【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

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おまけ 建物を崩壊させた日の話

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 きっかけは、数十人規模のごろつきが王都周辺で暴れている、という報告書だった。
 それを元に考えた結果――騎士団内でも特に動きの鈍い団員達を選定して投入する事に決めた。

 相手の規模、作戦内容ともに過不足はない。
 実践の危機感が経験を育てる――その共通認識のもと、本日の作戦は実行された。
 鬼と言われようが、それは既に定着している。もはや愛称のようなものだ。なんの痛手もない。
 
 だからこそ、ルシオンと二人で同行したのは、手を出すためではなく、動きを見極めるためだった。
 無論、危険が迫れば介入するつもりではあったが――。

「おい、どうする。」
「どうと言われてもなあ……。」

 二人で首を捻る。
 バディやカルテットで組むのはいい案だと思ったが、相性が良くても個々のやる気が足りなければ、どうにもならない。
 だからこその実践だったが、目の前の光景が狙い通りだったかといえば、そうでもなかった。
 行動そのものに問題があるわけではない。作戦自体は問題なく完了するはずだ。――しかし。

「どうしたもんか……。」

 致命的な欠陥はないが、緊急時や突発的な危険に対処できるかと言われたら不安が残る。
 だが、それをどうやって培うかと問われれば――結局は、個人の素質や気概だ。
 だからと言って、優秀な人材を安全地帯に置いたままでは勿体ない。
 
 もやつきは、徐々に鬱憤へと変わる。
 悩んでいたところに、程よいタイミングでその声が耳に入った。

「お前らなんかな、上の組織には敵わねえ…!覚悟しておけよ!」

 思わず立ち上がって隣を見やる。
 面白そうに光るその目は正直で、釣られて口の端が上がった。

大事おおごとだな、獅子団長。」
「そのようだ、鬼団長。」

 ゆっくりとその男に向かえば、ざっと道が開いた。
 捕縛された男の顔の横へ足を踏み入れる。――案外、床は脆く、抉れるように亀裂が走った。

「さあ選べ――続きを正直に話すか、ここで息絶えるか。」

 悪党ほど自分の命の危機には敏感だ。
 怯え切った男の表情に、溜まっていた鬱憤がわずかに晴れる。
 それだけに「お前、完全に悪役だぞ」というルシオンの声は無視した。

「話します、話しますから……」

 あっさりと男は折れた。
 重要な捨て台詞を吐く手合いは、大抵口が軽い。仕事としては楽だが、組織にしてみれば味方に撃たれるようなものだろう。
 
 聞いた話は、予想以上に厄介な内容だった。
 財力のある商人が噛み、他の案件とも繋がっている。
 
 悩む思考に、実に明快な言葉が届いた。

「近いし潰しておくか。あちらはまだ追っていない。今予想外に動くとは思っていないだろう。」

 言われてみれば、それが最適解のように思える。ここも粗方処理が終わり、離れても問題なさそうだ。

「ま、行くだけ行っておくか。
 ――お前ら、俺達は離れるが、この現場での作戦はそのまま続行しろ。
 もし想定外の事があれば離れていい。あとで回収に来る。」

 脅すような言動もしていないのに「はい」とも「ひい」とも言えない返答に眉を寄せた。

「殲滅より命優先だ。無理はするな。」

 一言残せば、今度こそ「はい!」と揃った声を聞いて満足した。目的地に向かいながら、隣の獅子が面白そうな顔をする。
 
「お前は人たらしだな。」
 意味が分からず怪訝な目を向けた。
 
「……それはお前だろ。」
「まあ、そう思うなら――何より満足だ。……俺は、たらし込まれているがな。」
 
 ――こいつは、本当に。

「今、お前を全力で殴りたい気持ちはあるが、それはまだ取っておいてやる。」

 勿体つけて言った言葉は目の前の男に届かない。
 くそ、と内心で悪態をついたのは、この男の言動が不快ではなかったからに他ならない。

 その気持ちのまま賊の拠点へ向かえば、鬱憤を晴らすに程よいあくどい顔が並んでいた。
 これ幸いと思うままに暴れて――そろそろ、捕縛へ移る頃合いかと思った時だった。

「よくもコケにしてくれたな…!だが、この建物自体が檻だとは気付かなかっただろう…!」

 目の端で魔道具を起動させる姿を見て、思わず眉を顰めた。
 
 周りに強固な檻が展開する。
 重層封鎖結界――厄介だ。一、二個の小隊を丸ごと拘束できる代物だ。
 膨大な魔力が必要になる事と、希少性ゆえに滅多にお目にかかれる物ではない。つまり、それを出されると戦況の危険度が数倍に跳ね上がる。
 恐らく並の団員では成す術なく殺されていただろう。
 
