35 / 78
7.法師の紅丸
➀ 美世之介哀れ
しおりを挟む
先輩格の側用人・牧野成貞と、どちらが綱吉好みの菓子を献上できるかという不毛の当てこすりを交わした保明は、鬱々とした心以上に重い体を引き摺って、下城をした。
先日、千代丸を招いて催した能舞台は、もう取り壊してしまった。
あの舞台を目にする度に仁介とのあの濃密な交歓が思い出され、山積する仕事に手をつける意欲さえ奪われてしまうからであった。
二度とは抱けぬ体であろうと、保明は肚を決めた筈であった。
しかし、朝靄の睦言に見た、仁介のあどけない表情が愛しく、唇を離す事も惜しかった。
ましてや、あの場で仁介を斬り捨てる事等、どうしてできようか。
同様に、仁介も保明の首は取らなかった。
互いにだらしなく愛欲に引き摺られるまま、役割や目的を放棄したのだ。
仁介でなかったら、或いは非情に徹して腕の中の命を奪っていたかも知れない。
仁介故に、命を取る事が出来なかったのだ。
「殿」
着流しの寛いだ姿で、舞台のあった池の前に佇む保明に、艶やかな小袖を纏った美少年が近寄った。
「美世之介か」
仁介の小細工により、千代丸接待の舞台に立つ事の叶わなかった少年である。
こうして目の前に立つ姿は、まるで女のように線が細く、儚気には違いない。一度も褥に侍らせた事は無いが、保明が囲う美女・美少年の中では随一と言えた。
貧乏御家人の三男坊という触れ込みで、保明の家人が拾って来たのがこの美世之介であった。
その家人が既にこの美世之介と関係を持っていた事を見抜いた保明は、どこぞの姫のように頑是無く可憐な美貌の底に、淫猥な性根を見ていたのであった。
「足はどうじゃ」
「御陰様で。恐れながら、水口藩江戸留守居役の御子柴様が、先刻より殿の下城をお待ちでございます。こちらに御通し致しても宜しゅうございますか」
「いや、私が参ろう」
「……ここではいかぬのですか」
「美世」
大きな黒目をぬめぬめと潤わせ、美世之介は上目遣いに保明を見上げた。この、色に慣れ尽くした様な媚が保明の好みではなく、故に一度も抱かなかったのである。
綱吉への菓子として差し出した事もあったが、征服される事を好む綱吉には興醒めであったようで、二度と美世之介に声が掛かる事は無かった。
「美世之介には、殿は一度も御渡り下さりませぬ。それ程に、あの仁介とか申す笛吹きが宜しいのでございますのか」
「悋気は後にせい」
「いいえ、今日ばかりは引きませぬ」
うんざりしたような表情で屋敷に戻ろうとした保明の胸元に、美世之介が両手を当てて留めた。
「慮外者」
「何と申されましても」
胸元に当てた両手を、美世之介がゆっくりと保明の首に回した。たっぷりとした唇が、保明の口元に接近する。
仁介程ではないが、その肌は白くきめが細やかで、芳香を漂わせていた。
そして女の様に細い腰をくねらせて保明の体に密着させ、やがて美世之介は動かぬ保明の唇を捉え、舌を潜らせた。
「何を……」
口の中に何かを押し込まれたような違和感を覚えた保明が、美世之介の小さな卵型の顔を押し退けるように手を上げた。
その震える指の先、美世之介の左耳の下に牡丹の花の様な形をした痣を見つけ、保明は問う様な目で首を傾げるも、敢え無く彼の体は白砂利の上に崩れ落ちたのであった。
「美世之介」
横たわる保明を見下ろす美世之介の背中にに、首尾を尋ねる声がした。
「これは水目の御子柴様」
余裕の笑みと共に、美世之介は振り返った。
そこに立っていたのは、御子柴である。
先日、千代丸を招いて催した能舞台は、もう取り壊してしまった。
あの舞台を目にする度に仁介とのあの濃密な交歓が思い出され、山積する仕事に手をつける意欲さえ奪われてしまうからであった。
二度とは抱けぬ体であろうと、保明は肚を決めた筈であった。
しかし、朝靄の睦言に見た、仁介のあどけない表情が愛しく、唇を離す事も惜しかった。
ましてや、あの場で仁介を斬り捨てる事等、どうしてできようか。
同様に、仁介も保明の首は取らなかった。
互いにだらしなく愛欲に引き摺られるまま、役割や目的を放棄したのだ。
仁介でなかったら、或いは非情に徹して腕の中の命を奪っていたかも知れない。
仁介故に、命を取る事が出来なかったのだ。
「殿」
着流しの寛いだ姿で、舞台のあった池の前に佇む保明に、艶やかな小袖を纏った美少年が近寄った。
「美世之介か」
仁介の小細工により、千代丸接待の舞台に立つ事の叶わなかった少年である。
こうして目の前に立つ姿は、まるで女のように線が細く、儚気には違いない。一度も褥に侍らせた事は無いが、保明が囲う美女・美少年の中では随一と言えた。
貧乏御家人の三男坊という触れ込みで、保明の家人が拾って来たのがこの美世之介であった。
その家人が既にこの美世之介と関係を持っていた事を見抜いた保明は、どこぞの姫のように頑是無く可憐な美貌の底に、淫猥な性根を見ていたのであった。
「足はどうじゃ」
「御陰様で。恐れながら、水口藩江戸留守居役の御子柴様が、先刻より殿の下城をお待ちでございます。こちらに御通し致しても宜しゅうございますか」
「いや、私が参ろう」
「……ここではいかぬのですか」
「美世」
大きな黒目をぬめぬめと潤わせ、美世之介は上目遣いに保明を見上げた。この、色に慣れ尽くした様な媚が保明の好みではなく、故に一度も抱かなかったのである。
綱吉への菓子として差し出した事もあったが、征服される事を好む綱吉には興醒めであったようで、二度と美世之介に声が掛かる事は無かった。
「美世之介には、殿は一度も御渡り下さりませぬ。それ程に、あの仁介とか申す笛吹きが宜しいのでございますのか」
「悋気は後にせい」
「いいえ、今日ばかりは引きませぬ」
うんざりしたような表情で屋敷に戻ろうとした保明の胸元に、美世之介が両手を当てて留めた。
「慮外者」
「何と申されましても」
胸元に当てた両手を、美世之介がゆっくりと保明の首に回した。たっぷりとした唇が、保明の口元に接近する。
仁介程ではないが、その肌は白くきめが細やかで、芳香を漂わせていた。
そして女の様に細い腰をくねらせて保明の体に密着させ、やがて美世之介は動かぬ保明の唇を捉え、舌を潜らせた。
「何を……」
口の中に何かを押し込まれたような違和感を覚えた保明が、美世之介の小さな卵型の顔を押し退けるように手を上げた。
その震える指の先、美世之介の左耳の下に牡丹の花の様な形をした痣を見つけ、保明は問う様な目で首を傾げるも、敢え無く彼の体は白砂利の上に崩れ落ちたのであった。
「美世之介」
横たわる保明を見下ろす美世之介の背中にに、首尾を尋ねる声がした。
「これは水目の御子柴様」
余裕の笑みと共に、美世之介は振り返った。
そこに立っていたのは、御子柴である。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる