【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

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ep 15 帰還と再会(2)

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「かんぱーい!」
 
 何度目かの声が、耳に入る。
 快気祝いと称されて開催された宴は、ただのどんちゃん騒ぎと化していた。

「だんちょー、飲んでますかぁー。」
「飲んでるから、落ち着け。」

 絡んできた団員に杯を見せれば、新しく注がれる液体に眉を顰める。
 今日は既に十二分に飲んでしまっていて、これ以上飲みたくはない。
 だが、しくしくと泣き出した団員に固まった。
 
「俺、団長の下じゃないと嫌です。……だんちょうが、いいですー」
「そうですよ、団長!」
「もう居なくなるのは、なしですからね!」

 追随する声に、声をあげて笑った。
 思わず下を向いたのは、気恥ずかしかったからだ。
 それでも、笑い声は響いたようで、驚いたような団員達の目がこちらを向いた。

「……なんだ。俺だって笑いもするぞ。」

 眉を顰めて言えば、お互いを見遣りながら、首を振る。
 
「明日は雪かもしれません。」
「いや、雷が落ちるかも。」
「いいや。槍だ。」
「世が滅ぶかも。」
 
「お前らな。」
 呆れながらも、この掛け合いが懐かしい。それならば。
 
「――よく言った。明日の訓練は期待しておけ。」
 
 言える事は“普段通り”の言葉だ。
 ひい、と上がる悲鳴にいつもの空気を感じて心地いい。
 はは、と笑えば、隣から杯を持ち上げられた。
 
「……飲み過ぎだ。」
 ルシオンの顔が少々渋い。くい、と代わりに酒を煽られて、空の杯を押し付けられた。
 
「今日、そんなに酔ってるか?」
「笑いすぎだ。」
「それはお前、久しぶりに団員たちと話せばそうなるだろう。」
「ほらな。……お前にしては、素直すぎる。」
 
 小さく付け加えられて思わず言葉に詰まった。
 だが、やはり酔っているのかもしれない。ルシオンの顔を見れば、途端にくらくらとしだす気がした。

「いいですねぇ……楽しそうで。」

 突然、どんよりとした声が割り込んだ。
 第二騎士団の“元”副団長のセスタだ。
 
「わたしは……っ!わたしは毎日死ぬ思いだというのに……っ」
 
 どうやら泣き上戸らしい。
 めそめそと泣く彼は、不安定な騎士団の書類関係を一手に引き受けていた。
 非常に優秀な男で、冷静な処理ぶりは圧巻と言っていい。
 
「お前は本当によくやっている。」
 青灰の頭にぽん、と手を置くと、がばっと顔を上げて血走った目でこちらに迫ってきた。
 ルシオンが咄嗟に身体を寄せてくる――過剰反応だ。

「そう言って下さるのは、カイル団長だけです……!
 第二でさんざんこき使われて、ここでも書類に埋もれるなんて思ってもいませんでした。ルシオン団長は、鬼です。」
 
「そうは言ってもなあ……。どう思う、鬼とやら。」
「……鬼団長はお前だろう。」
 
 ルシオンを見やれば、素知らぬ顔をされた。恐らく、同じ気持ちに違いない。
 正直、第一も第三も、副団長不在で今まで書類が滞っていなかったのは奇跡に近い。
 そして元より書類仕事は面倒に思っていた。
 それだけに、この混乱の最中でも、すべて一手に書類を引き受けてくれている目の前の優秀な男を手放したくはない。
 
「よし。補佐をつけよう。」
 その一言でぱっと顔を上げるセスタに希望を感じた。――いける。

「グリム!」

 手招きで疑う事なくこちらに駆け寄ってくる仕草が子犬のようで愛らしい。
 あの事件の後、第三騎士団への移動願いを出した事も知っている。
 空白の期間の出来事は、セスタの細かな資料で補えた。

「何でしょう!カイル団長!」
「いい返事だ。お前が、色々と細やかに動いてくれている事は、報告を見て知っている。今後、セスタの補佐官として動いてくれないか。」
 一瞬きょとんとしたグリムは、意味を飲み込んだようにきりっとした表情になって頷いた。
「承知いたしました!頑張ります!」
「お前は気が細やかでとてもいい。――よろしく頼むな。」
 正直脳筋ばかりの第一第三から適任を探すのは容易ではない。気が利いて、団員達に可愛がられている彼であれば、軋轢も生まないだろう。

「ありがとうございます……!これで、明日から、安眠が……」
 余程疲れていたのか、セスタはそのまま寝入ってしまった。
 その背に上着をかけて、グリムに視線を戻す。
 
「引き継ぎはセスタからさせる。もし人員が足りなければまた補充するから、遠慮なく言え。」
「はい!頑張ります!」
 グリムは張り切ったように力強く言った後、一拍おいて、眉を寄せた。
 
「……カイル団長。あの時、助けていただいて……本当にありがとうございました。団長のおかげで、何人も助かりました。」
 堪らずといった様子で涙を浮かべるグリムへ苦笑する。
 
