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ボクらは生きたいと思った
しおりを挟む「ねぇ!雄大くんはこれから
どうするの!?」
そう言い、チョコレートパフェを
幸せそうにほおばる
彼女を見て呆れた表情で
ボクは応える。
「ねぇ!雄大くんは、とか
じゃなくてなんで君は
美味しそうにパフェなんか
食べてるんだ?」
お茶を一口飲み、
この状況を一通り
再確認する。
数時間前、マンションから
飛び降りようと
ボクは屋上にきた。
さっきまでの雨もやみ、
少しではあるが星も見える。
夜とは思えないほど明るい町並み、車の音、人の生活音、
騒がしい地上とは打って変わって
マンションの屋上はやたら
静かだ。
それらを見下ろす様に
彼女は立っていた。
後に雪奈と名乗るその彼女は
ボクを見るなり笑顔で
こう言い放った。
「君ってバカでしょ」
ニヤニヤしながらその
彼女は続ける。
「今、飛び降りて死のうと
してたでしょ?」
「だったら何...」
「やめときなー痛いよー?」
「知ってるし」
彼女はボクを見ながら
また笑う。
「ウケるぅー!ねね!
君の名前は!?」
「雄大...てか、なんで
君はそこに立ってるの?」
「えとね、私も死のうと
してた!!」
「笑いながら言うことじゃないよね...?」
今から死ぬ人とは思えないくらい
明るく笑っていた。
それがまた、新鮮に見えた。
すると彼女はこちらに
内巻きの髪を揺らし
とことこ歩いて、
立っているボクの前に
体育座りでちょこんと座った。
「ねぇ!雄大くん!なんで
飛び降りようとしたのかな?」
「なんでって...イジメ、的な?」
「ふーん。興味ないや、
あ、私、雪奈って言うの!
よろしく!」
「興味ないなら聞かないでよ」
「だって今から死ぬ人のこと
興味持てって言う方が無理だよー」
「じゃあ、なんで君は死のうと
思ったの?」
「私に興味ある感じー?
やだ!照れるなぁもぉー」
「君ってアホだろ...で、なんで?」
「天才でーす!
んー、内緒かな?」
「あっそー」
彼女はまた、大きく
笑うと、立ち上がり
ボクの腕をつかみ
こう言った。
「ヒマでしょ?いまから
付き合ってよ!!」
「ヒマじゃない。
ボクは忙しいんだ」
「忙しいって、
死のうとしてたじゃん!
この後の予定って、飛ぶ
だけでしょ?」
結局、彼女の言われるがまま
近くのファミレスに
着き、今にいたる。
「なにー?考え事ー?」
「うるさい。君のこと
考えてたんだ」
「うわー!きゃー!照れる!!」
「そんな意味で
言ったんじゃない」
彼女は
ニヤニヤしながら
続けた。
「んー、そうだ!
君に私を家まで
送らせてあげよう!!」
「なんでそうなる。
めんどくさい」
「優しくないなー。
か弱い女の子がこんな夜中に
1人で帰ってて、なんとも
思わないのかいー?」
言い返せないので
家まで送ることにした。
ファミレスを出て500メートル
くらい歩いた所に彼女の
家はあった。立派な大きな家だった。
「ありがとう!優しい雄大くんよ
スマホを貸したまえ!」
そう言うと、ボクの
スマホを取り上げ
自分のと、2台のスマホを
いじり終えると、1台を
ボクに返した。
「今週の日曜日付き合いなさい!!
なお、あなたに拒否という
選択肢はありません!詳しくは
後で連絡しときます!」
そう言い残し、家の中へ
消えていった。
時刻は1時前だ。
ボクも家に帰ってすぐに寝た。
翌朝、LINEの通知音で
目が覚めた。雪奈からの
メッセージだった。
「なるほど、昨日いじってたのは
連絡先送る為か」
日曜日、10時に駅に集合!!
これだけ送られてきた。
既読は付けて返信はしなかった。
学校についたらまず、
靴箱を確認する。
上履きの中から砂や石を取り出し
履く。教室に入ると
机の中を見る。ゴミが押し込め
られているのでそれを
教室のゴミ箱に移しかえる。
もはや習慣的になったこの
一連の流れを、クラスメイトは
クスクス笑いながら見ている。
ノートを開くと、汚い文字で
落書きされているので
そのページを小さく破り
それもゴミ箱へ捨てる。
ボクにとってはいつものこと。
特に何も言うわけでもなく
席につき本を読む。
六月も後半に入り
来週から期末テストが
始まろうとしてた。
教科書をカバンに詰め
終礼後、素早く帰路についた。
家に帰ると母がいた。
少し機嫌がいい。
「おかえり、雄大!
お母さんね!新しい財布
買っちゃった!どう!?」
残念ながら財布のことは
よくわからないので
とりあえず、すごいね、
とだけ言っておいた。
部屋に戻りベッドに倒れ込む。
ポケットからスマホを取り出し
LINEを開くと、雪奈から
通知が届いていた。
「やっほー!お疲れ様!!
ちゃんと生きてる!?
いちお安否確認してみた!」
「ありがとう。君も生きてる
みたいだね。お疲れ様。」
スマホを閉じその日は終わった。
翌日、翌々日と
いつも通りの学校を終え、
家に帰る。テレビを付け
天気予報をしていたので
何気なく日曜日を
ちらっと見る。晴れだ。
日曜日になった。
駅前に行くと彼女の
姿があった。
「お!雄大くんおっはよ!」
「おはよう」
「よくこれました!
ちゃんと生きてたんだね!!」
「君の毎日の安否確認の
おかげでね」
「所で今日は何すると思う!?」
「うん、わからない」
「あなたも私も死にたい
訳じゃん!?なので今日は
気持ちよく死ねるために
色んなものを見ようかなって!」
「うん、ボクの想像の斜め上だ...」
「このご時世、色んな物が
溢れすぎだと思うんだ!
なんでもある時代でしょ!?
だから、それのおかげで
死に方だって自然に増え
たと思うんだ!」
「なるほど、君の考えにしては
珍しく納得したよ」
「一昔前まではできなかった
自殺も今じゃできるような
世の中なんだから、なので
今日は新しい死に方を見つける為にがんばるぞおおお!!」
「死ぬためにがんばる、って
なんかおかしい話だな」
ボクらはまず、ホームセンターへ
向かい、死ぬ為の道具を探した。
「雄大くん、ロープは
ありきたりだよね?」
「ロープはよく見るしね」
「あ、これは!?のこぎり!」
「ひとりでどうやって死ぬ気?」
「うわ、痛そう...んー、ダメか」
結局、1時間ほど見て回ったが
目当てのものはホームセンターに
無かったので2人は店を出た。
次に向かったのはデパートだ。
日曜日と言うこともあり
人がごった返していた。
「雄大くん!みてみて
たい焼き屋さん!
お腹空かない!?」
「君、今日の目的
忘れてない?」
「覚えてますぅ!!
でもほら、まずは
腹ごしらえだ!」
「食べなければそのうち
餓死で死ねるじゃん」
「雄大くんほんっとばかだなー
餓死は自殺じゃないの!
ほら、並ぶよ!」
2人はたい焼きを買い、
近くのベンチに腰掛け
それを食べる。
「ねぇ知ってる?たい焼きを
頭から食べる人は心無い
人なんだって!雄大くんは
頭からだから心無いんだねー
その点私は尻尾からだから
優しさがにじみ出てるよね!」
「もし仮にボクが
心無い人だったら
たい焼きじゃなくて向こうの
ドーナツ食べてるし、そもそも
今日、ここに来てないよ」
「それもそっか!」
と、彼女は大きく笑った。
2人はたい焼きを食べ終えると
次に本屋へ向かう。
「あの、雪奈さん?
なんで本屋?」
「んー、あった!雄大くん
その国語辞典を取りなさい。」
「あ、はい」
国語辞典を雪奈に渡し、
それをどうするのかと
見ていたら、いきなり
国語辞典で頭頂部を
強打された。
「え!?!?!?」
ボクは数秒、状況の整理が
付かない。目の前には
国語辞典を片手にケラケラ笑う
雪奈の姿があった。
「え、いまそれで殴った...?」
「うん!雄大くん!感想は?」
「すごく...痛かった...」
「だろうね!!」
雪奈は、またケラケラ
笑い出した。
「いやーウケるぅー!
雄大くん、死ぬほど痛かった?」
「いや、死ぬほどじゃないけど...」
「そっかー、残念!よし次!」
そう言うと2人は本屋を後にし
次に向かったのはブランドものが
並ぶ高級感溢れる店だ。
こころなしか、店員も
お客さんも上品に見えてくる。
そんな上品な店員さんに対し
雪奈は、また驚くようなことを
言い出した。
「あの!」
「はい!なんでしょう?」
「ここにおいてあるもので
気持ちよく死ねるのありますか!?」
これには驚いた。
なに言ってんだこいつ、
と思ったのはボクだけじゃ
ないはずだ。おそらく店員も
同じ気持ちだろう。
頼む。こっちを見ないでくれ。
そんな気持ちを
弄ぶように、雪奈はボクの腕を
つかみ、店員さんに語りかける。
「私と雄大くんはもうすぐ
死ぬんです!だから
いい気持ちで死にたいんです!!」
なんだろう...。誰かもう
殺してくれ。そう思った。
しかし、この雪奈の発言が
店員を動かした。
涙目になり店員が切り出す。
「あなた達は素晴らしい...
余命わずかなのに、そんなに
明るく振舞って...あなた達は
お姉さんよりもすごく強いわ...」
一瞬で理解した。
雪奈の言い方の問題か
はたまたこの店員が
アホなのか...
どうやら、ボクらは
重い病でもうすぐ死ぬ。
なので最後の願いで
この高級感溢れるお店の
ブランドものを身につけて
みんなに見送られたい。
そう解釈されたらしい。
しばらくして、店長と言われる
人が来た。40過ぎのおばさんだ。
明らかに涙ぐんでいる。
「どれか1つ好きなの持っていって
いいわ。あなた達の分まで
がんばって生きるからね!!」
それを聞き、雪奈は
嬉しそうにぴょんぴょんはね
じゃあ、これ!とガラスケースの
中の財布を指さした。
5人ほどの店員さんに見送られながらこの店を出た。
「いやー!いい買い物しましたな!じゃーん!!似合う!?」
「残念ながら財布のことは
よくわからないんだ。うん、
すごいね」
「雄大くん、絶対人から
嫌われるタイプだよー?」
「残念ながらもう
嫌われてるのでご心配なく」
雪奈は、また笑う。
「ところで財布で
どうやって死のうとしたの?」
「んー、雄大くん頭出して」
「また殴られるので嫌だ」
「バレたか...
