この大きな空の下で [無知奮闘編]

K.A

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[最終章]心の拠り所

嫌な予感

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いつもの日常が戻ってきた。



平穏な毎日。

朝起きて仕事に行き、仲間と共に仕事に励み、仕事終わりにバカを言いながら飯や酒を共にする。

いつも顔を出す定食屋の看板娘の美奈ちゃんも無事に高校卒業となり、就職の為、定食屋のアルバイトも卒業となった。
ささやかながら卒業お祝いをしてあげたら、想定通り彼女は大泣きしてしまったが、俺達にとっても彼女にとってもいい思い出だ。
現在は彼女の後輩の美波ちゃんという娘が美奈ちゃんの跡を継いで日々アルバイトに精を出している。



....もうすぐここに来て三年。

俺達にも別れの日が来る。

人材派遣という業界に身を置いている以上、最長三年に一度は訪れる別れの日。

....色んな事を思い出す。

楽しかった思い出が大部分を占める。

思い出されるのはみんなの笑顔ばかりだ。

でも、六人揃って次も同じ現場というのは現実的に考えられない。



.....別れだけは絶対に免れない。



ある日、私と妻は有休を取り、他の四人と休みを合わせ遊園地へ出掛けた。
おそらく最後になるであろう六人での外出。


妻「私、あれ乗りたい」

Y「あ、私も」

M「楽しそうですね」

私を含んだ男性陣からは一切声が発せられない。

Y「どうしたの?早く乗ろうよ」

男性陣は口を揃えて
「いや、俺はいいや」

Y「えー、それじゃつまんない」

妻「まさか、みんな揃ってジェットコースター苦手なの?」

M「え?Kさんにも苦手なものがあったの?」

私「悪いか、苦手なものは苦手なんだよ」

J「女性だけで乗っておいでよ」

F「Y、無理しちゃダメだよ」

Y「まだ大丈夫だって!心配性だなぁFは」

F「でもさぁ」

Y「大丈夫だって!行こっ」

妻「手を振るからちゃんと見ててね」


そう言って女性三人はジェットコースター待ちの列に消えていった。


F「なぁ、K、J」

私、J「なに?」

F「僕ね、ここの契約終わったらYの地元で仕事探す事にしたんだ」

J「え?じゃあ、次のあの現場断ったの?」

F「うん」

Fは俯きながら、でも笑顔で答えた。

F「実はね、Yが妊娠したんだ」

私「妊娠?」

F「うん、今四ヶ月」

私「そうか、そりゃめでたいな」

F「Yの両親にはこの前挨拶に行って同居の許可も貰ってきたんだ」

J「じゃあ、Yの実家から仕事探すのか?」

F「うん、式は後になるけど籍だけは来月入れる予定なんだ」

私「そっかぁ、Fはパパになるのかぁ、先越されちゃったな」

F「うん、まだ実感はないけどね、あっ!あれじゃない?」

三人を乗せたジェットコースターが楽しそうにこちらに向かって滑ってきた。

Y、妻、M「やっほー!」

こっちに向かって手を振ったかと思ったらあっという間に姿が見えなくなった。

私「女って、ほんとあういう乗り物が好きだよなぁ」

J「ほんとほんと、何でだろうな」

F「あれだけは僕も理解不能だね」

顔を見合わせ自然発生的に笑いが生まれる。



女性三人が戻ってきた。

Y「あー、楽しかった!あれ?なに男三人でニヤニヤしてるの?」

妻「ほんと、変なの」

M「男が三人集まったらロクな話しかしないと聞いた事があるけど、目の前の三人にも同じ事が言えそうですね」

Y「ねぇねぇ!次はあれ乗ろうよ!」

妻「うん、楽しそう!」

M「あの乗り物もなかなか楽しそうですね、行きましょう」


「行ってらっしゃい」
男三人が口を揃えて見送る。


取り残された男三人。
私「Jは今度の現場は随分遠いよな」

J「まさか九州だとはね」

私「Mも一緒だろ?よかったな」

J「いやぁ、すっかり尻に敷かれっぱなしだよ」

私「じゃあ、子作りはまだまだ先の話だな」

J「当分先だな、Kの所は?」

私「いや、アイツ病気の影響で子供産めない体になっちゃったからさ....」

J「そっか....悪い事訊いちゃったな」

私「いや、それを承知で籍入れたんだ、気にするなよ」

F「あ、戻ってきたよ」

私「今の話は聞かなかったことにしておいてな」

J「わかった」

F「うん」


Y「またぁ!男三人でヒソヒソ何してるの?」

私「え?そりゃあ男だけのいい話だよ」

妻、M「何それぇ!やっぱりやらしい話してたんだ」

J「さぁ、どうでしょうかね」

M「Jくんも?」

私「それは内緒で」

M「あ、ずるぅい!」

