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妙椿との戦い第2ラウンド

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 妙椿との戦いに苦戦し、撤退した日の夜。

 旅籠の一室で反省会。
 取り仕切るのは私。
 八犬士たちを率いた私しか妙椿に勝てないと、村雨くんが言うから、この場を仕切るのも私と言う事になった。

「えぇーっと。まず私が知りたいのは、幻術の効果は無かったと言う事でいいのかな?」

 角ちゃんに向かってたずねる。

「面目ない。
 なぜ効果が無かったのか分からないのですが、妙椿は確かに我々を認識していたようです」
「信乃ちゃんの雷撃が不調だった時みたいな感じかな?」
「でも、妙椿も幻術を仕掛けてこなかったのはどう言う事でしょうか?」
「そ、そ、それは」

 信乃ちゃんの問いかけに村雨くんが口を挟んで来た。
 でもなぜだか、どもって、目を泳がせている。
 見つめていると、泳いでいた目が普通に戻って、話を続けた。

「どうしてなんでしょうかね」

 げっ!
 何が言いたかったの??
 それだけのために口を出してきて、どもったの??

 頼りにならなさそうで、ならない村雨くん??
 村雨くんから視線を信乃ちゃんたちに移した時、一つの仮説が思い浮かんだ。

「妙椿の一番の妖力である幻術を使わないなんて事はあるのでしょうか?
 例えばなんですけど、幻術と幻術がぶつかると相殺されるとか?」

 そう言い終えてから、仮説の検証をしてみた。
 バスが化け猫に戻った時、幻術が幻術を打ち消したとしたら?
 仮説は正しいことになるけど、私たちが話で幻術を使ったのは誰?
 幻術を使う角ちゃんが打ち消したということになる?
 あれ? 角ちゃんはあの時、いなかったし。
 この仮説は成立しない?
 そんな思いで小首を傾げた時、親ちゃんが言った。

「それは分かりませんが、とにかく、妙椿の幻術は我々には効果がないのかも知れません。
 それこそが、我々八犬士が揃うところに意味があるのかも知れません」

 その言葉にみんなは頷き、私に視線を向けた。
 私の確認を待っている。そう感じた私はこの事に言葉で賛同する事にした。

「理由はともかく、妙椿の幻術に惑わされない事は確かみたいですね」

 そして、もう一つの疑問を口にした。

「あと、気になるのは竜ですね。
 村雨くんはあの竜と戦っているんだよね?
 なんで、妙椿と戦っている時に現れるのかな?」
「私には分からないです」

 きっぱりと言い切った。

「あ、そうですか」

 私もそう言い返すしかない。

「あ、あ、あ、あれは」

 私の言い方が冷たかったので、何か言葉を付け足したいのか、村雨くんが何か言おうとしている。でも、またまたどもって、目が泳いでいる。

 なんで?
 どんな時にどもるの?

 最初は大言壮語を吐く時だと思っていたけど、なんだか違う気も。
 見つめていると、泳いでいた目が止まった。

「私には分からないです」

 きっぱり言い切った。
 それだけのために、口を挟んで、目を泳がせていたの??

「あ、そうですか」

 村雨くんに返すには、この言葉しか見つからない。

「いずれにしても、あの竜は妙椿を襲うのであって、我々の敵ではない感じです」

 信乃ちゃんの言葉に、私は頷いた。

「なので、とりあえずは竜の事は相手にせず、妙椿を倒す方法を考えればよいのでは?」
「でも、不確実性を抱えたまま戦うのは」
「いえ。竜の事は考えなくていいでしょう」

 私の言葉に村雨くんが口を挟んで来た。
 今度はどもりもせず、目を泳がせてもいない。

「そうかなぁ?」
「はい。あの竜の事に関しては、私が一番詳しいですから」
「だったら、どうして二回も妙椿との戦いの最中に姿を現したのかな?」
「それは偶然です」
「いや、それ、説得力ないし」
「り、り、り、竜は」