まあいいや、有り難く
もらっておこう!」
彼女が疲れた、と言うことで
カフェに入って休憩することに
した。窓際の席に座り
コーヒーを2つ頼んだ。
外の人達を見ながら彼女がつぶやく。
「雄大くん?」
「ん?」
「あの人達はさ、何をモチベ
にして生きてるんだろうね?」
「何って...お金稼ぐとか
結婚して家庭を築くとか?」
「でもさ、結局死ぬんだよ?」
「そうだけど...」
「雄大くん?」
「なに?」
「私達が死んでもあの人達には
なんの影響もないじゃん?」
「何が言いたいの?」
「私達が死んでもあの人達は
普通にご飯食べて普通に仕事して
普通にお風呂入って普通に寝て...それってなんか悔しいなって」
「君らしいね...」
「雄大くん?」
「今度はなに?」
「そろそろ、君、とか
やめたら?」
「なんて呼べばいい?」
「雪奈でいいよ」
「雪奈...か、わかった」
「雪奈、様でもいいんだよ?」
「よし、そろそろ出ようか」
「...そだね」
時計を見る。
「もうこんな時間か」
右手の時計は
17時を過ぎていた。
「雄大くん、今日は
楽しかった!感謝感謝だよ!!」
「こちらこそ。ありがとう」
「うん!また誘うから!!
次こそはちゃんと死ねる
ようにがんばろう!!」
「ああ、そうだった忘れてた」
「最初の目的忘れてたの
雄大くんだったじゃん!」
笑いながら
そう言うと彼女は背を向け
反対方向に歩き始めた。
ボクはその後ろ姿を
見届け家に帰った。
家に帰るとお母さんがいた。
「おかえり、今日は何食べたい?」
「たい焼きかな?」
ボクは自分が言った言葉が
おかしくて少し笑った。
案の定、お母さんは
困ったような顔している。
「ごめんなんでもいいよ」
笑いをこらえて、部屋に戻った。
その夜、彼女から
LINEが来ていた。
「今日はほんとにありがと!!
さて、来週はテストだっけ?
がんばろう!!テスト終わり
時間あけとけよぉおおお」
「了解。」
それだけ返信した。
すぐに既読はついたが
それ以上、やりとりは無かった。
次の日、学校に着くとみんな
期末テストと言うこともあり
どこか気が張っていた。
机の中のゴミや
靴の中の砂利などは無く、
久しぶりに何事もない
平和な日であった。
ボクはテスト中、冷静に
分析した。
「なるほど。こいつらは
自分の事でいっぱいいっぱいに
なるとイジメとか、他の人間を
どうかするという概念が
無くなるのか」
テスト1日目を終え、
少し機嫌よく家に帰れた。
次の日、その次の日も同様に
平和な日が続いた。
それがおかしくて
そしておもしろく感じた。
休み時間、必死になって
教科書を見る奴ら、
もうだめだとか言ってる奴ら、
あの問題はこうだよね?と
不安そうな顔をしている奴ら、
ボクは、必死なクラスメイトを
横目に、ニヤけた顔を隠すよう
に寝た振りをした。
ふと、頭の中で雪奈との
会話が再生された。
‘’あの人達って何をモチベに
して生きてるんだろうね。
結局死ぬんだよ?‘’
こいつらは必死になってる。
どうせもうすぐ
死ぬボクから見れば
この光景がおかしくて
すごく笑える。
テスト期間という名の
おもしろおかしい日が終わり
午後からは約束通り
雪奈と会う予定になっている。
雪奈が指定した場所は
意外な場所であった。
「おう!雄大くん
お久しぶり!!テストおつかれ!」
「うん、雪奈?ここは?」
「おぉ!名前で呼んだ!?
私は感動しているよ!!」
「あ、うん、で、ここは?」
「見て分からないかい?」
「いや、この建物が何を
する場所なのか良く
知っているけど...でも
なんでここなのかなって?」
「とりあえず入ろっか!!」
「いや、でも...」
「いいから!いいから!」
「あ、はい」
この時、すんなりココに
入ったことを後悔
することになるのは
数時間後のことなのだけれど
一言で言えば、ここは
猫カフェと呼ばれる店である。
猫と触れ合える事を目的としたカフェであり
猫好きにはたまらなく楽しい
この店は、現在進行形で
死ぬとか考えてるボクらにとって
とても無縁の場所である。
さて、なぜ雪奈がここを
チョイスしたのか、
雪奈はなぜ当日まで
言わなかったのか疑問しか
浮かばないのだが、そんな
疑問など彼女の一言によって
全て意味の無いものになってしまう。
「雄大くん!猫カフェは初めて?」
「うん、そうだけど
ここで何するの?」
「何って、逆に猫カフェに
何しに来てるの?」
「いや、気持ちよく死ねる
ヒントでもあるのかなって?」
「あっははは!!ほんとバカ!!
雄大くん、今日来たのはずばり!
私が猫が好きだから!
それだけなのだよ!!」
「まってまってまって!
猫と戯れる為だけに来たの!?」
「そうだにゃ~ん」
「何だろう。初めて雪奈に
殺意を覚えたよ」
「まぁまあ!ほら!楽しんで!!
制限時間あるから!」
そう言うと、雪奈は
一匹のネコを抱き抱えて
こちらに持ってきた。
丸々太った、ブッチャーと
名付けられたその猫は
あまり可愛くなく、無愛想な
顔をしている。
雪奈はそんなこと気にせず
ブッチャーと遊んでいる。
「こいつ絶対、人間様を
見下してるだろ!!」
ボクはブッチャーの大きなお腹に
軽くデコピンをして、テーブル席につきコーヒーを飲んだ。
「こら!雄大くん!
なんてことするの!!」
「生意気なそいつの
お腹にデコピンしただけだ。」
「お腹だからデコピンじゃなくて
ハラピンじゃない?」
「そこかよ...」
雪奈のどこかズレてる
ツッコミにも驚いたが
それ以上にブッチャーの
反応にも驚いた。
雪奈曰くハラピン、をされた
ブッチャーは飛び上がり
遠くの隅っこに逃げてしまったのだ。
「勝った。みたか!」
「雄大くん、ニャンコが
かわいそうだよー」
「あいつが悪いんだ」
「謝ってきなさい!」
このままだと雪奈の機嫌を
損ねてしまいそうなので
形だけ謝るフリをする為
ブッチャーに近づく。
隅っこに逃げてしまった
ブッチャーの心を開かせるには
どうしたらいいのか。
テスト中よりも
頭をフル回転させ、考えた。
「雪奈?さっき持ってた
おもちゃ貸して?」
「猫じゃらし?」
「そうそれ!それで
あいつと仲良くなれる!」
この安易な考えのせいで
後にボクはただでさえ
好きではない猫をもっと
嫌いになる事になる。
「ほらほら...おいで!
ブッチャー!こっちだ」
「雄大くんファイト~」
「もう少し!ほら、ほら...」
少しずつではあるがブッチャーが
警戒心を解いて、こちらに
よってくる。
よしよし...このまま目の前まで
きたら首根っこつかんでやる!!
「ほら、ほら、こっちだ」
ブッチャーが巨体を揺らしながら
一気にこっちに走ってくる。
ボクは待ってましたと
言わんばかりに、左手に持っている猫じゃらしを引きよせ、
そのまま右手でブッチャーの
クビを掴もうとする。
時間にすると一瞬のこの攻防は
ボクにはとてもゆっくり
感じた。それほどの余裕と
自信を持っていたからだ。
が、誤算があった。
ブッチャーが狙っていたのは
猫じゃらし、ではなく
ボク自身だったこと、
そして猫という生き物を
甘く見すぎていたこと。
普通の猫よりもひと回りも
ふた回りも大きい身体に似合わず
想像もできない俊敏な
動きは、目で追うのがやっとだった。次の瞬間、ボクの右手の
小指と薬指に激痛が走る。
「いった!!!!」
反射的に手を払い除け
すぐに右手を確認する。
どうやら、指を引っかかれた
らしい。痛さのあまり
涙目になった。
「雄...大くん...ふ、だ、
大丈夫?ふふ...!」
雪奈は笑いをこらえながら
心配の声をかける。
「ば、絆創膏あるよ...ふっ!!」
「早く頂戴。それと君は後で
説教だからな」
雪奈からもらった絆創膏の
おかげで大事には
いたらなかったのが
不幸中の幸いだ。
結局、ボクの初猫カフェデビューは、とても苦い思い出だけが
残ったとても後味の悪いものに
なってしまった。
帰り道、さっきの出来事を
思い出してニヤニヤしている
雪奈にデコピンをしてやった。
今度は正真正銘、おでこに
やったのでちゃんとした
デコピンだ。
「いっっ!!もぉ何すんの
雄大くんのアホ!」
おでこを抑えて痛がる
雪奈をみて、ボクは少し
スッキリした。
「八つ当たりとか
子供ですかー!?
もっと女の子に優しく
しないとだめなんですよー!?」
隣で騒ぐ雪奈を見ながら
今度はボクがニヤニヤしていた。
そんな変な2人組、周りから見たら今にでも死にたいと思う
人には見えないだろう。
夕日に照らされ、長く大きくなったボクらの影は
同じペースでゆっくり進んでいる。
それは、ボクらが
‘’生きている‘’と言うなによりの
証拠であり、生を感じる
シンボルでもあった。
ボクらは、‘’生きている‘’
と初めて思った。
月曜日になった。テストも終わり
今日から7月に入る。
また、あのイジメとやらが
始まるのか、と覚悟しつつ
学校に入るが上履きや机の中、
特に変わった様子は無い。
これには少し驚いた。
もしかして飽きたのか?
こいつらの気が変わったのか?
などと考えてる内に、1人の
男の子が近づいてきて
ボクに話しかける。
「お、おい」
「ん?」
「お前この間、駅にいた?」
「...いたよ?」
「隣にいた女の子...お前の彼女?」
「どうして?」
そのやりとりをクラスメイトは
周りで見ている。
「誰なの?」
「なんであの子のこと
そんなに知りたいの?」
「なんでって......」
しばらく沈黙が続いた後
周りで見ていた1人の女子が入ってきた。
「なんであんたが、雪奈と
いたのかって聞いてんだよ!!」
気の強そうなその女子は
さらに言い寄る。
「雪奈とどこで知り合ったの!?
