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第三話

実現の始まり

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 『人体には未だ解明されていない点が存在する。仮に夢として記憶しているものが現実に起きていた事だと分かれば夢は夢だと割り切らず、次の行動は変わったものになるかもしれない。』

 誰かの声が途切れ途切れで聞こえてくる。「ーーール様、シファル様、シファル・セロ様...!」シファルはぼんやりとして何かと思ったが徐々に意識がハッキリしてくると周囲を見渡す。「...ここはどこだ?」周囲には見えない壁の外側を雷鳴のような光が縦横無尽に駆け巡っている。「そもそも僕はなんだ。...うっ!何か大事なことを忘れている気がするけど...なんだろう、思い出せない。というより僕は何だ?名前以外に何も思い出せない...」シファルが困惑していると聞いたことのある機械音声の声が聞こえてくる。「シファル・セロ様、初めまして。私はエウノミアと申します。」「エウノミア...?あの、ここはどこなんですか?」「ここは願いを叶えるための空間です。しかしその前に、シファル様。涙をさきほどと同様に流されていますので拭かれることを推奨いたします。」そう言われ、顔を触ると確かに涙を流していた。「あれ、なんで僕は泣いているんだ...?」疑問が絶えない中でひとまず言われた通りに涙を拭い、鼻先に人差し指を当てて鼻をすする。「それでは、ただいまより願いの実現を開始いたします。」そうエウノミアが発した直後に意識が薄れ瞼が閉じていく。

 *

 誰かが僕の名前を呼んでいる。目を覚ますと誰かが僕の体をゆすっていた。「ねえ、シファル。早く起きなよ、朝食、食べに行こう。もうみんな起きているよ?」そうやって起こしてくれた彼女の名前は...そうだ、テティスだ。『テティス・フェーロ』僕と共に旅をしている仲間の一人。初めて仲間になった大切なパートナーだ。ただ、共に旅をしているうちにこうやって身の回りの手助けをしてもらうことが増えている気がする。「うん、行こう。」僕とテティスは宿の一室を出て一階にある飲み屋のテーブル席に座っている二人の方に向かい、話しかける。「二人とも、おはよう。早起きだね。」「いや、シファルが遅いだけだろ...。」とため息交じりに言っているのは『ヘルメス・リン』。「まぁまぁ、いつもより宿のベッドがフカフカで寝心地が良かったんだから仕方ないよ~。おはよう、シファル。」そういってヘルメスの事をなだめているのは『ノーリ・パナケイア』。「いやー、ベッドが全然放してくれないから大変だったよ。」「いやいや、私が起こしに行ったら、かけ布団落ちていたけど...。」「...さ、ごはん頼もう!何にしようかな~」「ったく、しょうがない奴だな。」「でも、シファルらしいよね~。」これが、僕たち4人の日常だ。こんななんて事のない穏やかな日々がいつまでも続けばいいとぼんやりと願っている。
 しかし、この日常が簡単に吹き飛ぶという事をこの時は誰も考えすらしなかった。そしてその不穏な影は静かに着実に近づいているのだった。
 「さてと、ごはんも食べ終わったことだし出かけるか。」「でも、この世界のお祭りもだいぶ楽しんだわけだしそろそろ移動してもいいんじゃないか?」シファルの言葉に対してヘルメスが返事をする。「確かに、楽しいけどやっぱりお祭りって毎日続いてると何か違うよね~。非日常だからこそ楽しさが高まるっていうか~。」「シファル、どうしたい?」ノーリに続いてテティスが投げかけてくる。「そうだな...。」そう言いながら顎に手をやって考える素振りを見せる。すると、シファルは思い出したようにして話す。「そういえばヘルメス。ここに来たのは楽しむという事とリフレッシュが目的だったけどヘルメスが見てみたいと思う世界に向かおうと思っているんだけど、何処に行きたい?」するとヘルメスは少し考えてから言葉を返す。「じゃあ、フラウィウス円形闘技場で行われた剣闘士同士の格闘戦が見たいかな。」「フラウィウス...?」テティスとノーリは何の事かよく分からず不思議に思っている。シファルは少し考える素振りをした後「もしかして、コロッセオのこと...?」「うん、そうだね。フラウィウス円形闘技場、通称『コロッセオ』はシファルが生まれた世界の暦でいう西暦80年に公開された大規模な建造物なんだ。元々は西暦64年に起きた『ローマ大火』と呼ばれる大火災の焼け跡であるローマの中心に『ドムス・アウレア』という黄金宮殿があったんだ。その宮殿の敷地内に建設したのがコロッセオだ。つまり、公開後の100日間に様々な剣闘士競技が組まれていた時の様子を実際に目にしたいんだ。」「うーん、でもなんでわざわざ生々しい協議を見たいの?」あまり気が乗らない様子でいるノーリは疑問を投げかけた。「私の世界には戦いという事象がないのだよ。もちろん、知識量をめぐる戦いと呼べる学力試験はあるけど銃や大砲、爆弾やミサイルといった物理攻撃による大規模な戦闘行為自体が消失しているんだ。」「どうして無くなったんだ?」少し真剣な表情でシファルが質問をした。「そんなに珍しさのある理由ではないよ、ただ不要になったから消失したんだ。知っての通り私の世界には古今東西からのあらゆる情報が集まっている。もちろん、我々も情報が肥大化するにつれて基礎的な知識から膨大になっていった。そしてある時期を境に世界各地に点在する権力者同士が集まって戦闘行為について議論し始めた。当初は戦闘行為の縮小化といった名目だったらしいが、議論が進むにつれて不要だという考えで満場一致したらしい。そうして、武器といった軍事産業は廃業の一途をたどる。その生産業を営んでいた一部は反発したらしいけど、最後の軍隊と呼ばれる鎮圧部隊によって拘束か収容されたみたいだ。そうして鎮圧部隊の仕事が完全になくなったあたりで美術品として世界に数点だけ残された状態でその世界から武器を持つ戦闘は消滅したんだ。私はその出来事があった頃から何年も経過した後に生まれ育った。だから、どんな様子だったのか。どう戦っていたのか、どんな表情で感情だったのか。生でしか感じ取れない書籍や電子的な映像では感じ得ないデータを欲しているんだよ。」聞いていた三人は聞き終わっても何と答えたらいいか迷っている様子だった。そして次に口を開いたのは理由を聞いたシファルだった。「全くとんだ変態だな、ヘルメスは。とことん知的好奇心が抑えきれないらしい。そんなことを饒舌に堂々と話してしまうんだから。でも、そうか。ヘルメスが自分のいた世界をどう思っていたのかさておき、良い時代になったんだな。なら、行ってみるか!」そう立ち上がりながらシファルが言う。するとテティスとノーリも話し始める。「シファルがそうするならいいと思う。」「ヘルメス、危ない時には止めるからね~。」「それじゃ、いったん解散。荷物をまとめてからまた集まろう。」そうシファルが話し3人も席を立って各々が部屋に戻っていく。シファルも戻ろうとすると突然目がかすみ始める。「...?(な、なんだ。)」そのまま何も見えなくなると同時に意識も途絶えていった。
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