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第22話:おんおうに......あいあおう

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「お、全員起きてきたか。」
  僕達がティータイムに洒落こんでいると、三人が降りてきた。
「なんで紅茶飲んでるの?」
「大人の一服ってやつだよ。」
「私も飲むー」
  ケイトは僕のコップに入った紅茶を飲んだ。その瞬間、彼女はそっとコップを置いた。
「これ、砂糖入れてないの?」
「香りを楽しむんだよ。まだまだケイトは子供だな。」
「コーヒーは飲めないくせに。」
「コーヒーは体に悪いからね。骨が黒くなるらしいよ。」
  僕はケイトが飲んだあとの紅茶を飲んだ。無味だ。正直いうと、僕も香りのよさなんか分かっていないけどそう言った方がカッコがつくのでそう言った。
  ケイトとテレーゼの後ろからジェンが顔を出した。
「おぉ、君がジェン君だね~。俺はライベール。こいつらの保護者だよ。」
「これからお世話になります。」
  ジェンはそう言うとぺこりとお辞儀をした。なんだこいつ礼儀正しいな。
  それを聞くと、ライベールはにこりと笑って、
「敬語なんて使わなくていいよ~。子供は子供らしくタメ口でいい。まぁテレーゼちゃんは敬語なんだけど。」
  何やら意味ありげに言った。まぁそんなこと、馬鹿には通じないので、ジェンは「そうなのか。」と言い、敬語を外した。

  全員朝食を食べ終え、朝の支度を済ませたので今から登校だ。今日、ライベールの仕事は休みらしい。
「じゃ、いってきまーす」
「行ってらっしゃい。」
  そう言って、僕達は学校へと向かった。

     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤

  いつも通り門まで転移した後、僕達は大通りを歩き始めた。
「そういえばここってラーラードのなんて街なんだ?首都だよね?」
「首都って言葉は知らないけど、確かこの街はヘリオットつて名前のはずだよ。」
  僕の質問にジェンが答えた。こいつが知ってるなんて驚きだ。というか今まで僕達が知らなかったのがおかしいのか。
「ヘリオットね...ヘルメットみたいだね。」
「お兄ちゃん、面白くないよ。」
  ......なんだろう、最近本当に口がキツくなってきてるような気がする。僕のことが嫌いなのかな?
「別に面白さを追求したわけじゃないからね?そういうことを僕達以外に言うと、「えーケイトちゃんって空気読めなーい」って言われるからね?もうちょっと自重すべきだよ?」
「お兄ちゃんだから言ったの。」
  お兄ちゃんも人だから傷つくことはあるんだよ...。ということは言わないことにして、僕は「そうなんだ」とだけ言った。
「お前達って仲良いよな。」
「兄妹だしね。」
「兄妹揃って頭いいとか許せん。」
「そうだそうだ(  ー̀ н ー́ )」
  僕の頭がいいんじゃなくて、"俺"の頭がいいだけだけど。まぁそんなことはこの三人は知らないので、そんなことは言っても無駄だ。やがて"僕"が皆の前から消えても、多分誰も気づかないだろう。
  くそったれ。
  そう、そうなる前に僕にはやることがある。やらなければいけないことがある。テレーゼの喉を元通りにする、これだけは僕がやりたいんだ。
  そのためには人体の構造について理解を深めなければならない。これは多分学校で学べる......学べるようになるまで待つつもりか?そんなことしてたら"僕"は死ぬぞ?
  これまで悠長にしすぎたかもしれない。声を出せなくした張本人である僕が悠長にしてる権利なんてないのに。
  そこまで考えて、僕は三人に
「僕、今日は休み時間教室にいないから。」
  とだけ言った。
「え、なんでなの?」
  ケイトが聞いてきた。
「用事があるんだ。」
「なんの?」
「なんだっていいでしょ。」
「ふーん。」
  普通ならもっと追及してきそうだけど、ケイトはそれ以降、特に話しかけてこなかった。