あんた雪奈のなんなの!?」
「雪奈と知り合いなのか、
だったら彼女に聞いたら?」
「それができたらとっくに
してるわよ!!」
そう言うと彼女は泣き出した。
初めて女の子を泣かせるのが
こんな形とは...。
それ以上、その騒動以降、
特に何も無かった。
終礼後、教科書をカバンに詰め
いつも通り素早く帰ろうと
教室を出て、靴箱に行くと
1人の女の子が立っていた。
「ねぇ...」
「誰?」
「同じクラス!!」
「名前なんだっけ?」
「花音、三浦花音だよっ。」
「んで、どうしたの?」
「朝のことでね~」
「また雪奈のこと?」
「う~ん。それもあるけど、
ほら、朝、あなたに怒鳴ってた
女の子~」
「ああ、泣いてたやつか」
「そそ。とりあえず歩きながら話さないかい?」
ボクは初めてクラスの女の子と
下校した。女子との初めての
下校がこんな形とは...。
今日は初めての事が多すぎる...。
「えっと、三浦さん?」
「あ、花音でいいからね?」
「あ、うん。で、朝のことって?」
「あなたが朝、泣かせた子の
名前知ってる?」
「同じクラスってのは
なんとなく...」
「まあ、私の名前も知らなかったし、当然あの子のことも
知らないよね~」
「ごめん、あまりクラスに
興味なくて...」
「ふ~ん。そっか。えっと、あの子はバスケ部でね、森 綾乃って
言ってね、私と同じ中学校だったの~」
「そうなんだ...?」
「いまはあんまり関わり無いけど
中学の時は良く遊んだなー」
「そうなんだ」
「うん!良く遊んだ!3人で!」
「...3人?」
「私と綾乃、そしてユキちゃんね~?」
「ユキちゃんって...雪奈か。なるほど、そんな繋がりがあったのか」
「中学卒業して、ユキちゃんは別の
高校、私達は一緒の高校だけど
それでも去年までは毎週遊んでたし仲良かったんだなー
それじゃ今では...」
「今は?」
「えっとね~年が明けて
すぐだったかな...?
ユキちゃんと急に連絡とれなくなった~」
「そうなんだ」
「もちろん、家にも行ったんだけどもう引越した後でね~?
なんでなにも連絡ないんだー!って綾乃は怒るし、大変だったんだよー。うん、マジで~」
「君と森さんはなんで話さなくなったの?」
「なっんでっかな~?ユキちゃんと会わなくなって、自然に綾乃とも関わりがなくなったよね~」
「そんな事があったんだ...」
「うんうん~ところで、ユキちゃん元気~?」
「うるさくて困ってるけどね」
「それな~っ!!ユキちゃんの家とか...
知ってたりする~?」
「...ううん。知らないよ」
ボクはウソをついた。
「まぁ~だよねっ!!あ、私ここら辺が家だから。また明日ね~」
「うん、またね」
何を考えてるのか少し
掴みどころのない子だった。
家に帰るとまだ誰も帰ってきてない。
ボクは部屋に行き、雪奈に
今日のことをLINEで報告した。
すぐに既読はついた。
その1時間後くらいに返信がきた。
「いまから会える?」
「大丈夫だよ?」
「マンションの屋上ね?」
「了解。」
すぐに支度をすませ、
少し寄り道をし、
ボクと雪奈が初めて出会った
マンションの屋上に行くと
そこに彼女はいた。
「雄大くん。こんばんは!!」
「どうしたの?」
「今日から7月だね!
星がきれいだ!」
「...そうだね?」
「雄大くん...」
「ん?」
「綾乃と花音と同じ
クラスだったんだね!」
「君の友達とはボクも
驚きだったよ」
「みずくさいなーもぉ!
早く言ってくれたら
よかったのにー!」
雪奈は笑ってはいたけど
少し困った表情だ。
「雄大くん、あの子達から
なんか聞いた...?」
「中学の時の事とか
今年に入って音信不通に
なった事とか?」
「そっか...」
「雪奈?」
「なにー?」
「たい焼き買ってきた。
食べる?」
「...雄大くんのアホ」
雪奈は乱暴にたい焼きを
手に取り勢いよく食べた。
「それもちょうだい!!!!」
ボクのたい焼きも勢い
よく、頭から食べられた。
「雪奈、はいお茶」
雪奈は、お茶を受け取りごくごくと
飲むと、ふう!と息をつき
「いやー!おいしかった!」
と、元の表情に戻っていた。
「こんな時間にこんな甘いの
食べさせるとか、雄大くんは
女の子の敵だな!」
雪奈は笑いながらそう言うと
今度は真面目な表情になり
ボクの目の前に体育座りになり
こう言い出した。
「なんで、あの子達と
会わなくなったのか知りたい?」
ボクも彼女の前に座り
真面目な表情で応える。
「うん...」
「私に興味あるのかー!
よし教えてあげよう!!」
「少なくとも、いまの雪奈には
すごく興味がある」
「お、おお...まじ?照れるっ
て!からかうなアホ!」
「ごめんごめん...」
「さて、単刀直入に言うとね、
私はあと少ししか生きられません!!」
「...え?なんの冗談?」
「残念ながらこれはほんと。
去年の12月くらいだったかな?
お医者さんに、あと1年くらいしか生きられないかもって言われたのねー」
「ほんとなの?」
「まじまじ!これ知ってるの
私と私の家族と雄大くんだけね!」
「あの子達にはなんで
言わなかったの?」
「綾乃と花音に言ったら
ショック受けるでしょ?
綾乃なんて泣きまくるしねー!」
「なるほど...」
「私がもうすぐ死ぬって知ったら
普通に遊べなくなるし、
私のせいで雰囲気悪くなるのも
申し訳ないなーって!!」
「だから音信不通になったんだね...」
「そう!正直、めっちゃ病んだよね!病気で苦しんで死ぬくらいなら、いっそのこと飛び降りて
死んじゃおうかなってね!」
「...うん」
「そしたら、アホみたいな顔の
邪魔者くるしさー」
雪奈はニヤニヤしながら
ボクを指さした。
「アホみたいな顔って...
悪口かよ...」
「まぁ、君が来る前まで
私もそんな顔してたと思う。
その時鏡みたら爆笑しすぎて
死んでたかもね!」
「ボクの顔そんなに
ひどいか...?」
「そんで、雄大くんに
お願いだ。あと少ししか
生きられない私の一生のお願い。
聞いてくれる?」
「どうせ断っても君は
それを認めないだろ。
言ってみな?できる限りなら
なんでも聞くよ...」
「流石雄大くんだ。私が
見込んだだけの事はある」
「ボクはいつ雪奈に見込まれたんだよ...」
「ふぅ......よし!!」
そう言うと雪奈は大きく深呼吸
をし、何かを決めた様な
真面目な表情になり、しっかり
ボクの目を見て、声を出した。
「私の残り半年を君に託す!!
だから...だから雄大くん!
私のこと知ってしまったんだから最後まで...私を楽しませなさい!」
普段の雪奈からは想像できない
声の大きさに圧倒されたが
不思議とボクは落ち着いていた。
「はいはい。あと半年も
面倒見ないといけないとは...
辛いな」
「ひっど!?あほー!あほー!」
静かなはずの
夜のマンションの屋上に
2人の男女の笑い声が
響いていた。
7月も下旬にさしかかり
より一層、セミの鳴き声が
大きくなる。夏は嫌いだ。
暑いうえに天気がいい。
それはつまり、常に家の中に
いたいボクにとっては
都合の良いものではない。
外に出たい人はそれを口実に
ボクを外に連れ出そうとするからだ。
あの夜以降、彼女は毎週日曜日に
ボクを呼び出す。彼女曰く
定例会議、らしい。
会議といってもろくな話し合いはせず、
その日に会って初めて何をするのか伝えられる。
先週なんてファミレスで
チョコパフェをおいしそうに食べている雪奈を2時間見せられただけで解散するという、ある種、バツゲームのような休日を過ごした。
しかしこの定例会議、すっぽかそうものなら、彼女は
「死んだら化けてでるぞ!!」
と軽くボクを脅してくる。
あいにく、幽霊など信じないが
もし仮に彼女が化けて出てくれば
ボクの安眠が妨げられる。
それだけはゴメンだ。
今日は日曜日。例の定例会議の日だ。
「おお!雄大くん今日も
来てくれたんだね!!」
「何だかんだで皆勤賞の
ボクを褒めてくれ。」
「皆勤賞って...
まだ2回目なんだけどなぁ。
うん。まぁえらいぞー!よしよし。
さて、今日は久しぶりに
ブッチャーに会いに行こう
と思いまーっす!」
「雪奈がその名前を出すまで
すっかり忘れてた。
あいつ、まだいるのかな?
ボクですら参るこの暑さに
やられてるんじゃないか?」
「もぉ!雄大くん今度は仲良く
してよ!またニャンコいじめたら
足踏むからね!!」
「はいはい、仲良くしますよー」
待ち合わせ場所から数分歩いた
ところにその猫カフェはある。
...のだが、前来た時とはあきらかに
違っていた。それは雪奈も
同じことに気づいていた。
「ねぇ、雄大くん?」
「うん、君が言いたい事は
なんとなくわかる」
看板が無くなっていた。
すると、玄関前で立ち尽くすボクらに
優しそうなおじさんが声をかけた。
「君達、ここで何をしてるんだい?」
雪奈が恐る恐る口を開く。
「ニャンコ...もう会えないん
ですか?」
「そうか、君たちは猫に
会いにきたお客さんか」
おじさんは優しい目をして
こう続けた。
「妻がな、少し体調を崩して、
今は店を閉めているんだよ。
大丈夫、猫はみんな元気さ」
それを聞き雪奈はホッとした
表情を浮かべた。
「せっかく来てくれたんだ。
お茶でも飲んで行きなさい。
ブッチャー達も喜ぶだろう」
ボクらはおじさんに招かれ
客のいない店の中へ入った。
おじさんに出された麦茶を
飲みながらあたりを見渡す。
雪奈も緊張した様子で
キョロキョロしていた。
「なんか...変に緊張するね」
猫カフェで使う言葉に
しては少し違和感があるが、
彼女は、ここに来る前までとは
まるで違って借りてきた猫の様に
大人しかった。
そんな事を考えてると
さっきのおじさんが
1匹の猫を抱えて持ってきた
あのぷにぷにのお腹、
猫らしくない大きな身体
そしてそれらを象徴するような
可愛げのないふてぶてしい顔、
ひと目でわかる。間違いない。
ブッチャーだった。
雪奈はブッチャーをみて
目を輝かせている。
「雄大くん!!ほら!ほら!
ニャンコ!あのニャンコだよ!
覚えてる!?かわいいぃい!!!!」
これにはおじさんも満足そうに
微笑んでいる。
「雄大くん!抱っこしてみ!!」
「はい!?雪奈、ちょっと待て、
聞いてないぞ?」
「ふーん...雄大くんって
ニャンコ嫌いなんだーふーん」
雪奈は意地が悪い。
ブッチャーの飼い主である
おじさんが目の前にいるのを
いいことに...。
おじさんのあの顔をみたら
断れるはずもない。
「わかった!わかったよ!
やってやんよ!まじ
動物大好きだし...巷では
ムツゴロウさんよろしく
ゆうごろうさんと呼ば...」
「ぶつぶつ言わないでほら!