「お前があの時、十分に頑張ったからだ。状況も正確に伝えてくれただろう――助かった。」
 腕を数度軽く叩けば、涙腺が脆くなったのか遠慮なく涙が頬に落ちる。
 あの時の事を思い出しているのかもしれない。
 あの事件によって第二の何人かが辞職した事を思えば、怖い思いをしながらも団員として頑張ってくれている姿は心強い。
「ありがとう、ございます……!」
「これからも期待している。時間をとって悪かったな。――ほら、もう戻れ。」
「はい!」
 多少浮かれるような足取りが可愛らしい――そう思っていたのに、水を差したのは隣の男だった。
 
「お前、結構悪どいよな……。」
「どこがだ。適材適所だろ。俺も、お前もな。そうだろ?」
 はっと笑う男に、こちらも笑みが漏れた。
 
 すっかり油断していたところへ、腰に衝撃がはしる。
 
「だんちょー!」
 
「っ……リオ、本当にほどほどにしろよ……俺もいつまでも若くない。」
 いつか腰をやられそうだと思ってそんな事を言えば、リオはきょとんとした顔でこちらを見上げてきた。
 
「えー、だんちょーが老けるとか、想像つかない。だって、会った時から、ずっと変わんないよ。」
「いやお前……さすがに俺も老けるからな。」
「だってだんちょー、今いくつ?」
 
「二十八」
 ぐ、と隣の男が咽せた。
 
「何だ。」
「いや……まさか俺と同じ歳とは思わずだな、すまん。」
「なるほど――今、俺は、お前ら二人に馬鹿にされている訳だな?」
 頬がひくつく。リオが焦ったように、言葉を重ねた。
 
「それはいいから、だんちょー。隷属の首輪の所有者を王様にして欲しいの。だから、一回解除して。」
 あまりな内容にどうでもいい事は霧散した。
 
「お前、本当にいいのか。」
「うん、その方が安心するみたいだし。」
「お前が、それで、いいんだな?」
「うん。」
 晴れやかにも思える笑顔に、最後の光景がよぎる。
 だが、本人達がいいと思えば、それでいいのかもしれない。
 
「……嫌だと思えばいつでも戻ってこい。それだけの設定は残しておく。」
「うん、だいじょーぶ。ありがと。」
 頭を撫でれば、少しだけ気持ちよさそうに顔を擦り付けて、団員の中に戻って行った。
 
「妬けるな。」
「何でだ。」
 ルシオンはたまに予想外なことを言う。それが愛情からくることを学んだ今は、嫌な気持ちはしない。
 
 酔いの場の喧騒が心地いい。
 笑って、揉み合いながら楽しそうにしている団員達を眺めていると、漸くここに戻ってきたのだという喜びが湧いてきた。
 
「――俺の歳のこと、笑ったな。」
 
 わざと蒸し返したのは、この男ともう少し掛け合いを楽しみたいからかもしれなかった。
 
「……笑った訳ではない。」
 どことなく言葉を濁した男を見上げると、逡巡するように天井を見上げている。
 
「なんだ。」
 眉を寄せれば、ルシオンは肩の力を落として、息を吐きながら耳元に口を寄せてきた。
 
「嫌な意味じゃない――怒るな。……ただ、お前が“あまりにも良かった”から、実は年若いのかと、一瞬思っただけだ。」
 
 夜の気配を帯びた言葉に、思わず咽せた。
 なんて事を言うのだ、この男は――睨みつけても平然とする男に何とも言えない衝動が沸く。
 怒りでもない、気恥ずかしさでもない、返す言葉もなく席を立つと、咄嗟に手を掴まれて「飲みすぎるなよ」と釘をさされた。
 
「分かっている!」
 
 それから、団員達と話して、杯を交わして――その後は、正直なところ、あまり覚えていない。

 そうして気づけばまどろみのなかにいた。
 
「飲みすぎるなと、言っただろう。」
 
 青い瞳に安堵を覚える。
 
「めいわく、かけたか」
「いや……あまりにまともだったから、下戸はどこにいったかと思ったがな……。団員が居なくなれば途端にこれだ。今日はお前の快気祝いだから許してやるが。」
 呆れた声に、甘え半分、申し訳なさ半分だ。

「のむのが、きしってやつだろ……」
 いや、思わず出た声は、甘えしかないかもしれない。
 もはや、思考と声が合致しない。
 
「今日だけだ――俺の前以外でこの体たらくは、今後許さんぞ。」
 ぶつぶつという言葉がうるさくて口を覆った。
 
「おまえがいたからだし、たのしくて、」
「お前な」
「おれ、のみかいで、いままでよったこと、ない、ほんとだから……」
「そうだろうな。これからもそれを維持してくれ。酔った時のお前は素直すぎて敵わん。」

 諦めたようなため息を吐いたルシオンが愉快に思えて笑った。
 
「今日は寝ろ……次からは絶対に容赦しないからな。」
 
 額に落とされた口付けが、ほてった身体に気持ちよかった。
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