ドロイドベル

ふりかけ大王

文字の大きさ
上 下
8 / 26
第2章~追いかけて~

出国

しおりを挟む
エバンはレグヌム王の指令を受けてレギナを追いかける準備を始めた。戦力を考えると本当なら数十人単位で隊を組んで行きたいところだが、敵襲直後で自国が不安定な情勢ということで自分の部下の中から優秀だと思う数人を選び、機動力と隠密性を重視して向かうことにした。国民が不安の渦に飲まれている今、それが最善だろう。

「では、これからレギナ様の元へ向かう。準備は良いか?」

深夜、手の持ったランタンの灯りだけを手がかりに国境前にエバンたちが集まる。用意しているのは移動用の馬と各自10日分はある食事、衣類や最低限の医療道具、それに装備。

エバンの号令に黙って首を縦に振り、騎士たちは国境を越えていった。

=====================================

エバンたちはモーリアがレグヌム王国から北に向かったと推測していた。レグヌム王国は北以外の三方を山々に囲まれているため、大多数で移動するとしたら北しかないからだ。この目論見は見事に当たり、朝日が昇ることには準備していたであろう馬車の轍が見えた。おそらく、ここで用意していた馬車にレギナを乗せて移動したのだろう。だとしたか、ここからそう離れていないはずだ。

「ここで休憩しよう。」

エバンははやる気持ちを抑えて、休息をとった。深夜から今まで休むことなく移動したせいで、馬も騎士も疲労が隠せていない。こんな状態ではたとえレギナの元に駆けたとしても敵と交戦できないだろう。

馬から下りてエバンも携帯食を口に放り込む。早朝とはいえ春の陽気で暖かくなっているので喉も渇いていた。馬たちもそれは同じようで、近くの川の水を元気よく飲んでいた。

エバンは手の甲で口元を摩ると、雲ひとつなく晴れている空を見上げた。

ーーレギナ、今から行く。

エバンたちがモーリアたちを追っているころ、レギナも馬車に揺られながら何処かに向かっていた。今、レギナは粗末な馬車の中でモーリアと二人きりになっている。

「何か口しないと。そろそろお腹もすいたでしょう?」

モーリアはレギナにパンやスープ、簡単な食事を乗せたトレイを差し出す。それをレギナは一瞬見てモーリアの目を見て言った。

「いえ、結構です。」

「そう。」

レギナの口調はいつものように丁寧だったが、明らかな怒りが込められていた。それを聞いたモーリアは手に持っていたトレイを下げる。

「モーリアさん、ひとつお尋ねします。何故、このようなことを?」

「私はただ命令に従っただけ。それ以上の理由はないわ。」

モーリアは足を組み窓の外を見ながらレギナに冷たく言い放った。それにもレギナは食い下がる。

「だとしたら何処の者の命ですか!?」

「それは嫌でもこれから会うことになるわ。それまで大人しくしてなさい。」

モーリアはレギナのほうを見ず、質問をはぐらかした。レギナは若干むっとしながらも、この状況を冷静に分析していた。自分が殺されずにこうして何処かに連れ去られているということ、それには何か相手の狙いがあることを察していた。

自分の手には何も武器はない。また、馬車の外には何十という敵がいる。運よくこの場から逃れたとしても、すぐに追いつかれ再び敵の手に落ちるのは明白だった。だとしても、このままおいそれと言葉通りに大人しくしているわけにはいかない。

「モーリアさん、はやり食事をいただけますか?」

「あら、はやり空腹には勝てないのね。ほら、どうぞ。」

モーリアは鼻で笑いながらレギナに再びトレイを渡した。モーリアは受け取りそんな態度をとるモーリア相手にも丁寧にお礼をする。

「ありがとうございます。」

レギナは淡々と食事を取る。時折、モーリアはレギナのほうを向いたがあまり興味はないのか直ぐに窓の外の景色に目を移していた。レギナはそれを見逃さなかった。食器としてあったフォークをそっと手に忍ばせ機を伺う。それからはレギナの食事をとる音だけが鳴っていた。

「ごちそうさまでした。」

レギナは空になった食器を乗せたトレイをモーリアに向ける。それにモーリアは顔も向けずにギナに声をかけた。

「あ、そうそう。食器はあまり持ってきてなくてね。私も後で使いたいからここに置いてくれるかしら?」

レギナは心臓に嫌な寒さが走った。モーリアは見抜いていたのだろう、にやりと笑う。レギナは手に隠していたフォークをおずおずとトレイの上に乗せた。

=====================================

「そろそろここを出るぞ。準備しろ。」

エバンは騎士たちに声をかけた。皆、間もなく馬にまたがり再び進行を始める。それからは昼過ぎに一度休憩を取った以外は走り続けた。夜も深けランタンでも周りが見えなくなってしまった頃、エバンたちは一夜を過ごす準備を始めた。近くから枯れ木を集めて焚き火をつくり、暖と灯りを確保する。

パチパチと音を立てる焚き火を見ながらエバンは横になっていた。こうしている間にもレギナはどんな目にあっているか分からない。そう考えると頭では休息のために寝なくてはいけないと分かっていても寝付けずにいた。

「エバン分隊長、起きていますか?」

同行している騎士の中でも一番年上の初老の騎士がエバンの元にやってきた。彼の手には中から湯気の出ているコップがあった。

「ステッドか。どうした?何かあったか?」

エバンは体を起こし、その騎士ーステッドの方に向く。

「いえ、特に何かあるというわけではないのですが。」

言葉の変わりにスッと差し出されたコップをエバンは受け取った。中身はスープのようで、コップの外側からでも暖かさが伝わってきた。

「日が出ているときは暖かいですが、こうして夜になると流石にまだ寒いですね。」

「そうだな。マントを持ってきたのは正解だった。」

エバンの隣にステッドは腰をかける。エバンは彼が何を考えているか狙いが分からなかった。取りあえず受け取ったスープを口に運ぶ。温かさとほんのりとした塩味が口の中に広がる。

「私はエバン分隊長に遠く剣の腕は及びませんが、年だけは上です。」

「そんなことはない。貴方が優秀だからこうして連れてきた。」

エバンの言葉に照れるようにステッドは笑った。

「それはもったいない言葉です。」

エバンも小さく笑う。そして再びスープを口に含んだ。隣に座るステッドはコップを手の中でクルクルと回す。どうしたのかとエバンが思っていると、彼は口を開いた。

「エバン分隊長、レギナ様はきっと無事です。」

落ち着いた声で彼は言った。それはエバンを心を支えるような優しい声だった。そこでエバンははっと気づいた。きっと彼は無意識にもれていた自分の不安を感じていたのだろう。

ステッドと同じようにコップをクルクルと手の中で回しながらエバンは言った。

「やはりあなたを選んで正解だった。」

「それはもったいない言葉です。」

本日2度目のその言葉は、スープのように温かかった。
しおりを挟む

処理中です...