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8.massnomadic
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***B
僕とミユは夕飯の食材、料理を購入するために自宅から出て10分ほどの場所にあるマーケットに訪れることになった。ホロの試食を痛覚、触覚とそれぞれ情報で知覚してから、ホロのボタンで購入する。何とも、ハイテクで便利のような気がしたけれど、僕は直感に寂しいという感情を抱いた。
確かに、甘い、辛いとか、ごつごつしているとか、言葉で言い表せるけれど、情報は情報。本物とはかけ離れているような感じがしたのだ。
まあ、とにかく僕はそんな感想を持ちながらマーケットから自宅への帰路の途中。公園に立ち寄った。この世界で目覚めた場所、転生して間もなく気が付いた場所。
そんな記念すべきリスポーン地点なのに。
「どうしたんですか!!怪我でもしているんですか!?」
男が三人、ベンチの傍らで地面に倒れていた。
いやどうして!?
「なに突っ立ってんのよ!!公園だからって寝そべっていると思ってるわけ!?人が倒れてるのよ、それに地面に直接」
「ああ……ごめんごめん」
ミユの声で目覚めた。人が目の前で倒れているのだ。元いた世界、日本という国は法治国家で事件が起こることはないとはいえないけれど。実際に事件っぽいものに遭遇することはこれが初めてだった。
だから僕は呆気に取られてしまった。腹を抱えて今にも苦しそうに悶えている男性らを見て一種の恐怖を感じてしまった。
「大丈夫ですか、意識はありますか!!」
ミユは何度も繰り返す。肩を叩いて、耳から少し離れた位置で声掛けをする。自動車免許を取得するとき、救命法なんてものを習ったけれど、実践しているところを間近に見るのは初めてだった。
「そっちの人お願い!!気を失っていないか確かめて、やり方は……そんなものないわっ、とにかく意識を戻すことだけよ」
10歳ほどの少女が救助をしていて、大の大人はただ立っているだけ?僕はこの何十年何をして生きてきたというのか?人を助けるためじゃなかったのか、たとえいい学力を持っていても、就職先についても、誰かを助けたいという自己欲はなかったというのか。
否。そんなはずはない。
僕は誰かの、それこそ誰だっていい家族でも親戚でも友人でも知らないどこかの国の人でもいい。善人とは程遠いだろう、手本とも言い難いだろう。
だけど、僕の中の思いは紛い物なく本物のはずだ。
「分かった。そっちの倒れている人は任せるよ、こっちの二人は僕が受け持つ」
茶髪でピアスをしている男性に、黒色長髪で前髪によって左目が隠されている男性のもとへ駆けよった。二人とも同じように下腹部に手を当てていた。まるで血が腸から流れ出てしまうのを抑えるかのように。
だけど血痕は地面に残っていない。ならば打撲だろうか、バットとか硬い鈍器で殴られたとか。
「ちょっとすみません。お腹に当てている手をどかしますね」
確認を取ると二人はどうやら意識はあるらしく小さくうなずいた。そして同時に、彼らは死に際の鳥のような喘ぎ声を洩らした。
「ち……くしょう……なんでこうな……たんだ」
「俺はじきに……もう死ぬはずだ」
けれど僕からだと何も見えない。刺されて血が流れているようには見えないし、それとも鈍器で殴られて内臓を潰されたのだろうか。でもそこまで傷害を与えるといったことを聞いたことが無い。人が人を殴って内臓がつぶれる?そんなことが簡単に出来るのだろうか。
息が出来なくなるというのは聞いたことがあるけれど、今さっき喋っていたのを見る限り、息苦しさで悶えているようにも見えない。明らかに痛みで苦しんでいるはず。
これは実際に目で確かめるほかないのかもしれない。
「腹部だけ服を剥がしますね」
茶髪の男性に触れる。真っ黒のジャケットの中はTシャツ一枚程度しか着ていないようだ。それに触れた感触に違和感を感じた。普通、ジャケットを剥がすとき、指はジャケットの裏側に回し、そして上に引っ張るはず。服を着る時はいつだってそうだ、服の裏側に指を当てなくては着づらい。
触感が無かった。しかも裏側だけ。
僕が見える外側、ジャケットの表側はざらざらと手触りが確かにあった。けれど、内側に指を入れた途端、その感覚が消えた。
感覚が消えたけど、服を抓んでいるという意識だけは存在した。このまま引っ張ればジャケットを剥がすことが出来る、という自信だけはあった。だから思い切って、下腹部を露わにするようにジャケットを持ち上げた。
「これは…………いったい……」
決して腹部が見えなかったわけではない。ベージュの肌が表に出され僕はそれを目の当たりにした。だけど……
「血が……血が出ているのに……止まっている?」
こんなこと現実では不可能だ。いやそもそもここが現実だという認識が可笑しいのか。
僕が見た光景、男性の下腹部には、明らかにナイフが刺さっていた。そして血が流れていた。
「これもホログラムだというのか…………?」
下腹部から流れ出た血はそのまま重力に従って地面へと向かっている。そして地面に血が触れようとしたところで血は、血らしきものは消えているのだ。
溝があって溜まるわけでも、服に染み込んでいるわけでもない。これは明らかに消えていた。
ナイフの柄に手を触れると、金属の冷たい感触が伝わる。やけにリアルで、ホログラムには見えない。刺されている時にはナイフはそのままにした方が良いというのは聞いたことがある。
だが、この場合血は流れていないと判断してナイフを抜いていいのか?それとも血はホログラムではなく本物で、ナイフを刺さったままにした方が良いのか?