早く持ってみて!!かわいいよっ!」
彼女はなんの躊躇もなく
ボクにブッチャーを渡してきた。
またこいつとやり合うのか...。
ブッチャーの目を見て臨戦態勢に
入る。
「あぁもう!雄大くん
ビビり過ぎ!大丈夫だよ!
普通に堂々としとけば何も
してこないって!」
ふぅ...と、深く息をつき
ボクは覚悟を決めた。
雪奈の手からそっと離れる。
ボクの手にブッチャーが
ゆっくりゆっくり渡され、
そして体温が伝わってきた。
人間とは違った暖かさを感じる。
途端にブッチャーは寝入ってしまった。
「おじさん、ニャンコ
寝てる!かわいっ!
雄大くんの腕の中が安心する
みたいだね!」
「ほぉ...ブッチャーの
こんなに安心した顔
久しぶりにみたなぁ。
妻以外に見せない表情だ」
ボクの腕の中で眠るブッチャーは
さっきのふてぶてしい面影も
全くなくすごく穏やだ。
ボクはちょっとだけ猫が
好きになった。
しばらくし
「あ、そうだ...」
と、おじさんが
1冊のアルバムを持ってきた。
7年前、ブッチャーがまだ
小さい頃の写真と
この店がオープンした時の
おじさんとおばさんが
写っている。
「今でも覚えているよ。
大雨の日だった。ブッチャーはね、ゴミ捨て場に
捨てられていたところを妻が
拾ってきたんだよ」
おじさんは続けた。
「いまでこそこんなに大きいけど
拾われた時は痩せててね、
食べるものも無かったんだろう。
虫の息だった。ほっとけば
死んでいたかもしれない。
でもね、妻は必死に助けようと
して、動物病院を探し回った。
その後も付きっきりで看ていたんだ。そのおかげで元気になり
いまじゃこんなに大きく
育ったてくれたよ」
おじさんの目は少し
赤くなっていた。
すると雪奈が口を開いた。
「捨てる神あれば拾う神あり、
ですね!奥さんが助けたいって
気持ちとニャンコが生きたいって
気持ち、お互いが強くなきゃ
ダメだし、もし
どっちかが欠けていたら、
このニャンコもここにいれな
かったかもしれないって
事ですもんね...」
「そうだね...。
小さな命でも必死に
生きようとしているんだね」
ボクはおじさんと雪奈の
会話を聞きながら、
ブッチャーと雪奈が
どこかダブって見えていた。
「あのね、おじさん?」
「ん、なんだい?」
「私ね、実はこの前まで
死のうとしてたの。
こんな命いらない、って
本気で思ってた。
でもね、雄大くんに
会って、雄大くんと一緒に
いたら死ぬのイヤになるの。
もし雄大くんがいなかったら
私ね、ここには来れなかった
かもしれないんだ。
今のおじさんの話聞いて、
ニャンコと私ってなんか
似てるなって思ったの!」
「そうか...そんなことが
あったんだね」
ボクは何も言わず
ただただ黙ってみていた。
「生きる勇気もらったなーっ。
おじさんありがとう!
私、がんばって生きるよ!!
雄大くんも!ありがとう!!
ニャンコに感謝だねっ」
「ボクも、雪奈に会って
なかったら死んでたかも
しれないしな。お互い様だ。
ブッチャーにも感謝
しなきゃだな。毎週ネコの
缶詰買ってこないとだな」
「おいおい、これ以上
ブッチャーを太らせないで
くれよ君たち」
客のいない静かなはずの
店内に笑い声が響いていた。
店を出て雪奈を駅で
見送った。ボクも帰ろうと
身体を反対方向に向ける。
するとポケットの
スマホから通知音が鳴った。
見てみるとどうやら
お母さんからだ。味噌を買って
こいという内容だった。
少し帰り道を逸れ、駅の近くにあったスーパーの中へ入る。
夕方とあってやはり
食品売り場は人が多い。
いつも使ってる味噌を探すが
なかなか見当たらない。
早く帰りたいボクは、近くの
店員さんを捕まえて、目当ての
味噌を探してもらおうと思った。
タイミングよくこちらを背に
目の前で醤油を並べている女性の
店員さんがいたので声をかけた。
「あの、緑のマークが描いてある
味噌を探してるんですけど、
どこかわかりますか?」
「あ、わかりますよぉ~!!」
そう言って振り返ったその
店員さんは、ボクも良く
知っていた人物であった。
あっちもボクのことを
知っている。そのせいか
一瞬、笑顔が引きつっていた。
お互いに変な間があった...。
そんな沈黙を
破るようにその店員さんは
少し高い声でボクに
話しかけてきた。
「や、やっほぉ...!!久しぶりぃ...。
私のこと覚えてたんだ~!」
「逆にキミもボクの事
良く覚えてたね...。」
「だってクラスメイトだよぉ...?
わ、忘れるわけないじゃん~...!!」
「だ、だよな!?一緒に
帰った仲だもんな...
えっと...三浦さん?」
三浦花音、ボクと同じ
クラスメイトであり
雪奈の友達...らしい。
一緒に帰ったあの日以来
彼女とは話してないのだが、
まさかここで、まさか
こんな形で再登場とは...。
「あぁ、えっと...味噌だったよね~?」
「あ、うん、ごめん...」
「緑のマーク、緑のマーク...
あ、あった~!!これ!?」
「そう!それ!ありがとう!」
彼女から味噌を受け取ろうと
手を伸ばした。
しかし、彼女はサッと手前に
ボクの味噌を引いた。
正式にはまだ購入してないので
“ボク”のではないのだが...。
「え、ちょっとそれ...買うから...」
「ふむふむ...。うーん~」
彼女は腕を組んで少し難しい顔
をし、数秒何かを考えていた。
そしてボクを見るなり
少しニヤっと笑ってこう返した。
「よし。あと10分であがるから
バイト終わるまで待っててよ~」
「いや...味噌買ったらすぐに
帰るけど!?」
「じゃあこれ、あげなーい」
「別に、もう場所はわかったから
そこからもう一つ取ってそれ買うし」
「あ~、ちなみに私が持ってるのが最後の一つだったりしてっ!!」
「三浦さん...!?それわかってて
そんな愚行に走ったの!?」
「そそ!最後の一つだよ~。
そ、こ、が、ミ、ソ、
なんつって!さあ、待つの
待たないの!?どっち~?」
「ま、待て!わかった、
君が終わるまで待とう...。
だからそいつを渡してくれ」
「よっしゃ、交渉成立!!
まいどあり~」
レジ通したらすぐに
走って逃げよう。レジから
出口までの最短ルートを
素早く、この韋駄天の雄大と
呼ばれたボクの力を見せてやる!!
だが、計画とはえてして
その通りに行かないことの方が
多いものだ。
この時間帯のレジに並ぶ
客の多さを計算に入れてなかった。
味噌一つでこんなに並ぶとは
確実に予想外だった。
ボクの順番が来る頃には
もう彼女は目の前で待っていた。
スタートにすら立てなかった...。
彼女は、残念でしたと言わんばかりにボクを捕まえた。
「雄大くん~逃げるつもり
だったでしょ~」
「そ、そりゃあな...。ボクが
本気で逃げたら誰も
捕まえられないんだぞ?」
「ふ~ん」
「し、信じてないな!?
みんなから韋駄天の雄大と
恐れられ、足の早さなら
全盛期の赤星さんを超え...」
「ちょっと~!!少しは
黙れないの!?」
「...ごめん」
「とりあえず歩こ~?」
「なんだかんだで外も
暗くなったな...お母さんに
怒られるかもな」
「ちょっと、それ
私のせいにしないでよね~!?」
「誰も君のせいとは言ってない」
「そもそも、雄大くんが
他の店で味噌買えば良かった
だけだもん~」
「はいはい...で、なんで
ボクを捕まえたの?」
「あ~、雄大くん最近
いじめ、無くなったの
気づいてる~?」
「うん、なんとなくだけど。
みんなテストの事とかで
手いっぱいなんだろうな?」
「ちがうよ~。ほんとバカ~。そゆのがいじめられる原因かもよ~」
「うるさいな...。三浦さんは
何か知ってるの!?」
「いや~、知ってるも何も
雄大くん、気付いて
ないのぉ?ほんとに~?」
「何言ってるの...?」
今まで一緒に
歩いていた彼女の足が
ピタリと止まった。
3歩ほど歩いてボクも止まった。
彼女は急に真面目な顔つきに
なり、口を開いた。
「雄大くん、あのねぇ...」
「...なに?」
「イジメを主導して人...」
「え...?」
「誰かわかんないの...?」
「いや...」
「えっと...あ...綾乃なの...
ごめんなさい...私
知ってて止めなかった...」
彼女の足は震えていた。
「ほんとに...ごめんね。
私も怖くて...」
彼女は下を向いていた。
「なんで...」
「わからないよぉ。
でも、クラスメイトに
LINEが回ってくるの...
綾乃から...こんな風にぃ」
彼女が見せたスマホの画面には
綾乃からのイジメの指示が
事細かに記されてあった。
そしてクラスメイトの
ほとんどがそれに関与
していたことも一瞬で理解した。
「なん...で、だよ...」
「ごめんね...ほんとにごめん。
綾乃が、みんなが怖かったの...
だからっ...」
彼女はまだ何か言ってけど、
ボクの耳には入ってこなった。
「もういい...わかった」
そこからはあまり覚えていない。
気づいたら走っていた。
無我夢中に走っていた。
頭の中が真っ白になっていた。
視界がぼやける...。
あぁ、ボク泣いてる。
みっともないな、高校生にもなって。
あれ...なんで、ここに
いるんだろう。
自然とボクはマンションの
屋上に立っていた。
あぁ、あの日と同じだ。
何も無い。死ぬのが
怖くない。ボクの感情は
どこに行ったのかな...?
飛び降りよう。一瞬だ。
すぐに死ねるんだ。
ボクは柵を乗り越えようと
手すりを掴んだ。
「何してるの!!!!!!!
雄大くん!!!!」
ボクの身体は、誰かに
押し倒された。
「ゆ...雪奈...?」
ボクを押し倒したのは
雪奈だった。がっちりと
腕を離さないまま
雪奈は叫んだ。
「なんで...ばか!!
雄大くんのアホ!!
マヌケ!!チビ!!ゲジまゆ!!はげ!!
方向音痴!!運動音痴!!
ガキ!!ナルシス...!!」
「まてまてまてまて!!
わかった、もぅわかったから!
悪口ばっかじゃね!?
それは傷つくから!!」
「だって...だってぇえ!!!」
「ごめんごめん、もう大丈夫だから
ほら、離して?」
「やだぁ!!」
「ちょ、近いって!!」
「離したら雄大くん
死んじゃうもん!!!!」
「死なないから、な?
