夫の心に私はいない

久留茶

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4 新と理花

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 透子の朝は早い。

 毎朝5時に起きて新の朝食を作る。
 自分は6時に家を出て隣町の実家である食堂で朝から仕込みの手伝いを行うからだ。

 優しい新は

「朝食なんて自分で適当に用意するから無理しなくていいんだよ」

 と言ってくれるが透子は料理を作ることが好きだったし、何より好きな人に手作りご飯を食べてもらうことが透子の喜びだった。

 お互い客商売の為週末休みはほとんどなく、平日に休みが会う日は二人一緒に食卓を囲んでご飯を食べるのだが、透子はそれが堪らなく幸せだった。

「朝からこんなにしっかりしたご飯を食べられるなんて幸せだ」

 丁寧に出汁からとった味噌汁を啜りながら新がほっと息を吐く。
 新も透子のように幸せを感じてくれているようで、透子は嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 透子は結婚して新の家に入った。
 新は元々一人暮らしをしていた為、今は透子が入って二人暮らしとなっている。
 新の両親は新が中学校の頃に父親の不倫が原因で離婚し、新は母親の元に引き取られた。その母親は若くして認知症にかかり、現在は施設で暮らしている。
 中々大変な家庭環境で育った新だったが、その反動もあってか本人はとてもしっかりと地に足を着けた人生を歩んでいた。

 新は大学卒業後、元々好きだった写真を仕事にし、5年前から商店街で写真屋を営んでいる。地元の小中学校の専属のカメラマンとして契約もしており、一人で切り盛りしている分仕事はそれなりに忙しそうだった。

 それでも空いた時間は母親の所に顔を出し、ちょこちょこと差し入れをしたりしていた。
 結婚前と結婚後に透子も新の母親へと挨拶に行った。新の母親は少し足元が覚束ない様子で杖を付いて歩いていた。透子達が面会に行くと嬉しそうに部屋に設置された簡易型の冷蔵庫から飲み物を出してもてなしてくれた。

「直ぐに忘れちゃうから」

 と、今日話した内容や透子の名前をしっかりと使い込まれたノートに書き残していた。

 一生懸命生きていて、素敵な女性ひとだと透子は感動した。

 沢山苦労もされたに違いない。それでも新のような素敵な人を女手一つで育ててくれた。尊敬と感謝の念を抱いて透子も時間を見つけては新の母親の施設へと足を運んだ。

 義母とのやり取りを新に話したりすると、新は透子の大好きな優しい笑顔で聞いてくれていた。
 そしていつも最後に

「ありがとう」

 と言って透子に感謝の言葉を述べるのだ。
 
 優しい人。
 この人と出会えて良かった。
 
 透子は心から神様に感謝した。

 ~♪

 夕食後、新のスマホの着信音が鳴る。
 その音に透子は反射的にギクリと身体を強張らせた。

「はい」

 新はスマホに出ると同時に寝室へと姿を消した。
 その行動で相手が誰だか直ぐに分かってしまう。
 理花だ。

 新と一緒に暮らすようになって、結婚式の時、スナックのママ晶から受けた忠告が嫌と言う程理解できた。

 理花はほぼ毎日のように新へと電話をしてきていた。新にあまり深くまで話を聞くことはなかった(聞けなかった)が、理花はその見た目も相まって恋多き女のようだった。
 同性の友人がいないわけではないのだろうが、昔から何でも話を聞いてくれる新の存在が、理花の中では一番の相談相手となっているのだろう。

 それにしても、結婚前から新はこんな風にいつも自分の時間を割いて理花の恋愛相談を受けていたのだろうか。

 そんなこと例え身内だっとしても出来るだろうか。
 
 (そこに付随する気持ちは……)

 透子はネガティブになりそうな気持ちを振り払うように首を振った。

 キッチンへ食べ終わった食器を運び、洗い始める。
 すると、寝室から電話を終えた新が姿を現し、いそいそとリビングにかけている上着に袖を通し始めた。

「お出掛けですか? 」
「ああ、直ぐ戻るよ」
「……行ってらっしゃい」

 誰と会うのかは明白だった。最初の頃は外出の用事を聞いていたが、理花と会うと告げると、透子の顔が僅かに曇ることに気付いた新は、嘘を吐くことは決してなかったが、答えることに遠慮が見られるようになってきた。
 段々とそのやり取りが気まずくなってきたので、透子は聞くことを止めた。

『重い』

 かつてのトラウマが透子の脳裏を過る。

 (大丈夫。だって結婚したんだし。
 新さん自身がこの結婚をちゃんと決めてくれたんだし)

 透子は不安を散らすように何度も自分に言い聞かせていた。

 
* * *


 新はいつものように、商店街の公園で理花と待ち合うことを決めていた。
 電話で気持ちが不安定となって理花が泣き出すと、毎回のように直接会って慰めていた。

 理花は幼い頃より異性にモテることから同性からやっかまれることが多く、度々イジメを受けていた。
 そんなこともあり、理花は人よりも繊細で、このように感情の浮き沈みが激しい一面を持っていた。

 新が理花の周りに群がる男達を牽制したのも、理花が周りの女性からやっかみによるイジメ被害を防止するためでもあった。
 どうしてそこまでするのかと問われれば、最初は理花の親であるタカノフルーツ店の両親に離婚後の母親共々散々お世話になった恩があるからだった。
 自分が大学卒業後にお店を持てたのだって高野家の尽力があってのことだった。
 
 新が理花と出会ったのは必然だった。
 
 両親の離婚後、母親と共にこの商店街にやって来たのは新が中学一年の時。
 商店街の街起こしの一貫で、他市からの住民を積極的に受け入れる取り組みを行っていたのが商店街を取り仕切る高野家だった。
 リノベーションされた空き家に新と母親が住み始めた頃、あれこれと世話を焼いてくれた高野さんとに連れられて当時5歳だった幼い理花が新の家に遊びに来ていた。

 母親同士で話が始まると、決まって新が理花の面倒を見ていた。
    理花は物腰の柔らかな新にあっという間に懐いた。それからは新を街で見かければ

「新兄ちゃん! 」

    と嬉しそうに手を振って駆け寄ってくるようになった。



 理花は成長するに連れ、どんどん可愛く、美しくなっていった。
 新が綺麗になっていく理花に恋心を抱くのは自然なことだった。



 
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