ダメだ。
どちらがいいのかなんて思いつかない。ホログラムという存在のことをあまり知らないからじゃない。これは怖いんだ。僕がナイフを引っ張ってさらに血が流れだして、男性が苦しむ姿を見るのが、単純に恐ろしいんだ。
だけど……
このまま呆然として苦しんでいる姿を見続けるのは、それこそ罪深き行為だ。そんなの、今にも落下してしまいそうな人に、持っている手綱を渡そうとしないことと同じじゃないか。
「痛いかもしれません。ですが、頑張って耐えてください」
僕にはそれしか言えない。掛ける言葉はそれだけ、ナイフを抜くという行為こそが僕がやるべきこと。
ナイフの柄に力を籠める。そのまま真上に引っ張る。これはホログラム、血は流れていないはず。そう信じていざ抜こうとした時だった。
『珍しいな。これが見えるのか』
僕の隣に舞い降りるように、人らしきものが現れた。不気味な笑みで、僕を眺めていて。人間には到底見えないそれがいったい何なのか、僕には皆目見当がつかなかったけれど、人間ではないということだけは不思議と確信していた。
「だれだ……そしていつからそこにいる?」
『助けに来たというのにその言い草はないんじゃないのかい?見た感じ、平常には見えないけど。ボクは間違ったことを言っているかな』
酷く冷静だった。それは僕も忽然と現れた謎の人物も。
白髪に眼鏡、そして実験の際に使う白衣のようなものを着ている人物。知らないというのは恐怖の対象に成りうるけれどそれ以前の問題だった。恐怖を感じない、何も感情を抱かない。そこに何かがあることを意識しているだけ。
「間違ったことは言っていない。今にも人が死にそうなんだ」
『そう。君が言っていることは半分あってて半分間違えている。それは肉体的には全く影響はなく精神的に死に絶えようとしている』
「精神と肉体が分離……そんなこと可能なわけが」
『君はそうか………もしかしたら本物なのか。ならばその考えに帰結することもあり得る』
謎の人物は眉ひとつ動かず不気味な笑みだけ。笑いながら疑問を独自に解消している。
「いいからこのナイフを取り除いてくれないか。その言い方だと出来ないわけじゃないんだろ?」
僕は必死に懇願した。どうしてかわからなかった。この研究者らしい服装に頼めば救ってくれるかと思ったからなのか。たぶん、それは違うだろう。理由はなく、この謎の人物には逆らえないような力の持ち主だと僕は感じたのだ。
『焦るといいことはないよ。反って悪いことが振り撒かれてしまうからね。それに、彼らのことは心配することはない。もうすでに痛みの根源は取り除いておいた』
「そ、それはどういうこと……」
僕が男性の方へ振り替えると、ナイフは綺麗さっぱりなくなっていた。流血も腹にこべりついた血痕も全て消失していた。
「こっちはもう大丈夫みたい!!そっちは平気?」
必死に救命していたミユはどこか安心しつつも僕に確認をしてきた。そして僕もそれに応答する。
「うん…………平気だと思う」
再び謎の人物の方へ振り替えると彼の行方は消えていた。跡形もなく、ただ声だけが脳内に響いていた。
『あの子にはボクのことは見えていない。だからこのことは他言無用だ、あの子や君も、ボクにとってもその方が都合がいい』
「あんたはいったい何者なんだ?」
その声は決して冷たい、温かいなんて言葉では表現出来なかった。頭の中ーー感情というカテゴリの中から選ぼうとしても、それに対応するものが存在していない。
意識だけ、ただそこにあることしか分からない。
『ボクは感情と記憶の集合体……そうだな……マスノマディック、とでも呼んでおこうか』
そして僕の頭から彼の声は消えたのだった。
僕とミユは夕飯の食材、料理を購入するために自宅から出て10分ほどの場所にあるマーケットに訪れることになった。ホロの試食を痛覚、触覚とそれぞれ情報で知覚してから、ホロのボタンで購入する。何とも、ハイテクで便利のような気がしたけれど、僕は直感に寂しいという感情を抱いた。
確かに、甘い、辛いとか、ごつごつしているとか、言葉で言い表せるけれど、情報は情報。本物とはかけ離れているような感じがしたのだ。
まあ、とにかく僕はそんな感想を持ちながらマーケットから自宅への帰路の途中。公園に立ち寄った。この世界で目覚めた場所、転生して間もなく気が付いた場所。
そんな記念すべきリスポーン地点なのに。
「どうしたんですか!!怪我でもしているんですか!?」
男が三人、ベンチの傍らで地面に倒れていた。
いやどうして!?