とりあえず離そ?」
「......ほんと?」
「あぁ、ほんとほんと...」
「雄大くん!!」
「だから、離っ...!?」
初めての感触だった。
それが何か一瞬
理解できなかったが
すぐにわかった。
雪奈の暖かい唇の感触だった。
不思議なことに何も
抵抗できなかった。
ボクの心の中の真っ黒い
“何か”がすべて消えた。
時間にして10秒くらいだった。
「...雪奈?もう、大丈夫...」
「...!?わ、私!!!!
いま、雄大くんに!?え!?え!?」
「う、うん...」
「ーーー!?!?!?」
声にならない声をあげている
雪奈の頭をボクは
軽く叩いた。
「なんか、初めて見る雪奈だな」
「だって!!だって!!
ど、どーしよ...
は、はじ、初めて...!!」
「大丈夫。ボクもだ」
「あぁーーーん!!
もぅ、お嫁に行けないぃ!!
お父さんお母さんー!!!!!!」
「ゆ、雪奈!ちょっと
落ち着いて!?」
「あぁーーーもぅ!!!!!!
雄大くんのバカ!!!!」
「君からしてきたんだろ...」
「もうそれ以上
言わないでぇええ!?!?」
「あ、はい...」
「う、うぇーーん!!!」
「だから、ごめんって?
大丈夫??」
「違うの!!雄大くん!!
生きててよかったよぉお!!」
「あー...なんだ、そんなことか...」
「そんなこと、じゃないもん!!
雄大くん死んだらヤダもん!!」
「なんか...また雪奈に助けられたな。ありがとう」
「もうこんなことしないって
約束してくれる...?」
「するよ、する...」
「私を残して死なない?」
「死なないから大丈夫...」
「ほんと?」
「ほんとだって」
「お腹空いた。チョコパフェ食べたい」
「...なんでそうなる」
「私、疲れたなー。
誰かさんが泣いて走って
マンションの階段登ってて
それ追っかけー...」
「わ、わかった!!
行こ?...チョコパフェ
食べに行こ?」
「やったー!!ありがとうっ!!」
「さっきまで泣いてたくせに...」
「雄大くんもじゃん!」
「うるさい」
「はいはーい知ってますよーだ!!」
ファミレスについた。
「チョコパフェひとつ
お願いします!!」
チョコパフェが来る間
雪奈に、ことのいきさつを話した。
一通り話を聞いた雪奈はボクの
スマホを貸すように指示した。
ボクは、何も言わずスマホを
彼女に差し出した。
しばらくしてボクに返す。
「綾乃と花音の連絡先
入れたからねっ!!」
雪奈は親指を立ててウインクする。
「ちょっとまて...ボクに
どうしろと...?」
「あ、チョコパフェきたー!
わーいっ!」
「無視かよ!おい!」
「がつーんって!
雄大くんの得意な
お説教するのだ!」
今度はスプーンを立てて
ウインクする。
「まてまて...説教て、
なんて言えばいいんだよ」
「んじゃ、私もいる!!」
「2人には会わないんじゃ
ないのか...?」
「そんなこと言ってられないもん!
また雄大くんがイヤな思いするの
私もイヤだもん」
「お、おお...雪奈...」
「それに、チョコパフェ
食べられなくなるのもイヤだ!!」
「結局はそこかよ...」
「さぁ!今、電話しなさい!!」
「あ、明日でいいだろ...」
「明日、明日って言う人に
限って、結局しないんだよー?」
「う...そ、それは...」
「雄大くんも男だろ!
覚悟きめなよーっ?」
雪奈に諭され、ボクは
自分のスマホから電話をかける。
まずは、さっきまで一緒にいた
三浦さんにかけた。
2回目のコールの後、
すぐに出た。
「はい~?もしもし~?」
まじで出た...。ボクは雪奈を
見る。雪奈もボクを見てた。
「あの~?誰ですか~?」
何か喋らないとやばい...。
何を言えばいいんだ?
なんて言えばいいんだ?
でも、早く何か言わないと...
そんな状況を見かねたのか
雪奈がボクのスマホを
取り上げた。
「もしもーしっ!!わたしー!
覚えてるー!?雪奈だよー!!」
これは驚いた。いや、
ボク以上にあっちの方が
驚いたかもしれない。
「え...花音?む、無視?」
おそらく言葉が出ないのだろう。さっきのボクと同じ状態みたいだ。
しばらくして、三浦さんは口を開いた。
「...ユキちゃんなの?」
「うん!!だよだよーっ!
久しぶり!いぇーいっ!」
「え......ちょっと!!まじーっ!?
ユキちゃん!!なんで連絡よこさなかったの!?あんたいまどこなの!?
ちょっとユキちゃん!!いま何して...」
雪奈は手をいっぱい伸ばし
スマホをこちらに向けて
満面の笑みを浮かべ
ボクに渡してきた。
代われと言うことか...。
スマホを受け取り、今度は
ボクが話し出す。
電話の向こうでは、
相手はまだ叫んでいる。
「えー...三浦...さん?」
ボクが話した途端、ずっと
叫んでいた三浦さんが
静かになった。
「えっと...ボクだけど」
「ボク...?あ、あー!!
雄大くん!?うっそ...まじ?」
「うん、さっきはごめん。
今から会えるかなーって...」
「え、待って、雄大くん
今、ユキちゃんと一緒なの!?」
「うん、チョコパフェ食べてるよ」
「マジ!?いまから!?
ちょっと待ってて!すぐ行くから!!」
ガチャっ!!
...電話を切られてしまった。
「雪奈...?電話終わったよ」
「え!?雄大くん、場所言って
なくない!?」
「うん、その前に切られた。
すぐに行くってさ」
「どこによ!?」
案の定、またすぐに
電話がかかってきた。
「あ、またかかってきた」
「ごめん!場所どこ!?」
「コンビニ近くのファミレス
だよ?」
「わかった。待ってて~!」
雪奈もボクも緊張しているのが
わかる。
「あ、私帰ろっかなー...?」
「まて、それはボクが
許さないって...」
「わ、私、この後予定がっ...!!」
「ウソつくな!!」
テーブルの下の雪奈の足を
軽くふむ。
「いった!?雄大くん私
一応、女の子なんだよ!!」
そんなやりとりをしてると
店の入口から息を切らした
女の子が入ってきた。
一瞬で三浦さんだとわかった。
なぜか雪奈はメニューで
頭を隠している。
三浦さんは辺りをキョロキョロと
見渡し、ボクの存在に
気付くと、入口からボクの
座っているわずか10メートルも
ない距離を全力でバタバタと
走ってきた。
なんとも言えない威圧感を
感じる...。
「はぁ...はぁ...!!
雄大くん!?ユキちゃん!?」
「おーい、雪奈、呼んでるぞー」
雪奈はゆっくりゆっくり
メニューから顔を出す。
「あ、あはは...。こんばんわ~...」
「ユキちゃん...!!」
三浦さんは涙をこらえ、口を抑えている。久しぶりに会えた親友が
そこにいるのだから無理はない。
「花音~...大袈裟だなぁもぉ...」
三浦さんのこのリアクションには
流石の雪奈も困っている。
「三浦さん...と、とりあえず座ろ?」
なぜか三浦さんはボクの横に
座った。そして泣いている...。
この奇妙な光景をボクらは
ただただ見ていた。
ひとしきり泣いたあと
三浦さんが顔を上げる。
「ユキちゃん...綾乃も会いたがってたよ...?なんで急にいなくなっちゃったのよ~...」
「えと~...いろいろ...かな?」
「いろいろって何よ~!!」
雪奈への質問攻めが
始まりそうだったので
ボクが2人の会話に入る。
「あの~...ボクもいるん
ですけどー...!?」
我ながらファインプレーだ。
すると三浦さんは、
ボクの方へ顔を向け
今度はボクにしゃべりだした。
「さっきの話...」
「あぁ、もう大丈夫だよ」
「本当にごめんなさい...」
そして雪奈が切り出す。
「えとね、今日花音を
呼んだのは、その事について
なんだけど...、今から綾乃も
呼べるかな?」
「綾乃...?来るかな?
電話してみるね?」
そう言うと三浦さんは
自分のスマホで森綾乃に
電話をかけ始めた。
「あ、出た!!」
三浦さんは簡潔にわかりやすく
森綾乃に説明をしだした。
もちろん、ボクがいることや
雪奈がいることも。
電話の向こうで
森綾乃がめちゃくちゃ
泣いているのが伝わった。
「雄大くん、ユキちゃん、
今から綾乃が来てくれるって...」
「ボクは今からいじめてた
本人に会うのか...」
「大丈夫だよ!!話せば
綾乃はいい子なんだから!
きっと大丈夫!!」
雪奈のこの言葉を
信じるしかない。
3人とも森綾乃を待っている間
すごく静かだった。
15分くらいたって
入口から森綾乃が
入ってきた。
ラスボスの登場である...。
ボクを軽く睨んで、森綾乃は
雪奈の横に座る。
雪奈もこれには苦笑いだ。
雪奈が隣に座る森綾乃に
話しかける。
「ひ、久しぶり...
綾乃、元気だった~...?」
「雪奈!!あんた...どういうことよ!!
ちゃんと説明しなさいよ!!」
これを聞き、雪奈が
真面目な表情になった。
「私のことよりまず、
なんで、綾乃は雄大くんを
いじめてるのかな?」
あ...雪奈、怒ってるこれ...。
顔はパッと見穏やかだが
たしかに怒っているのは
すぐわかる。
「いじめてないし...」
森綾乃の声が少しだけ
小さくなる。
「待ってよ綾乃!!」
口を開いたのは、ボクの
隣に座る三浦さんだった。
「これ...綾乃、クラスに
送ってたじゃない!」
三浦さんは、森綾乃から
クラスへ送られる
いじめを指示する内容が
書かれたメールを見せた。
それは今年の四月から
続いていたのだ。
「ちょっと、それ!!
なんで見せるのよ!!」
急に森綾乃が取り乱し、
泣き出した。
ボクと三浦さんは下を
向いている。
軽く店内がざわつき始めた。
このとんでもない騒ぎを
治めたのは
やはり雪奈だった。
「綾乃...?泣くのもいいけど
まずはちゃんと雄大くんに
謝りなさい?謝ったら
いっぱいぎゅーってして
あげるから」
すると森綾乃はボクを
じっと見て、謝った。
「...ご、ごめんなさい。
もうこんなことしません...