  授業が終わり、僕は図書室を探し始めた。休み時間は十分しかないので、午前の三回の休み時間と昼休みで探し当てなければならない。もう一刻の猶予もない気がするのだ。
(おそらく学年の教室があるところには無い...あったら面倒くさすぎる。あるとしたら下の校長室、職員室とかがある一階か......って棟が二つあるんだから見つけるのは難しい...っていうか他にもあと二つ中等部と高等部の校舎もあるんだしそれら全部を探すの!?さすがに一つの校舎に一つあってくれよ...!)
  そんな考え事をしながら階段に突き当たったら、突然誰かにぶつかった。
「ぶべっ」
  僕は不意打ちを食らってしまったので、思い切り後ろに倒れてしまった。
  僕が当たった彼女の方は、なんともないようだった。
「あら、大丈夫ですの!?」
  彼女は金色でクルクルした髪を揺らし、僕に手を差し伸べながら言った。
(なんだこの人...すごい髪型だ...あと声が大きい...)
  そう思いながら、僕は
「大丈夫です。」
と応えながら彼女の手を取った。彼女は僕の手を引くと、
「そう、それなら良かったですわ!」
と、高らかに言って去って行った。
(明らかに貴族っぽいな...あの髪型...なんで頭の横で竜巻が起きてるんだろうって思っちゃったよ。毎朝のセットに時間かかりそう。)
  ふと思い返すと、彼女はとても豪華な服を着ていた。髪の色と同じ金色のドレス。とてつもなく動きにくそうだ。そんな服を着ている生徒を見たことがない。高学年なのかもしれない。
(だとしてもクラスで浮いてそうだな...って僕もそれは同じか。)
  僕は、ここでかなりの時間を食ってしまったことに気づき、今の時間じゃもう無理だと判断し、自分の教室へ帰った。


  次の休み時間。僕は、さっきとは反対方向に向かった。すると、4-1の教室から目を引く格好をした女子生徒が出てきた。さっきの人だ。
  彼女は、僕の姿を確認すると、本当にドレスを着ているのかと疑問になるくらいのスピードで駆け寄ってきた。
「え、なんですか?」
「あの!先程わたくしとぶつかった際にこのドレスの装飾が取れたはずなんですの!在処を知りませんの!?」
「えぇ.....知らないですけど...?」
  彼女はその大きな瞳でじっと僕を見つめた。
「え...?何ですか?」
  彼女はガックリと肩を落とすと、
「分かりましたわ.....探すしかないのですね...質問に答えて下さり、ありがとうございましたわ!」
  と言い、階段の方向へと走って行った。
(走るとシャンシャン音が鳴るのをどうにかした方がいいんじゃないか。というか走らない方がいいと思うよ。転んじゃうよ。)
  とか思いながら、僕は彼女を追いかけた。

  彼女は床に手をつけ、顔を床に限りなく近づけて、その装飾とやらを探していた。セットしたであろうグルグルの髪の毛も床につけている。
「ねぇ。」
「!?なんですの!?私ですの!?ってあなたでしたのね。どうかしましたの?」
「僕も手伝いますよ、それ探すの。」
  僕は彼女に背中を向ける形でその装飾を探し始めた。
「え、いいんですのよ?これは私の問題でありますし...。」
「ぶつかった僕に責任があると思うんです。だからですよ。」
「そう.......敬語は抜いても構いませんよ?同い年ではないですか。」
「分かったよ。」
  そう言って、僕達は二人して床に顔を擦り付けながら装飾を探し始めた。通行人の邪魔になりそうだったけど、その時は二人とも、ちゃんと端に寄って避けた。彼女のドレスはかなりのスペースを取っていたけど。
「ていうかさ、どういうやつなの?その装飾って。」
「星形に削った.......」
  そこで、彼女のセリフが止まった。彼女は目を閉じて、上を向いていた。
「?どうしたの?みつけたの?」
  彼女は数瞬、微動だにしなかった。そのうち、彼女はめをカッと見開いて言った。
「ダ!イ!ア!モ!ン!ド!ですわぁ~!!!!」
「うるっさい!どんだけ溜めるの!?てかダイアモンドってなんなの!?」
「宝っ石ですわぁ~!!カッチカチでキッラキラの宝石ですわぁ~!!!!」
  感情が昂ったのか、彼女は一際大きな声で言った。
  僕は耳を塞いで、彼女の声に負けないように大声を出した。
「宝石ってことは値段高いんだねぇ!君の声も高いんだよねぇ!頭割れるかと思ったから声量抑えてくれない!?」
「しっっっっつれいしましたわぁ~!!!」
「この馬鹿...!」
  また一際大きな声で言いやがった。これ以上聞いてたら耳が聞こえなくなるかもしれない。
  と、そんな僕に救世主が現れた。
「なんだ!うるさいぞ!何してんだ!」
  男の教師が教室から出てきた。彼は僕たちに怒鳴り声を上げた。声が低い分こっちの方がマシだ。
「君達、騒ぐのはやめるんだ。そういうのは家でやるんだ。分かったね?」
「はい。」
「わっっっっかりましたわぁぁぁ~~~~!!!!!」
「うるさいって言ってるだろ!」
「うるさいって!!!」
  彼女は分かってやってるのだろうか。なんか...阿呆そうな顔をしているように見えてきたぞ.....多分あれは分かってないって顔だ。せっかく整った容姿をしてるのに...あ、ケイトよりは整ってないけど。
「もういい!ちょっとこっちに来なさい!」
「またですの!?また指導室ですの!?なんでですの!?」
  彼女は腕を捕まれ、連行されていった。どうやらいつもの事のようだった。この場には、僕と騒ぎに駆けつけた野次馬が残された。野次馬は彼女が連行されると解散し、一方僕は、一人で装飾探しを続行した。
───さすがに授業が始まる前には戻ったけど。

