【完結】ひかりのそばで、またあした

香澄京耶

文字の大きさ
2 / 35

ep2 知らないきもち

しおりを挟む
 意識を失った黒髪の少年は顔色が悪く、その細い身体はどこか頼りなげだった。
 エアリア王国第二王子、セリアス=エアリアは、少年を抱き上げたとき、その軽さに驚いた。
 線が細く、儚げなその体躯は、エアリアの民のものとはまるで違っていた。
 
 ――私たちは、なんということをしてしまったのだ。
 
 用意していた居室のベッドに彼を横たえた瞬間、さらに罪悪感が胸を刺した。
 幼い表情で眠る彼を、まったく知らない世界へ呼び寄せたのは、自分たち王族だ。
 『では、何歳ならよかったのか』と問われれば、言葉に詰まるだろう。
 たとえ老齢な者であったとしても、こちらの都合で呼び寄せるべきではない、というのが正しい。それはじわじわとセリアスの心を苛んだ。
 
「……すまない。」
 白いシーツに映えるビロードのような少年の髪を、そっと指でなぞる。
 桃色がかった白い肌と、幼さの残る整った輪郭は、ひと息吹けば消えてしまいそうなほど繊細に見えた。
 
 無条件に守らねばと思うのは、彼が伝説とされる神子だからなのか――それとも、罪悪感ゆえなのか。
 分からないながら、頬に落ちる漆黒のまつ毛に縁どられた瞳を、見てみたいと思った。
 きっとその瞳も光を弾く黒髪と同じく、宝石のように輝くのだろう。

 髪と瞳の色は魔力の濃さを映す鏡だ。
 灰から青緑、紫、紺へと濃くなり――“黒”はこの世界に存在しない。
 セリアスは、紅桔梗に紺の階調を帯びた長い髪と、灰紫の瞳を持つ。王族としては第一王子のアスティルに次ぐ魔力量だ。

 清廉な顔立ちと神官としての立場が相まって、民から神聖視されることも少なくない。
 王権争いに担ごうとする周囲へ嫌気がさし、引っ込むために両陛下を説得して選んだ神官の立場だったが、意外と性に合っていた。
 それが――まさかこんなことになるとは、思ってもいなかった。
 
 始まりは、“水の穢れ”が徐々に世界を蝕んでいったことだ。
 穢れは、状況が深刻になると祈りでも浄化できない。
 他国にも穢れの兆しはあったが、もっとも深刻なのがこのエアリアだった。
 
 女神ナイアが初めに降り立ったとされるエアリアに“女神の沈黙”が現れたことは、他国からも注目された。
 神官長は民衆の信仰が足りないせいだと喚き、威厳を保つために各地へ神官を派遣して宗教活動や祈りを捧げることに躍起になった。
 だが、事態に収拾がつかず、このままでは国の、世界の存続が危ぶまれる――そんな状況に追い込まれて、伝説とされる神子召喚の儀をおこなったのだ。
 
 儀式の条件のひとつに、“王族の血を引く神官がいること”という決まりがあった。
 王族で神官を務める者など、本来ありえない。
 条件を満たすには長い年月を要するはずだったが――今代には、奇跡的にセリアスという“変わり者”がいた。
 すぐに条件が整い、召喚の儀は急遽行われることとなった。
 
 世界のために不要なことだったとは、決して思わない。
 だが、真の原因は民の信仰ではなく、教会の腐敗にある――と、セリアスは感じていた。それは年月とともに根を張り、政治的意図も絡んで、容易には正せぬものとなっていた。
 それだけに、異なる世界から呼び寄せられ、理不尽な重圧を背負わされる少年を思うと、鈍く心が痛んだ。

 恨まれ、責めを受けるとしても。
 どんな態度を取られようと、必ずこの少年を守ると心に誓った。
 神官長からも、たとえ王族からも――それは彼をここに呼んだ自分の責務だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

葉空
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

処理中です...