ほんとにごめんなさい...」
それを言い終わると雪奈に
抱きつき、また泣き出した。
「よしよし...よくがんばりました」
雪奈は森綾乃の頭を撫でながら
ボクに向かって親指を立てていた。
ボクも親指を立てた。
なぜボクをいじめてたのか、
どうしてそんなことをしたのか、
そんなのはもう、どうでも良い。
彼女は謝った、もうしないと言った。これ以上彼女を攻める
つもりは無かった。
雪奈もそのつもりだった。
森綾乃が少し落ち着いたのを
みて、雪奈が話し出す。
「綾乃?花音?もし
本当に雄大くんに悪いこと
したって思いが少しでもあるなら
私からのお願い聞いてくれる?」
「うん...」
「わかった...」
三浦さんと森綾乃が頷いた。
「2人にはこれから
雄大くんのお友達として
仲良くしてほしいなっ!!
そしてこれからは4人で
遊ぼーよ!!!!」
この発言には
ボクも三浦さんもそして
森綾乃も驚いていた。
が、誰もイヤとは言わなかった。
こうしてボクのいじめの件は
今日をもって解決したのだが...
ここで忘れてはいけない事が
もうひとつあった。
それは、雪奈が2人に会って
しまったことだ。
2人に会わなくなったのには
ちゃんとした“理由”がある。
しかし今日、雪奈が2人と再会した事で、後にボクらが後悔する事をまだ誰も知らなかった。
あの日から1週間が過ぎ
今日から夏休み...だが
初日から、雪奈の
定例会議の呼び出しが
かかっている。
正直、家でゆっくりしたいけど
今回はボクらの他に
2人の新メンバーが加わる。
三浦さんと森綾乃だ。
今日は3人で来いと、
今朝、雪奈からLINEが来てた。
さっそく、三浦さんに連絡を
する。森綾乃はまだ少し
怖いのでボクからは
あまり連絡はしない。
三浦さんづたいに
森綾乃に連絡が
行くようにしている。
お昼からいつものファミレスに
集まれとのことだ。
三浦さんは返信が早いし
無駄に絵文字も使う...。
これが女子力か、と
感心しつつ支度をすませる。
お昼前にはファミレスに
付いた。30分早めに来た
のだが、すでに1人来ていた。
森綾乃である。
正直、あの日からまだあまり
話せてはいない。
ボクは森綾乃の前に座る。
何か話した方がいいかな...?
どうしよう...。
早く誰かこいー!!!!
なぜかそわそわしだす。
そんなボクを見て
森綾乃が喋った。
「あのさ...」
「は、はい!?」
「そんなに緊張すんなよ」
「あ、ごめんなさい...」
「ウチ、そんな怖いか?」
「いやー...」
「本当は?」
正直、
めっちゃ怖かった。
正直、
漏らしそうになる。
それくらいの雰囲気だ。
が、ここで下手なこと言ったら
目の前にあるフォークで
殺されるかもしれないので
ボクはウソをつく。
「大丈夫だよ...?
全然怖くない!!
ほんとほんと...!!」
「そ、そうか!?それは良かった!!」
「森さんて...バスケ部だったよね...?」
「おう!そうだぞっ!」
「運動できて、すごいな~...
めちゃくちゃかっこいいね!!」
「お、おう!!そうだろ?
ウチ、かっこいいだろ!?」
あ、こいつ単純だ...。
さっきよりだいぶ
テンションが上がっている。
「うん!森さんって
後輩からも慕われてそう
だもんねー」
「マジ!?そう見えるのか!!ウチ!!」
「うんうん、森さん
すごいもんー」
「なぁ、森さんじゃなくて
綾乃ちゃん、でいいぞ?
お前、思ったよりいいやつだな!!」
まさかこんな単純だとは...
おもしろいおもちゃを見つけた
のでもう少し遊んでみよう。
「綾乃ちゃん、女の子からも
男の子からも人気だよなー!
流石バスケ部のキャプテンだなー」
「ば、ばか言うなって!!
そりゃー身長も高いし!?
ブサイクではないしー!?
でも今は恋愛より部活だしー!?」
「綾乃ちゃんはやっぱり
責任感もあるんだなー」
「そ、そりゃキャプテンと
いう立場上!!チームをまとめる
力もないといけないし!?
やっぱりキャプテンだからー」
「ごめん、電話だ。少し黙ってて」
「お、おう...すまん」
電話の相手は三浦さんだった。
「ごめん~
もう着いてる感じー?」
「綾乃ちゃんといるよ」
「綾乃ちゃんって!!
何それウケる~!!
とりまもう少しで着くよ~!!」
そう言い、通話を終えた。
それから5分もしないで
三浦さんはやってきた。
綾乃ちゃんと違って
化粧もバッチリだ。
これが女子力か、と感心する。
2人がボクの前の席に
並んで座っている。
1人はおしゃれで化粧までして
女子力高めの三浦さん。
もう1人は上下ジャージで
自称デキる女代表の
綾乃ちゃん。ほとんど
普段着はこれだと言うのだから
驚きである。
ボクも人の事を言える立場では
ないが、さすがに年中ジャージは見たことないし着たこともない。もっとも、彼女がこの後
SASUKEに出るとかなら話は別だが...。
その綾乃ちゃんは
三浦さんが来る前に頼んでいた
牛丼をガツガツ食べている。
対して三浦さんは紅茶を
飲んでいる...。
「この差だよな...」
ボクは無意識に呟いていた。
その言葉に綾乃ちゃんが
反応した。
「おい!今なんか言ったか?」
「な...なんでもないよ。
雪奈遅いなって!!」
「あー!たしかに!雪奈遅いな!!
お前、電話しろよ!」
「さっきからかけてるんだけど
なかなか繋がらないんだ」
「おかしいね...ユキちゃんは
ちゃんと時間は守るのにね~」
三浦さんが心配しだす。
すると綾乃ちゃんが、
何か思い出したように
語り出した。
「あっ!!そう言えばここに
来る前に、救急車と
すれ違ったけど...まさかな?」
「綾乃ちゃん...それマジ?」
ボクらは益々、不安に包まれた。
30分以上が過ぎた...。
雪奈は姿を現さない。
こうなったら最終手段だ。
「綾乃ちゃん、三浦さん、
雪奈の家に...行ってみない?」
2人は雪奈の家を知らない。
「雄大くん、ユキちゃんの家
知らないって言ってたじゃん~」
「ごめん三浦さん、本当は
知ってるんだ」
「マジー!?まあいいわ...とにかく
急いで行こう~」
ボクらは店を出て雪奈の
家に向かった。白い大きな家だ。
「ここだよ」
「早くお前!ピンポン押せよ!」
綾乃ちゃんに言われ、
インターフォンを押す。
だが、中に誰もいる気配は無い。
困ったことに電話も繋がらない。
諦めかけたその時、隣の家の
おばさんが話しかけてきた。
「あなた達?雪奈ちゃんとこに
用事?」
綾乃が対応する。
「あ、はい!そうです!
雪奈の友達です!
雪奈に会いに来たのに
あいつ、出ないんです!!」
この後おばさんの口から
聞いた言葉で3人は
固まってしまった。
「あんた達!!雪奈ちゃん!今さっき救急車で運ばれたわよ!!
市立病院よ!急いで向かいなさい!?」
市立病院...!?今さっき...!?
ボクらは驚きを隠せない。
しかし市立病院までだいぶ
距離があった。こんな緊急事態の
時なのに何もできないなんて...
悔しくて、ボクは自分に
腹が立った。
それは三浦さんも綾乃ちゃんも
同じだった。
「とにかく走るぞ!」
綾乃ちゃんが声を出す。
ボクと三浦さんも
走るつもりでいた。
よし、と覚悟を決めて
綾乃ちゃんが足を前に出したとき
後ろから車のクラクションが
鳴った。その音は3人に
向けられて鳴らされた音だった。
「あんた達!!早く乗りな!
市立病院まで距離がある!
走って行ってたら大変だよ!!
おばさんが送ってってやる!
早く雪奈ちゃんに会ってやりな!!」
ボクらの様子をずっと
見ていたさっきのおばさんだった。
運良くボクらはおばさんの車で
市立病院まで送ってもらうことに
なった。
「おばさん!ありがとう!!」
そう言い3人おばさんの
車に乗った。
車内は終始、緊張感が
漂っていた。
そのせいか誰も喋らない。
ボクはただ、雪奈が無事なことを
祈るばかりだった。
市立病院につき、おばさんは
車を入口に横付けしてくれた。
「さぁ!早く行きな!」
「おばさん、本当にありがとう!!」
ボクらは車を降り、
走って受付まで行った。
看護師さんに雪奈が
三階の集中治療室に運ばれた事を
聞き、さらにボクらは
走って三階へと向かった。
三階の集中治療室、
たしかにそこには
雪奈の名前が書かれた
プレートがあった。
「あ!ユキちゃんのパパとママ!!」
三浦さんが雪奈の両親を見つけた。
「花音ちゃん...綾乃ちゃん
来てくれたのね」
雪奈の両親はすっかり
疲れきった顔をしていた。
「雪奈...大丈夫なのか!?」
綾乃ちゃんは雪奈の
お父さんに聞いた。
「まだどうなるか
分からないんだ...
すまない綾乃ちゃん...」
雪奈が集中治療室に
運ばれて2時間近く経とうと
していた。
綾乃ちゃんが今にも泣き出しそう
なのが見てわかった。
その時、雪奈がいる集中治療室
のドアが開いた。
1人の医者がこちらに歩いてくる。
「雪奈さんのご両親ですね。
安心して下さい。今のところは
無事です」
医者の言葉を聞いてその場にいた
みんながホッとした。
「が...またいつこんな状態に
なってもおかしくないです。
しばらくは入院した方が
いいでしょう」
そう言うと、雪奈の両親と
医者は別の部屋へ入って行った。
「入院ってどういうことよ...。
なんの病気なの、ユキちゃん...。
知ってるんでしょ?雄大くん
もう隠し事は無し!ねぇ!
正直に教えてよ!ユキちゃんは
大丈夫なの!?」
珍しく三浦さんが
大きな声を出す。
ボクは雪奈が後少ししか
生きられないことは知っていた。
しかし、何があっても雪奈は絶対
言わなかったし今日まで
それを隠し続けていた。
ここでそれを言ってしまったら
雪奈との約束を破ることに
なるし、
雪奈のこれまでのがんばりを
無かったことにしてしまうん
じゃないかと思った。
下を向いて黙るボクに
三浦さんがさらに
何か言おうとしたが、
それを止めてくれたのは
綾乃ちゃんだった。
「花音、やりすぎ...。
もうよくね?こいつだって
言いたくないこともある。
雪奈だって聞かれたくないことも
ある。ウチら何年雪奈見てきてんの?雪奈がさウソつく時って決まってウチらの為だったじゃん。
雄大...そうだろ?」
ボクは小さく頷いた。
しばらくして、雪奈の
両親が部屋から出てきた。
どうやら雪奈は今のところ
目を覚まして
話もできるらしいので
このまま面会も出来るとのことだった。
雪奈の両親は着替えなどを家に取りに戻るということで
一旦、家に戻っていった。
ボクらは雪奈の名前が書かれた
部屋へ入る。
そこには、ベッドの横に座って
笑顔で手を振る雪奈の
姿があった。
「いやー...なんか急に
ごめんねー?あはは~...」
「ユキちゃん大丈夫?