     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤

「あのさぁ、さっきうるさかったんだけど?お兄ちゃんなんかした?」
  授業中で、なおかつ先生が話している最中にケイトが話しかけてきた。先生の視線がケイトに向けられた。
「ケイトちゃん?おしゃべりはやめようね~。」
  担任の女教師.....ハセクラ・ロードストーンだっけか?が、ケイトに向かって言った。
「僕はなんもしてないよ。」
「えー?そう?絶対お兄ちゃんがなんかしたんだと思ったんだけど?」
「あのー...」
「ケイトは僕のことをなんだと思ってるのかな?」
  ロードストーンが声をかけるが、僕達兄妹は止まらなかった。そして、新たに介入する者もいた。いや、正確には止めに来た者なんだけど。
「お前らうるさいんだよ!授業に集中させてくれ!」
  と、犬歯で刃向かってきたのはジェン。ロードストーンは彼に「ありがとう...」とでも言いそうな目線を送った。
「授業受けてもお前は分かんないだろ!この犬頭!」
「犬頭ぁ?俺は獣人だ!それは獣人差別だぞ!」
「本当のことだろ?僕よりも頭悪いんだからさ?」
「お前が頭良すぎんだよ!」
「褒め言葉どーも!」
「二人とも喧嘩やめて!」
「「お前が原因だろ!」」
  ケイトが立ち上がり、僕達を制止しようとしたが、二人に反撃されて大人しく椅子に座った。
「まぁ、後で決着をつけよう。今は授業中だろ?」
「もうジェンの負けだけどね。」
「このっ...!」
  ジェンは言い返す言葉もなく、こっちを睨みながら椅子に座った。それを見て、いつの間にか立っていた僕も椅子に座った。
  やっと終わったかと、ロードストーンが僕達のことをまるで魔物でも見るかのように見て言った。
「.......後で三人とも指導室に...」
「用事があるから行かないです!」
「面倒くさいから行かない!」
「俺悪くなくない!?」
  ロードストーンは三人に言われると、「はい...」とだけ言い、震えた声で授業を再開した。


  キンコンカンコンと、チャイムが鳴った。見るからに先生は憔悴している様子だ。
「あ.....はい、じゃ、授業...終わります。皆さんと先生は.....多分もう会うことは無いです...。」
  と、彼女はボソッと言い、教室を出て行った。
「ケイト?謝りに行った方がいいんじゃない?」
「ん、お兄ちゃんが行くべき。」
「面倒くさいだけでしょ...。」
  僕達が話していると、そこに特別授業を受けてきたテレーゼが戻ってきた。
「二人ともどうしたの?先生、なんか調子悪そうだったけど(´・ ・`)」
「特に知らないよ。じゃあ僕は用事があるから。」
  そう言って、僕は教室を後にした。
.......さすがにロードストーン先生に申し訳なかったので謝りに行ったら、色んな先生から怒られてしまい、その休憩時間は潰されてしまった。