「なあ、なんであの手の奴らは、わざわざ手の内を晒すんだ。」
 呑気に話すルシオンの言葉はもっともだが、意外と戦況が悪い。

「悪い。解析に少し時間がかかった……“重層封鎖結界”と“魔封じ”が仕掛けられている。完全に発動すると俺らでも分が悪い。」
 
 少しばかり緊張をもって言えば、ルシオンがはっと笑って言った。
 
「ぶっ壊すか。」

 笑いが漏れた。
 打破するにはそれしかないと思いつつ、自分一人では力量が足りない――捨てた案は、即座に拾われた。
 
 この場にこの男といる事に感謝する。

「じゃあ、まあ――やるか。」
「おう。」

 なんの気負いもない返答だった。
 あまりにもあっさりしていて、興味が湧いて問いかける。
 
「作戦は。」
「ただぶった斬る。あとは気合いだろ。」
 
 単純な回答だ。作戦らしい策は存在しない。
 だが、やる事はその通りに違いない――笑っているうちに魔道具が点滅した。

「点滅から完全発動まで、二十秒程度だ。いけるな?」
「決まっている。」

 方向性を決めてからは早い。
 二人で重ねた斬撃が檻を叩き切って、再生が始まるより早く抜け出した。驚いたような目線がこちらに向いた。
 
 当然だ。この結界を斬れる者など限られている。
 魔道具を破壊したと同時、ルシオンが魔導士を屠った。見た目通り大した実力者ではなかったらしい。
 起動にも何かしらの補助を用いたに違いないが、嫌な予感がする。資金が潤沢にある組織にはいい思い出がない。
 
 ――経験上、嫌な予感ほど当たる。
 
 どどど、と鳴る地響きに目線を合わせた――まさか。

「おい、まだ作動してるぞ。」
 さすがのルシオンも僅かに動揺しているようだ。息を吐いて天井を見上げる。
 
「……勘弁しろ……俺もこの魔道具は、そんな見たことねえんだって……」
 
 完璧に破壊したはずの魔道具がまだ発動している――その答えは明白だ。対となる魔道具が、この建物のどこかに存在している。
 探す暇はない。だが、二人の団長が捕まるなど論外だ。
 考えあぐねた結果、提案した。

「――いっそ建物ごと、破壊するか。」
 
 すべてを諦めた結論だ。
 セスタの小言は、明日甘んじて受けよう。
 
 離脱という選択もあるが、希少な魔道具の細かな挙動は読めない。他に影響があれば厄介だ。

「それがいい。」
 
 当然のように同意される。分かりやすい提案にこの男は乗りやすい。

「周りに被害が及ばないようにな。」
「分かっている。」

 その言葉と同時に放たれた強烈な一閃に、一瞬思考が止まった。
 
 ――何が分かったら、そんな暴力的な一太刀が出るのか。
 常日頃、この男が魔力をのせた斬撃は規格外で、繊細さの欠片もない。

「お前、何も分かってねーじゃねぇか!」
 抗議にルシオンが笑う。
 
「破壊優先、だろ……っ!整えるのはお前が得意分野じゃねーか!」
 
 ――言ってくれる。
 仕方なく魔力を最大限に操作しながらフォローに徹した。
 
 どれだけ繊細な作業になると思ってんだ、とは内心で毒づいたが、確かに力技はルシオンの方が向いている。
 何より、散らばる瓦礫で被害が出ては騎士団の名折れだ。一欠片でも敷地外に零すつもりはなかった。
 
 そうやって綺麗に建物を崩壊させて、積み上がった瓦礫を二人で眺めていると漸く実感が湧いた。

「おい、どうする。」
「どうと言われてもなあ……。」

 奇しくも、本日二度目の言葉が重なる。

 ――結局のところ。
 駆けつけたセスタと団員達にざっくりとした説明と共に後始末を任せた。
 目を白黒させる団員達と違い、状況把握能力に長けたセスタの現場指示は的確だ。恐らく今は小言よりも現場の収拾を優先している。

 ルシオンと視線を合わせた。
 離れた位置からでも口の端を上げた男は、同じ事を思っているのだろう。
 
 冷静に見えるよう指示を飛ばしながら、小言が届く前に。
 
 セスタの静止を振り切って、初めの現場へ退散――いや、“回収に戻る”まで。――あと、数分。

 
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