~トランプで復讐~ 私はあなたたちを許さない

コーヒーブレイク

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れんさ

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 私は「はっ?」という感じで俯いたまま目だけをほんの一瞬母親の方にむけたが、またすぐに伏せた。父親も母親もここ最近は私の行動について何も言わなくなっていたので、その少し責めるような口調に驚いたのだ。

「ねえ、あなた妹があんなに痛がっているというのに、ぼんやりと突っ立って……どうしてすぐに救急車を呼ぶなり、お母さんの携帯に連絡するなり出来ないの? あなたの妹でしょ、どうして自分で考えて出来ないの」

 予想外の事態発生。
 私はすぐ自分に防御線をはった。頭の中を空っぽにするのだ。左腕をさする右手はそのまま、母親の声が直接頭に響かないようにガードする。この人は、今から私を傷つける言葉を吐く恐れがある。

「お母さんね、あなたのことをほったらかしにしていたわけじゃないのよ。何か言いたいことがあればお母さんに言っていいのよ。ちゃんとお話しましょうよ。あなたは一体どうしたいの」

 わたしはそのまま左腕をさすりつづけた。

「妹が入院したっていうのに、まるで無関心ね。信じられない」

 はやく終われ。はやく終われ。防御壁がもたない。

「なんにも言わないのね。もういいわ」

 母親はくるりと私に背を向けると、

「買い忘れた物があったわ。ちょっとそこまで出てきます。ついでにお弁当でも買ってくるから」

 奥の和室にいる父親にそう告げて、さっさと買い物に行ってしまった。

 私は玄関のドアが閉まる音を確認して、何も考えないで2階の自室に戻った。
 ドアを閉めると急に背中を這い上がるような寒気が襲った。そういえば雨にぬれた服をまだ着替えていない。
 私は洋服ダンスの引き出しをあけて、紺色のトレーナーを取り出し、着替えた。体は異常なほど震えていた。顔が火照っている。ずっと濡れた服を着ていたから、風邪をひき始めているのかもしれない。布団を敷いて、横になろうか。

 母親は、私がいじめられていたという事実を知らない。父親も、妹も知らない。
 私の性格から、クラスの人気者などとは思ってはいないだろうが、あんな壮絶ないじめをうけていたなど、露ほどにも思っていないはずだ。
 とりわけ母親は自分が見た物しか信じない。見えないものを見ようとしない。当時母親は看護師、父親も会社で忙しく、家にはほとんどいなかった。母親は、私を有名私立中学に入れて、安心しきっているようだった。その有名私立はいじめの事実を隠ぺいした。妹は私と同じ中学を受験して落ち、ますます私に当たるようになった。私も落ちたかった。

 私が散々な成績で中学を卒業して家に籠ると、母親はあからさまに「なぜ?」という顔をして、私をたびたび問い詰めた。私は母親に何も話す気力がなかった。「いじめられていた」と打ち明けられなかった。なぜか否定される気がしたのだ。叱られる気がした。それにもう終わったことだ。

「ねむるの?」

 突然の囁きに驚いて振り向くと、勉強机の上の長方形のケース、巻き毛の妖精の少女と目があった。

 トランプ……。

 次の瞬間、体全体を飲み込むようなすさまじい震えが来た。頭には噴水のように血が上って、くらくらするほどだ。この震えは寒いからではなく、激しい怒りからきていたんだなと私は頭の隅で思った。私は私自身に言葉で傷つかぬよう防御をしたものの、母親の声はちゃんと耳に届いたようで、今やそのさっきの母親の言葉はまるで台風のように私の頭をかきまわしていた。

(あなたの妹でしょ)

 なにが妹だって言うの、あんな、人を小馬鹿にするようなやつ。
(あなたのことをほったらかしていたわけじゃないのよ)
 よく言うよ、私が妹に攻撃されていても、いつもいつも妹の味方のくせに。
(ちゃんとお話しましょうよ)
 私のことをお荷物だってもてあましているくせに、今更私が何を言ったって無駄なんだよ。なんだよ、あのちらちら盗み見るような妙な目つき。何か言いたいのはそっちじゃないのか、何か……。

 そこまでぐるぐると頭で考えて私ははっとした。
 母親は疑っているんだ。
 そうに違いない。救急車が来る前の、あの私を見る奇妙な目つきを思い出す。

(お前が妹に何かしたんじゃないのか)

 実際に私がしたことがあの結果を招いたのかなんて私にもわからないし、それに妹の証言からしてあの怪我と私は関係がないと分かるはず。
 でも母親は疑っている、私を疑っている。私ならやりかねないと思っているのだ。
 何年も家に閉じこもってこの子どもはおかしい、どこかおかしい、こいつは自分の妹になにかしたはずだ。なんたって家族の中のやっかいもの、異端児なんだから。
 だけどそれは言わない。自分の子どもを信じられないなんて良い母親失格だもの。

 ひゅーひゅーと喉が鳴り、私はとっさに唇をかんだ。長方形のケースをひっつかみ、乱暴に蓋を開けて、中のトランプカードを取り出す。表を自分に向けて扇形にカードを開くと慎重に1枚抜き取った。

 ハートのクイーン。

 いい母親づらして、ふざけんな。私の気持ちなんか、少しも理解していないくせに。

 私は1枚のカードを見つめる。やがて描かれたクイーンはぼやけ、代わりのものを映しだした。

 妹のときと同じ、左斜め上から見下ろす構図だ。傘をたたみビニール袋にいれて、今まさにスーパーマーケットの中へ入っていく母親が見える。

 かみしめた唇が切れて、口の中に血の味がひろがる。
 雨は止む気配を一向に見せず、あいかわらず激しく降り続いていた。
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