「なに突っ立ってんのよ!!公園だからって寝そべっていると思ってるわけ!?人が倒れてるのよ、それに地面に直接」
「ああ……ごめんごめん」
ミユの声で目覚めた。人が目の前で倒れているのだ。元いた世界、日本という国は法治国家で事件が起こることはないとはいえないけれど。実際に事件っぽいものに遭遇することはこれが初めてだった。
だから僕は呆気に取られてしまった。腹を抱えて今にも苦しそうに悶えている男性らを見て一種の恐怖を感じてしまった。
「大丈夫ですか、意識はありますか!!」
ミユは何度も繰り返す。肩を叩いて、耳から少し離れた位置で声掛けをする。自動車免許を取得するとき、救命法なんてものを習ったけれど、実践しているところを間近に見るのは初めてだった。
「そっちの人お願い!!気を失っていないか確かめて、やり方は……そんなものないわっ、とにかく意識を戻すことだけよ」
10歳ほどの少女が救助をしていて、大の大人はただ立っているだけ?僕はこの何十年何をして生きてきたというのか?人を助けるためじゃなかったのか、たとえいい学力を持っていても、就職先についても、誰かを助けたいという自己欲はなかったというのか。
否。そんなはずはない。
僕は誰かの、それこそ誰だっていい家族でも親戚でも友人でも知らないどこかの国の人でもいい。善人とは程遠いだろう、手本とも言い難いだろう。
だけど、僕の中の思いは紛い物なく本物のはずだ。
「分かった。そっちの倒れている人は任せるよ、こっちの二人は僕が受け持つ」
茶髪でピアスをしている男性に、黒色長髪で前髪によって左目が隠されている男性のもとへ駆けよった。二人とも同じように下腹部に手を当てていた。まるで血が腸から流れ出てしまうのを抑えるかのように。
だけど血痕は地面に残っていない。ならば打撲だろうか、バットとか硬い鈍器で殴られたとか。
「ちょっとすみません。お腹に当てている手をどかしますね」
確認を取ると二人はどうやら意識はあるらしく小さくうなずいた。そして同時に、彼らは死に際の鳥のような喘ぎ声を洩らした。
「ち……くしょう……なんでこうな……たんだ」
「俺はじきに……もう死ぬはずだ」
けれど僕からだと何も見えない。刺されて血が流れているようには見えないし、それとも鈍器で殴られて内臓を潰されたのだろうか。でもそこまで傷害を与えるといったことを聞いたことが無い。人が人を殴って内臓がつぶれる?そんなことが簡単に出来るのだろうか。
息が出来なくなるというのは聞いたことがあるけれど、今さっき喋っていたのを見る限り、息苦しさで悶えているようにも見えない。明らかに痛みで苦しんでいるはず。
これは実際に目で確かめるほかないのかもしれない。
「腹部だけ服を剥がしますね」
茶髪の男性に触れる。真っ黒のジャケットの中はTシャツ一枚程度しか着ていないようだ。それに触れた感触に違和感を感じた。普通、ジャケットを剥がすとき、指はジャケットの裏側に回し、そして上に引っ張るはず。服を着る時はいつだってそうだ、服の裏側に指を当てなくては着づらい。
触感が無かった。しかも裏側だけ。
僕が見える外側、ジャケットの表側はざらざらと手触りが確かにあった。けれど、内側に指を入れた途端、その感覚が消えた。
感覚が消えたけど、服を抓んでいるという意識だけは存在した。このまま引っ張ればジャケットを剥がすことが出来る、という自信だけはあった。だから思い切って、下腹部を露わにするようにジャケットを持ち上げた。
「これは…………いったい……」
決して腹部が見えなかったわけではない。ベージュの肌が表に出され僕はそれを目の当たりにした。だけど……
「血が……血が出ているのに……止まっている?」
こんなこと現実では不可能だ。いやそもそもここが現実だという認識が可笑しいのか。
僕が見た光景、男性の下腹部には、明らかにナイフが刺さっていた。そして血が流れていた。
「これもホログラムだというのか…………?」
下腹部から流れ出た血はそのまま重力に従って地面へと向かっている。そして地面に血が触れようとしたところで血は、血らしきものは消えているのだ。
溝があって溜まるわけでも、服に染み込んでいるわけでもない。これは明らかに消えていた。
ナイフの柄に手を触れると、金属の冷たい感触が伝わる。やけにリアルで、ホログラムには見えない。刺されている時にはナイフはそのままにした方が良いというのは聞いたことがある。
だが、この場合血は流れていないと判断してナイフを抜いていいのか?それとも血はホログラムではなく本物で、ナイフを刺さったままにした方が良いのか?
