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第一話『夢と終わりの始まり』

やる気のない世界

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 暗い、まるで光さえ包み込むブラックホールに吸い込まれているかのような暗闇の中にいる。今自分がどんな状態なのかも見えず、何もわからない。ここがどこなのかも覚えていない。「(...あれ、僕はなんだ。微かに思い出せそうだがどれも散り散りになってよく思い出せない...。明確に思い出せるのは名前しかないなんて...どういうことだ。)」そんな風に困惑していると...。
 目の前にアクリルのような美しさをもつと同時に鋼のような頑丈さを物語る2mを超える大きな両開きの扉が出現した。しばらくすると『ガガガッ…』と音を立て自然に扉が開き始めると同時に目も開けられないほどの眩い光があたり一帯を包み込む。すると、機械による声がささやいてきた。
 「ここは、あなた方が生きる世界と同じであって同じではない世界。似ている箇所があったとしてもこれまでいた世界とは異なる世界線。あなたにはさまざまな世界を見てもらいます」そう機械音声のような声がしたと思った途端に眩い光が包み込んでいく。

 *

 再び目を開くと家が小さく感じるほど高い空中にいた。まるで固定されているかのように何ともないため、浮遊感などは無かった。すると、また声が聞こえる。
 「この世界は、やる気がない世界と呼ばれています。彼は面倒くさいと感じることから逃げ、楽をしたいと思ってこの世界に住み始めました。あなたには当時過ごしていた様子を見ていただきます。」そう言うと突如落下していくと同時に暗転した次の瞬間には男が喋っていた。
 目の前には一人の男がいた。「へぇ...ここがやる気がない世界か...。この世界じゃやる気がないからやらない、やる気があることしかしない、が許されるんだもんなぁ?最高の楽園じゃねぇか!よぉし、そんじゃ遠慮なく遊び倒して生きてやるぜ!!」
 男は欲望の赴くまま過ごしていった。やる気がない事を金融機関に伝えてその世界で生きていく数年分に相当する金を用意してもらった。受け取る用紙に記載されている注意事項の説明をしようとする人間のことは無視しサインをして直ぐに受け取った。手当たり次第に食べ物や飲み物を買い漁り、高額な車を購入し、眺めの良いマンションの一室を借りて最新のゲーム機やPCを購入して遊び尽くしていった。

 *

 こうして、堕落と怠惰を繰り返す生活を送り一年近く経過していたある日。玄関のインターホンが鳴り男が見にいくとモニターには黒服の男が3人いた。「何の用ですか、これからゲームの続きをするので手短にお願いします」「...あなた、働いてないですよね。しかも予定返済期日が過ぎているのにも関わらず返済の様子も見えない。よって、あなたの荷物を始め所持品を全て差し押さえさせていただきます。」「ま、待ってくれ!どういう事だ...!この世界はやる気がない、だから金も返済しなくていいし、働かなくてもいい。なのに...差し押さえ?返済?なんの話だ!何も聞かされても言われてもないぞ!」黒服の一人がため息をこぼし、一歩前に出てきた。「あなたはここにきて間も無い上にどうせロクな態度を取らずに過ごしてきたのでしょう。ただ、必ず知る機会はあったはずですよ。例えば返済しなければならないお金の話も受け取る際に何か書面にサインなさったのでは?」「え、あ、ああ。活字を読むのが面倒で名前を書いて直ぐに受け取ったけど...」「その書面には注意事項として受け取った金額の半分は半年で返済するように記載されていたのですよ。その上で違反が発覚した場合、住居や私物などを差し押さえした上で"強制労働"を強いることがあるとね。よって、これから貴方には強制労働を言い渡します。」「...は、嘘だろ...!?働きたくなくてこの世界に来たってのに…」
 すると、後ろにいたもう一人の男がタバコを咥えて話し始めた。「おい、あんたは何か勘違いしてるみてぇだから言ってやるよ。確かにな、ここはやる気がないと言われている。だがな、やる気は必要なんだよ。」「何を言ってるんだ...?」男はわずかに震えていた。「やる気がなくても、大丈夫なんじゃねぇ。やる気を必要としなくても物事が進むから無いだけだ。やろうとしない事が容認されてるわけじゃねぇんだよ。」「は、はぁ?そんな...そんなのインチキだ!嘘つきが!俺は認めねぇぞ!」
 「ふざけるな!」そう言い放ったのはずっと静かに見ていた3人目だった。「お前は無知だろうから気づけば過ちを理解し認めると考えていた。それがどうだ?この期に及んで開き直るだ?いくら過ちを続ければ気が済むんだ!」「しらねぇよ!俺は悪くねぇ!」しびれを切らした2人目は近づきながら「もう、いいだろう。連行するぞ。手荒な真似は控える方針だが今回は仕方ないだろう。」「は?」『ゴッ...』という音と共に男は倒れた。「よし、連れてけ。」
 男が目を覚ますとトラックの貨物のような箱の中にいた。男は困惑していたがすぐに止まった。扉が開かれ、作業員に出るよう指示され降りるとそこは強制労働施設だった。「どうしてこんな...くそっ...どうしたらよかったんだ...!」そう言い男は金網を強く握りしめた。
 こうして男は施設に入りやる気がない労働を強いられ、借金完済の為に働き始めた。その後、幸か不幸か男は毎日のように働き続けたことで"やる気がなくても働ける"ようになったのです。
 すると再び世界は暗転する。

 *

 気が付くとまた扉の前にいた。「どうでしたか?この男から何を学ぶも貴方の自由ですが、一つ言えることは『物事に対して自分にとって都合のいい解釈を取ることによって過ちを犯さないように気をつける』ということです。」「これを見て僕にどうしろというのですか?」「これはいわば余興です。」そう、機械音声が言う。
 『ピーピッ、ピッ、ピーピッピッピー、ピー』この音だけが何度も空間が辺りを木霊していた。
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