     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤

  昼食を取り終えた昼休み、僕はやっとのことで図書室をみつけた。ていうかこれまでの休み時間は何も探してないのと同じだった。
  僕は長い長い階段を登り終え、四階にある図書室に着いた。この階には他に音楽室がある。
  早速中に入ると、紙のいい匂いがした。見渡す限り誰もいない。入口のすぐ左には本の貸出を管理する場があり、中央には六つの長いテーブルと椅子、その南側には辞書が多く置いてあり、北側には小さい本棚がいくつか設置されていた。その小さい本棚には小説作品が大量に収納されている。
  そして、奥には大きい本棚が五つあり、背面の壁全体が本棚となっていた。
「うわぁ...」
  と、感嘆の声を漏らした僕は、早速人体の構造について書かれた本を探し始めた。

  背面の本棚を探そうとした時、何だか目につく扉があった。「立ち入り禁止」と書かれた扉だ。
  「入るな」と言われれば気になってしまうものだ。僕はその扉に手をかけた。
「あのー...エンドくん?その扉は開けないで欲しいんだけど...。」
  急に誰かが後ろから声をかけてきた。その声の主は、つい先程の時間で迷惑をかけた先生だった。
「先生?この扉って開けちゃダメなんですか?」
「う、うん。屋上だからね。危険ですよ?」
  彼女は何だか怯えているようだった。僕はそんなに悪い生徒じゃないんだけど。
「そうですか。ていうか、先生っていつの間にここに来たんですか?僕が入った時は誰もいなかったように思えたんですけど。」
「エンドくんが入ってくると思ったから隠れたんです!怖いんですよ!私、男の人が。」
「男の子だよ。そんなに怖がらなくても良くないですか?」
  僕はそう言って、彼女に寄り添うようにした。
「いつもなら大丈夫なんです...。大丈夫なの。でも、さっきの時間みたいに怒声を浴びせられると.....私...私...!」
「それでも先生ですか!あんたは!そんなことでいちいちおどおどしてたら生徒の事を守れないですよ!?」
「いいですよ.....生徒なんか...。結局自分の命が一番ですよ...。」
  この人.....本当に先生なのか...?とか思ったけれど、でも先生の言うことの方が正しいようにも思えた。先生だからかくあるべきとかいう意見は暴論すぎる。
「ま、先生のそんなことはどうでもいいんで、本探しに協力してくれません?人体に関する本なんですけど。」
「あ、ああ...そうですね.....そうね、その本ならこっちにありますよ。」
  と、彼女は僕を様々な図鑑が置いてある場所へと案内した。
「ここに人体の構造などが書かれた図鑑がありますよ。他にも虫とか魚とか魔物とかの図鑑もありますよ。」
  僕は、その多くの図鑑の中から、「よく分かる!人体の構造ずかん」という本と、もう一つの図鑑を取り出した。
「あら、エンド君ってそれ、好きなんですか?」
「はい、まぁ、友達が好きなんですよ。」
  僕はその図鑑を、図書室の管理人である彼女に渡し、貸出の許可を貰った。


(なるほど、"俺"が取り除いたのは声帯とその周りの部分って事か。)
  放課後、僕は図鑑を見ながら思った。もう既に全員が帰っており、ケイトが「待つ」とか言ってたけど、遅くなると危ないからという理由で、テレーゼとジェンと共に帰らせたのだった。
(発生の仕組みは、声帯を振動させることが鍵になっている。そこを取り除けば声は出せなくなる.....が、それならばなぜ彼女は生きているんだ?)
  普通なら出血して喉に血が詰まって窒息死するか普通に失血死するかのどちらかだと思うのだけど、そうでないのは何故なのかという疑問が浮かんだ。
(何かしらの魔法?でも、そうならば僕の魔力は尽きて眠くなってるはず.....。)
  考えられる最悪の可能性は、声帯の周囲を切除した後に傷を塞ぐために回復魔法をかけた場合だ。そうなれば修復なんて出来ない。エクスタなんて使えても使えなくても意味が無い。
(まずいかもしれないな.....どうにかして他の魔法を探さないと...ってそんな必要はないんだっけ。魔法とは、想像を現実に創造する方法である、と英雄は言っていた...ん?じゃあできるじゃん!光明が見えたぞ!!)
  この図鑑のとおりに、彼女の喉が正常である状態を想像すればいいのだ。
  僕は図鑑を持ち、教室を出た。