 またどもって、目を泳がせている。

「偶然です。が、保証します。敵として考える必要はありません」

 泳いでた目が止まると、きっぱりと言い切った。

「偶然かどうかはともかく、竜が現れる前に妙椿を倒せばいいのではないでしょうか?」
「じゃあ、まあ、そう言う事で。
 まずは妙椿の倒し方を考えましょう」

 そう言って妙椿との戦い方を話し合い、作戦を立てた。



 私たちは反省会で立てた作戦を実行するため、再び里見の城の前に立っていた。
 破壊された里見の城は破壊されたまま。
 さすがに数日で修復はできなかったらしい。

 効果は無いと知りつつも、角ちゃんの幻術に身を包みながら、近づいていく。破壊され、焼け落ちた城門と城壁の向こうに城の内部が見て取れる。中には多くの蟇田の軍勢と思いきや、人の気配は無い。
 荒廃しているのは城門や城壁ばかりではなく、城内の建築物も廃墟と言っていい感じ。
 竜と妙椿が戦った事で破壊されたのかも知れない。

「ここにはもう妙椿いないんじゃないかな?」
「とにかく、行ってみるしかないでしょう」

 信乃ちゃんの言葉にうなずいたとき、廃墟の中に立つ人影を見つけた。
 進んで行く私たちに近づいてくる。

「えぇーっと、私たちの姿が見えているって感じかな?」
「犬村殿の幻術に惑わされていないと思っていいでしょうね。
 きっと、あれが人間の姿の時の妙椿でしょう」

 信乃ちゃんが言う。
 巨大な猿とは思えない華奢な体格にほっそりとした顔の輪郭。

「化け猫のように、幻術で惑わしているんじゃなくて、妙椿は本当に人に化けれるって事でいいのかな?」
「おそらく」
「あんなほっそりとした小柄な人が、巨大な猿の物の怪になっちゃうの?」
「おそらく。
 注意してください」

 信乃ちゃんが言った。

「お前が八房の力を受け継ぎし者か?」

 妙椿らしき女が近づきながら言った。
 私に言っているのは確かなはず。

「えぇーっと、たぶん」
「邪魔者は消すに限る」

 そう言ったかと思うと、妙椿は巨大な猿に姿を変えた。

「信乃ちゃん」

 私の掛け声で、信乃ちゃんが雷撃を放った。
 妙椿の動きが止まった。
 親ちゃんが地面を割ると、動きが止まっていた妙椿が地面の裂け目に落ちた。
 親ちゃんがさらに重力をかけて、妙椿の動きを鈍らせている内に、荘ちゃんが風を起こして、城の残骸を地面の裂け目に送り込むと、道節ちゃんが炎を放った。
 燃え盛る妙椿と大量の木材。
 荘ちゃんが風を起こして、空気を送り続けると、炎が燃え盛る地面の裂け目の中は灼熱の地獄になっていく。

 これでは火鼠の毛と同じ耐火力でも、耐えられないはず。
 妙椿が反撃してくる気配はない。

「親ちゃん、地の力、弱めてみてくれる」
「分かりました」

 巨大な重力で束縛されていた妙椿の自由は、これで解き放たれたはず。
 妙椿のダメージの具合を計れる。
 炎の中の光景を注視する。
 炎の揺らめき、伝わってくる熱気以外、何も感じられない。

 妙椿は呆気なく、死んだ?
 そんな気もしないでもないが、油断する訳にはいかない。

「炎と風、続けてください」

 それから、しばらくその状態を続けた。
 どのくらい経ったのか分からない。
 でも、炎の中に動きが無い事から、妙椿は死んでいないとしても、反撃の力は無いに違いない。

「そろそろいいかな」

 私の言葉に、炎と風の攻撃を止めた。と言え、燃料代わりにしていた木材はまだ炎を上げている。
 もはや八犬士たちの妖力は使っていないと言うのに、妙椿が反撃してくる気配はない。
 炎がおさまるのをじっと待つ。

 炎は次第に小さくなり、熱気もしだいに収まって来た。

「反撃してくる気配はないね」
「おそらく、妙椿は力を失ったかと」
「親ちゃん、あの地面、元に戻せるかな?」
「可能です」


 親ちゃんがそう言った瞬間、地面に揺れを感じた。
 視線の先の裂けた地面がゆっくりと動き始め、妙椿の体その間に挟んだまま裂け目を閉じてしまった。

「勝ったのかな?」
「でしょうね」

 信乃ちゃんが言う。

「よかったぁ」

 あっさり勝った。
 それはとりあえず、うれしかった。
 でも、一つ気づいた。
 私は元の時代に戻れる気配すらない。
 妙椿を倒せば戻れると言うのは、単なる思い込みだったのか、それとも妙椿は実は逃げてしまったのか?
 不安を抱かざるを得ない。

 しばらく、その場で様子を見ていたけど、妙椿の反撃はなく、竜も現れなかった。
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