシられるわ奪われるわ殴られるわ、ヒマだからなんか芸しろって言われるわ」
エメルのグレーの目がどす黒く濁っていく。よっぽどひどい目にあったんだな。お前も芸をやらされる日々だったとは、俺は少しこいつに親近感を持った。
「お得意の魔法でやりかえさなかったのか」
お前ほどの魔法力があれば怖いものなんてないだろう。
「子供のころは魔法力があるってわからなかったんだ。気持ちが不安定で表に出なかったのかもしれない。それぐらい毎日が嫌だった。幼年学校でも持ち物がみんな兄貴のお下がりだし、ことあるごとに貧乏を馬鹿にされて惨めだった。貧乏が嫌なのは本当なんだ。もう、あんな暮らしはしたくない」
だから金持ちになりたかったのか? 結乃と結婚して? 口を挟むのがなんとなく憚られるので思うだけにする。
エメルはそこで少し躊躇したあと「笑うなよ」と言って、ぽつりぽつりと話を続けた。
「中等学校に上がったとき、家が底なしの貧乏でもいいって言ってくれる恋人ができた」
ん? なんだ自慢か? 自慢がはじまるのか?
「将来は結婚する話もした。僕は心から彼女を幸せにしようと思った。だけど彼女は、そのとき町一番の金持ちだったの地主の息子からプロポーズされると、僕からあっさり離れていった」
感情のない淡々とした口調だった。
「初めてお前と会ったとき、結乃とは前世からの恋人で、結乃も俺のこと絶対待ってる、とか少しの迷いもなく言うお前に、ものすごく腹が立ったんだよ。大丈夫かこいつ、相手は国王の娘だぞ、おめでたすぎだろ、大馬鹿じゃないのかって」
え、言いすぎじゃね? そんなふうに思ってたのかよ!
そこまで言って、エメルは顔を伏せた。
「だからお前を猫にしたんだ。潜水艇で前世の記憶に振り回されてるとか、お前に言ったことも、ただの僕の子供っぽい八つ当たり。悪かった、ごめん」
こいつが素直になると調子狂うな。こいつなりにこんなことになって後悔してるってことか。潜水艇内では旅に否定的なこと言ってたくせに、結乃たちを助けて死にかけるし、何考えてんのかよくわからん奴だ。
結乃は悪い奴じゃないって言うけど。
俺は小窓から小野寺と楽しくしゃべっている結乃を見つめる。
俺は前世の記憶に振り回されてるわけじゃない。今でも本当に結乃が好きだからだ。結乃もその思いは同じはずだと俺は信じてる。
けど、結乃が好きな俺は見え張って格好つけてた俺だ。内弁慶で心の中ではエロいことも含めてぺらぺら忙しくてお化けに腰を抜かすほどビビりな俺を結乃は知らない。
結乃は、あの恋愛小説の中の王子みたいなやつが、好みなんだ。前世では、必死に王子になろうとして、俺は本当の俺を隠してた。
全てをさらけだしてる小野寺とは、違う。
しかも、この世界で王子なのは、小野寺の方じゃねーか。
「ああ、全部話したらスッキリした。じゃあ、そういうことだから」
俺の渦巻く弱気な心を知る由もなく、エメルは勝手に話を終えた。
「ちょっと何心ここにあらずな状態になってんの」
(俺はセンシティブだ)
「はあ?」
ああ、考えはじめたらどんどん恐ろしくなってきた。頭の中で「青野君がこんなにカッコ悪いなんて知らなかった! 婚約破棄よ! 私ミランダ王子と結婚する」と泣きながら言う結乃の姿がぐるぐるまわる。いやまだ婚約してないけど。
そのとき室内から大きな歓声が上がった。
見ると結乃と小野寺が幽霊だちと一緒にステージで踊っている。何を言っているのかは聞こえないが、二人で笑い合っているように見える。
手を取り合い、優雅に踊る王子と王女。いやーお似合いですね……。
エメルが怪訝な顔つきで言った。
「白猫やめて青猫になったのか? 真っ青だよ。なあ、とにかくいい加減に二人と合流しようよ。トイレが長いとか思われたくないんだけど」
そして立ち上がる。
(まままままってくれエメル。このままじゃ婚約破棄……)
「猫さんだ~」
エメルにすがろうとした俺の前に突然、一体の人形が現われた。
前の世界でいうところのフランス人形そっくりだが目から血を流し、右足は半分もげてぶらんぶらん、着ているドレスはボロボロで、金髪を振り乱しながら宙にふわふわ浮いている。
「猫さあ~ん、た~す~け~て~」
その人形はそう言いながら俺に迫ってきた。
「にゃぎゃああああああああああああああ」
俺はその場に白目を剥いて倒れた。
正直エメルが俺に魔法をかけたせいでこんなことになってんだから恨みがないと言えば噓になるが、終わったことだ。いまさらこいつを責める気はない。
エメルは俺の方を見てはいなかった。壁にもたれ掛かったままずるずる座り込むと呆けたように天を仰ぐ。
「僕の家は先祖代々ぱっとしなくって、笑えるぐらい貧乏だった。両親も兄弟も悪党ってわけじゃないけど、自堕落で向上心のない……、諦めてたんだろうね。三人の兄にはよくストレス発散にいじめられた」
(お前、末っ子なのか)
「そうだよ。毎日毎日ろくな日々じゃなかった。パシられるわ奪われるわ殴られるわ、ヒマだからなんか芸しろって言われるわ」
エメルのグレーの目がどす黒く濁っていく。よっぽどひどい目にあったんだな。お前も芸をやらされる日々だったとは、俺は少しこいつに親近感を持った。
「お得意の魔法でやりかえさなかったのか」
お前ほどの魔法力があれば怖いものなんてないだろう。
「子供のころは魔法力があるってわからなかったんだ。気持ちが不安定で表に出なかったのかもしれない。それぐらい毎日が嫌だった。幼年学校でも持ち物がみんな兄貴のお下がりだし、ことあるごとに貧乏を馬鹿にされて惨めだった。貧乏が嫌なのは本当なんだ。もう、あんな暮らしはしたくない」
だから金持ちになりたかったのか? 結乃と結婚して? 口を挟むのがなんとなく憚られるので思うだけにする。
エメルはそこで少し躊躇したあと「笑うなよ」と言って、ぽつりぽつりと話を続けた。
「中等学校に上がったとき、家が底なしの貧乏でもいいって言ってくれる恋人ができた」
ん? なんだ自慢か? 自慢がはじまるのか?