F「そういえばそろそろ腹減らない?」

Y「誤魔化さないの!」
YがFの腕をつねる。

F「痛い痛い!別に誤魔化してないよ」

私「言われてみたら腹減ったな、昼飯にしようや」

妻「そうね、ご飯の後でゆっくり尋問すればいいよ、ね?」

私「何言ってるかわからない。あ!あの店で飯にしよう」

妻「わからないって事ないでしょ!」

妻がそう言いながら追いかけてきた。


お昼ご飯に選んだのはちょっとお洒落なハンバーガーショップ。

M「Yさん?その量で足りるの?」

Yが選んだのはお子様メニューだった。

Y「あ、うん、私これで大丈夫」

J「少なすぎないかい?」

F「ううん、今日のYはこれで大丈夫。油控えてるんだよね」

Y「う、うん!そうそう!最近油料理ばっかりだったからさ」

私「じゃあ違う店にすればよかったな、ごめん気が利かなくて」

Y「あ.....そんな謝らなくても」

J「別にもう隠さなくてもいいだろ?なぁF?別に恥ずかしい事じゃないんだし」

F「....そうだね」

妻、M「え、隠すって?」

F「隠すつもりはなかったんだけど...妊娠したんだ」

M「Fくんが?」

私「違うって、冗談にしては雑すぎる」

Y「今.....四ヶ月なの」

妻「そうなの!おめでとう!」
Yを抱き締める妻。

M「何でそんなおめでたい事隠すのよ」

Y「いや....だって、まだ仕事もあと一週間あるし....」

妻「仕事より体の事第一に考えなきゃダメよ」

Y「うん、わかってはいるんだけど.....」

F「ほら、同じ事言ってるじゃん」

Y「でも、あと一週間だから」

F「わかったよ。仕事は出ていいから、部屋の事は僕に任せてよ」

私「お、頼もしいな。Y、折角だから甘えちゃえ」

Y「そうしようかな」

F「そうしてそうして!なんでも甘えてよ」

Y「じゃあ、部屋の掃除と洗濯、あとはお風呂とトイレ掃除にご飯の支度、それから....」

F「え?そんなにあるの?」

Y「うん、一緒に住むようになってから私ずっとやってたよ」

私「自分で甘えてって言ったんだ、責任持ってちゃんとやらなきゃな」

F「仕事終わって帰ってきたらヘトヘトだよ」

妻「ヘトヘトなのはFくんだけじゃないでしよ?頑張ってね」

私「頑張れ」

J「パパも大変だなぁ、同情するよ」

私「何はともあれ、最後にめでたい話が聞けてよかったよ」

F「でもそんなにめでたいのかな」

私「当たり前だろ!赤ちゃん産むのも女が自分の命を懸けてひとつの新しい命を産み出すんだよ。妊娠しました、はい終わり、じゃないんだよ」

M「出産の痛みは鼻の穴からスイカが出てくるくらいの痛みがあるって聞いた事があるわ」

F「えっ!鼻の穴からスイカ?」

私「な?大変だろ?」

F「....」

J「女性の出産の痛みには男は耐えられないとも聞いた事がある」

F「そんなに大変なんだ...」

私「だから産まれてきた時の感動というのは何物にも変えられないんじゃないかな。尊い瞬間だよ」

妻「その感動に浸れるだけでもFくんは充分幸せよ」

F「そんな大変なんだ....」

私「だから、Fがちゃんと守ってやらなきゃな....あれ?」

妻「どうしたの?」

私「あそこの角のテーブルにいるのって、美波ちゃんじゃないか?」

偶然にも同じ店で食事をする美波ちゃんを見つけた。

妻「あら、ほんと」

M「声かけてみる?」

J「いや、彼氏と一緒みたいだぞ。ほら、向かいの席見ろよ」

M「あ、ほんとだ。じゃあ邪魔しちゃ悪いわね」

私「でもさぁ」

F「でも何?」

私「いやごめん、何でもない」



....なぜか美波ちゃんがちっとも楽しそうに見えない。



.....気のせいか。



Y「ごちそうさま!私次はあれ乗りたい」

私「飯食ってすぐかよ!」

Y「何?悪い?」

私「いえ...全く....その様な事はございません」

M「じゃ早く行きましょ!」

Y「Fくん、片付けお願いしていい?」

F「いいよ、でも気を付けてね」

Y「うん、ありがと」

妻「私も行ってきていい?」

私「あぁいいよ。行っておいで」

妻「じゃあ片付けお願いね」

私「....行ってらっしゃい」

J「俺らも少しブラブラすっか」

私「そうだな」

F「優雅に食後の散歩だね」


女性陣の分もトレーをまとめ、店を出ようと立ち上がる。

ふと、美波ちゃんの向かいの男の顔が目に入る。


J「K?どうした?」

私「あ、いや、何でもない。行こうぜ」





.....間違いない、あの男どこかで会った事がある。
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