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知らない世界
いち
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昔はきょうだいがほしいと思ってた。
兄か姉。
しかしまあそんなことは再婚でもなければ有り得ない話なので、それなら弟か妹かとなるが、自分が兄になると思うと、それはなんか違うな、と。
多分甘えたかったんだと思う。
母親は体の弱いひとだった。殆ど入院していて、家にいた記憶があまりない。
父親は仕事人間だった。出張だなんだと家を空け、遊んでもらった記憶がない。
僕は9つになるまで、殆ど母方の祖母宅にいた。
母方の祖父は僕が乳児のうちに亡くなり、父方の祖父母は海外にいる為、数える程しか会ったことがない。
5つの時に母親が亡くなり、9つの時に母方の祖母が亡くなった。
それからは学童保育と、週に数回来る家政婦さんにお世話になり、中学に上がる頃には、少し冷めた少年の出来上がりだ。
14歳の時に父親が再婚した。別に構わなかった。
ただ、家に殆ど帰らなかったくせによくそんな暇があったな、と悲しいんだか寂しいんだか、悔しいんだか、ひとりで少し泣いてしまった。
新しい母親も再婚だった。果穂。2歳の小さな女の子。一回り離れた妹が出来た。
小さすぎる。ちょっと歩けばすぐ尻もちをつき、よくわからないことをたまに話す。かわいいと思うより怖かった。
抱っこしてあげて、お兄ちゃんよ、よろしくね。
良かったわね果穂ちゃん、お兄ちゃん優しそうね、仲良くしてね……
知らない。
こんな小さな生き物、抱っこしたことない。
近所の犬も、友達の家にいた猫もここまでふにゃふにゃしてなかった。知り合いの兄弟はよくとっくみあっていたが、こんな小さな子、ちょっとつつくだけで怪我をさせてしまいそうだ。
でも、僕ももう中学生だ。新しい家族にそんなに関わることも無い。義妹が生意気なことを言う頃にはこの家を出てるかもしれない。
そこそこの付き合いでいいんだ、そこそこで。
そう思っていた。
ところがどうだ、数日もすれば、新しい母親も仕事人間だったようで、帰りが遅くなった。どうやって再婚したのだ。
2歳の女の子を保育園と、兄になったばかりの俺に任せて、ふたりは夜遅くに帰ってくる。
僕は部活を辞めた。試合の日に来れるかどうかわからない奴をレギュラーになんてなれるわけがない。保育園は平日毎日迎えに行き、土日ですら面倒を見ないといけなくなった僕に部活はとてもできるものじゃなかった。
正直、部活は面倒だとも思っていた。それでも、こんな形で奪われるものだとは思ってなかったのだ、父親も、新しい母親も、義妹も恨んだ。
かわいくない。妹なんて、かわいくない。
クソ親父も、信頼関係もまだ築けてない義兄に娘を預ける新しい母親も、ムカつく。
でもあの人たちに僕の言葉は届かないし、子供は親が居ないと生活が出来ない。絶対にこんな家出てってやる、そう思うしかなかったのだ。
そう思っていた筈なのに。
相変わらずの両親はどうでもいい。お金さえ出してくれればいい。
ただ、果穂がかわいく思えてきた。
こわいとまで思った柔らかさも、理解の出来ない言葉も、にーに、と僕を呼び、小さな手で掴まってくるのが愛おしかった。
かわいい!
妹って、こんなにかわいいんだ!
そうだ、この子に罪はない。なにも悪いことはない。
僕と同じなのだ、祖母宅に預けられていた僕と。
普通の学生生活を捨てることになる、でもそんなの、果穂に責任はないのだ。
ストン、と気持ちが落ち着いた気がした。
それからは、本当の兄のように、妹のように、僕らは普通に生活をした。いや、両親はほぼ居なかったのだから、普通の家庭とは違うんだけど。でも、僕らには普通の生活になったのだった。
「果穂ちゃーん、お兄ちゃんお迎えですよー」
「はあい!」
ぱあっと明るい笑顔と嬉しそうな声。
にいにー!と走り寄り、抱き着いてきて、かえろー、と小さな手を出してくる。
その柔らかい手を握って、保育園の先生とほかの親御さんに頭をさげ、園を出る。17時。鴉が鳴いていた。
「きょうごはんなーに?」
「何にしよっか、果穂何が食べたい?」
「えっとねーえっとね、おにく!」
「やっぱ肉だよなー」
再婚をしてから3年が経った。果穂は5歳になり、当然のように会話も出来るようになり、僕もこの生活に慣れてしまった。
だからといってそこまでの主婦スキルがあるわけではない。こんな時間からしっかり晩御飯を作る元気はない。
惣菜やレトルト、外食やテイクアウトも使いつつ、炒めるだけの簡単な料理でやり過ごしている。揚げ物とか多少凝ったものは土日に作るか買う。男子高校生としてはやってる方だと思う。
学校からそのまま果穂を迎えに行き、買い物をし、帰ってから簡単な家事をし、食事と風呂を済まし、果穂を寝かせて宿題と勉強、余裕があればテレビを観たりゲームをしたり。
僕でも大変なんだ、祖母はもっと大変だっただろうな……
「そういえば」
数歩先を進んだ果穂に声を掛ける。
「お遊戯会、妖精さんになれたんだって?」
先生に教えて貰ったことを訊く。そう!と果穂が嬉しそうにこちらを振り向いた。
妖精の格好をした果穂。きっとかわいいことだろう。
「じゃんけん!かった、の……」
