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あの日から、おかしい  ※アルフレッド視点

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王宮内の回廊を一人歩く。

 今日の執務も大変だった。

 予想外に後継者になってしまってからずっとこんな調子だ。

 少しも気が抜けることがない。



「しかし……」



 俺の心に影を落とすのは何も日々の仕事のことだけではない。



「リーザ・シャルトワース……」



 先日、王宮内の茶会で婚約破棄をした。

 高飛車でわがまま。あいつのことだからてっきり全力で撤回をしてくるとばかり思っていたのだが……。

 まさかそのまま承諾すると思わなかった。

 それに去り際に見せたあの笑顔。

 もう随分時間が経つというのに頭から離れない。

 まるで俺から婚約破棄されるのをあらかじめ知っていたかのような顔だった。

 あらかじめ納得していた?

 いやそんなはずはない。そこまで気が回るような女じゃない。



(今まではただのうっとおしい女だとばかり思っていたのに……)



 どうしてこんなにも気になるのだろう。

 どうして去り際の笑顔がこんなにも頭に張り付いているのだろう。

 その理由を考えてはみても答えは見つからないままだ。



「ねえ……聞きました?」

「ええ、新作のお知らせでしょう? 私、今から待ちれませんわ」



 噂話か……。

 回廊の柱の影で令嬢が二人話し込んでいるようだ。

 王宮内の令嬢の間では最近何やら流行っているそうだが、そもそも俺の知るところではない。

 それに破棄をしたことで他の令嬢が言い寄ってくるとも限らない。

 今はとてもじゃないが誰とも恋愛をする気になれないのだ。

 ここは早急に立ち去ることに……。



「リーザ様と懇意だったらすぐにでも試せるのに……」

「あの茶会以来、社交界には滅多にいらっしゃいませんものね」

「無理もありませんわ。ですが、本当に残念なこと。聞きました? 他にもリーザ様は色々と……」

「すまない。その話、詳しく聞かせてはくれないか?」

「あ……」

「アルフレッド様ああ!」



 俺が話しかけるなり、令嬢の顔が真っ青になり飛び跳ねた。



「驚かせてすまない……、実は」

「も……申し訳ございません! どうかお許しをおおお!」



 次の言葉を聞く間も無く、令嬢たちは一目散に逃げていった。

 きっと婚約破棄のことを気遣っているのだろう。

 俺の側近どもはまるで腫れ物に触るかのように、リーザの話題からあからさまに逸らしている。

 確かに今までの俺だったらリーザのリの字も出そうものなら抜刀していたことだろう。

 しかし、知りたくて堪らないのだ。なぜか。今は。



(誰か……、近くにいる者に聞くしかないか)

「おや、……殿下どうなさいました?」

「シャルトワース卿……」



 声をかけられ振り返ると、目の前に現れたのはリーザの父親であるシャルトワース卿だった。



「丁度良かった。貴方を探していたところだったんです」

「私をですか? ……一体、何の御用で?」

「ああ、リーザのことなんだが……」

「リーザ!!」



 その名前を口にした途端、シャルトワース卿の顔が真っ青になる。



「こ……婚約破棄におかれましてはそもそも私の娘が陛下に大変失礼なことを……」

「あ……いや違う。別に貴方を責めたいとかそういうわけではないのだ……。ただ、最近どうしているかと思って」



 しかし、卿の表情は晴れず、額には脂汗が浮いている。



「最初こそ私も、殿下に考え直していただくように陛下に掛け合おうとしていたのですが。あの日からまるで娘は変わったように……。あ、いえ殿下のせいではございませんよ。しかしある日突然出資してほしいと言い出してから領地でゴソゴソと……。やりたい放題でして……。まあ、領地の収入が爆上がりのようなのでそれはそれでいいですし、ドレスやら靴やら欲しがっていた頃とさほど出費は変わらないのですが……」

「一体何をしているのだ?」

「い……いえ! 殿下のお耳に入れるほどのことではございません! それに当家からは殿下のご判断に異議を通すことなど今後ございませんので。とても私には行動の予想がつかず……、結婚などとてもとても」

「ふむ?」



 娘を溺愛していたはずのシャルトワース卿の言葉にしては、いささか引っかかる。

 これはきっと何かある。

 しかし俺が問いかける間も与えず、シャルトワース卿はまくし立てるように口を開いた。



「ああ、申し訳ございません! とにかく殿下。リーザのことはもうお忘れくださいませ。殿下には別の令嬢の方がよろしいかと。それでは私はこれで。失礼いたします」

「あ……ちょっと待ってくれ」



 まるで逃げるかのように立ち去るシャルトワース卿の背中を見送って、俺はため息をついた。

 確かにあれだけ盛大に婚約破棄を宣言すれば、周りは怖がってリーザの話題を避けようとするだろう。



「俺が……直接行くしかないか」

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