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最終章

貴方が必要

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 私と青野君は宿を出た。
 宿の近くに一台のスネークが止まっていた。スネークによりかかって何か飲んでいるのは……エメルに恨みを持っていた、あの運転士さんだった。

「すみません、運転士さん、そのスネークで、私たちを北の森まで連れて行ってくれませんか」

 私は四十がらみの運転士さんに頼んだ。

「ああ? 俺は今日は非番……、ん? あんた、昨日の魔導師の連れじゃねえか。なんだ、魔導師には捨てられたのか」
 運転士さんは私に気がつくと露骨に嫌な顔をした。
「あんた達のせいでスネークはぼろぼろだ。ったく、どうしてくれんだよ」
 そっぽを向き、手にしているカップをすする。立ち上る湯気の匂いから、コーヒーのようだ。
「頼むよおじさん。宿に泊まってる人達が行方不明なんだ。北の森に皆列をなして歩いてったって見た人がいるんだよ。そんなにぼろぼろなら、もっとぼろぼろになってもかまわないだろ」
 青野君、何か一言多くない? 案の定、運転士さんは怒りだした。
「何だお前、最近の若いもんは礼儀ってのを知らねーのか? 確かに宿の中が何だか騒がしいが、俺の知ったことかよ」
「くそ、埒が開かねえ! 結乃、スネークに乗るぞ!」
「う、うん」
「あ、こら、お前ら」

 開きっぱなしの乗降口から私と青野君は乗り込む。青野君は意気込んで運転席に座ると「よし、発進!」と言った。あ、あれ? どうやって運転するんだろう?

「何やってんだ、スネークは魔法力がない人間には運転できない。そこ、どけ」

 青野君はすごすごと運転席を譲った。
 
「こうやって運転するんだ」
 運転士さんがハンドルを握る。と、同時にスネークがふわりと浮いた。そのまま滑らかに走行する。

「どうだ、俺の運転は! 魔法力は低いかも知んねえけど、魔法力を引き出すもとをうまく使えば、俺だって」

「すごい、運転士さん」

 これが技術でカバーってやつだね。感心する私の横で、青野君が一歩進み出た。

「さっきは生意気な態度とってすみませんでした。だけど、友達が行方不明で、貴方の力が必要なんです。お願いします」

 深々と頭を下げる。運転士さんはそんな青野君をちらりと見ると、また前に向き直って、

「わかった、わかった。乗り掛かった舟だ。俺の力が必要と言われちゃあ、しょうがねえ。突っ立ってねえで席に座んな。飛ばすぞ」
 ぶっきらぼうに言い放った。

「よかったね、青野君」

 青野君は「おう」と私の隣に腰かけながら、相槌を打つも、微妙な顔をしていた。

「すぐに熱くなる上に、おだてに弱い単純な性格で助かったぜ。……まるで、自分を見てるようだけどな」

 そこに、三人の男性が乗り込んできた。乗降口が開きっぱなしだったので、飛び乗ったのだ。

 A「わたくしたちも!」
 B「一緒に!」
 C「連れて行ってください!」

 三つ子さんたちだ。折り重なるように床に倒れ込む。

「宿で話は聞きましたよ。ぜひわたくしたちも北の森に連れて行ってください。ミランダ様を救出しなければ」

「よく言うよ、お前ら、肝心な時にミランダを見捨てたじゃねえか」
 青野君の言うとおりだ。島から逃げちゃったし。
「わたくしたちは王子を見捨て、おめおめと国に逃げ帰った罪で三人そろって処刑されるところでした。しかし、昨日、ミランダ様から連絡があり、すんでのところで助かりました。ミランダ様は、わたくしたちのことは大目に見てやってほしい、自分が無理やり潜水艇で連れ出したのだから、とわざわざ王に言付けて下さったのです」

 三つ子さんは床の上でわんわん泣いた。「今度こそ、ミランダ様のお力になりたいのです」
 
「小野寺、部下に甘すぎねえか? 王子としてどうなんだ」
「それが美羅ちゃんのいいところだよ。私、三つ子さんたちのこと、信じるよ」
「まあ、結乃がそう言うんなら」
「おい、乗るのは勝手だが、ちゃんと座れよ」
 運転席から声が飛んだ。
  

 数分後、スネークが森に入った。
 まだ一応スネークが通れる道らしき道はあるけれど、それもどこまで続くかわからない。

「ん? なんだ、誰かこっちに向かってくる」

 運転士さんが呟く。見ると前方に、何人もの人たちがこっちに向かって走ってくる姿があった。
 皆、一様に恐怖の表情を浮かべている。
 このままでは轢いてしまうので、たまらず運転士さんはスネークを止めた。 
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