丁度曲がり角だった。
走ってきた男にぶつかられた果穂の、軽い体が、飛んだ。
兄か姉。
しかしまあそんなことは再婚でもなければ有り得ない話なので、それなら弟か妹かとなるが、自分が兄になると思うと、それはなんか違うな、と。
多分甘えたかったんだと思う。
母親は体の弱いひとだった。殆ど入院していて、家にいた記憶があまりない。
父親は仕事人間だった。出張だなんだと家を空け、遊んでもらった記憶がない。
僕は9つになるまで、殆ど母方の祖母宅にいた。
母方の祖父は僕が乳児のうちに亡くなり、父方の祖父母は海外にいる為、数える程しか会ったことがない。
5つの時に母親が亡くなり、9つの時に母方の祖母が亡くなった。
それからは学童保育と、週に数回来る家政婦さんにお世話になり、中学に上がる頃には、少し冷めた少年の出来上がりだ。
14歳の時に父親が再婚した。別に構わなかった。
ただ、家に殆ど帰らなかったくせによくそんな暇があったな、と悲しいんだか寂しいんだか、悔しいんだか、ひとりで少し泣いてしまった。
新しい母親も再婚だった。果穂。2歳の小さな女の子。一回り離れた妹が出来た。
小さすぎる。ちょっと歩けばすぐ尻もちをつき、よくわからないことをたまに話す。かわいいと思うより怖かった。
抱っこしてあげて、お兄ちゃんよ、よろしくね。
良かったわね果穂ちゃん、お兄ちゃん優しそうね、仲良くしてね……
知らない。
こんな小さな生き物、抱っこしたことない。
近所の犬も、友達の家にいた猫もここまでふにゃふにゃしてなかった。知り合いの兄弟はよくとっくみあっていたが、こんな小さな子、ちょっとつつくだけで怪我をさせてしまいそうだ。
でも、僕ももう中学生だ。新しい家族にそんなに関わることも無い。義妹が生意気なことを言う頃にはこの家を出てるかもしれない。
そこそこの付き合いでいいんだ、そこそこで。
そう思っていた。
ところがどうだ、数日もすれば、新しい母親も仕事人間だったようで、帰りが遅くなった。どうやって再婚したのだ。
2歳の女の子を保育園と、兄になったばかりの俺に任せて、ふたりは夜遅くに帰ってくる。
僕は部活を辞めた。試合の日に来れるかどうかわからない奴をレギュラーになんてなれるわけがない。保育園は平日毎日迎えに行き、土日ですら面倒を見ないといけなくなった僕に部活はとてもできるものじゃなかった。
正直、部活は面倒だとも思っていた。それでも、こんな形で奪われるものだとは思ってなかったのだ、父親も、新しい母親も、義妹も恨んだ。
かわいくない。妹なんて、かわいくない。
クソ親父も、信頼関係もまだ築けてない義兄に娘を預ける新しい母親も、ムカつく。
でもあの人たちに僕の言葉は届かないし、子供は親が居ないと生活が出来ない。絶対にこんな家出てってやる、そう思うしかなかったのだ。
そう思っていた筈なのに。
相変わらずの両親はどうでもいい。お金さえ出してくれればいい。
ただ、果穂がかわいく思えてきた。
こわいとまで思った柔らかさも、理解の出来ない言葉も、にーに、と僕を呼び、小さな手で掴まってくるのが愛おしかった。
かわいい!
妹って、こんなにかわいいんだ!
そうだ、この子に罪はない。なにも悪いことはない。
僕と同じなのだ、祖母宅に預けられていた僕と。
普通の学生生活を捨てることになる、でもそんなの、果穂に責任はないのだ。
ストン、と気持ちが落ち着いた気がした。
それからは、本当の兄のように、妹のように、僕らは普通に生活をした。いや、両親はほぼ居なかったのだから、普通の家庭とは違うんだけど。でも、僕らには普通の生活になったのだった。
「果穂ちゃーん、お兄ちゃんお迎えですよー」
「はあい!」
ぱあっと明るい笑顔と嬉しそうな声。
にいにー!と走り寄り、抱き着いてきて、かえろー、と小さな手を出してくる。
その柔らかい手を握って、保育園の先生とほかの親御さんに頭をさげ、園を出る。17時。鴉が鳴いていた。
「きょうごはんなーに?」
「何にしよっか、果穂何が食べたい?」
「えっとねーえっとね、おにく!」
「やっぱ肉だよなー」
再婚をしてから3年が経った。果穂は5歳になり、当然のように会話も出来るようになり、僕もこの生活に慣れてしまった。
だからといってそこまでの主婦スキルがあるわけではない。こんな時間からしっかり晩御飯を作る元気はない。
惣菜やレトルト、外食やテイクアウトも使いつつ、炒めるだけの簡単な料理でやり過ごしている。揚げ物とか多少凝ったものは土日に作るか買う。男子高校生としてはやってる方だと思う。
学校からそのまま果穂を迎えに行き、買い物をし、帰ってから簡単な家事をし、食事と風呂を済まし、果穂を寝かせて宿題と勉強、余裕があればテレビを観たりゲームをしたり。
僕でも大変なんだ、祖母はもっと大変だっただろうな……
「そういえば」
数歩先を進んだ果穂に声を掛ける。
「お遊戯会、妖精さんになれたんだって?」
先生に教えて貰ったことを訊く。そう!と果穂が嬉しそうにこちらを振り向いた。
妖精の格好をした果穂。きっとかわいいことだろう。
「じゃんけん!かった、の……」
丁度曲がり角だった。
走ってきた男にぶつかられた果穂の、軽い体が、飛んだ。
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