ダメだ。
どちらがいいのかなんて思いつかない。ホログラムという存在のことをあまり知らないからじゃない。これは怖いんだ。僕がナイフを引っ張ってさらに血が流れだして、男性が苦しむ姿を見るのが、単純に恐ろしいんだ。
だけど……
このまま呆然として苦しんでいる姿を見続けるのは、それこそ罪深き行為だ。そんなの、今にも落下してしまいそうな人に、持っている手綱を渡そうとしないことと同じじゃないか。
「痛いかもしれません。ですが、頑張って耐えてください」
僕にはそれしか言えない。掛ける言葉はそれだけ、ナイフを抜くという行為こそが僕がやるべきこと。
ナイフの柄に力を籠める。そのまま真上に引っ張る。これはホログラム、血は流れていないはず。そう信じていざ抜こうとした時だった。
『珍しいな。これが見えるのか』
僕の隣に舞い降りるように、人らしきものが現れた。不気味な笑みで、僕を眺めていて。人間には到底見えないそれがいったい何なのか、僕には皆目見当がつかなかったけれど、人間ではないということだけは不思議と確信していた。
「だれだ……そしていつからそこにいる?」
『助けに来たというのにその言い草はないんじゃないのかい?見た感じ、平常には見えないけど。ボクは間違ったことを言っているかな』
酷く冷静だった。それは僕も忽然と現れた謎の人物も。
白髪に眼鏡、そして実験の際に使う白衣のようなものを着ている人物。知らないというのは恐怖の対象に成りうるけれどそれ以前の問題だった。恐怖を感じない、何も感情を抱かない。そこに何かがあることを意識しているだけ。
「間違ったことは言っていない。今にも人が死にそうなんだ」
『そう。君が言っていることは半分あってて半分間違えている。それは肉体的には全く影響はなく精神的に死に絶えようとしている』
「精神と肉体が分離……そんなこと可能なわけが」
『君はそうか………もしかしたら本物なのか。ならばその考えに帰結することもあり得る』
謎の人物は眉ひとつ動かず不気味な笑みだけ。笑いながら疑問を独自に解消している。
「いいからこのナイフを取り除いてくれないか。その言い方だと出来ないわけじゃないんだろ?」
僕は必死に懇願した。どうしてかわからなかった。この研究者らしい服装に頼めば救ってくれるかと思ったからなのか。たぶん、それは違うだろう。理由はなく、この謎の人物には逆らえないような力の持ち主だと僕は感じたのだ。
『焦るといいことはないよ。反って悪いことが振り撒かれてしまうからね。それに、彼らのことは心配することはない。もうすでに痛みの根源は取り除いておいた』
「そ、それはどういうこと……」
僕が男性の方へ振り替えると、ナイフは綺麗さっぱりなくなっていた。流血も腹にこべりついた血痕も全て消失していた。
「こっちはもう大丈夫みたい!!そっちは平気?」
必死に救命していたミユはどこか安心しつつも僕に確認をしてきた。そして僕もそれに応答する。
「うん…………平気だと思う」
再び謎の人物の方へ振り替えると彼の行方は消えていた。跡形もなく、ただ声だけが脳内に響いていた。
『あの子にはボクのことは見えていない。だからこのことは他言無用だ、あの子や君も、ボクにとってもその方が都合がいい』
「あんたはいったい何者なんだ?」
その声は決して冷たい、温かいなんて言葉では表現出来なかった。頭の中ーー感情というカテゴリの中から選ぼうとしても、それに対応するものが存在していない。
意識だけ、ただそこにあることしか分からない。
『ボクは感情と記憶の集合体……そうだな……マスノマディック、とでも呼んでおこうか』
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