「将来は結婚する話もした。僕は心から彼女を幸せにしようと思った。だけど彼女は、そのとき町一番の金持ちだったの地主の息子からプロポーズされると、僕からあっさり離れていった」
感情のない淡々とした口調だった。
「初めてお前と会ったとき、結乃とは前世からの恋人で、結乃も俺のこと絶対待ってる、とか少しの迷いもなく言うお前に、ものすごく腹が立ったんだよ。大丈夫かこいつ、相手は国王の娘だぞ、おめでたすぎだろ、大馬鹿じゃないのかって」
え、言いすぎじゃね? そんなふうに思ってたのかよ!
そこまで言って、エメルは顔を伏せた。
「だからお前を猫にしたんだ。潜水艇で前世の記憶に振り回されてるとか、お前に言ったことも、ただの僕の子供っぽい八つ当たり。悪かった、ごめん」
こいつが素直になると調子狂うな。こいつなりにこんなことになって後悔してるってことか。潜水艇内では旅に否定的なこと言ってたくせに、結乃たちを助けて死にかけるし、何考えてんのかよくわからん奴だ。
結乃は悪い奴じゃないって言うけど。
俺は小窓から小野寺と楽しくしゃべっている結乃を見つめる。
俺は前世の記憶に振り回されてるわけじゃない。今でも本当に結乃が好きだからだ。結乃もその思いは同じはずだと俺は信じてる。
けど、結乃が好きな俺は見え張って格好つけてた俺だ。内弁慶で心の中ではエロいことも含めてぺらぺら忙しくてお化けに腰を抜かすほどビビりな俺を結乃は知らない。
結乃は、あの恋愛小説の中の王子みたいなやつが、好みなんだ。前世では、必死に王子になろうとして、俺は本当の俺を隠してた。
全てをさらけだしてる小野寺とは、違う。
しかも、この世界で王子なのは、小野寺の方じゃねーか。
「ああ、全部話したらスッキリした。じゃあ、そういうことだから」
俺の渦巻く弱気な心を知る由もなく、エメルは勝手に話を終えた。
「ちょっと何心ここにあらずな状態になってんの」
(俺はセンシティブだ)
「はあ?」
ああ、考えはじめたらどんどん恐ろしくなってきた。頭の中で「青野君がこんなにカッコ悪いなんて知らなかった! 婚約破棄よ! 私ミランダ王子と結婚する」と泣きながら言う結乃の姿がぐるぐるまわる。いやまだ婚約してないけど。
そのとき室内から大きな歓声が上がった。
見ると結乃と小野寺が幽霊だちと一緒にステージで踊っている。何を言っているのかは聞こえないが、二人で笑い合っているように見える。
手を取り合い、優雅に踊る王子と王女。いやーお似合いですね……。
エメルが怪訝な顔つきで言った。
「白猫やめて青猫になったのか? 真っ青だよ。なあ、とにかくいい加減に二人と合流しようよ。トイレが長いとか思われたくないんだけど」
そして立ち上がる。
(まままままってくれエメル。このままじゃ婚約破棄……)
「猫さんだ~」
エメルにすがろうとした俺の前に突然、一体の人形が現われた。
前の世界でいうところのフランス人形そっくりだが目から血を流し、右足は半分もげてぶらんぶらん、着ているドレスはボロボロで、金髪を振り乱しながら宙にふわふわ浮いている。
「猫さあ~ん、た~す~け~て~」
その人形はそう言いながら俺に迫ってきた。
「にゃぎゃああああああああああああああ」
俺はその場に白目を剥いて倒れた。
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