  廊下を出たところで、見覚えのあるドレスの端が、僕が今から行く階段のところに見えた。
  僕は彼女に近づいた。
「まだいたの?」
「うっきゃあああ!!!だ、誰ですの!?ってあなたでしたか、あなたもまだいたんですの?」
「まぁね。図鑑見てた。」
「はぁ、変な人ですのね。」
  失礼な。こんなところに座り込んで探し物をしてるドレスのお嬢様が何を言っているんだ。せめてドレスは汚さないようにしないのか。
  僕はため息をついた。
「まぁ、今日は遅いからもう帰ろう。明日また探せばいいじゃん。ていうか、もう誰かが持ってっちゃったのかもよ?」
「ダメですの...あのダイヤモンドは今は亡きお祖母様の肩身...あれがないと私は生活もままなりませんの...!」
「.....執事さんとかいないの?」
「付かないように指示しておりますの。」
  彼女は相変わらず、床に顔を限りなく近づけながら応えた。本当にお嬢様かよ。
「僕はもう帰るからね。迎えくらい来てるだろうから、お家の人を心配させないようにね。」
「がってんしょうちしておりますわ。」
  お嬢様じゃないだろ。
  僕は彼女を置いて、階段を下った。

     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤     ✤

「テレーゼ、話があるんだ。」
  家に帰ってきて早々、僕はテレーゼを自分の部屋に呼びつけた。ちなみにジェンは廊下に追い出した。
「何?(・・)」
「これ、この図鑑。これを見れば僕はテレーゼの喉を元通りにできるんだ。」
「!?」
  魔法には想像力が重要だ。彼女の喉を元に戻すために必要な材料が揃ったのだ。構造が理解出来ていれば、後は僕の魔力でどうにかできるだろう。
「じゃあ、始めるよ...。」
「.....うん。」
  彼女はベッドに寝転がり、目を閉じた。僕は彼女の喉に手をかざした。
喉を元通りにする魔法エクスタ!!!」
  眩い光が、彼女の首から発せられた。もちろん僕はエクスタを習得していない。でも、なんだかできる気がしたのだ。
  魔法を行使する時、僕の頭の中に彼女の喉の構造が瞬時に思い浮かべられた。それは僕の想像通り、声帯とその周りが欠損していた。そこが修正されていく.......。
  光が止んだ。僕は彼女の喉にかざしていた手を退けた。
「どう?」

「.....ぁあ、ぁぁあ、あ」

「!!!」
  声を発している!!テレーゼの喉が治った!
「よっしゃあ!!!」
「んんっ、あーあー。んんっ、あいうえおー。しゃええる!」
  久しぶりに声を出したからなのか、彼女の滑舌は少し悪くなっていた。とにかく、成功したんだ。僕は、僕の使命を全うしたんだ。
  そう思うと、何だか気持ちが楽になってきた。
  彼女は泣いていた。
あいあおうありがとう.....おんおうに本当に.....あいあおうありがとう...!」
  元はと言えば"俺"の早とちりがもたらした災難だった。でも、それを僕の手で解決することで、この人生で僕がしたことを、"僕"が居たという爪痕を残せたんだと思えた。
  こうして、声が出せない少女はただの少女、いや、歌が上手い少女へと戻ったのだった。
「でもさ、急に声が出せるようになっても違和感じゃない?だからさ、この一年間は声を出さずに、来年のクラスが変わる時から声を出して生活するってことでどう?」
「うん。」
  このことは、ケイトやジェン、ライベールにも話した。この家で、彼女のリハビリ生活が始まっていくのだ。
  僕は、これからの生活に希望を見出したのだった。
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