痛いところない?」
「大丈夫!ちょっとふらってなっただけだよ!ほんとにみんな
大袈裟だなぁー...!!」
わかりやすいほどに作られた
笑顔を見てボクは理解できた。
「雪奈...?いつまで入院なんだ?」
「えっとね、1週間くらいで
退院できるって!夏休みで
ほんと良かったよねー!!」
「部活休んで明日もお見舞いくるからな?」
「そ、そこまでしなくて
いいよーあはは...」
「ユキちゃん、とりあえず今日は
ゆっくり休んでね?」
「みんなありがとねーっ!!」
「よし!みんな帰るぞ!
あんまり長居すると
雪奈も大変だ!」
そう言って綾乃ちゃんが
部屋を出た。続き三浦さんも
部屋を出た。ボクもその流れで
出ようとすると、
雪奈に引き止められた。
「あ、雄大くんはちょっと待って!
少し話そ?」
「あ、うん。ごめん三浦さん
綾乃ちゃん、先帰ってて!!」
「了解~」
「わかった!」
そう言い2人は先に病院を出た。
ボクはベッドに座る
雪奈を見て、声をかけた。
「大丈夫なの?」
「うん!大丈夫っしょ!」
「そっか、ボクに三浦さんがね、
なんか知ってるんだろ!って...」
「雄大くん...言っちゃった?」
「いや...雪奈との約束
破りたくなかったから
言わなかった...それで
良かったのかな?」
「雄大くん...ありがとうね?」
「早く良くなるといいな」
「明日も来てくれる?」
「来なかったらどうせ、
化けて出るぞとか
言うんだろ?」
「うん!もちろんっ!!
良くわかってんじゃん!」
と、雪奈は笑った。
本当の笑顔が戻っていた。
「んじゃ、明日ね?」
「差し入れ楽しみにしとくねーっ!」
病院を出たボクはまっすぐ
家に帰った。
家に帰り着くとお母さんが
今日の晩ごはん何が食べたいか
聞いてきたが、疲れていた
ボクはそのまま部屋に戻り
いつの間にか眠ってしまった。
次の日、三浦さんと
綾乃ちゃんに連絡して
支度を済ませる。
手ぶらで行ったら
雪奈にまた国語辞典で
殴られそうなので
ちゃんと差し入れも
買ってきた。
2人と病院前で合流する。
「おっはよ~」
「遅いぞ!」
「ごめんごめん、ちょっと
寄り道してた...」
そのまま病院へ入り
雪奈の部屋へ向かう。
「お前、そう言えば何
買ってきたの?」
「んー、雪奈が
好きそうなやつ...かな?」
「なにそれ~早く見よっ!」
3人で雪奈の部屋の前に並び
ガラッと扉を開ける。
「おっじゃまー!」
「綾乃ー!雄大くんと
花音もー!ありがとうね~」
そこには元気そうな雪奈の
姿と両親の姿もあった。
「雪奈...これ。差し入れ持ってきた」
「おぉ!雄大くんイッケメーン!
どれどれ...」
雪奈が紙袋を開ける。
「雄大くん!!マジ!?
チョイス神ってる!!ウケる!!」
雪奈が笑い出す。
みんな、紙袋の中を見る。
「お前まじかよ!!」
「雄大くん~笑わせないで
お腹痛いっ!!」
「うふふ。わざわざ
ありがとうね?
みんなでわけましょう?」
雪奈のお母さんはニコッと笑い
紙袋の中から“それ”を取り出し
みんなに配った。
静かなはずの
病室でみんなの笑い声が
響いていた。
帰り道、三浦さんと
綾乃ちゃんに聞いてみた。
「しかし...みんななんで
あんなに爆笑したんだ?
美味しいだろ。たい焼き...」
2人はまた笑っていた。
雪奈が入院して一か月が
過ぎようとしていた。
夏休みも残りわずかと
なったが、雪奈の
退院の話はまだ聞かない。
それでも夏休みは毎日の様に
雪奈の病院へお見舞いに
行っていた。
今日もお見舞いに行こうと
三浦さんに連絡する。
が、今日は三浦さん
どうしても外せない用事が
あるということで
来れないらしい。
綾乃ちゃんにも連絡いれたが
部活の大会が迫っているので
休めないとのことだ。
しかたなく1人で病院へ向かう。
もちろん片手にはたい焼きを
持って。
ノックをして雪奈の部屋に入る。
「あれ?珍しいね!
今日は一人なんだー」
「部活とかでこれないってさ。
はいこれ、たい焼き買ってきた」
「雄大くん相変わらず
ブレないね~っ!
ありがとう!!」
「ところで身体の調子はどう?」
「最近めちゃくちゃ元気だよー!
私はいつでも退院する準備は
整ってるよーっ!!」
「そっか、んじゃもうすぐ
出れるんだね。退院したら
ブッチャーとおじさんにも
会いに行かないとね」
「そうなんだよ!
ニャンコに会いたくて
会いたくてもう毎晩
震えてるよ!?私!!」
「どこかのアーティストみたいだな...」
「待ち受けにしちゃってるもん!
じゃーん!こんな感じ!!」
雪奈は自分のスマホの
待ち受け画面を見せた。
それはいつ撮ったのか
ボクがブッチャーと熱い戦い
を繰り広げた時の写真だ。
死闘の末、ぎりぎりのところで
ボクが勝った、と言うことにしている。
「いつ撮ったんだよ...」
ぺしっと雪奈の頭を叩く。
「へへーっ!
良く撮れてるでしょう!!」
と雪奈は笑う。
「まぁいいや。早く
良くなれよ」
「雄大くん!ちょっと外出ない?」
「何言い出すんだ。
大人しくしてろバカ」
「屋上ならいいんだもん!
ね、屋上行こーよ!」
「屋上熱いから、あんまり長く居られないからな?」
「はーいっ!」
そう言い雪奈はベッドから降りて
歩き出す。病人とは思えないほど
軽快な足取りで階段を登っていく。
「ついたーーーー!!!!」
「おお...広いな」
「そこのベンチに座ろ!?」
雪奈はベンチに腰掛けると
さっきのたい焼きを
食べ始めた。
「はい、半分あげる。
雄大くんもどうぞ!!」
雪奈はたい焼きを
頭の方と尻尾の方と
半分に割ろうとしたが
少し考えて、クスっと
笑う。そのまま
横に割るのではなく縦に割った。
「はいっ!!はんぶんこ!」
その笑顔は小学生の
様に無邪気で、
何も染められていない
綺麗に透き通った
純粋な笑顔だった。
それを食べ終えた雪奈が
ベンチに座るボクの前で
体育座りなる。
「雄大くん。お願いがあります!!」
「...ん?」
その話を終える頃には
夕方になっていた。
ボクは雪奈を部屋に送り、
病院をあとにした。
家に帰り、一晩中
雪奈の言った言葉は
いったいどういう意味なのか
考えた。ご飯中でも、
お風呂の中でも
自分の部屋でも考えた。
が、結局答えはわからない
ままだった。
ご飯中、お母さんが
ニヤニヤして
ボクにこう言った。
「あんた、好きな子おるやろ!?」
ボクは無言で味噌汁をすすった。
気づけば、
夏休みも終わって
2ヶ月が過ぎていた。
夏休み以降も、毎週
日曜日は病院にお見舞いに
行っていた。
毎週日曜日は定例会議だ。
それを理由に病院へ足を
運ぶ。ボクは特にそれが苦では
なかったし毎週日曜日が
楽しみでもあった。
いつもと変わらず
世間話をする。
三浦さんや綾乃ちゃんも
来れる日はできるだけ
来るようにしていた。
気がつけば、もう10月。
少し風が冷たい。
秋がすぐそこに来ている。
10月に入って最初の日曜日だ。
今日も三浦さんと綾乃ちゃんと
3人で雪奈の病院へ向かった。
雪奈の部屋が変わっていた。
4階になっていた。
4階の雪奈の部屋に行くと
ボクらを見た看護師さんが
声をかける。
「雪奈ちゃんのお友達ね。
多分、今日から会える日が
少なくなると思うわ...
ちょっと体調崩して...」
「はぁ...」
ボクらは看護師さんに
軽く頭を下げ
雪奈の部屋へ向かった。
雪奈の名前が書いてある
部屋を見つけた。小窓から
部屋の様子が覗けたので
3人で窓に顔を付けて、
中の様子を伺ってみた。
そこには苦しそうな
顔をしている雪奈の姿があった。
身体には管が繋がれ、
呼吸も荒い...。
あまりに衝撃的なその
光景に言葉を失ったボクらは
その場を去り、病院を出た。
ずっと無言だった
帰り道...綾乃ちゃんが
重い口を開いた。
「全然...良くならねーじゃんかよ...
どこが大丈夫なんだよ...!!
あんな苦しんでる雪奈
見るくらいなら、再会なんて
しなければ良かったじゃねーか!!」
「綾乃ちゃん...」
「お前らもそうだろ!?
何が治るだよ!!
こんな思いするなら
最初から出会わければ
良かったんだ!!」
「綾乃...!!もうやめなよ!」
「そもそも雪奈も
ウチらの気持ち
考え.....!?」
ぱんっ!!!!
大きな音と共に綾乃ちゃんが
尻もちをついた。
その音は三浦さんが綾乃ちゃんの
頬を叩いた音だった。
そして三浦さんが泣きながら
声を荒げてこう言った。
「ユキちゃんだってああなりたくて
なってるんじゃないんだよ!?
そもそもユキちゃんは綾乃が
泣くって、私もショック受けるって...!!そう思ったから音信不通になったんだよ!?それに気付けないで
何が友達だよ!?何が親友だよ!?
ユキちゃんは...ユキちゃんは...
昔から優しい子だったじゃん!!」
あの時、あの日
雪奈が2人に再び
出会わければ...
ボクのせいで出会わせて
しまったことにボクは
後悔した。
「ウチもう2度と来ねーからな!!」
そう言い綾乃ちゃんは
走って行った。
「綾乃...」
三浦さんはその場で
泣き崩れてしまった。
3人の中で
あの日の後悔だけが
心の中にあったんだと思う。
それ以来、この3人で
病院に行くことは無くなった。
10月、第二日曜日。
病院へ向かった。
雪奈の部屋には
入れない。
ボクは扉の小窓から
雪奈を見ていた。
10月、第三日曜日。
雪奈の状態は変わらない。
この日も小窓から
雪奈を見ていた。
10月、最後の日曜日。
この日も小窓から
雪奈を見ていた。
ボクはただただ
黙って部屋の前に立っていた。
11月になった。
街もすっかり秋一色。
寒い日が続く。
病院にいる雪奈には
わからないんだろうな。
外の寒さも秋の街も...。
11月の最初の日曜日。
今日もボクは病院へ
向かった。
4階に行く為
階段を登っていく。
下を向いて歩いている
ボクの視界に、誰かの足が
見えた。
「そこのお兄さん?
なんか辛いことでも
あったのかーいっ!?」
「え...?」
顔をあげると
女の子が立っていた。
「うっはー!ぶっさいく!
雄大くんブレないねー!!」
目の前で笑っている彼女は
ボクのよく知る相手だ。
この声、この喋り方、
そしてボクへの悪口。
目の前にいるのは
雪奈だった。
「...ゆ......雪奈!?お前...」
「リアクションうっすー!
もっと喜んでよ!!
雄大くんあーほっ」
「だって...え?雪奈?本物!?」
「本物の雪奈ちゃんだわ!!」
「生き返ったの!?」
「死んでないんだけどな私...」
正直、まだ信じられない。
しかし目の前に立つ彼女は
まぎれもなく正真正銘
本物の雪奈だった。
ボクは雪奈に部屋へ
案内された。
「雄大くん。今度の日曜日
なんと1日だけ外出の
許可がおりました!」
「もう外に出られるほど
元気になったの?」
「うん!日曜日の外出は
退院する為のテスト、
みたいな?」
「なるほど...」
「だから、行きたいところ
いっぱいあるの!!全部行くよ!!
久しぶりにチョコパフェも
食べたいなっ!!
あ、ニャンコにも会いたい!!
めっちゃ楽しみ!!!!
うっひょーーー!!!!」
「わかった!必ず空けとく」
ボクはそう言い
雪奈と指切りげんまんをして
病院を出た。
来週の日曜日が楽しみだ。
その日、機嫌良く家に
帰ってきたボクを見て
お母さんがニヤニヤしていた。
「あんたの好きな子って
どんな子よ!!言ってみなさい!!
こら!」
ボクもニヤニヤしながら応える。
「わがままで自分勝手で
チョコパフェとたい焼きが
好きな子かなー?」
「なんか...めちゃくちゃ
ファンタジーな子ね...」
お母さんは笑っていた。
雪奈に見せたいものが
沢山ある。
聞かせたい話も沢山ある。
食べさせたい物、
会わせたい人、
沢山ある。
1日で全部できるのかな?
やばい、めちゃくちゃ楽しみだ。
そんなことをずっと考えて
そのせいか1週間はとても
あっという間に過ぎた。
土曜日の夜。いよいよ明日か!!
やばいな、緊張して
眠れない!!どうしよう!!
ボクはまるで遠足の前夜、
なかなか眠れない
小学生のようだった。
結局、眠れずに朝を迎えた。
よっしゃ!行くぞ!
ボクは気合いを入れ
支度をして、
元気よくお母さんに
行ってきます!!と
言い残し病院へ向かった。
外に出るのがこんなに
楽しいなんていつ以来だろう。
天気も晴れ!最高だ!!
病院の入口で
ニヤニヤしているボクは
恐らく変な目で見られているだろう。
しかし全く気にならない。
病院に入る。だんだん
脈が早くなる。
高まる気持ちを抑え
大きく深呼吸をする。
この前、案内された
雪奈の部屋に向かう。
雪奈の部屋まで50メートル
くらいだ。
部屋に近づくにつれて
テンションが高くなる。
部屋の前に立った。
よし!と再び気合いを
入れて、扉をノックし
勢いよく開けた。
「お疲れ様!!雪奈!!」
扉の向こうには
何も無かった。
「え...部屋間違えたかな?」
隣も見てみる。
しかし何も無い。
恐る恐る看護師さんに
聞いてみた。
「あの...雪奈さんの部屋は?」
看護師さんは答えた。
「雪奈ちゃん...もうここには
いないわよ、先週....」
看護師さんは口を抑え
目を赤くして、泣くのを
堪えていた。
頭の中の整理が追いつかない。
ボクの情報処理能力じゃ
理解できなかった。
すると、雪奈が病院に
運ばれた時の医者が
いた。ボクは走って
医者を捕まえて聞いた。
「雪奈さんのお部屋どこですか!?」
「ああ...君はたしか
雪奈ちゃんの...。そうか、
雪奈ちゃんはね......
先週の日曜日に...
状態が急変して
亡くなりました」
「......うそ、だろ?」
「家に行ってみなさい。
すぐにわかるだろう」
ボクは走って病院を出た。
そんなことあるはずない!
そんなバカな話あるか!
ありえない!
どうせまた雪奈の
いたずらか何かだろ!
くそ!くそ!くそ!
タクシーに乗り
雪奈の家へ向かった。
雪奈の家についた。
恐る恐るボクは
インターフォンを押した。
「...はい?」
雪奈のお母さんが出た。
「あの...雪奈さんに...」
「もしかして雄大くん?」
「はい...そうです」
「待っててね、すぐに開けるわ」
玄関が開き、雪奈のお母さんが
中へと通してくれた。
テーブルの上には雪奈の
アルバムや私物が
綺麗に置かれていたわ。
「あの子も喜ぶわ」
お母さんのこの言葉で
ボクはすべて理解できた。
雪奈は死んだ。
お母さんに案内された
部屋の奥には
あの純粋な笑顔を見せる
雪奈の遺影があった。
不思議と涙は出なかった。
線香に火をつけ
静かに手を合わせた。
「雄大くん、雪奈から
沢山話聞いてるわ」
「そうですか...」
「あの子がね、亡くなる前に
これをって、雄大くんに今度の日曜日渡すんだって」
お母さんはそう言って、
女の子らしいピンクの便箋
を渡してきた。
「雪奈がね、病院で
書いてたのよ」
「いま、読んでいいですか?」
「ええ...もちろん」
便箋の中には手紙が3枚と
写真が1枚入っていた。
『雄大くんへ。男の子に
手紙書くの初めてで、少し
緊張しています。雑で読めない字があったらごめんっ!!
雄大くんと初めてあった日、
覚えてる?死にたい私と死にたい雄大くん。今思えば変な出会いだったね(笑) その後一緒に気持ちよく死ぬ為に色んな店も行ったね!
高そうなお財布も
もらっちゃったっ!!
すごく楽しかったよー。
きっと私はその時からもう
死ぬとか考え、1ミリも無かったんだと思う。雄大くんといると
楽しかったもん。雄大くんといると心の黒い何かが全部消えちゃうんだもん!雄大くんは人を安心させる才能持ってるよ(笑)
定例会議とか言って雄大くん
呼んだりしたけど、
嫌われたらどうしよう~!!とか
来なかったらどうしよう~!!とか
定例会議の前日、私
眠れなかったんだぞ!!ばーか!!
ニャンコと遊んだのも
楽しかったなーっ!!
雄大くんビビりすぎなんだもん!
でも、がんばってたね!
その必死さが伝わって
ちょっとかっこよかったよ←
おじさんの話きいて
私ね、正直まだ生きたく
なっちゃった(笑)
でもあと半年って...くっそー!
((正確には2ヶ月くらい?))
でもその日の夜、
余命半年とかどうでも
良くなるくらいの
出来事があったね(笑)
あえてここでは
言いません!!!!
恥ずかしくて言えないのが本音!!
そして、雄大くんは
綾乃と花音にも会わせて
くれたね!私の大好きな2人と
繋がってたのもきっと
運命だったのかな?
3人とも大好き!
だからこそ、3人には
もっともっと仲良くなって
ほしいなーって!!
おそらく、ケンカするときは
私の事でだと思う...まじごめん!
でも綾乃も花音も悪い子
じゃないから大丈夫(笑)
退院したら何しよっかなー!
ニャンコと遊んで
チョコパフェ食べてー
たい焼きも食べたい!
やること多すぎーーー!!
今から楽しみすぎてやばいなぁっ。
ほんとにほんとに雄大くんには
お世話になってます。
雄大くんがいなかったら
今の私はいなかったと思うもんー
まじで!
悪口ばっかだけどさ、
結構、感謝してるんだぞっ!!
と、言うわけで!
この辺でまたねーっ!!
あ、写真はおじさんと
ニャンコと雄大くんの
スリーショット!!
良く撮れてるでしょーっ!
退院したら沢山
遊ぶぞっ!!まだまだ
楽しみましょうっ!! 雪奈』
読み終えると
涙が止まらなかった。
ボクの涙が手紙に
1粒、1粒と落ちていった。
何回も何回も読み直す。
その度に涙の数が増えていた。
お母さんも泣いている。
その日、ボクは生きてきた中で
1番泣いたかもしれない。
それから数ヶ月たった。
「おじさん!ちょっとその猫
ウチ無理無理!!!!」
「綾乃ビビりすぎー!!ウケる~!!」
「綾乃ちゃん!もっと
堂々として!大丈夫だよー!」
「ちょ、雄大!?それ
マジで言ってる!?こいつ
重いし絶対、人間3人くらい
噛み殺してるってまじ!」
「大丈夫。ゆっくり
持てばいいんだよ」
おじさんの手からブッチャーが
綾乃に移された。
「お...おぉ、かわいい
じゃねーか...」
「ほらね!ボクも最初は
そんな感じだったぞー!」
「雄大くんいまじゃめちゃくちゃ
動物に好かれてるもんね~
ここの猫みんな雄大くんに
よってくるもん、ウケる~」
「当たり前だろっ!
巷ではゆうごろうさんと」
「雄大うるさい!
ブッチャー起きるだろ!」
「あ、ごめん...」
「はっはっは...君たち
仲が良いな。
雪奈ちゃんもこんな感じ
だったな、たしか...」
「はい!仲良くしないとボク達
雪奈に怒られるんでっ!!」
拝啓...雪奈へ。
きっとどこかで見ているのかな?
あの日、屋上で雪奈が言った
お願いの意味がようやく
わかった気がします。
君は言ったね
「お願いがあるの。
私を忘れないで。
私も雄大くんを忘れない。
私は死ぬの怖くないよ。
雄大くんの中でちゃーんと
生きてるんだから。」
ボクだけじゃない。
みんなの中に君はいる。
みんなの中で君は生きてるんだ。
だから、みんな君の分まで
がんばって生きるよ。
前を向いて、ちゃんと
生きていくよ。
綾乃ちゃんも三浦さんも
ブッチャーも...
みんな、みんな...
必死に生きていくんだ。
ボクらは雪奈にそれを
教えて貰った。
だからがんばるよ。
あなたの為に
ボクは...いや、
ボクらは......
ボクらは生きたいと思う!!!!
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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